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にごりみず

作者: DAKUNちょめ

これは………今18歳の私が、小学生最後の夏休みの時の話だ。



8月中旬お盆の時期になると、私の家族は父方の祖父の実家がある田舎に里帰りする事が習慣になっていた。


父の父、つまり私の祖父の実家である家は古いが大きく、蔵もあって立派な家だ。

祖父は行動的な人で、若い内にこの実家を出て都会の方で家を建てたから、そこが父の実家にあたり、ここは私の父にとっての実家ではないらしい。 

祖父が亡くなり、祖父の弟(私から見たら大叔父さん)が今はこの家を管理しているのだが、独身の大叔父さんには家族がおらず、甥っ子である父に


「わしが死んだら、この家も土地もお前しか継ぐモンが居ないのだから好きにしたらいい。

だが…わしが死ぬまでは、家族で顔を見せに来てくれたらありがたい。

この歳になって、独り身の寂しさが身に沁みるようになってな…」


とお願いしたらしく、それから私の家族はお盆の数日間をこの家で過ごすようになった。


私たち家族は父と母、小学6年生の私と、小学4年生の生意気な妹やよいの4人家族。

お盆の時期だけだけど賑やかになるのが嬉しいと、いつも歓迎してくれた。

大叔父さんは優しく、ユーモアがあって、私と妹は「おじいちゃん」と呼んでとても懐いていた。


おじいちゃんは蔵をとても大事にしていて、時々蔵の中を案内してくれたり、蔵にある「お宝」の楽しい話をしてくれた。

私は、蔵にあるお宝エピソードの中でも「伊達政宗の兜」の話が大好きで、真剣な話の後の


「これが、その時に政宗公が被っておられた由緒ある兜の……………レプリカだ。

作ったのはわしのオヤジで段ボール製。」


のオチが大好きだった。

毎年聞いて、毎年お約束のオチに家族全員で大笑いしたのを覚えている。


「子どもの頃、僕が父さんに連れられてここに来た時は蔵に近付くだけで叔父さんに物凄く怒られた記憶があるんだけど、なつきとやよいは何度も蔵に連れてって貰ってるし。

僕に対する態度と違い過ぎない?」


「そりゃあお前、どんな悪さをするか分からんわんぱく盛りのクソボウズとかわいい女の子じゃあ、態度も変わる。」


「クソボウズって!ひどいな、叔父さん!

なつきもやよいも、充分おてんば盛りだけどな。」


「まぁ…蔵のモンを何か壊されても、お前の受け取る遺産が減るだけだしな。わしは知らん。」


夕ご飯の後の私はスイカをかじりながら、ビール片手に楽しそうに昔話に花を咲かせるお父さんとおじいちゃんを見ているのが好きだった。

とても楽しそうで、私までつられて笑ってしまう。


私は面白い話をするおじいちゃんが大好きで、いつもお話を聞きたくて、甘えるようにくっついて行っていた。

妹もおじいちゃんには懐いていたが、元々の気の強さもあってか、あまり甘えるという事は無かった。

そのせいか、おじいちゃんは私をより可愛がってくれていたような気がする。


おじいちゃんは、こんなに優しくて楽しい人なのに、なぜ結婚しなかったのだろう?と疑問に思い父に尋ねた事がある。父は渋い顔をして


「叔父さんには、結婚を誓い合った恋人がいたんだ。

でも、その人が突然行方不明になって今もまだ見つかってない。

叔父さんは、その人を今も好きなんだよ。」


と話してくれた。


おじいちゃんに直接、その恋人の話を聞く事は出来なかったけど、おじいちゃんは時々真剣な顔をして、この辺りの土地にまつわる摩訶不思議な話をしてくれる事があった。 

この辺りでは、一本道で迷うとか、手に持っていた物が突然無くなるとか、怖い話だと、人が急に居なくなったり、何かに取り憑かれたように人が変わったり……そんな話がたくさんあるらしい。


「神憑きや神隠しはな、今もある。

ここいらには妖怪か神さんが居るのか…不思議な事がよく起こる。」


おじいちゃんは、そう呟いて寂しそうに笑った。

おじいちゃんの恋人さんも、今も見つかってないらしいし、もしかしたら神隠しにでもあったのかも知れない。





ある日おじいちゃんが、蔵にあるお宝について、私にだけ面白い話を聞かせてくれると言った。

おじいちゃんの嘘だか本当だか分からない「お宝エピソード」はいつも面白いので、私は喜んで聞きに行った。


蔵の中でも奥の方、小さな階段があってその先に、壁に埋め込まれた棚があった。

その中には古く茶ばんだ紙で包まれたビンらしき物が入っていた。

僅かでも光りに当ててはいけないらしく、紙は剥がせないとの事。 

て言うか、これ何だろう?


