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第6話 もぐもげもご

・・・


 昔々、あるところにミリアというエルフの少女が住んでいました。

 彼女は冒険心にあふれ、毎日のように村を出ては森や野原を探検していました。

 ある日、彼女は重苦しい静かな森の奥深くでトンネルを見つけます。

 そのトンネルの入り口には、銀色に輝く石が点々と落ちていました。


「なんて美しい石なの!」


 ミリアは思わず声を上げました。少女が好奇心に駆られ、トンネルの中へ入ろうとしたその時、金色の羽を持つ美しいフクロウが飛んできました。


 小さなフクロウは彼女の腕の上に止まると、不思議そうに顔を覗き込む少女を見返してこう言いました。


「この先に行ったらダメだよ」


「あら、どうして?」


「その先には恐ろしいネズミの皇帝が住んでいる。彼はきれいなものを見せびらかしては、お前のような子どもたちを捕まえようとしているんだ」


 小さなフクロウは優しい声で少女を(さと)します。

 けど、彼女はフクロウの忠告に耳を貸そうとしません。


「心配しすぎよ。きっと素晴らしい宝物が待っているに違いないわ」


 そう言ってミリアはトンネルに向かって一歩踏み出しました。中に入ると真っ黒な闇が彼女の上からのしかかり、奥からはぞっとするほど冷たい風が吹いてきます。


 少女は足元にある銀色の石を頼りに進みます。

 けれど、次第にわくわくよりも不安な気持ちが勝ってきました。


 やがて広間にたどり着くと、そこには数え切れないほどのネズミたちが集まっていました。中央には煌びやかな玉座に座る恐ろしいネズミの皇帝がいます。


 皇帝は暗く冷たい目で少女を見つめ、厳かな声で言いました。


「おじょうさん、悪い子だ。この地にあるものが誰の物かも知らずに」


 ミリアはちじこまって震えながらも、勇気を振り絞って言いました


「ごめんなさい。どうかお許しください。何でも償いはいたします」


 ネズミの皇帝はニヤリと笑い、周りのネズミたちに命じます。


「彼女を捕まえろ」


 ネズミの兵士たちは素早く動き、ミリアを(つか)まえました。

 そして冷たい大理石の祭壇の上に寝かせてしまいます。


「そんなにこれがほしいか。ならくれてやろう」


 玉座からおりた皇帝は、銀色の石を少女の体の上に置きました。

 すると、石はみぞおちから彼女の体の中に吸い込まれるように入り込みます。


「欲張りなお前は、また欲張り者を呼ぶ銀になるのだ。」


 皇帝の言葉には魔法がこもっていました。

 ミリアの手は銀色に変わり、少女の目には涙があふれました。


 その時、たくさんの金のフクロウが飛んできました。

 小さなフクロウが引き連れた仲間のフクロウたちは、うすぎたないネズミの兵士たちを追い回します。


「わぁ、これはかなわん」「にげろぉ!」


 小さなフクロウはくちばしで優しく彼女の体をつつきます。

 すると彼女を包む銀の殻をまっぷたつにしました。

 ゆっくりと体が柔らかく戻り、少女は再び自由になりました。


・・・


「――っ!」


 バネが弾けるように起き上がった彼女は、とっさに周囲を見回した。


 細く高い窓から柔らかい陽光が差し込み、数条の光の筋が床に落ちている。

 じめっとしてつめたいトンネルではない。温かい地上だ。


 彼女の体はマホガニーのベッドの上にあり、清潔なリネンのシャツを着せられていた。部屋は真正面に扉があり、自分の他に人の姿はない。


 部屋の様式にミリアは見覚えがあった。

 彼女が侵入したラットキャッチャーの拠点によく似ている。


「なんちゅーメルヘンな夢を……。ちょっと待って、ここは……彼らの。ってことは、ネズミの巣からアルトくんたちに助け出されたってこと?」


 彼女はうめいて、頭を抱え込んだ。来るなと言われて来た上に助けられるとは。

 どの面下げて説明したものか、わからなくなってしまったのだろう。


 するとコンコン、とドアをノックする音が聞こえてドアが開いた。

 アルトだ。

 彼は目を覚ましたミリアをみると、軽やかな足取りで彼女のもとにやってきた。


「ミリアさん、もう大丈夫です。全部終わりましたよ」


「全部? それってどういう……」


「地下に巣食うネズミたちはやっつけました。一匹残らずです」


「一匹残らず? すごいわね。いったいどんな手を使ったの?」


「頭フニャフニャのネズミっぽに特別な手はいらないっち」


「え?」


 アルトの喋り方が妙だ。いや、妙どころではない。

 この喋り方は、地下で聞いたあのネズミたちとまったく同じだ。


「どうしたっち?」


 ミリアはうつむき、彼の足元を見た。黄色いコートの下から密生した毛皮に包まれた足がのぞいている。ハッとなって彼の手を見ると、袖から鋭く尖った爪を生やした汚らわしい指が見えるではないか。


