クリスマスクリスマスと騒がしい
少し前にハロウィンが終わり、今は11月の初旬。11月と言えば、文化の日と勤労感謝の日と三連休が2回あり、大人には何の関係もない七五三があるぐらいだ。そのため、特に盛り上がる行事がないこの時期は、何故かハロウィンが終わった途端に、クリスマスムーブになるのだ。
俺はそんな今の時期が大嫌いだ。何故嫌いかというと、それは大人げないが、単なる嫉妬である。残念なことに、俺は可愛い彼女も仲の良い友人も共に時間を過ごす家族もいないのだ。そんな中で、周りはクリスマスクリスマスと、恋人や友人や家族と、それぞれ楽しめる人と一緒に騒いでいるのが、何とも羨ましくて、同時に嫉妬しているだった。
そんな悲しい人間である俺は、今年もその光景を2ヶ月ほど渡って見ることになるのだと思うと、もう憂鬱で仕方がなかったのだ。
今日は久しぶりに仕事が早く終わったため、ショッピングモールでも行って何があるのか見るかと、気を起こして買い物に出かけることにした。
ショッピングモールでは、もうあちこちでクリスマスの装飾や商品が売られており、クリスマスケーキの受付まで始まっていた。相変わらずクリスマス関連ばかりで嫌になる。
暫くぶらぶらと歩いていると、とある店でクリスマスリースがいくつか売られているところを見かけた。どれもこじんまりとした小さなリースである。
そんな中、俺は何故かある1つのリースに目を奪われてしまった。本当に変哲もないリースのはずなのに、輝いて見えて不思議だった。その輝きに吸い込まれるように、いつの間にかそのリースを手に取っていた。
「お客様、そちらの商品をご購入なされますか?」
店員〜話しかけられてようやく我に返った。本来なら要りませんと断って元に戻すだろうが、どうしても手放したくなくて、気づいたらお金を払ってリースを買っていた。
「ありがとうございました」
その言葉を聞いて、何故これを買ったのだろうと疑問を思わずには得ない。それもそれなりの値段を出してだ。
しかし、商品を返せるわけもなく、仕方がなくそのまま家に持ち帰った。そして、これも何となくだが、流れ的に玄関にそのリースを飾ったのだ。何故か違和感を感じるのに、満足している自分が不思議だった。
◇◇◇◇◇
11月中旬。今日は同じプロジェクトである山下と清水の2人と次のプレゼンの打ち合わせをし、打ち合わせが終わる3人で居酒屋に行った。話が弾んだこともあって、それぞれお酒を飲んで良い気分になっていた。
そして日付が変わり、次の日も仕事であることから、そろそろ帰らなければならなくなり、それぞれお別れする予定だった。
しかし、その時に清水が何と鍵を落としていたことに気づき、清水は酔った勢いもあってか、どちらに泊めて欲しいと嘆願されたのだ。どちらも独身で誰もいないため、泊めることは可能であったが、距離が近いからと言うことで、清水が俺の家に泊まることになったのだった。
幸い、俺の部屋は最低限の物しか置いていないため、綺麗に片付いているし、またそれぞれ寝るスペースあった。そのため、清水をしっかりと寝かすことが出来ると安堵しながら、静かな家に帰った。
家に着いて、清水を玄関に入れると、清水が俺の方向に指を指してきたのだ。
「あれは、クリスマスリースか?」
清水に単刀直入に質問されて、恥ずかしさを覚えてしまう。いい年した独身の男が、こんな物を買っていたら引かれるのではないかと不安に思ったのだ。案の定、清水にして欲しくないリアクションを取られてしまう。
「稲垣、お前浮かれてんな」
「別に浮かれてなんかねえよ」
確かに、先程清水達に恋人も家族も友人もいないと話したのだからそう思われても仕方がない。一応否定はしてみたものの、鼻で笑われてしまい腹を立ててしまう。しかし、その後の清水の言葉に驚かざるを得なかった。
「良いな。俺もこんな感じでクリスマスに浮かれてみたいよ」
「清水はクリスマスを楽しみたいと思っているのか?」
「あぁ、そりゃ願望ぐらいはあるさ。それをする家族や恋人がいないだけで」
どうやら、清水も俺と同じ境遇のようで、何故か親しみを持ってしまう。そんな親近感が湧いた俺は、自分でも驚くようなことを発言していた。
「清水、俺と一緒にクリスマスパーティーしないか?」
「え? クリスマスパーティー?」
いや、本当に何を言っているのだろうか。ただここまで来たら引くに引けなくて、どんどん迫っていた。
「別に清水もクリスマスに一緒に過ごす人がいないなら、同僚と過ごすっていうのもアリなんじゃねえかって思ってな。俺、そういうの経験したことがないから気になるっていうかさ……」
「俺もそういうのに興味がないわけじゃないんだよな。その時期仕事で忙しくなりそうだけど、ご褒美としてやるのも一興かもな」
「なら決まりだな」
そして方向性が決まった俺達は、クリスマスに向けて何を用意するべきか、その日は話し合うことになった。そこでクリスマスツリーや飾り付けの購入などをするか、手作りのケーキやお菓子などに挑戦するか、はたまた何を食べるかをあっちこっちの方向で広がっていき、中々決まらないものの、唯一意見が揃ったのは、チキンを用意すること。やはり、甘いものよりもコッテリしたものの方が俺達には性に合っているらしい。ついでに、クリスマスと関係ないがお洒落にシャンパンを購入することも決定した。
◇◇◇◇◇
調べてみると多くのことがあるようで、アドベントカレンダーとかは1ヶ月前から準備するらしい。何だか楽しそうなので、俺達もしてみることにしたが、そこまで入れるものもなく、ちょっとした飴やチョコなどを入れて12月に備えた。