「コレはなぁ、果実酒みたいなモンらしくてな。

年代物だが、すっごく甘くて美味いらしいんだ。

わしも飲んだ事はないが…まぁ、酒ではないらしいから…わしは興味ないんだがな…。

すごく美味いってのが、どう美味いかだけ気になる。」


暗に、飲んで感想を聞かせてと言われてるような言い回し。

確かに…そんなに美味しいなんて気になるけど…でもなぁ…ワインとか古い程美味しいって聞いたけど……

まぁ、おじいちゃんが私に毒を飲ませようとするわけないし。


「ふぅん、あまり興味無いなぁ。」


「そうか、なつきは好奇心旺盛だから気になるかと思ったが。

もし、飲んだ時は感想を聞かせてくれ。」


おじいちゃんはイタズラっ子のようにニヤッと笑った。


「飲んだらねー。」


私もニヤッと笑って、二人で顔を見合わせて笑った。

二人だけの秘密っぽくて何だか楽しく感じた。


この日は蔵を出て、おじいちゃんは家に戻り、私は近くの小川に遊びに行った。

小川では妹のやよいが、近所の子とメダカを獲って遊んでいた。


私がメダカの入ったバケツを覗き込もうと近付いたら、やよいがバケツを抱えこんだ。


「あたしのメダカ、勝手に見ないでよ!」


「ナニよ、見るくらいいいじゃないの。」


「イヤよ、あたしのなんだから!」


「あたしの、あたしのって何なのよ!」


生意気な妹の態度にカッとなり、私も大声で文句を言い返した。

いきなり始まった姉妹ケンカに、妹とメダカとりを楽しんでいた近所の子たちもビックリしていた。

別にメダカくらい、川を覗けばいくらでもいるんだけど、これはもう理屈なんかじゃない。

反抗的な態度の妹にムカついちゃったのだから。


散々文句を言い合った後、私はプンプン怒りながら家に帰った。

腹立たしさが収まらなかった私は、何か仕返しをしてやりたいと考え、さっきおじいちゃんに教えてもらった「何か分からないけど、すごく美味しい飲み物」を妹に飲ませようと考えた。

もし、まずくてブーっと吹き出したら笑えるし、妹が美味しそうに飲みきったなら美味しかったと、まぁ、おじいちゃんにそう報告しようかと。


私は蔵から謎のビンを持ってきておいて、玄関先に川から帰って来た妹が居るのを見つけると、コップにビンの液体を2センチ程注いだ。

それは黒く、少しトロみのある液体だった。

もしかして…おじいちゃんが時々飲む養命酒…?

何だかよく分からないけど、と私はバレないように冷蔵庫のコーラを注いで混ぜた。

そして自分のコップにはコーラだけを注ぎ、縁側に移動した妹の所に持って行った。


「やよい、さっきはごめん…つい、カッとなっちゃって…。一緒にコーラ飲まない?」


━━あたしの方こそごめんね、お姉ちゃん。━━


そう返事をする妹ならば、私は妹にコップを渡すのを少しはためらったかも知れない。


「お姉ちゃんって、いつもそうよね。偉そう。」


フン、とそっぽを向いて悪態をつく妹に私はイラッとした。

イラッとしたのでコップを渡すのも忘れ、私はその場を立ち去ろうとした。

より私を怒らせる事を選ぶ妹は、私の手から奪うようにコップを取った。


「あたしのコーラ持ってかないでよ。」


妹は、ありがとうも言わずにコップに口をつけた。

炎天下の下で川遊びをしていて喉が渇いていたのか、コップのコーラをゴクゴクと飲み干してしまった。


「炭酸薄くて飲みやすかった。」


空のコップを縁側に置き、私に持ってけと促す。

「こいつぅう!」と文句を言いたい衝動に駆られる。

一旦落ち着こうと深呼吸をしようとした私の目の前で、妹がいきなりバタンと縁側に倒れた。

頭を強打する勢いでいきなり板張りの上に倒れた妹は、白目をむいて口から泡を吹きながらビクッビクッと大きく痙攣し始めた。


━━えっえっ!?私、妹に毒を飲ませちゃった!━━


見た事がない妹の形相や姿に恐怖した私は、身動きが取れないほど全身を強張らせ、手にしていた自分が飲むコーラの入ったコップを縁側の板張りの上に落とした。

コップが割れる激しい音を聞いて我に返った私は、堰を切ったように泣き叫んだ。


「だっ…誰かぁあ!やよいが、やよいがぁ!!」


私の泣き叫ぶ声で、父と母、おじいちゃんが縁側に走って来た。

お父さんはやよいの身体を抱き起こし、大丈夫かとか、しっかりしろとか、何度も声を掛けていた。

お母さんも悲痛な声でやよいの名を何度も何度も呼び続け、私はわんわん泣き続けていたが、両親に咎められる事が怖かった私は、あの謎の液体を飲ませた事を言えなかった。

真相を知っているのは、恐らくおじいちゃんだけ……


ふと、おじいちゃんが私を見ている事に気付いた。

おじいちゃんは、私が妹にあの液体を飲ませた事をきっと知っている……。

私は何故だか、おじいちゃんの視線に気付いてないフリをしてしまった。

私が気付いてないと思ったのか、おじいちゃんが小声で呟いた。



「こっちの方が良かったんだがな…………

ま、ええわい。」



おじいちゃんの言葉が私の頭の中を埋め尽くした。

え…?私に毒を飲ませたかったの?

