9. 隣国王家〜8年後〜①
ここはダイラス国の王宮にある食堂。王と王妃、二人の間に生まれた王子たちが勢揃いしている。
そこに側妃とその息子の姿はない。黙々と進められる朝食、そしてデザートがあと少しで食べ終わるというところで食堂の扉が開いた。
「「おはようございます。陛下、王妃様、王子様方。本日のご機嫌はいかがでございましょうか?」」
入室してきたのは側妃とその息子。
「………………」
王は無言で彼らを迎える。
「おはよう。今日は公務も立て込んでいないし、とても良い気分よ」
茶化しながらも上品に笑う王妃。
「おはよう、側妃様、ブランク」
第一王子のマキシム・ダイラス 16歳。背筋をぴんと伸ばし優雅に口元に運んでいたカップを音をさせずに戻す。
「おはよう、側妃様、ブランク」
第二王子のユーリ・ダイラス 14歳。少々こちらは姿勢悪く頬杖をついている。
「おはよー、側妃様、ブランク」
第三王子のルカ・ダイラス 13歳。側妃とブランクに向かって両手を振っている。
立派な姿に、愛嬌のある姿にお付きの者たちは誇らしげな顔をしている。そして……側妃とその息子には侮蔑のこもった視線を向ける。王家の汚れでも見るかのように。
王家の面々の余裕のある優雅な姿と使用人たちの殺伐とした姿……その差に朝から心痛がするが、顔には出さない。王妃たちの優雅さはときに人を追い詰めるのだ。自分などなんの価値もないと言われているようで……。
王が立ち上がり食堂を出ていき、王妃と王子たちも続く。頭を下げその姿を見送る中……
「今日のスクランブルエッグふわふわで美味しかったよ」
楽しみにしててね、と器用にウインクをして去っていくルカ。
「「はい、ルカ王子」」
我々にそれは提供されないでしょうが。
彼らの姿が見えなくなった後、末席に相対して座る二人。二人の前にコトンッコトンッとお皿が置かれる。そして、先程王たちが食べていたものと同じものが提供される。ただし湯気の出ていない味の薄いパッサパサのものだったが……。
ここが巧妙なところだ、庶民たちからすれば十分おいしい味。だって、一流の王宮料理人が作ったものなのだ。変なものを入れなければ不味くなるはずなし。ただ薄い。
そもそも庶民が好きなように調味料をふんだんに使うことはできない。自分たちが食べているものは非常に贅沢なものなのだ。……庶民から見れば。
言ったら庶民のことをなんとも思わないとか、贅沢な側妃等言われてしまう。だから文句は言えない。
そして、食事を口に運ぶ度に注がれる強い視線。冷笑。表立って何か大事をされることはない。だって彼女たちが金蔓なのはわかっているから。毒を盛って万が一のことがあったら援助がなくなる。それがわからないものは食事係にはなれない。
彼女が王宮に貢献しているのは理解しているのに蔑みの視線が減ることはない。
美しく
聡明で
慈悲深い。
しかし……
残酷
非情な
王妃
ある意味王妃らしい彼女を崇拝するものは多い。側妃と王子は王妃にとって邪魔者にしか見えないのだろう。実際3人も王子がいるのにこれ以上はいらなかったと思われても仕方ない。
彼女が慕われているのは誰よりも王妃らしいからだ。ただ金を持っている。いや、資産家の親を持つだけの側妃とは違うのだ。
王に嫁いで10年。王宮であった喜ばしいことといえばブランク絡みのことだけだ。誕生、立った、歩いた、話した……日々の成長だけ。お付きの侍女たちも王宮から用意された者ばかり。
着替えの時に無遠慮に視線を向けられ、鼻で笑われたり。
……一体誰と比べられたのか。
ブランクの普段用の衣服に使われる布を安ものにされたり。
……これまた王族としてはありえない安物だが、庶民から見れば素晴らしいと言えるものなので、文句など言えなかった。
冬に生温いお湯のお風呂にされたり。
……庶民は毎日お風呂に入ることはできないし、温かいお風呂にも入れない。これも文句など言えなかった。
本当に……本当に些細な嫌がらせがずっと続いている。
庶民から見れば上等な生活。しかし、王族としてはあり得ないと言える。しかしそれを声高らかに言うことはできない。あの王妃にそんなことを言ったと知られた日には、きっと手を握り気づかなくてごめんなさい、と儚げに涙を流すだろう。そして嫌がらせをするものたちを毅然と処罰する。
が、その後に待っているのは……王宮で働く者たちからのより一層冷ややかな視線だろう。
今自分たちが生きているのは、実家の財力。そして必要以上に存在を消しているからに他ならない。王妃たちの邪魔にならない存在。自分たちはうまく対応できている。だってブランクを無事に8歳まで育てることができたのだから。
それこそが一番大事であり、万歳するくらい喜ぶべきことだと自分に言い聞かせている。
しかし、
しかし……
虚しい……。
王妃たちからは無の感情を、使用人たちからは侮られ……更に嫌がらせまでされる。
そして……何よりもあの視線。
使用人たちが向ける、王家のものに向けるとは思えないほどの冷ややかな遠慮のない視線。
王妃が向ける穏やかでありながら、なんの感情もないーーーすなわち相手する価値もないという視線。
それらが自分たちを蝕んでいく。




