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宝くじ

作者: 宮野ひの

 よし、宝くじを買おう。

 ふとした瞬間に何度も思ったことだけど、結局実行に移した試しがない。

 

 3億円が当たったら、私の悩みもすべて消えるだろう。ブラック会社も辞められるし、DV彼氏にも自信を持って「別れてください」と言えるだろう。不安があるから、何かにしがみつかないと生きていけない私が、初めて自由になるための行動に移せるのだ。


 だけど、私は宝くじを買うことができない。


 ショッピングモールの前にある、宝くじ売り場まで行くことはできる。しかし、いつも素通りしてしまう。


 宝くじは1枚300円。その気になれば、何十枚でも万百枚でも買える。だけど、何故、実行に移せないんだろう。


 自慢じゃないけど、私は運が良い。子どもの頃、駄菓子屋のくじを引く時、1等または2等が出ることが多かった。お兄ちゃんが集めていたアニメフィギュアも、

私が「これじゃない?」と指差したものがシークレットで当たりだった。だから、宝くじを買ったら本当に3億円が当たるかもしれない。


 幸運を手にすることが怖いのだろうか。仕事で上司から褒められると嬉しくなるけど、何か下心があるのだろうかという邪な考えが浮かんでくる。DV彼氏も「今日は俺が奢るよ」と変に気前が良いと気持ちが悪い。結局、私が「お金あるの?」と余計なことを聞いて、お腹を鈍く殴られるのが習慣になっている。


 今の時代は、ネットからでも宝くじが買えるらしい。24時間いつでも好きな時に、3億円が当たるかどうかワクワクする権利を買えるなんて、魅力的な響きだと思う。だけど、私は宝くじを買うことができない。


 私は今の状況を楽しんでいるのかもしれない。いつでも買えるものを、あえて買わない選択を取ることで快感を得ている。その気持ちを忘れないように、時々、宝くじ売り場に行ったりHPを見たりして、臨場感を高めている。


 「みーちゃん、ついてきて」


 彼氏が私の名前を呼ぶ。手を優しく絡めてきた後、一瞬だけ強く握り締め、鈍い痛みを走らせる。前方には宝くじ売り場があった。


 「俺、スクラッチ買うから。そんで500万当てる。だから見てて」


 何の根拠で言っているの。馬鹿じゃないの。宝くじなんてそうそう当たらないよ。だけど、素直な思いを口にすることはできない。殴られるから。


 彼氏は200円のスクラッチくじを選んだ。大金を当てると意気込んだのに、たった1枚しか買わなかった。いくじなし。


 店員さんにスクラッチくじを手渡された後、10円玉を使って結果を見る。


 ーーー残念、ハズレ。


 「……なんだよ」


 内弁慶の彼氏は人前ではキレたりしない。わかりやすく不貞腐れるだけだ。しょんぼりと下を向いて、バツが悪そうな顔をした。


 「…………スクラッチくじ、今と同じやつ、もう一枚ください」


 考えるより先に行動していた。自分でもびっくり。私は店員さんからスクラッチくじを受け取った後、彼氏を見た。鳩が豆鉄砲を食ったような表情の中に、予定調和という安堵感を感じた。一秒ほどの間が空いた後、顎をくいっと突き出した。きっと「お前が削っていいよ」の合図だろう。


 あっ、絵柄が3個揃っている。やった、200円当たった。


「みーちゃん、でかした」


 彼氏が私をギュッと抱きしめる。店員さんの目も気にせず、優しい抱擁をくれた。


 500万円が当たったかのようなリアクションをしているけど、たった200円しか当たっていない。むしろ彼氏が先に買ったスクラッチくじと合わせると、200円損している計算だ。なのに、なんでそんなに無邪気に喜べるんだろう。


 私はゆっくりと目を閉じる。すべての嫌な出来事を忘れるかのように。彼氏を押し退けるわけでもなく、抱擁を返すわけでもない。何かにしがみつかないと生きていけない私だけど、誰かにしがみつかれている時は不安がなくなる。


 私は今後、宝くじを買うことはないだろう。500万円すら簡単には当たらないんだから。


 だけど、隣に彼氏がいて、悲しそうな顔をしていたら、つい買ってしまうかもしれない。一瞬でも喜んでくれるなら安いもんだ。だけど万が一、3億円が当たっていたら、その場で別れてやる。


 私たちの後ろには、疲れた顔をしたサラリーマンがいた。宝くじ売り場を占領している若いカップルが鬱陶しいのか、鋭い視線を投げる。チッなんて舌打ちも無視できるほど、私はこの世のすべてがどうでも良かった。

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