8.「転生、それぞれの“日常強化”」
帯広 ― 白石彩乃の場合
「……んー、今日は味覚セーブモードで行こう……」
制服に袖を通しながら、白石彩乃は冷蔵庫を開け、豆乳をひとくち。口の中に広がったのは、大豆の種類、焙煎温度、発酵状態すらわかるレベルの情報洪水。
「ッッ……うわ、えぐっ。朝からこれはキツい」
彼女の《味覚強化》は、そもそも味を“感じる”というより“解析”に近い。一口で産地偽装や賞味期限のギリギリさまで暴きかねない、食卓の逆探知機。家族も「味の警察官」扱いする始末で、もはや台所に近づくだけで母親が緊張する。
「でもまあ……ヨーグルトは、正義なんだよな……」
冷蔵庫からお馴染みの乳酸菌ドリンクを取り出すと、祈るように飲み干す。
その瞬間――
「っはあああ……生き返る……乳酸菌、愛してる……」
これを朝のルーティンにすることで、味覚の過敏を多少緩和できると気づいたのは転生後。Tweechoで「菌活は世界を救う」というツイートをしたら、地味に“いいね”が伸びていて怖かった。
大きな道に出ると、同僚から声がかかる。
「彩乃ー! 今日も味覚センサーの調子は良好?」
「そんな呼び方すな。人間だぞ、私は」
「“今日はカレー出るよ!”って、上司が言ってた!」
「それは……嬉しいけど……正直ちょっと怖い!」
会社では、毎朝恒例の“味覚レポート”を求められる始末。下手な芸人より扱いがフランクだ。
そんな彩乃の机には、毎朝こっそり、謎のプリンが置かれるようになっていた。
(……また来てる……これ、誰なの?)
一口食べると――
「……こ、これは……製造日、昨日。牛乳の温度が1度高くて、カラメルの焦がし方が10秒長い……」
その味覚フィードバックは、まるでフルオーケストラの指揮者のようだった。
(やばい、また脳焼ける……!)
とりあえず、Tweechoに書く。
@ayano_815
「脳がまた焼けた。プリン犯は名乗り出てください。あとレシピください」
呉 ― 藤堂隼人の場合
「えーっと、昨日の“どこでもブルブルくん”は……やっぱり爆発した」
会社の研究室で、隼人は試作品の断片を見つめていた。振動の加減を誤って、内部の小型モーターが暴走。ゼリーのようにプルプルしていたところを上司に見つかり、こっぴどく怒られた。
「だって課長、これは振動による新時代のストレス緩和機器でして……」
「“カレー”って机に書いた件もまだ許してないからな」
(……あの振動暴走、まだ言われるのか……)
それでも彼の《超微振動操作》は、少しずつ“使えるもの”になってきていた。コンビニのお弁当を“理想の温度”に調整する。カフェで飲むコーヒーの香りを“立たせる”波動を与える――些細だけど、快適を極める方向での進化。
Tweechoの投稿にも少しだけ反応が出てくるようになった。
@hayato_kuromaru
「コンビニの唐揚げ弁当を、2.8秒だけ波打たせると神の温度になる説」
フォロワーが5人ほど「ふぁぼ」してくれた。
「よし……地味だけど、このまま伸ばすぞ……」
そう、地味は武器なのだ。
振動の実験として、机の上のペンをそっと震わせてみると――“カレー”ではなく“ありがとう”と書かれた。
「……やっと誤爆しなくなったな」
この時、転生管理機構第8観測課では――
「ふたりとも、日常スキルが“調和型”に進化し始めてるな……」
ヒトリは、新たな観測ログを書き込む。
【観測ログNo.004】
対象A:反復性スキル応用により、味覚過敏から味覚解析者へ進化傾向。
対象B:振動スキルの誤爆率が3日ぶりにゼロ。自己制御フェーズへ。
主任がちらりと画面を覗き込み、
「プリンの犯人、特定したか?」
「今調査中ッス。AI分析では“同僚5名”が容疑者に浮上してますが……動機が“笑わせたかった”とか“美味しい顔が見たい”とか、イタズラが暴走してて逆に手が出しづらいです……」
「恋愛感情が絡んでくると、転生スキルの暴走リスクが上がる。注意して観測しろよ」
「了解ッス!」