相談だけの筈が双方の親も巻き込んでの別れ話に発展した
婚約者にはΩの幼馴染が居る。と言っても兄弟のような間柄でお互い恋愛感情は無いらしい。その筈なのだが……。
俺は雑誌を一緒に見ながら楽しそうに話す2人を見る。自分は完全に蚊帳の外で折角の休み時間なのにてんで意味が無い。
婚約者とは違うクラスだから一緒に居られるのはこの昼休みと放課後だけなのに。
幼馴染は俺と同じΩだからβや他のαを警戒する気持ちは分かる。だから始めは彼も混ざるのは仕方がないと思っていたが、最近は身内しか分からない話題を振るし、俺をハブにしようとする動きが見え見えだ。
思えば紹介された時から幼馴染は自分に対し敵対心のある目を向けていた。あの時は気のせいで流していたけど気の所為じゃなかったという事だ。
今も婚約者と話ながらチラチラとコチラを見て勝ち誇った顔をするし、これはもう確定である。
勿論婚約者には前々から距離が近いとは苦言した。しかし「心配し過ぎ」だの「嫉妬は見苦しい」だの全く取り合ってくれない。
いい加減怒りたいが、β同士の恋愛と違って婚約は親の意向も入っている。だからモヤモヤを抱えたまま、いずれは結婚しなければならないのかと半ば諦めていた。
だがそんな俺に転機が訪れる。偶然だが幼馴染にも婚約者が居ることを知ったのだ。
俺は直ぐにその婚約者に関する情報を入手し接触を試みた。向こうの婚約者は幼馴染同士の距離感を許容しているのかどうか、直に話して確かめてみたかったのだ。それでもし向こうも許容しているのだとしたら、今度こそ完全にお手上げである。
俺は藁にも縋る思いで会ってみた。
陣内と名乗った幼馴染の婚約者は大学生で、雰囲気に華がある人だった。婚約者の昌もオーラがあるが、彼はリーダーシップを取るような人で、陣内さんはただそこに居るだけで自然と目が惹きつけられる感じだった。
たった数歳年上なだけで凄く大人っぽく思えるから少し緊張してしまう。
「はい、君の分」
「ありがとうございます」
アイスコーヒーを受け取って少し喉を潤す。さて、事前に説明していた上でここに来てくれたから、彼もあの2人の状態を良しとしているとは思っていないと信じたいのだが。
「それで、そんなに凄いのかな?」
彼の言葉に自分は意を決して今までの事を全て話した。こういう時に必要なのは事実だけ。どんなに幼馴染が昌と話している最中に嫌味ったらしい顔をしていても、それは俺の主観でしかない。
それでも込み上げるものは抑え切れなくて、時々つっかえてしまう。要領を得なかった部分もあったのかもしれないのに、彼は一切口を挟まずそのまま辛抱強く聞き続けてくれた。
「成程、辻褄が合うね。実は俺のところでもデートの日程が妙に限定的になったり、数回急な予定の変更があった。向こうも忙しいのかと思って、あまり気にしないようにしていたこちらにも落ち度がある。辛い思いをさせて申し訳ない」
「いえ!貴方が悪い訳じゃないですから!」
頭を下げてくれた彼に慌てて両手を振りながら顔を上げるように言う。自分は陣内さんまで責めるつもりは本当にないので反って困ってしまう。
その意図が通じたのか頭を上げてくれて、漸く気持ちが落ち着けた。
「これは親も交えて話さないといけないね。後日また話そう。君も親御さんから都合の良い日を聞いておいてね」
「ですが……」
「親に迷惑かけちゃいけないとか考えたらダメだよ。この問題は放って置けば置く程事態はより悪くなる。自分の未来を守る為にも今日親御さんに話しなさい」
考えていた事を当てられてドキリとする。婚約は親の面子も入っている。自分が我慢すれば平和だし、安心させてやれると思っていたから今まで黙っていたのだが、そこを見事に見透かされてしまった。
今回は陣内さん側の都合もあるし、言わない訳にはいかない。夕飯を食べ終わったタイミングで仕方なく話すと、父さんも母さんも驚いて、叱られてしまった。でも悪い方向ではなかった。
「何でもっと早く言わなかったんだ!父さん達はお前を不幸にさせる為に婚約させた訳じゃないんだぞ!」
「ごめんね……、言えないようにさせちゃってごめんね……っ」
父さんには叱られ、母さんには泣かれ、もっと自分の親を信じてやれなかった事を後悔した。
面子が潰されるかもしれないと言えば、そんな事はどうとでもなると再び声を揃えて叱られ、あれよあれよと親を交えた話し合いの日程は決まってしまった。
