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第4話 地下のものは地下に

「まずはハサミっち!」

「アーイ!」


 助手が執刀を行うネズミにハサミを渡す。鉤爪のように刃先が反ったハサミを受け取ったネズミは、ケープと鎧を留めているベルトをバチンバチンと断ち切っていく。

 たちまちエルフの細い体があらわとなった。


 朦朧としているミリアは恥じらうこともできず、虚ろな瞳で天井を見ている。形の良い唇からもわずかに息が漏れるばかりだ。麻酔が効果を強めているのだろう。


「スベスベ! エルフも毛ナイ? ここにもナイっちゃ。上にしか毛皮ナイ」


「これだとすぐ血が冷える。ヒエヒエ! やっぱネズミはネズミの袋っち?」


「麦は麦、金は金、ネズミはネズミ、生む生む?」


「バカ! もっともっと! 袋を増やしてまぜまぜするする! 言われたっち!」


「忘れっぽには困るっち! 頭フニャフニャはニンゲンだけ!」


「「チチチチっ!!」」


 ラットキンたちは黄ばんだ前歯の間から空気をもらし、奇怪な笑い声を上げる。せわしく体を揺らし、鼻先を細かく振り回している仕草はネズミそのものだ。


「サボサボはワルワル! オペの続き、やるやる!!」


「シシッ! 皇帝陛下からの〝贈り物〟を用意するっち!」


 執刀者が手をふって合図すると、黒頭巾を被ったネズミが真球のフラスコを持ってきた。フラスコは水晶から出来ている。ランタンの光が球体の中を通ると、水晶のヒビが光を散らしいっそうキラキラと輝いて見えた。


 フラスコの中には透明な液体が充填しており、白みがかった石が浮いていた。

 石は角岩(チャート)に似て硬質な面をもち、(あわ)く輝いている。


 次に助手は、まるで卵を割るように大理石の祭壇にフラスコを叩きつけはじめた。

 フラスコには「口」がないため、割らないと中の石を取り出せないのだ。


< ガチャン! >


「チチチ、ヒヤヒヤ、ハットハット!」


「運ぶっち!」


 助手のネズミたちは白石を大きなペンチで挟んで持ち上げる。いつもせわしなく身振り手振りをしていた彼らだったが、石を持ち上げるときにそうした無駄な動きはいっさいしていない。すべての神経を集中して、石を取り扱っていた。


 そっと取り上げられた白石は、祭壇の上に開いていた窪みのひとつにはめられた。(けが)された大理石の祭壇を上から見ると、中央に体を広げた人の形をしたくぼみが設けられている。そのくぼみからはさらに10本の溝が伸びており、溝の先には丸いくぼみがある。白石が収められたのはそのうちの一つ。ちょうどミリアの頭上にある窪みだった。


「次はアルコエストだっち!! 全部ドロドロにするっち!」


「ドワーフの脂もいれるっち?」

「アマニ油とアルコホルとアヘンはどうするっち?」


「ゼンブゼンブ!」


 部屋の中がたちまち騒がしくなった。助手たちは部屋の中にあるもの全てをひっくり返す勢いで作業に取り掛かる。ガラスが割れ、騒々しい音を立ててブリキのたらいが飛び、何かに頭をぶつけ、足の指を潰されたネズミの悲鳴が上がる。


「ヒヤヒヤ! ハットハット!」


「助手共は頭っぽが軽すぎるっち。チチチ!」


 祭壇の奥から大きな丸い鍋が乗った移動式の炉が現れる。動くたびに足元からガタガタと揺れており、とても危なげだ。魔女が使いそうな鍋の横にはエプロンをした2体のネズミがついており、奇妙な歌を歌いながら中身をかき混ぜていた。


「釜に火を入れ入~れ、ド~ロドロ、カッカ」


 鍋の中には血のように赤い溶液が入っている。助手のネズミは鍋にハシゴをかけ、ドワーフの生首や何かの草、薬瓶を丸ごと鍋の中に投げ入れた。

 ついでに何体かの助手も落ちるが、鍋のネズミはかまわず鍋をかき混ぜ続けた。


「アルコエストで中身をドロドロにして、あとは〝運命の石〟に任せるっち」


「執刀長、ちょっとちょっと、きいてほしほし!」


「なんだっち!」


「口からエサ入れる、さっきのニンゲンみたいにガミガミなるなる! 胃に穴を開けて直接エサを入れるのはどうだっち? このエルフみたいに下水掃除人(ラットキャッチャー)に聞きつけられたらコトだっち!!」


