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トカゲ

作者: Bassist Takeyan

どうしたことか。ふと目を覚まし、横になったまま部屋の壁の上部に目をやると、そこにはトカゲがいた。


初夏を思わせる少々暑い、でも冷房をつけるほどでもない。そんな気候ゆえに、窓を全開にしてうたた寝をしたのがよくなかったのだろうか。そこにいるのはたしかに1匹のトカゲだった。


苦手なトカゲを目の当たりにして動揺した俺は横になりながらさてあのトカゲをどうしようかとそのまま再び目を閉じて頭を回転させる。


外に追いやらないとこの部屋でこのあとの時間を過ごすことが難しくなる。


いいえ、正確には過ごすことはできる。しかし苦手なトカゲがずっとここにいる状態でのそれはかなりのストレスになってしまう。


優しく掴んでパッと外に逃してあげることができたらどんなに楽だろうか。


解決策が見つからない。このままずっと同居になるのだろうか。いやいやそんなことがあっていいものか。


殺生はしたくない。苦手だとはいえ、動物の命をむやみに殺めることにはさすがに抵抗がある。


唯一の友だちともいえる利夫に電話しようか。「ウチにトカゲが入ってきたから捕まえて外に逃してほしい」。


よし、決めた。恥ずかしいがこれしかない。そうして目を開けるとそこにはトカゲの姿がなかった。


窓は開いたまま。


来た道をそのまま戻って外に出たのだろうか、寝る前の部屋そのものになっていた。


ふと時計に目をやる。18時半。


だいぶ寝たなと思いつつ、昼食が早めだったのでそろそろお腹が空いてきた。


スーパーで買い溜めしたカップ麺があったっけなと思いながら、台所に立ってケトルに水を入れて沸騰させる。


そうだ、窓を閉めておこう。


窓を閉めようとしたそのとき、窓枠にさっきのトカゲがいることに気づいた。


至近距離で気づいたのもあり、ヒッと声が出たのは恥ずかしいものがあるが、誰かに聞かれたわけでもないし、自分としてはまだ部屋を出ていないのかという残念な気持ちが勝る。


ちょうどケトルが高音を響かせる。


台所に戻り、カップ麺に湯を注ぐ。


結局今日の夕食は台所でのカップ麺立ち食いだった。間接視野に入るトカゲが嫌でも気になって、今思うとなんのカップ麺を食べたのかさえ思い出せない。


あと数センチ、あと数センチだけ外に向かって動いてくれれば、すぐ窓を閉めて問題解決だという状態において、その数センチのためだけに利夫に電話するべきなのかと、そんな葛藤が頭をよぎる。


そうだ、虫取り網。そうすれば直接触ることなく逃すことができる。


我ながら名案だと思い、近所の100均へ向かうことにした。防犯上よくないが近くにトカゲがいるということで窓は開けたままにした。


時間にして15分。運動不足には適度な運動というくらいの早歩きで100均に行き、虫取り網を買い、まっすぐ帰ってきた。


ドアを開け、部屋の電気をつける。


トカゲは窓枠にいない。


念のため部屋中をくまなく探す。しかしトカゲは見つからない。


窓を閉める。同時に安堵の息が漏れる。


虫取り網を買ったのは無駄金だったが、結果的にトカゲが部屋から出ていったという安心感が大きい。


トカゲに勝ったのだという、よくわからない感情が芽生えた。


ちょうどそのとき、スマホが鳴った。利夫からだ。


「ウチにトカゲが入ってきたから捕まえて外に逃してほしい」


なんということだ。まったく同じシチュエーションに利夫が遭遇している。そして利夫もトカゲが苦手なのか。知らなかったのだけどそういう妙な共通点があったから変わり者の俺と友だちになれたのかもしれない。


「任せろ。今から行くから待ってろ」


スマホを切り、虫取り網を手に外へ出る。


5分程歩いたところに利夫のアパートがある。インターホンを鳴らし、部屋に招き入れてもらう。


あぁ、なんということだ。トカゲが2匹いるじゃないか。番い(つがい)なのか。


利夫もまた、窓を開けて寝ていたということ以外はなぜこのような状況になったのかは理解できないとのこと。


しかし任せろと言った手前、俺がどうにかしなくてはいけないと思い、利夫に「用意がいいね」と言われた虫取り網を持つ手に力が入る。


こうなったら勢いだと言わんばかりに「えいっ!」と一振り。1匹のトカゲを捕まえた。


窓は閉まっている。「窓を開けて!」


「…もう夜だよ?今開けたら虫が入ってくる」


利夫は何を言っているのか。今のこの状況が掴めていないのか。トカゲを苦手としている俺がトカゲを捕まえた。それなら窓を開けてさっさと逃がすべきだろう。


一体利夫は何を求めているんだ。電話では逃してほしいと言ったはずだ。でも虫が入るから窓は開けられない。お前は何を言っているんだ。


そのときもう1匹のトカゲがカサカサと動き出した。


ヒッと2人の声が揃った。情けない声を人に聞かれたが2人一緒なら恥ずかしいもなにもないだろう。


そして反射的に虫取り網を持つ手を離してしまった。


捕まったトカゲが網から逃げ出した。2匹のトカゲが部屋中を走り回る。


恐怖のあまり2人は部屋から飛び出した。


利夫の部屋の住人がトカゲに入れ替わった瞬間だった。


部屋の中には置いてきてしまった虫取り網。そして新たな住人となった2匹のトカゲ。


「なぁ」


「ん?」


「今日はウチ来いよ。トカゲもいないし、今日くらいなら部屋を空けても大丈夫だろ」


お互い大学生という身分、仕事もないので今日は俺の部屋に来ることにした。とりあえず今日はそうすることにして、明日また考えよう。明日の明るい時間にリベンジすれば、そうすれば窓を開けられるしどうにかなる。部屋に入るのは怖いけど、きっと、きっとどうにかなる。そうポジティブに考えることにした。


お互い友だちだけど、お互いよく遊んだりご飯を食べたりするけど、お互いなぜトカゲが苦手なのかは知らない。無理に聞くことでもないし、自ら言うことでもないだろう。そもそも今日のことがなければ一生触れられることのない話題ではあっただろう。それでも友だちなのだからそれでいいだろう。お互いそのことに触れずに黙って歩いて自分のアパートへ向かった。


夜になってもほのかな暑さが残っている。今年も夏が始まる。


「ただいまー」


一人暮らしなのにただいまと言ってしまうのは変かなと思いつつもこれはもはや口癖なのである。


「お邪魔します」


利夫も毎回改まった言い方である。


「俺もう夕飯食べちゃったんだよね。利夫は食べた?食べてないならカップ麺ならあるけど…」


と言いながら居間の電気をつけた瞬間、視界に入ったのはたしかに、そこにいるのはたしかに1匹のトカゲだった。

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