表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/36

9.「それでも日常は続いていく」

――帯広、夕方


白石彩乃は、会社を出ると同時に大きく伸びをした。


「うー、今日もなんとか終わったぁ……」


社食のスパゲッティ・ナポリタンは、彼女にとって一種の味覚地獄だった。ケチャップの酸味、油の香ばしさ、炒めた玉ねぎの甘味、その全てが猛烈に主張してくる。脳内がうるさいにも程がある。


「帰ったら、冷奴で中和しよう……」


その足でコンビニに寄り、豆腐とネギ、あと口直しに炭酸水を買う。


レジ横のホットスナックに目が吸い寄せられるが、「脳が焼けるぞ」と自己暗示をかけて踏みとどまった。


その晩。


@ayano_815

「今日のナポリタン、マジで五重奏。味覚スキルほんと敵」


Tweechoへの投稿を終えると、通知が鳴る。


@hayato_kuromaru

「俺の今日の敵は講義。ノートが震えて“味噌煮込み”って書いた」


「なにそれ、アホだな……」


思わず笑う。


「……って、いや、他人のこと笑えないけど」


どこかで共鳴する誰かの存在。それが奇妙な安心感に繋がっている自分に気づき、彩乃はスマホを胸に置いて天井を見上げた。


「……転生って、なんなんだろうね」


その言葉は、誰に向けたでもなく、ただ空気に溶けていった。




――呉市。


藤堂隼人は、晩飯の後片付けを終えて自室にこもり、ノートPCを開いた。


「うーん……スキルの出力精度は上がってるけど、やっぱり用途が限定的だな」


机の上には、“どこでもブルブルくん・試作二号”が置かれている。今回はUSB接続で可変出力可能。ペットのマッサージや、古いHDDの共鳴修復などに使える……かもしれない。


だが今のところ、隼人がこのスキルで本気を出した成果は、「アイスコーヒーを絶妙な飲み頃にする」くらいである。


そんな彼も、Tweechoに投稿した。


@hayato_kuromaru

「冷奴に細かい振動かけてたら、なんか職人になった気がする」


ふと、@ayano_815の投稿が目に入る。


「味の五重奏で死にかけた」


「……今日も元気そうでなにより」


静かな夜。画面越しのやり取りが、唯一の“似た者同士”の気配だった。




――転生管理機構・第8観測課。


「対象A・B、本日も通常軌道。非言語的接触頻度、着実に増加中」


観測員ヒトリは、日報のテンプレートを打ち込みながら小さくガッツポーズ。


「いいぞいいぞ、このまま自然接触まで持ち込めば、成績評価もワンチャン……」


横の主任がちらっと見てくる。


「報告に“ワンチャン”とか書いたら減給だぞ」


「書きません!」


そのとき、別の端末がアラートを発した。


『観測外イベントNo.7:外部転生体による掲示板言及、増加傾向』


「……やっぱり、誰か見てる。もしくは、既に他にも……」


主任は腕を組み、画面を見つめた。


「野良が出始めてるのかもしれん。どちらにせよ、AとBの周囲の情報は強化監視だな」


夜は静かに、しかし確実に動いている。


そして、その動きの兆しは、思いもよらぬ場所で火種を生んでいた――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