他にも、コスプレ用の衣装を用意したり、本格的なクリスマスツリーだと飾り付けをするみたいだが、そもそもそんな立派なクリスマスツリーを置ける場所もないので、残念ながら断念せざるをえない。
あとは、クリスマスプレゼントを用意したり、食器やメニューを決めたりするのだが、折角だから親にクリスマスプレゼントでも贈ろうかという話になってそれぞれ相談もした。食器は1度きりしか使わないなら、買う必要もないかと揃えはしなかった。
そんなことを2人で決めていたのだが、山下もどうやら乗り気になり、12月からは3人で計画を立てることになった。まずはメニューも中々決まらなかったが、結局王道のチキンとピザ、サラダ、そしてケーキに決定した。ケーキは頼まずに、周りのクリームだけ塗る簡単なものだが、楽しそうだ。
他にも良い飾り付けを見つけたり、アドベントカレンダーで楽しんだりと、1ヶ月があっという間に過ぎていった。
今まではたかがクリスマスごときにここまで準備するなんて面倒臭いとずっと思っていたが、今回の準備を通して、クリスマスの楽しさがもう分かった気がした。
◇◇◇◇◇
もうあっという間に日時は過ぎ去り、今日はもうクリスマス・イブだ。あとは、準備していたもので目一杯楽しむだけ。仕事も終わったことだし、クリスマスパーティーを始めるとするか。
「「「メリー・クリスマス!!」」」
少し高価なシャンパンで、音を立てながら乾杯をする。いつもの飲み会とは異なるグラスのぶつかる音は、特別な感じがしてなおクリスマス感が出て良かった。普段飲まないお酒も体に滲みて美味しい。このまま酔いすぎないようだけ気をつけないと。
その後は用意していたチキンとピザとサラダを豪勢に食べてどんどんと上にある料理を減らしていく。やはりコッテリとしたものを食べるのは至極の幸せだ。途中でそんなに食べるなよと言い合いながら、あっという間に完食をしてしまった。
さてさて、食べる最後のものと言えばやはりケーキ。と言っても3人とも料理は作るものの、お菓子なんて作ったことがないので、今回が初挑戦となる。正直、クリームを泡立てるぐらい簡単に出来ると誰しも思っていたのだが、これが中々の曲者で、簡単にクリームにはなってくれなかった。交代しながら泡立ててなんとか、クリーム状になったものの、またこれをスポンジに塗りつけるのが困難で、結局綺麗には塗ることが出来ずに、歪なケーキが出来上がってしまった。しかし、味は店のケーキと比較したらそりゃあ店の方が美味しいが、苦労して作ったならぬ塗った甲斐があって、大変美味しく感じた。
そして腹ごしらえが終わると、やはり行いたいのは遊びだ。飲み会や忘年会では山手線ゲームや一発ギャグなんかをやるが、折角だから物がないと出来ないトランプや紙コップレースなど単純だけど飽きないものにした。俺はトランプの大富豪では7回中5回も1位と大勝利を収めていたのにも関わらず、紙コップレースでは不器用過ぎて15回ほどやり直してようやくツリーが出来上がったのだ。勿論、断トツで最下位である。そんなゲームだったが、ここまで思いっきり楽しんだのは本当に久しぶりで、学生時代に戻った感じで楽しかった。
本来ならこれで終わるはずだが、俺は2人に声をかけて終わりの合図を打ち消した。
「これ、清水と山下にあげるよ。俺からの細やかなクリスマスプレゼントだ」
2人は素直にありがとうと言って、その場で開けていた。清水には時計を、山下にはベルトをプレゼントした。お互いに欲しがっていたもののはずだから外れではないと思っていたが、思った以上に喜んでもらえて驚いたも自然と俺は笑みを浮かべていた。
「俺からも2人からプレゼントあるだ」
「あ、俺も俺も。まさか3人揃って同じこと考えていたとは、少し驚いたな」
お互いに顔を見合わせると、何故か可怪しく感じられて爆笑してしまう。こんな風に笑い合うのも久しぶりな感覚で学生時代を思い出すが、プレゼントはかなり高価なもので、やはり俺達はもう社会人なのだと突きつけられた。因みに貰ったプレゼントは、清水からは時計で、山下からはベルトと、メーカーは異なるものの、俺が贈ったものと同じで更に笑いが巻き起こった。
◇◇◇◇◇
日付は変わり、クリスマス。この日はもう騒いではいけないため、俺達は後片付けをすることになった。折角用意した飾り付けもアドベントカレンダーももう始末しなければならないと考えると、とても楽しかった反面、寂しさが込み上がってくる。
そんな中で手に取ったのは、衝動的に買ってしまったクリスマスリース。これは未だに輝きが褪せてないように見えて、とてもではないが捨てる気分になれなかった。だから、2人にこれはそのまま置いておいてと言うと、少しだけ呆れながらも折角の思い出だから残して置きたいよなと言って、触れることはなかった。
片付けも終わり、もう深夜の2時。2人はそれぞれ家に帰っていった。いつもの寝過ごすところに戻っただけなのに、今はこの空間が少しヒンヤリとして大きさ寂しさを感じた。
◇◇◇◇◇
あれからは、楽しかったとたまに語り合うことあるものの、年も明けたこともあり何もなかったかのように仕事に打ち込んでいる。
ただあのリースだけは、場所が変わらずそのまま残り続けているため、俺は帰る度にあの楽しいクリスマス会を思い出すのだ――今までで1番楽しかったあのクリスマス会を。
そして、クリスマスクリスマスと騒ぐのも悪くないなと毎回思うようになっていた。