「チチチ、新技法だっち! 名案、名案だっち!!」


「うまくいったら仲間にも教えるっち!」


「「チチチチチッ!!」」


 同僚とひとしきり笑って満足したのか、執刀医は祭壇に横たわっているエルフに向き直る。そしてローブを正すと、横にいるはずの助手に向かって手を出した。


「メス!」


「…………」


「メスだっち!」


 声に怒気をくわえて繰り返す執刀医。

 どん、と彼の手に重みが乗る。


「ヒヤヒヤ、ハットハットもいい加減に――」


 そこまで言いかけて、執刀医は言葉を失う。

 彼の手の上には湯気の上げる血を垂らす、助手の生首があった。


「チチチ?!」


 直後、炸裂音と共に散弾が執刀医のアゴから上を吹き飛ばした。黒ずんだ血が壁を染め、小さな脳片が大理石の上を滑っていく。


 血潮を上げる死体の向こうには、数条の白煙を上げるブンダーバスを構えるフクロウのマスクを被った小兵(こひょう)が立っていた。


「アルト! まだランナーがいる!」


「――わかった!」


 ブランダーバスの発砲を見た黒頭巾のネズミは、チチチッと舌打ちをして、刺股を前に出す形で突進してくる。


 アルトはブランダーバスをくるっと回転させると、火薬と鉛玉を紙片でまとめた早合(はやごう)を素早く銃口にねじ込む。そして立った姿勢から石の床に膝をつくが、それと同時に力強く銃床を床で叩いた。


 これは主に海兵が行う戦闘用リロードの方法だ。通常のマスケットは銃身が長いため、ラムロッド(突き棒)を使って火薬を点火口まで押し込まないといけない。いっぽう、銃身が短く口径の大きさに余裕のあるブランダーバスは、銃床を叩くだけで弾込めが可能なのだ。


< ズグゥン!!! >


 重厚な炸裂音がして、黒頭巾のネズミ人間(ラットキン)はズタズタに引き裂かれた。貫通力に劣った散弾といえど、肉薄した状態で喰らえばひとたまりもない。


 革片や金属のリングといった、鎧の破片が血肉と混じって撒き散らされる。

 ラットキンは片腕と胴体の半分を吹き飛ばされて絶命した。


「装填!」


「カバーする! 行け行け!」


 ネズミたちが〝手術〟の準備に夢中になっている間、いつのまにか部屋の中に黄色いコートとフクロウのマスクを被った者たちが入り込んでいたのだ。


 現れた下水掃除人は全部で4人。

 彼らは手慣れた様子で部屋の中を制圧していく。


「チチチ! 降参! 降参!」


 手術助手が手を上げて耳障りな声で叫ぶ。盾を構えて突進するエルガーは、命乞いを無視してラットキンを壁まで弾き飛ばす。すると彼の足元にねじまがったナイフが落ちる。武器を隠し持って騙し討ちする気だったのだろう。


 盾で体を押さえられ、動けなくなったラットキンは呪いの言葉を吐く。

 それに対する返事は鋼の剣でもって行われた。


 実に鮮やかな奇襲だった。衝撃から立ち直る前にラットキンは次々と討ち取られ、戦いはあっという間に終わった。


 じめっとした冷たい石床は害獣たちの血で染まり、汚物と薬品の刺激臭にくわえて鉄の臭いが入り交じった。むせ返るような悪臭のなか、フクロウのマスクをした彼らは武器を構えたまま祭壇に向かっていく。


「見てください、石だ。まだ使われてない」


「再調査だけかと思ったら、現物がでてきちゃったかー」


「静かにしろ。まだ終わってないぞ」


 祭壇を取り囲み、その上にあるものを見た下水掃除人たちは、一部が目をそらし、残りは生唾を飲み込んだ。


「おぉっと、こりゃいかん」


「わーぉ。眼福ってやつー?」


「バカ言ってないで早く保護しますよ! 見てる場合ですか!」


「こいつがお前さんの言ってたエルフ娘か?」


「はい。……ジャックさん、彼女の様子がおかしいです!」


「はいはーい。メディックにお任せあれ。壁のランタン持ってきてくれる?」


「わかりました!」


 ジャックと呼ばれた長身の下水掃除人は、ミリアの首筋に指を当てて脈を確認し、目がランタンの光に反応する様子を観察する。彼女の藍色の瞳は瞳孔が開いており、ジャックの呼びかけにも答えがない。