それまでの間に今までのデートのドタキャンや放課後、昼休みに幼馴染が乱入してきた日などを出来るだけ思い出してメモをした。
材料集めはこれだけでは終わらない。対策を講じた翌日、お約束のように昌と幼馴染のイチャイチャを眺めながら無言でご飯をかき込む。スマホの録画機能を起動させながら。
メモだけでも証拠になるが、これも併用すれば自分の証言を裏付ける更なる証拠となるのだ。
陣内さんからの入れ知恵だが、これが案外メンタルの安定に効果があった。だって2人がくっついていればいる程証拠になるんだから。あ、今幼馴染がドヤ顔向けた。これも撮れてると良いな。
そうして集めた証拠を携えた陣内さんとの両親も交えた話し合いはとても順調に進んだ。どちらの両親も2人の態度に憤ってくれていて、一々嫉妬する自分がおかしいのかなとも思っていたけど漸く自信を取り戻せた。
昌を詰るたびに「考え過ぎ」だの「幼馴染が困ってるんだから仕方ないだろ」だの言われて半ば洗脳されていたみたいだ。自分の感覚はやはり間違ってはいなかった。
2人の態度はあまりに悪質だと満場一致で判断され、とうとうあの2人の両親も含めての話し合いの計画が立てられた。
表向きは久しぶりに両家揃っての食事という体で、陣内さん側がレストランの個室を抑えてくれていた。後はお互いの婚約者に同じ日時で約束をし、その日を待つのみである。
そうして計画の決行日。既に部屋には俺達と昌一家、そして陣内さん一家が席に着いており、何も知らない昌一家は彼達の方を見て困惑していた。
「お待たせー幸信……って、え……?」
陣内さんを呼ぼうとした幼馴染とその両親が固まる。そりゃこんな大所帯なら固まるだろう。
「どうしたの?座りなよ?」
「私達もこの日を楽しみにしていたのよ?」
陣内さん一家が有無を言わさない態度で席を勧める。しかも席はわざと示し合わせて、幼馴染同士が近くになるように配置していたから非常に不自然な状態だ。
きっと何も知らない人が見たら昌と幼馴染、自分と陣内さんが婚約しているみたいだ。
「今日呼んだのは面白い物を見て欲しくてね」
父さんの言葉に、自分は周りの人にも見えやすいようにタブレットに移しておいた動画を、問題の2人とその両親に見せる。
「ちょっ!何だよコレ!」
慌てた幼馴染がタブレットを取り上げようとするがこちらも躱す。そして動画は更に放課後へと移る。
『ごめん、また佑樹を家まで送らないと』
『今日も?ちょっと過保護過ぎじゃない?』
『仕方ないだろ?あいつはΩだし...』
『俺もΩだけど?』
『あいつはお前と違って身体が弱いし、何かあったら逃げ切れないだろう?』
昌との会話が再生されると、平然としている昌とは対照的に彼の両親はギョッとした顔をする。婚約者と違って両親の方はまともそうで良かった。
「あんた!今までこんな事してたの!?」
「えっ...?だって佑樹はΩだし、大事な幼馴染だし……。大切にしなくちゃいけないから……」
何が悪いのか分かっていない雰囲気の昌に両親の怒りは更に高まる。
「それでも限度ってものがあるだろう!お前が送らなくても友達と一緒に帰れば済む話だ!」
「でも友人ったってβだし……」
「そういうお前はαだろう!」
両親に激怒されて漸く自分がマズい事としていると自覚したらしい。それでも何がマズいのは相変わらず理解してないみたいなので、ここで更に燃料を追加してやる。
「そしてここに今までのLIMEでのやり取りが印刷しております」
念の為逆上した幼馴染に破かれないようパウチ加工した物を机の上に広げる。大体は幼馴染が理由のドタキャン内容だ。
「へぇ?佑樹って身体弱かったんだ?俺全然知らなかったなぁ。しかも頻繁に昌君を呼び出してるし。俺だって連絡くれれば家まで看病に行くくらいの甲斐性はあるのに悲しいなぁ」
「え?」
昌の間抜けな声に呆れてしまう。やはり身体が弱いのは佑樹の嘘だったのだ。
「でも本当に佑樹とは単なる幼馴染で!貴方達が考えているような関係ではなくて!」
「本当にそう思ってるの、昌だけだよ」
いつもの言い訳をしようと声を張り上げる彼だが、この期に及んでさせてやる気は毛頭無い。俺はタブレットを操作して佑樹の顔を拡大する。
「ほらこれ、佑樹君こっちの方見て笑ってるでしょ?これも、これも」