 顔を上げると、フクロウを象ったマスクの下から、黄ばんだ2本の前歯がのびる。


「キキキッ!」


「ぎゃひゃああああああっ!!!」


・・・


「なんとやかましいエルフだ」


「…………」(うんざり)


「もぐもげもご!!!」


「麻酔が弱くなって意識が戻ってくると、こういう風に※せん(もう)を起こすんだよねー。もしもーし」


※せん妄:意識の混濁にくわえて、奇妙で脅迫的な幻覚、錯覚を見る状態のこと。


 トンネルに一時的に寝かされていたミリアは、担架の上で水槽から出た金魚のようにピチピチとはねていた。


 ラットキンの麻酔は即効性の高い強力なものだったが、時間がたったことで次第に麻酔の効果が弱まってきた。意識は戻り始めたが、ひどく混乱していた。


「ジャックさん、どうすれば?」


「うーん。声をかけて手をさするくらい?」


「ふひー!」


「もう大丈夫ですよ。ミリアさん!」


「……ねずみっ!? ちゅちゅーたすけちゅー!」


「こりゃ重症だな」


「ここがどこかわかりますか? 下水のトンネルです。ラットキンに捕まってたミリアさんは、僕たちに助けられたんですよ」


 手を握ったアルトが辛抱強く声をかけ続けていると、次第にミリアの瞳に光がもどる。ぶるぶる震えていた細い手も、次第に落ち着いてきた。


「トンネル……? じゃあ、下水のネズミは全滅してない。ネズミの皇帝も、金色のフクロウもいない?」


「ぷっ、なんだって?」


「何も終わってません。まだ俺たちは地下に囚われたままですし、ネズミたちも元気いっぱいです」


「よかったぁ……いや、全然良くないけど!!!」


「お、正気に返ったな」


「そーかなー?」


「どうしたんですか。ミリアさん。いやそれより、なんで来たんですか!」


「うー……」


 アルトに詰め寄られたミリアは言葉に詰まる。自分よりも年上で体格も劣る相手に子どものようにおしだまっているのは、ミリアからしたら滑稽で情けなさしか無いだろう。


「おおかた金が目的だろ。冒険者らしく、星銀貨に目がくらんだか」


「失礼ね! 最初はそうだったけど……」


「けど?」


「下水道の奥から助けを求める声が聞こえてきて……それで。

 そうだ、あの人は!?」


「あそこまで変異してたらどうにもならん。頭を落として、死体をラットキンどもに冒涜(ぼうとく)される前に死体を焼いてやるしかない」


「そんな……」


「知り合いですかか?」


「いえ、全然知らない人よ」


「そうか。手がかりになると思ったんだがな。クソッ」


「えー? 知らない人のために首を突っ込めるなんてえらいじゃん」


「そんなわけあるか。自分でケツも拭けないヤツの何がえらい」


「……そうよね」


「まぁまぁ。ミリアさん、自分で歩けますか?」


「うん。たぶん歩けると思う。まだ自分の体じゃないみたいだけど」


 そういって彼女はよろよろと立ち上がった。

 頭がおおきく左右にぶれ、みるからに危なげだ。


「一人で歩くのはまだ無理そうですね。肩につかまって」


「……ごめん」


「それでエルフ。お前は何ができるんだ?」


「エルガーさん! 彼女が戦うのはまだ無茶ですよ!」


「いえ、大丈夫。弓が使えるけど今は無理。できるとしたら魔術ね」


「え? でもミリアさんの魔法って……アレですよね?」


「ごめん。あれは半分ウソ。1000年前のエルフが使うような偉大な魔法は使えないけど、使える魔法が基礎だけっていうのはウソなの」


 ミリアが指を鳴らすと、青いドレスを着た彼女の姿が暗みに溶け込んでいく。

 次第に輪郭(シルエット)がぼやけ、闇と見分けがつかなくなった。


「消えた!?」

 