「うーん。これは……」


「彼女はどうなんですか、ジャックさん?」


「麻酔を掛けられてるだけっぽい。とくに熱がないってことは変異誘発もされてないかな? ほら、祭壇に石も残ったままだし」


「ハッ。運のいいヤツだな」


「で、回収するの?」


「もちろん。置いたままにはしておけないでしょう」


「マスターにどう説明するつもりだ」


「……地下で起きたことは地下にとどめておく。それがルールですよね」


「麻酔で意識が飛んでるし大丈夫じゃない? 全部夢だったってことにすればさ」


 エルガーは喉の奥でうめく。

 納得はしていないが、否定する材料もない。

 そんなところだろうか。


「俺は奥を見てくる。戻るまでにそいつを運べるようにしておけ」


「はいはーい」


「とはいったものの、どうしましょう。彼女の服が……」


 祭壇の下に落ちたケープはラットキンの血と内臓でぐちゃぐちゃになったうえ、戦いのさなかに踏み荒らされている。ボロ同然だ。


 綿襖甲(めんおうこう)はそれよりましな状態だが、破壊された留め具を修理する手立てをアルトたちはもっていなかった。


「鎧のほうはそんなに傷んでないから、とりあえず回収だけしておくー?」


「そうですね。着れる服を探さないと……。エルガーさん?」


 祭壇の奥からエルガーが戻ってきた。

 抜き身になった彼の剣は、血と汚らわしい膿でぬれている。

 その意味を理解したアルトは、小さな肩を落とした。


「奥にもう一人いたぞ。相当に変異が進んでいて、本当に一人なのかどうかも怪しいありさまだったがな」


 エルガーなりにおもんばかった言葉だった。

 奥にいた変異体を見つけ、彼女の悪夢を終わらせたのだろう。


「変異体はこれを身につけていた。身元を調べる足しになるかもしれん」


「金の(くし)? 身分は高そうですね」


「あぁ。どうやら人間を使ってラットキンを作ろうとしていたようだ。人為的に肉体を交配させて、生きたまま血肉を分けて吐き出させる。反吐が出るな」


「うげー。最悪……」


「正気を保ってなかったのがせめてもの救いだな。さて……」


 エルガーは祭壇の近くでいまだ火にかけられたままの鍋を見上げる。

 鍋は赤い湯気をあげ、ひどい悪臭を周囲に放っている。


「こいつはアルコエストだな? これだけあれば変異体の死体を溶かせるな」


「気をつけてよね。足にでもかかったらつま先がなくなるよ」


「わかってる。ラットキンじゃあるまいしそんなヘマはしない。――アルト!」


「あ、はい!」


「服だ。奥にたくさんあった。少なくとも20人はやられてるぞ」


 アルトは投げられたドレスを受け取った。手に触れた生地はふんわりとして柔らかい。絹のベルベットでかなり上等なものに見えた。


「一番いいのを持ってきた。そいつに着せてやれ」


「あ、ありがとうございます!」


「ルールはどうするのさ?」


「それはそいつ次第だ。地下で起きたことは地下にとどめておく」


「なるほどね?」


「あの……」


「アルトが着させてやりなよ。知り合いなんでしょ?」


「う……」


 気恥ずかしさを隠せないまま、アルトはミリアの肌に触れる。

 そのたどたどしい手つきときたら、見ている方が赤面するほどだった。

 アルトは女性を触ることに、まるで慣れていないのだろう。


「そんな風にいちいち息を止めてやってたら、いつまで立っても終わらないよ」


「じゃぁ手伝ってくださいよ!」


「やだ。見てるほうが面白いしー? じゃなかった。担架を作れるものがないか探してこなきゃ」


「ぐぐぐ」


 マスクから出る耳を真っ赤にして、アルトは何とかして着替えを終わらせた。

 ふぅ。と、アルトは激しい戦いの中でもしなかったため息をつく。


 彼が最大の任務を終えると、ちょうどジャックも担架を部屋にあったガラクタを使って担架をでっち上げたところだった。


 エルガーが戻ってきた時には、ミリアを担架に乗せて運ぶ用意が整っていた。


「……〝運命のノルン〟はどうします?」


「手足がもう一本欲しいなら、家に飾るのもいいだろうよ」


「やっぱり放って置くしかないですか」


「ありゃ魔法のつまった火薬樽みたいなもんだ。俺たちじゃどうしようもできん」


「でもエルガーって錬金術師だったんでしょ。なのに知らないの?」


「ハッ。無知にも恩恵がある。そのおかげで俺はこうして命が残ってるし、地上の連中も梁にロープを(くく)らずに済んでいるんだ。さぁ行くぞ」


「はい」


 ジャックとアルトは担架を持ち上げる。

 素人の荒っぽい運転だが、ミリアはうめき声一つあげない。

 ラットキンの麻酔は相当に強力なようだ。


「運命の石ってのは何も格好つけでついているわけじゃない。ノルンは〝そうなるはずだった〟ものを〝そうなったかもしれない〟ものにする。言い換えれば、より不確かな方へ変えていくんだ。錬金術師的にいえば――」


「賢者の石、ってやつですか?」


「どうだかな。愛おしき運命の断片、願望を叶える夢の創造者。様々な美辞麗句でもって称えられるが、奴らの創造物が賛辞に値するものか。賢者の石なんかじゃない。もっとおぞましい何かの切れっ端だ」


 エルガーは憎々しげに毒づいた。

 彼が見せた不快感は、何らかの実体験に基づいているのだろうか。


「さて、ここからだぞ。〝荷物〟を抱えた状態で連中が俺たちを見逃すとは思えん」


「やっぱそうなるよねー」


「下水の仕掛けを使っていきましょう。下水掃除人(ラットキャッチャー)の腕の見せ所ですよ」


「クソッ、こうなる気がしてたんだ」


「行きましょう。そして、地下で起きたことは、地下にとどめなくては」


 担架の先頭に立つアルトの言葉に、チーム全員が力強く頷いた。



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