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第2話 潜行者

 ミリアがアルトの前で使った光術はある種のブラフだった。周囲の風景に溶け込んで潜行する彼女は、光の理を完全に操作して保持できている。


 なぜ彼女はウソをついたのか。普通、冒険者が「実は走るのが苦手です」と言って、自分の価値を下げるような真似はしない。


 こと魔法に関しては、話が別だからだ。


 アインスブルクを始めとして、人間が多くを占める文化圏では魔法についての誤解や迷信が数多くある。魔術師がいるだけでワインが腐り、家畜が病気になると、人々は本気で信じている。


 無学がもとで石を投げられるだけならまだしも、魔女狩りを専門にする狂信的な賞金稼ぎ、ウィッチハンターに火あぶりにされる可能性だってあるのだ。


 酒場で「黒魔法を使う悪いエルフ」を演じたミリアだが、彼女は魔法に関して慎重な姿勢を取っていた。姿を消す魔法が使えることが知れれば、泥棒でも何でも自分のせいにされかない。これが火刑場で学んだ彼女の実践知(じっせんち)だった。

 

(そういえば彼、『みんなのメシ』っていってたわね。となると仲間のところへ帰るはず。食事の時は口がゆるむ。世間話から何か手がかりが得られるかも)


 ミリアは魔法で姿を隠しながらも、慎重に小柄な青年の背中を追いかける。


 荷物を抱えたラットキャッチャーは賑やかな通りを避けるかのように建物と建物の間の小路をつたって、どんどんさびしい場所へと向かっていく。しばらくして彼が足を止めたのは、無数の下水道管とつながった巨大な石レンガの建物の前だった。


 建物は窓が少なく小さい。壁も無骨で飾り気がなく軍事要塞のようだ。敷地の一部は灰黄色のコンクリートによってコの字型に囲われており、中には建物につながった大小さまざまな大きさの下水管が収められている。斜め下に伸びている下水管の先にはドーム型のトンネルがあり、ぞっとするほどの深い暗闇へと続いていた。


(……そうか。下水掃除人ラットキャッチャーは店に入れてもらえない。家も借りれないってことよね。だから仕事場がそのまま拠点になってるんだ)


 ミリアは近くにあった土管の後ろに姿を隠し、遠巻きにアルトの様子をうかがう。


 建物の入口には鋼鉄製のドアがある。扉の下部には荷物を投げ入れる大きめのポストがあり、上には頑丈そうな覗き窓がついていた。まるで刑務所のドアだ。


 大量の食べ物を抱えたアルトはドアのポストを蹴りあけると、その中に食べ物を次々と入れていく。すると内側から外に向かってドアが開き、彼を迎え入れた。


門衛(ガード)付きか。彼も地下は危険だって言ってたし、部外者がそう簡単に入り込めないようになってるわけね)


 土管の影から音もなく離れたミリアは、建物にとりついて侵入できる場所を探す。

 鋼鉄の扉は使えそうにない。ピッキングすべき鍵穴はおろか、ドアノブすら無いからだ。正面のドアは完全に内側からしか開かない構造になっている。


(となると……通気口か窓だけど)


 建物の窓は縦に細く、さらに鉄の柵で封じられている。

 子どもでもここから入るのは無理そうだ。


(なら通気口ね。天井の低い位置か屋根にあるはず。壁を登っていきましょう)


 ミリアはワイヤーのついたフックを取り出すと、機械弓を使って建物の屋上に向かって打ち出した。優雅な弧を描いて飛び立ったフックは空中で花のように開くと、きざみの入ったトゲを展開して平らな屋上の上に足がかりを作った。


(よし、これで登れるわね。)


 ロープを使った登山は野伏の得意分野だ。同じ要領でワイヤー使って屋上に登ったミリアは、すぐに目的のものを発見した。


「さすがラットチャッチャーの本拠地。ネズミ対策に抜かりなしか」


 見つけた通気口には金網が張られていた。ナイフを使って通気口から金網を引き剥がしたミリアは、体を押し込んでダクトの中に入り込む。


(――よっと!)


 ダクトを降りるとそこは倉庫だった。見上げるほどの高さの棚が部屋いっぱいに並べられ、棚の中には木箱やビンがこれでもかという勢いで詰め込まれている。


(掃除用具の倉庫にしては、物資が多すぎやしないかしら)


 違和感をもったミリアは棚の一つを物色し始める。棚にある木箱のほとんどに釘が打ち込まれて封印されており、持ち上げてみるとそれぞれに重さが違う。ズシリと来るものもあれば、空と思えるほどに軽いものもあった。


(中身が違う? 補給品を整理するなら中身(ごと)に並べるはず。まさか――)


 違和感は疑いに変わった。彼女は木箱を手に取ると、床にぺたんと小さな尻を付けて座った。そして金網を外すのに使ったナイフを取り出すと、木箱のフタに刃を差し込んでこじ開ける。すると木箱の中には意外なものが収まっていた。


(これは……(かぶと)?)


