21. 出発
こちらはカサバイン公爵家。階段前からドアまでズラーッと並ぶ侍女と執事、侍従により立派な道ができている。その道を一歩一歩ゆっくりと歩むのは末っ子娘のアリスだった。
執事長と侍女頭によって玄関のドアが開け放たれるとカサバイン家の紋章が施された豪華な馬車が現れる。
「「「行ってらっしゃいませ、アリス様」」」
居並ぶ侍女と執事、侍従からいつも通りの言葉が出てくる。思わず溢れる笑み。
「ええ、行ってくるわね」
馬車の傍に控えているのはかつてアリスが怪我を治療したフランクだ。彼はカサバイン家お抱え騎士からアリスの護衛になっていた。フランクから差し出された手を断る。アリスは足にグッと力を込めると一人で馬車に乗り込んだ。
フランクは軽く笑うとイリスに手を差し伸べた。一瞥するだけでイリスもアリスの後から一人で馬車に乗り込む。フランクは二人共逞しいな……と苦笑いだ。そんなフランクを尻目にアリスは言う。
「出発」
と。
~~~~~
馬車に揺られること数十分。窓から外を眺めながら静かに思い出し笑いをする。
行ってらっしゃいーーーとは。
侍女も執事も侍従も。
そして、家族たちも。
見送りにはいなかったが、ちゃんとそれぞれに事前に挨拶に行った。今日は両親も兄姉も仕事で不在だった。王家もとい王妃が最後の嫌がらせとばかりに皆に仕事を割り振ったのだ。結婚が決まってから彼らの誰一人からもおめでとうという言葉や幸せにという言葉はなかった。普通嫁に行く娘や妹には言うものじゃないだろうか。
流石に母と父からは一応結婚に関しての言葉はあったけれど。
「あなたはカサバイン家の娘。それは結婚しても決して変わらないわ」
「おまえはカサバイン家の娘。それは結婚しても決して変わらない」
のみだった。いつでも出戻っても良さそうで安心する。
まあ家族のことは良い。どうせまたすぐ会うことになるだろうから。それよりも結婚相手はどんな人なのだろうか。アリスとてまだまだお年頃の乙女。4人の王子がいることは知っているし、彼らの情報は取得済みだった。
まあ誰がアリスのお相手かはわかっているが、実際に会って話したわけではない。彼にも色々と事情があるようだが仲良くしていける方が良いに決まっている。最悪うまくいかなくても彼女は自分の歩むべき道を歩むのみ。
それにしても……
「やっぱり見てから出ればよかったかしら……」
ポツリとアリスがつぶやく。
今夜から明朝あたりにカサバイン家の邸宅では大掃除が行われるはず。
「何かおっしゃいましたか?アリス様」
アリスに声をかけてきたのはフランクだ。彼はゆったりと馬を操り馬車の窓に近づいてきた。
「ん~~~、いや大掃除が終わった後に出るべきだったかなぁと思って」
アリスの言葉にアッハッハと大声で笑うフランク。
「御冗談を。そんなに興味ないでしょう?気になるなら戻っちゃいますか?」
「戻らないわよ。興味がないというわけではないわよ。最後に相手のギャフン顔を見たいと思うものでしょう」
「へ~アリス様もそんなこと思うんですね。アリス様は人とはズレてますからそんなこと思わないと思ってました」
「失礼ね」
「いやいや、虐げてくる相手を可愛いとか思うなんてやばいですよ。いわゆるドエムというやつですか?」
「アリス様は違うわよ。むしろドSよ」
フランクの言葉をバッサリ切るのは馬車に同乗しているイリス。
「アリス様は強者に噛みつく自分をライオンだと勘違いしている虫けらがライオンのように振る舞っている滑稽な姿を見るのが好きなのよ。勘違い野郎の言動を何も反論せず馬鹿にするのが大好きなドSなのよ。ね?アリス様」
「………………」
「だからギャフン顔なんて興味ないわよ。だってお愉しみの時間が終わっちゃうんだから。ね?アリス様」
「………………」
この侍女は何度もね?ね?と。主人が返事をしない意味がわからないのだろうか。
「いやいや、でもやっぱり自分を軽んじてたやつがギャフンとされる瞬間は見たいものじゃないですか?ね?アリス様」
どいつもこいつもね?ね?と。フとアリスはフランクに向かってニヤリと意地悪く笑う。
「あらあら……あなたは昔可愛がってた新人兵士くんのそんな姿が見たかったのかしら?」
かつて彼が可愛がっていた新人兵士。アリスの指示に従わずフランクに大怪我を負わせた彼は、あの後も反省せず指示には従わず。怪我したのもフランクの実力不足。彼よりもたくさんのワイバーンを倒した自分は彼よりも実力が高いと傲慢な態度を取るようになってしまった。
「見たいです!!」
勢い込んで言う彼に若干引くアリス。昔はもっと穏やかで優しい印象だったが。一体誰の影響を受けてこんなに腹黒になってしまったのだろうか。関わらないでおこうと思ったアリスはイリスの方を見る。
「あなたは?彼女たちの姿を見たいと思う?」
彼女たち。昔、アリスのアクセサリーを勝手に持っていった……もとい盗んだ使用人たちのこと。
「特に何も思わないです。あっちは私が侍女になったら生意気だとでも思ったのか無視でしたし。でももともとアリス様に従う使用人なんていなかったので、誰かを頼るつもりはなかったですし。彼女たちとそもそも会話する必要もなかったので痛くも痒くもなかったですよ」
アリスは彼女にも引いた。昔はいろいろなことに驚いたり新鮮な印象があったのに、いつのまにやらこんなドライ人間になってしまったのやら。誰を見てこんなふうになってしまったのやら。
アリスは彼女たちが自分に似てきていることに知らん顔してとりあえず、寝ることにした。
決して自分のそばにいるからこんな人間になったわけではない、と自分に言い聞かせながら微睡み始めた。