隙あるごとに俺を見て笑っていたのがこの場でバレるなんて夢にも思わなかったんだろう。佑樹君の顔は赤くなったり青くなったりと忙しい。
「スマホは俺の近くに置いていたからこれは俺に向けた顔。少なくとも俺への嫌がらせの為にわざと邪魔をしていた意思はあった。そうだよね?」
「ぅ...煩い!煩い!煩い!」
佑樹君に問えば耐え切れなくなったのか、肩を震わせて勢いよく立ち上がった。
「お前ウザいんだよ!昌の婚約者になったからってポッと出のくせして調子乗るんじゃねぇよ!昌と先に会ったのもオレ!先に好きになったのもオレ!お前が邪魔してる方なんだよ!現に昌はいつもオレを優先してくれてる!昌が好きなのはオレであってお前じゃないんだよ!」
佑樹君の剣幕は物凄く、1人で聞いていたらきっと固まってしまっていただろう。でもこの場には自分以外にも人が居るのだ。
「……なら何故、昌君とではなく俺と婚約したんだ?」
「あ……」
あの瞬間自分の婚約者の事も忘れてしまっていたんだろうなと、一気に血の気が下がっていく彼を顔を冷めた目で見る。昌は開いた口が塞がらない様子だった。彼、昌の前ではぶりっ子してたもんな。
「当ててあげようか?君は俺と彼、両方に囲まれたかったんだろう?幼馴染は好き、でも俺も捨てがたい。一妻多夫のような状態にしたかったんでしょ?」
図星なのか何も言えない様子の佑樹君に引いてしまう。ビッチかよ。
そういえば佑樹君の両親がやけに静かだなと思っていたら絶句していた。目をこれでもかとかっ開いて全身から脂汗を滲ませた状態で声を失っていた。恐らく俺がタブレットで動画を再生させた時からそうだったんだろう。
「お互いこのまま無理に結婚したとしても、破綻するのは時間の問題だよね?だって今後生まれてくる子どもが俺の子かどうかDNA鑑定しなきゃいけないし、もしそれで彼の子だったらどうするのかな?あぁ、あり得ない話ではないよ?薬を使ってしまえば子作りくらいどうとでもなるんだから」
確かに今のままの距離感だったら宅飲みに誘って酒に薬を盛って……な可能性はある。何となくだが陣内さんは別の男との間に出来た子は認知しないだろう。
もしそうなったら昌はその子を引き取るかもしれない。俺の気持ちを全く考えずに、「大事な幼馴染の子だから」という理由で勝手に決めて。
「そうですね……。もしそんな事になっても俺はその子を養いたくない。それにもう俺は昌にとっての都合の良い存在ではいたくないです」
「そんな!?俺が大事にしてるのは本当に拓海で...!」
「何回も幼馴染を優先させておいてそんな言葉、今更信じられる訳ないだろ」
こんなに冷たく突き放したのは初めてだった。でもここに来てそんな言葉を言われるなんて、俺も随分と舐められたものだ。
父さんと母さんの方を振り向くと2人とも力強く頷いてくれた。お前の好きなようにしなさいと。
「もう俺の人生にアンタは必要無い。お互い関わらない未来を歩もうな」
「そんな……そんな……。拓海……」
「見苦しい真似はよしなさい。線引きをしなかったお前が悪い」
この時点で元婚約者となった昌の両親が縋ろうとする彼を止める。あれだけモヤモヤしていたのに終わってみればこんなしょうもない人の事でやきもきしていた自分がバカみたいだった。
「俺からも今後の付き合いは控えさせてもらうよ」
「待って幸信!違うの!違うったら!」
何が違うのか、支離滅裂事を話す佑樹君を無視して立ち上がった彼が此処を出ようと俺達に声をかける。
話が終わった今では此処に居る意味もない。後はある意味お似合いな幼馴染同士で親睦を深めれば良い。どうせ此処は完全個室だし他人に話を聞かれる事はない筈だ。
陣内さん達と互いに挨拶して別れると、父さんが「さて」と仕切り直すように口を開いた。
「お前の憂いも晴れたし、お祝いに何か食べていくか」
「あら良いわね。何が食べたい?」
全てが終わって肩の荷が降りたからか、腹の虫が鳴りそうだ。そう言えばこんなに食欲が湧いたのは久しぶりかもしれない。
「中華かなぁ?春巻きとか食べたい」
「中華なら前から行ってみたい所あったのよ」
背後で何か声が聞こえたような気がしたが、俺達は構わず人混みに紛れるように雑踏の中を歩いて行った。今から自分達は家族水入らずで過ごす予定なのだ。
後日、親戚から陣内さんとの見合い話が来るのだが、それはまだ先の話である。