私を気に入ってくれてると思っていたのに……………


「や、やよい!やよい!良かった!」


私の思考を遮るように、父が上ずった声を上げた。

妹の意識が戻ったらしい。


「やよい!お父さんが分かるか!」


「……やよい?……わたしは、やよいなんて名前では……

わたしの名は、こずぇ…………………」


「なんか悪さをするモンに取り憑かれたかの。」


おじいちゃんが、お父さんに抱っこされている妹を覗き込み、お父さんに声を掛けた。

おじいちゃんを見た妹の顔が見る見る青ざめ、ヒュッと息を吸い、歯をガチガチ鳴らし始めた。


「あの男を!あの男をわたしに近付けないで!

お願いだからっ…イヤッ!イヤぁぁ!!」


妹は父の身体に強くしがみついていたが、おじいちゃんに腕を掴まれて無理矢理引っ剥がされた。


「叔父さん!やよいに何するんですか!」


「この辺りには、人に取り憑いて悪さをする妖怪みたいなんがいるって何度も話したろうが。

信じようが信じまいが、現にやよいは今、何かに取り憑かれておるよな。」


おじいちゃんは泣き叫ぶ妹の口に、ズボンのポケットから庭仕事に使っていた軍手を取り出し、丸めて突っ込んだ。

妹が何かを訴えながら私や両親を見るが、私たちにはどうしたら良いか分からない。


「大丈夫、わしがちゃんと祓ってやるから。

数日後に迎えに来いと連絡するから、お前らは一旦自宅に戻れ。」


おじいちゃんにそう言われ、私たちは妹を田舎に残したまま自宅に帰った。

父や母は何度もおじいちゃんに、妹を都会の病院に連れて行きたいとか色々おじいちゃんに言ったみたいだけど、おじいちゃんは「医者に見せても治りゃせん」と首を縦に振らなかった。


自宅に帰ってからは、おじいちゃんからの連絡を待ち両親も仕事に行く事も出来ずに、皆、屍のように数日間を過ごした。

父はリビングのソファで頭を抱えてうなだれ、母はリビングの大窓を開けて朝から夕方まで庭を見たまま何時間も静止状態だ。

私は…ずっとベッドの中で自分のせいだと泣いていたけど、このままじゃ駄目だと気を紛らわせるために部屋を出て、お母さんがぼんやり眺めている庭に出た。


背の低いヒマワリが咲く小さな花壇に妹のスコップが刺してある。

あんなにも生意気だった妹が居ないこの家は、何と静かで暗いのだろうか。

そう考えたら、花壇のスコップが妹の墓標みたいに見えてきて、私はそんな考えを振り払った。

それにしても…花壇にスコップを刺したままにして片付けもしないで…何か植えたの?と土からスコップを抜こうとした時にカチンと不自然な音がした。


音の正体が気になり、何が埋まってるのかと少し掘り返してみた。


「なにこれ………ビン?」


密閉された透明な小ビンの中に、黒くドロッとした液体が少しだけ入っていた。

フチの方はもう乾燥しており、内側だけ水分が残っている。何だろうコレ。


「それ…やよいが埋めたのよ。

死んだオタマジャクシのお墓なんですって。」


「え………」


ビンの中には死んだオタマジャクシが詰められていたそう。

お母さんは妹に、やめなさいと言ったらしいけど、妹はお母さんの目を盗んで埋めたのだ。

ビンの中で腐敗が進み、溶けて液体に………………


背筋が凍り付いた。

恐ろしい事を連想してしまったから。

私が飲ませたあの液体は、おじいちゃんの恋人だったのではないかと………

妹はそれを飲んで、おじいちゃんの恋人に身体を乗っ取られたのでは………

いや、それ以前に……その人は本当におじいちゃんの恋人だったのだろうか。

あの異様なまでの怯え方は………



数日後━━

おじいちゃんと妹は行方不明になった。

両親は半狂乱になって警察も呼び、田舎の家の中や辺りを捜索してもらった。

結局二人は見つからなかったが、おじいちゃんの部屋の床下から紙に包まれたビンが数本出てきたらしい。

中身は乾燥しきってもう液体ではなかったらしいが、紙には「コズエ」と書かれていたそうだ。



あれから━━

私の家族はバラバラになった。

父は蒸発し、母は精神的に疲れ果て病院に入った。

私は高校に入ると同時に家を出て一人暮らしをするようになった。


あの日以来、私は色のついた飲み物を一切口に出来なくなった。

あの日の、おじいちゃんが私を見て呟いた


「こっちの方が良かったんだがな…………

ま、ええわい。」


この言葉が忘れられない。

液体の入ったビンが他にもあった可能性が拭い去れない。


私は妹の不幸を願ってでも、おじいちゃんが「コズエ」さんになった妹で満足し続けて、私を「コズエ」さんにしたいと思わない事を願い続けている。


私の前に、濁った色の液体が差し出されない事を祈り続けている。














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