 木箱に入っていたのは、亜麻色のリネンに(くる)まれた古風な兜だった。


 兜は頬当(ほほあて)と首後ろを守る補強板が付属したもので、頭頂部にはクレストと呼ばれる兵士の階級を示す飾りがついている。


(重装歩兵の最盛期だった帝政300年頃の軍団兵(リジョナリー)が使っていたものに似ているわね。でも……形がおかしいわ。)


 ミリアが手にしたヘルメットの頭の部分は、前後が異様に長くなっている。

 こんな形では頭にかぶっても安定せず、全く使い物にならないだろう。


(それに……クレストに使われてる「これ」は何なの?)


 馬の毛は染料をよく吸い、丈夫なので装飾品に向いている。古代の軍団兵は階級に応じて染色した馬の毛をクレストに植えこんでいた。


 しかし、この兜に植え込まれている毛は、ごわごわとして針金のように太い。

 とても馬の毛には見えなかった。


(風化して兜が変形、素材が変質したのかしら。それにしては……)


「ま、いっか」と、不可解な兜に首をひねりながらも、彼女は兜を木箱に戻す。


(てっきり下水道を使って密輸でもしてるのかと思ったんだけどなぁ。副業で遺跡調査でもしてるのかしら? 奇妙な物を見つけたらとりあえず保管しておくように大学に言われてるとか……あ! こんな場合じゃなかった!)


 当初の目的を思い出したミリアは、すっくと立ち上がると倉庫の中から外の様子をうかがうことにした。下水掃除人(ラットキャッチャー)の拠点に潜り込むことになったそもそもの理由は、星銀貨が見つかった場所を調べることだ。


 倉庫のドアをそっと開け、廊下をみる。近くに人気(ひとけ)はない。

 これを好機とみたミリアは、猫のように音もなく部屋を出た。


 目指すは下水掃除人ラットキャッチャーが集まっているであろう食堂だ。

 立ち止まったミリアは床に耳を近づけ耳に感覚を集中する。


(左、倉庫、音なし。右、1人。動きわずか、見張り? 肩を鉄板にぶつける音。入口のドアね。 ……前方30歩先。8人以上。会話も。――そこか。)


 反響して床に伝わってくる音だけを手がかりに、ミリアは頭の中で建物の地図を作った。聞き耳を信じるなら正面を進んだ先に目的の場所があるはずだ。


 音を殺して亡霊のように進むミリア。すると次第に人の声が近づいてきた。


 声は廊下に面したホールから聞こえてくる。広々とした空間の中央にはアーチを支える柱が何列にもわたってならんでおり、アーチを並行に押し出したカマボコ型の天井が続く穹窿(ヴォールト)となっている。ホールには壁から突き出した柱がいくつもあり、隠れる場所に事欠くことはなさそうだ。


 そこでは食事をとる人々の和やかな談笑の輪がひろがって――いなかった。


「本当に第一帝政時代の星銀貨が見つかったのか!?」


「買い出しに使わなかった分にも混じっていたよ。アルトのいうとーりさ」


「クソッ。ネズミどもが運んできたのか?」


「それを今から確かめるんだ。動けるチームはいくつある?」


「ここにいるので全員です。アルトとエルガー。それとヴェスのチーム。

 全部で3つの隊が出せます」


「たったの3つかよ? そりゃ用意できねぇっていうんだ」


「やめなよエルガー。不平を言ってもなーんにもなんないよ」


 ホールの雰囲気は異様に張り詰めていた。黄色いコートを着込んだ8人の下水掃除人ラットキャッチャーたちが大きな長机を囲んで立ち、いくつもの羊皮紙をつなげた巨大な構造図を前に殺気立って会議をしている。


 全員がフクロウを象ったガスマスクを被っているせいで、一見すると顔も年齢も定かではない。だがそのうちの一人。見覚えのある青年が動いた。


「僕はもう一度銀貨を拾った場所を調べてみようと思います」


「頼めるか。アルト」


「はい。見つけたのは僕のチームですから。もう一度くらいなんとかします」


「連中と出くわしたらどうする? きっと奴らも探しに来るぞ」


(連中? 下水掃除人たちと敵対している人たちがいるのかしら。……あり得るわね。地下で活動してる本物の密輸人とか、ギャングとか)


 長机の中央に立っていた下水掃除人(ラットキャッチャー)たちのリーダー格の男は喉の奥でうめくと、何かを決心したように腕を振った。


「武器の使用を望む者は挙手してくれ」


 リーダー格が手を胸の前に置く。保留ということだろうか。

 彼の意思表明に続き、その場にいた下水掃除人(ラットキャッチャー)全員が片手を上げた。1対7。彼を除く全員が武器を取ることを望んだ。


「……すまんな」


「マスターのせいじゃないです。みんなで決めたことですから」


 アルトにマスターと呼ばれたリーダー格の男は、マスクの奥でくぐもったため息をつくと、振り返って壁にかけられていたタペストリーを引き()がした。

 すると、布の向こうから壁にかけられた大量の手銃、剣、斧槍(ハルバード)が姿を現わした。


(なによあれ……。ギャングどころか、傭兵団でもあんな武器は持ってないわよ! 剣とハルバードは騎士殺しの黒紋鋼(ダマスク)製。銃にいたっては最新の燧発式(フリントロック)じゃない!)