「なるほど潜行か。いつから潜り込んでた? 会議が始まった時からか」


「そのずっと後。貴方たち下水掃除人(ラットキャッチャー)が本当は何者なのか。それを知ってたら、地下に入ったりしなかったわ」


「そりゃそうだ。バカなことを聞いたな」


「…………。」


「ごめん、アルトくん。だますようなことをして……」


「すごい! これはすごいですよ!」


「えっ?」


「完璧な偽装だ! 持続時間は?! どれくらいの大きさまでできます?! ランタンのような発光体に仕掛けることや、糸なんかの細かいものにもできますか?!」


「え、えぇぇ???」


「気にするなエルフ娘。こいつはこういうやつだ。火薬、銃、魔法、ヤツらを始末するのに役に立ちそうな技術なら、肉を前にしたラットキンよりも食いつきがいい」


「えぇ~……わりと気にしてたのにぃ!!」


「どうなんです! 早く答えてください!」


「んと、持続時間は手に持ったものなら魔力の風向き次第ね。身につけたものなら丸一日つかったこともあるかな? 大きさは……自分以上のものは試したこと無いかも。光ってるものは、明かりが小さければたぶん。糸はできる、かな」


「なるほど……。いくつかプランを修正しましょう。ミリアさんが手伝ってくれれば、全員が生還できる可能性がぐっとあがります」


「おう、任せた」

「おっけー」

「…………」(うなずく)


「ちょっと! 命がかかってるのに雑すぎない貴方たち?」


「だってアルトの説明、難しすぎるんだもーん」


「2番目隔壁を開けると、別の隔壁が閉まります。これは説明しましたよね?」


 アルトの質問にミリアを除いた全員がうなずく。


「問題になるのが開く方じゃなくて、閉まる方です。水が流れてるんです」


「あー水をせき止めちゃう?」


「そうです。そして僕らが通った後に隔壁を閉めると……」


「大水が流れ込むってわけか。猶予(ゆうよ)は?」


「わかりません。流量次第ですが、先日雨が降ったのかなり多いかと」


「だけどうまいことすればラットキンを押し流せるよね」


「ふむふむ……。あ、そっか! さっきの姿隠しを全員に使って、ラットキンが右往左往している間に流しちゃう、とか?」


「おいエルフ。できるのか?」


「エルフじゃなくてミリアよ。まぁ……出来なくはないと思う」


「いえ、ラットキン相手に〝人間の〟姿隠しは期待できないと思います」


「えーなんで?」


「あ、もしかして匂い?」


 ミリアのその答えに、アルトは我が意を得たりとうなずいた。


「はい。暗闇の中でヤツらが自由に動き回れるのは、視覚だけに頼らずに音や匂いで補っているからです。ラットキンはとくに血の匂いに敏感です」


 アルトはコートの下から糸の束を取り出すと、エルガーに向かって手を出した。

 彼の何かを求めるような仕草に、元錬金術師は両手をお手上げの形にして返した。

 何のことかわからない、といった風だ。


「エルガーさん、アレを出してください。予備を残して使い切ります」


「本気か? まぁかまわんが」


 エルガーは黒い金属製の球体を数個、アルトに渡した。


 これはグレネードという武器だ。

 丸い中空の鋳鉄の中に火薬が詰まっており、導火線に着火することで爆発する。


 使い勝手に難があって危険な武器だ。下水掃除人ラットキャッチャーの中で普段持ち歩いているのはエルガーだけだった。


「こいつをどうするつもりだ?」


「エルガーさんならグレネードの使い勝手が悪いのはご存知ですよね」


「あぁ。爆発したときの火力は凄まじいもんがあるが、火縄を使う都合上両手を開けなきゃならんくて不便この上ない。投げたところで爆発までの時間があるから、自爆ギリギリまでひきつけないと逃げられる自殺用兵器。それがどうした?」


「そこまで嫌いならなんで持ってるのさ」


「自分用にきまってる。ラットキンに捕まりそうになった時、剣で心臓をつくほどの度胸は俺には無いんでね」


「姿隠しは人間を隠すのには使えない。けどグレネードなら話は別です。ラットキンが興味を持つ匂いを持ってませんから」


「そっか、ミリアちゃんの魔法で隠してズガーン? でもさー、大量の水の問題は解決してなくない?」


「いえ、解決しました。というより、解決させました、ですかね」


「「「?」」」


 下水掃除人(ラットキャッチャー)たちとエルフは顔を見合わせる。

 そんな彼らをよそにアルトは自作の構造図と筆記具を取り出した。


 彼は隔壁の近くにある壁に新しく印をひく。

 アルトがつけたのは二重線。

 それは書き損じなどに対し〝打ち消し〟の意味がある印だった。



ヒロインが出す声じゃない……(w

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