1.白石彩乃の場合(北海道・帯広市)
目が覚めると、世界は白く染まっていた。
……いや、最初から白かったわけではない。そこは無音の空間だった。壁も床も天井もない。まるでホワイトアウトした吹雪の中にひとり放り出されたような、不気味で、どこか静謐な場所。
「……え?」
声は、自分のものだった。感覚はある。体も、ある。けれど、目の前に何もない。ただ、足元には微かに光る文字が浮いていた。
【転生プロセス:認証完了】
「転生……? プロセス……?」
彩乃は、二十九歳。帯広市で事務職として働くごく普通の女性だった。彼氏なし、家族との関係も良好だが淡白、職場の人間関係も特にトラブルはないが特別親しい人もいない。趣味は料理とSNSでの飯テロ投稿。人生は、平凡だった。
だからこそ、その日も平凡に始まり、平凡に終わるはずだった。
だが——
「……あのトラック、まさか……」
脳裏に、最後の記憶がよみがえる。通勤途中、交差点の横断歩道でスマホを見ながら立ち止まっていた時、不意に感じた振動、耳元で聞こえた叫び声、そして強烈な衝撃。地面に叩きつけられる感覚。
「……え、ちょっと待って。私、死んだ……?」
【確認:生前終了】【死因:交通事故】【同時転生者数:1名】
【支給スキル:基本スキル×3、ユニークスキル×1】
「え、は? なにそれ? ……ゲームか何か?」
【基本スキル】
・翻訳(全言語対応)
・無限収納(制限なし)
・鑑定(対象の概要を読み取る)
【ユニークスキル】
・味覚強化(味覚精度1万倍/毒物検知・栄養判別機能付)
「味覚……?」
思わず口に出してしまう。味覚? それってつまり、美味しいものが美味しく感じられるってこと?
「いや、嬉しいけど、どう使うのこれ?」
不安がこみ上げてくる。けれどその直後、真っ白な世界がぐらりと傾き、彼女の意識は急激に収束していった。
【転生開始:地域・帯広市/元の時間軸継続/記憶保持/身元・社会関係再構築済】
「ちょ、待っ——」
叫ぶ前に、世界が光に包まれた。