 8人のラットキャッチャーはそれぞれ壁に向かい、ガチャガチャと重厚な音を立てながら、各人各様の得物を取っていく。剣、斧槍、短槍、盾と、壁から次々に武器が消えていく。


 アルトは8人のうち最後に武器を取った。


 彼が手に取ったのは、銃口が先にいくにつれて広がっているブランダーバスという長銃だ。通常に比べて銃口のサイズが広げられており、散弾を装填しやすいようになっている。散弾は狙いが甘くても当たりやすく、閉所で多数を相手取るのにも良い。


 つまり、アルトは自分たちよりも数が多い相手と戦うことを想定している。

 ミリアは彼が選んだ得物を見て、心の内側にざわつく何かを感じた。


「マスター、銃を使うなら地下に溜まってるガスを抜かなくちゃならんが、排出弁(ベント)は誰が動かすんだ?」


「ヴェスのチームを確保に割り当てる。となると実質的に動けるのは2チームか」


「まぁまぁ、目的は調査であって戦争じゃないでしょ? エルガーのチームはアルトのカバーに集中すればいーんじゃない?」


「ガキのお守りかよ」


「慎めエルガー。アルトだってうまくやってる」


「ジャックさんの言う通りです。調査を優先すればいけると思います」


「うむ。しかし……」


「盗人の隙はあれど守り手の隙ない。理はこっち、ある。」


「マスター。古参のヴェスだってこういってることだし、さ」


「…………わかった。行こう」


 マスターは深く頷きアルトに目配せする。すると二人は何も言わずに黙ってそれぞれ長机の両端にいったかと思うと、手を天板の下に差し込んだ。


 すると「ガコン」と巨大な質量を持つ何かが動いた音がして、床の下から細かい振動と歯車の動きが伝わってきた。


(ちょ、床、床! 長机の前の床が割れてる!!)


 地響きを立て、()れったいほどにゆっくりとホールの床が開いていく。床と床の間から見えてきたのは、暗闇の中、地下へと向かって伸びていく石床のスロープだ。どうやら下水掃除人たちは、ここから地下へ降りていくつもりらしい。


「全員やるべきことを頭に叩き入れてあるな?」


「はい。」


「準備よーしですよ。マスター」


「俺は嫌だ」


「いつでも行ける」


(え? なんか私が思ってたのと違うんだけど、みんな行っちゃう感じ? マジ?)


 ミリアは周りの人々に助けを求めるように左右を見回すが、潜行している彼女が目に入っているはずもない。


 一人でアワアワしているエルフを無視して、武器を持ったラットキャッチャーたちは、次々とスロープを降りてホールから消えていってしまう。


「……よしっ」


(うっ、アルトくんも行っちゃうし!!)


 小さく決心の声を出し、アルトもスロープに足をかけて行ってしまった。

 たったひとり、ミリアだけがホールに残された。


(追いかける? どうしよう……)


 足を前に踏み出しては……戻す。

 進むかどうか迷ったミリアは前衛的な創作ダンスのような動きしていた。

 すると、彼女の長い耳にカタカタと奇妙な音が聞こえてくる。


(げっ!! 床が閉まってくぅぅ!!!)


 開くときと同じくゆっくりと、今度は急かすように床が閉じていく。

 どうやら地下への入口は自動で閉じるらしい。


(追いかける? どうする? でもアルトくんが……)


 彼女が尻込みしている間にも、床と床の間はどんどん狭くなっていく。

 細くなっていく闇に向かって彼女は――()えた。


「ええい、いくしかないか!!」


 床を蹴ってスロープに降り立つと、体が重力で下に滑り落ちていく。

 ほどなくズン、と頭上で床が閉じる音がした。もう戻ることはできない。


(知らない場所だけど大丈夫! アルト君の後ろについていけば! ついて……)


 ミリアは夜目を()らしたが、スロープの上に人影はない。


 8人居たはずの下水掃除人ラットキャッチャー忽然(こつぜん)と姿を消しており、彼女の目の前には誰一人いなかった。


(ちょ、みんな……どこいったのおおおおおおおお?!!)




ここまでお読み頂きありがとうございます。評価、ブックマークの程よろしくおねがいします!

作者の励みになり、更新が加速するおまじないだそうです!!!!

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