import nextworld
機械化率58.4%、戦場で傷つく度に私の有機体部分は機械に置き換わっていく。皮膚はほとんどがシリコン製になって何も感じない。だが指にはまだ感覚が残っていて、水や砂が指の間からこぼれ落ちる感覚や人の温もりも感じることが出来る。
機械化率が100%近いアンドロイドはむき出しの機械の骨格で戦うが、私達は合成樹脂の皮膚をまとい、町中で擬態するためコスプレをして警護の仕事をする。
今回の警護対象は端末からウイルスを敵に送り込む工兵で100%有機体からなる男である。強力なファイアウォールをこえるため私はその男と敵が支配する地域に侵入していた。
私は廃墟の商業施設で座って作業をする男の横にマネキンのように立って警備をしていたが、ふいに軽いめまいを感じた。
「すまない、ジャイロセンサーが不調だ、君の肩に少し手をかけていいか?」
「問題ない、このウイルスを投入したらセンサーの調子をみてやろう」
「ありがとう」
私は指先でその男の肩を触ると伝わってくる温かさを感じた。特に押し付けるでもなく肩の表面をなぞるように首筋まで指をはわせた。私はわずかに残った有機体部分から送られてくる微弱な電気信号の揺らぎに恍惚となっていたのだが、首筋まで指をはわせると男が身じろぎをするので、すまない、と言ってまた肩先に指を移した。そうすると男は、問題ない、と言う。私は何回もそうするのだが、男はこばむことは無かった。
だが何度も行っていると、ここは安全だ横に椅子を置いて座れ、と言われたのでそうしたが、また体が横に揺れるので許可をとって太ももに指を置いた。男の背筋に緊張が走ったのを感じたが私は姿勢を保つため足の付け根まで指をはわせた。その時、男は、あっ、と小さく叫んだ。
「意図せず敵の量子コンピューターを壊してしまった」
「それは、何か問題でも?」
「残念だがこれで近いうちに戦争は終わるだろう」
「残念?」
「だが君がこれからずっと私の隣にいてくれるなら今すぐ戦争を終わらせよう」
何を言っているのか、ふざけているのか、とも思えたが私は言った。
「この戦争を終わらすことが出来るならお安い御用だ。一生隣にいてあげるよ」
「ありがとう」
男はリターンキーを押すとすべての電源がシャットダウンして窓から入って来る街の灯りも消えて部屋の中は暗くなった。私は、これは安直すぎる、と思ったので。
「UPSが作動するのでは」
と言ったが。男は勝ち誇ったように。
「末端の端末はそうだろう、だが量子コンピューター以外のコンピューターは電気をバカ食いするからUPSでは維持できない、だから一回落ちる、そして再起動するときにウイルスとして送り込んだnextworldを読み込んで少しずつ書き換えるんだよ」
「そうか?」
「そうだよ、俺が支えるから街に出よう、敵のアンドロイドはリスタートされると襲ってこない」
「襲ってこない・・・はず、だろ?」
「それを確かめに行く」
「ふう、工兵はオタクで夢見がちだと聞いていたが」
「いいだろ夢見ることはいいことだ、少なくともここはすぐわが軍に制圧される。壊されても機械化率60%を超えたらお前は除隊出来る」
「だが意識まで壊されると破壊兵器として一生使役される・・・まあいいか」
おそるおそる外に出ると街の様子は変わっていないが、ディスプレイから敵国の軍事メッセージが表示されなくなっている。
「いいね、ここはもう平和だよ。あそこの商店の上に部屋を借りよう、そこに住むんだ」
「まだ気が早いんじゃないか・・・それで、私は横にいながらにして残った有機体の機能でお前の分身を作ればいいのだな」
「そうしてくれると嬉しい」
「まあいい、一度本部に帰るぞ、そこではっきりするだろう」
「ああ了解した・・・ところであの指さばきはプログラムされているのか、一度見せてくれよ」
「指さばき?なんのことだ・・・本当に不調だったんだ」
「そうか」
「二回目の不調は俺がジャイロの調整したときの一瞬の電圧低下だが、一回目の不調の原因は見つからなかった」
「もっと良く調べることだな」
「そうするよ、時間はたくさんある」
「お前はせいぜい生きて後60年だろ、私は200年近くある」
「アンドロイド化していけば長生き出来るさ。ところでお前は四肢と一部臓器が機械化されているが脳や神経は有機体のままだ、恋愛感情とかあるはずだよ」
「あったらどうだと言うんだ」
「あれは俺に、よろめいた、んだよ」
「適当を言うな、ジャイロの不調じゃなければその他の不調による電圧低下だ」
別の友軍の女性アンドロイドが合流した。
「仲がいいな、本部から掃討戦の指令が来ているが、お前ら聞いてないだろ」
「ああ、そうか、聞いてない」
「あはははっ、痴話げんかしているからだ」
「そうじゃない、工兵を本部に送り届けるところだ」
「別れたらうちらと工兵は二度と接点無いぞ」
「・・・だからなんだ」
「今のうちに宣誓しとけば別だ。どうする私が見届けてやるぞ」
「よろしく頼む」