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洞窟

作者: 通りすがり

梅雨の候、しとしとと雨が降りしきる中、私は友人の田中と二人で山奥へと繰り出した。目的は川釣り。都会の喧騒を離れ、静寂な渓流で時を過ごす。そんな穏やかな時間を過ごすはずだった。

山道は次第に険しくなり、木々の間から差し込む光も薄れていく。そんな時に突然に空が暗転し、轟く雷鳴とともに激しい雨が降り始めた。衝撃とともに辺りを激しい閃光が包む。私たちは慌てて近くにあった洞窟へと逃げ込んだ。

洞窟の中は薄暗く、湿った土の香りが鼻をつく。 思っていたよりも洞窟は深く広がっていた。二人は何かに誘われるようにスマホのライトを頼りに奥へと進んでいく。そして洞窟の一番奥にあたると思われる場所に着くとそこには小さな祠があった。薄暗い中で唐突に現れたその祠は異様に白く輝いて見えた。

好奇心から祠に近づこうとした時、背後から気配を感じた。田中も同じように感じたのか、二人が同時に振り返ると、そこには全身が透き通った若く美しい女性が立っていた。その女性は、まるで水中にいるかのようにゆらゆらと揺れていた。

「どちらか一人だけは助けるが、もう一人は私と一緒に来てもらう」

そう告げると、女性は鋭い眼光で私たちを見つめた。訳がわからずただ恐怖に震えながらも、田中と顔を見合わせた。

「斎藤、逃げるぞ」

田中がそう口にした次の瞬間、女性は田中の腕を掴むと、抵抗する田中を引きずるようにして洞窟の奥の祠へと消えていった。

私はその場を逃げ出し、洞窟の外へと飛び出した。激しい雨の中、私は必死に助けを求めたが、誰にも私の声は届きはしなかった。意識が遠のいていく中、激しく鳴り響く雷の音だけが聞こえていた。



気づくと、私は病院のベッドの上で目を覚ましていた。

「斎藤さん、ご気分はいかかですか」

医師と看護師が笑みを浮かべながら私の様子を伺っている。

医師によると、私は山奥で倒れているところを発見されたらしい。一時は危篤状態だったようだ。私は一緒にいた友人の田中のことを尋ねたが、捜索は行われたが彼は見つかっていないと言われた。

後日、退院した私は行方不明の田中を捜索するため、再びあの洞窟へと足を運んだ。その日も生憎の天気で朝から雨が降ったりやんだりを繰り返していた。洞窟の中に入ると、湿った生暖かい空気が漂っていた。そしてあの日に見た祠が再び私の目の前に現れた。

突然私は例えようのない恐怖に襲われ全身を震わせながら、洞窟から逃げるように飛び出した。そして私は確信した。あの洞窟、あの祠には恐ろしい何かがあると。


後日、私は奇妙な噂を耳にした。それは私が訪れた山中で、人々が忽然と姿を消すという怪奇現象が起きているという噂だった。そしてその中心地が、私が逃げ込んだ洞窟の周辺だという。

恐怖に駆られながらも私は三度洞窟へと向かう決意をした。そして洞窟の奥深くへと進んでいくと、そこには信じられない光景が広がっていた。祠の前に、無数の顔が彫られた石碑が立っていたのだ。そして、その顔の一つ一つが私が知っている人物の顔だった。友人、家族、そして過去の知り合いまで。

私は自分が見た女性が、この洞窟に迷い込んだ者を地獄へと誘う存在であることを悟っていた。そして恐ろしいことに、石碑の数は次々と増え続けているように感じた。

私はこの洞窟に再び足を踏み入れてしまったことを深く後悔した。そして私はまた洞窟から飛び出した。どこからか私を呼ぶ声がする。どこかで聞いたことのあるような声だ。だが誰の声なのか思い出せない。そのとき突然強く背中を押された私は前のめりに倒れこんだ。そのまま私は穴に落ちていくような感覚を覚えた。そしてそれは永遠と思えるくらいに続いた。今まで感じたことがないほどの不快で恐ろしい感覚だった。やがて私は恐怖の中で、意識も闇の底に落ちていくように失われていった。



気づくと、私は病院のベッドの上で目を覚ましていた。私は訳が分からず側に居た医師に尋ねた。「あの私は...いったい何があったのですか」

医師が私に静かに言った。

「落ち着いてください。あなたは雷に打たれたのです。かなりの重傷でしたが何とか一命は取り留めました。田中さん、あなたは運が良かった」

一緒にいた友人の斎藤も雷に打たれたらしい。斎藤も私と一緒に病院に運び込まれたが、彼は助からなかった。

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