6.「すれ違うふたりと“普通”な日常」
翌朝。帯広。
白石彩乃は、もはや日課となりつつある“味の負担”に備えて、意識的に呼吸を整えていた。
「……今日の社食が怖い……」
会社の玄関をくぐった瞬間、風に乗って漂ってきたパンの匂いがもうヤバい。近所のパン屋の焼きたてあんパンは毎朝の風物詩で、彩乃にとっては半ば拷問でもある。
教室に入れば、周囲の会話が耳に入り、
「ねえ、昨日のツイーチョ見た?」
「また#味覚地獄タグ付けてたよ~、彩乃ちゃん」
「うるせえ、タグ使うな」
机に突っ伏していた彩乃は、心の中でそっと涙を流した。
呉。
藤堂隼人は、その日も“ちょっと便利だけど地味すぎる”スキルを持て余していた。
「振動の精度、確かに上がってきてるんだけどさ……使い道が……」
会社の研修中、ノートの隅で鉛筆を微振動させながら、ノートが自動で文字を書き取る装置の試作に取り組んでいた。
周囲は当然、彼のノートを見てドン引きしている。
「藤堂……おまえ、ノート、息してないぞ……」
「気にするな。未来の文房具ってやつだ」
妙にカッコつけたが、ペンが突如暴走し、隣の女同僚の教科書に『カレー』と震え書いた瞬間、人生終わったかと思った。
「……ッ、ち、ちが……これは、AIが勝手に……!」
「は?」
笑いとざわめきの中、隼人はノートをそっと閉じた。
その日の夜。
Tweecho。
@ayano_815「あんパンの香りで脳がとろける。これが幸福か、狂気か」
@hayato_kuromaru「研修中に“カレー”って書いたら人生詰みかけた。俺のスキル、たまに反乱起こす」
@lizard_kimo「転生者あるあるやな」#転生スキル難民
ふたりのやりとりに混ざる、謎のアカウント。
観測室では、ヒトリが身を乗り出していた。
「誰だこいつ……? 予定にない……観測外部の……?」
主任が即座に操作し、該当アカウントのログを抽出。
「……“旧記録群由来”。……まさか、野良転生者……?」
観測ログが、新たな展開の匂いを放ち始めていた。