第8話 冒険者ギルド
家に帰るとリズは既に起きていて、朝食の準備をしていた。ボルクスがいなかったことをめちゃくちゃ心配していた。ペットじゃないんだからとも思ったが、書置きの一つも残さなかったのはまずかっただろう。謝罪すると次からは気を付けてくださいと言って許してくれた。今後は家主にあまり心配をかけないようにしたい。
朝食中、森の中で、天導騎士と会ったことを伝えた。言い争いや喧嘩にはならず、疑いを持たれるようなことはしなかった。ただ、お互いの技術を見て、自らの経験について話し合って、穏便に別れただけだと説明した。リズは話している途中、特に何も言わなかったが顎に手を当てて、何か考えていた。
「そういえば、ボルクスさんの身分については何も考えていませんでしたね」
ボルクスが話し終わってようやく、リズが口を開いた。リズが気になったのはボルクスが騎士に冒険者だと言われても否定はせず、そのまま上手い具合に話を続けたことにある。
「今日は冒険者ギルドに行きましょう。そこでボルクスさんの冒険者登録を行います。構いませんか?」
「簡単になれるものなのか? 冒険者ってのは?」
「八歳以下は冒険者になれないという年齢制限以外は、特にこれといった条件はありませんね。今日中にでも身分証がもらえるでしょう。その時からボルクスさんは冒険者です。身元が保証されて、怪しまれることはそうそうないでしょう。分からないことがあればなんでも聞いてください」
リズが顔をほころばせる。嬉しいのだ。神話の英雄の冒険者が誕生するということが、ちゃんとした身分を持って名実ともに冒険者となる瞬間が。しかも、経験はボルクスの方が上だが、ギルドという組織内ではリズの方が一応先輩にあたる。大恩を小出しにしつつ返すチャンスだと見定めた。
「なぜ年齢制限が八歳になっている?」
「それはこの国の成人年齢が十六歳だからですね。その半分を区切りとしています」
「リズは冒険者になってからどれくらい経った?」
「私とレアは八歳になってすぐ冒険者になりましたからね。そこから今までずっと冒険者としてやってきました」
「そうか、意外と経験長いんだな」
ボルクスは一応リズに笑みを返したが、心の内は晴れなかった。冒険者の資格に条件はなく、誰にでも簡単になれる。つまりは国に居場所がない者、定職に就いていない者、犯罪者などが、一応は冒険者としてギルドに所属しているということで、冒険者ギルドは社会不適合者の掃きだめのような側面を持っている。
未知の探求ではなく、異国・異文化に土足で上がり込み、暴力を振るい、略奪を行うことを冒険と呼称するような連中。冒険者の風上にも置けない、ボルクスが最も唾棄していた人種である。生前にも闘って二度と冒険が出来ないような体にしたこともある。
「冒険者の身分は便利ですからね。けど、気をつけてください。冒険者ギルドの規模は大きく、中には、強請りたかりを得意とする者や、異国の地から文化と財宝を持ち去ることばかりをするような、略奪者まがいのことをする連中もいますので、目を付けられると厄介です」
「気を付ける」
ボルクスの思考を裏付けるようなリズの警告、気を付けるとは言ったが、正直自信がない。あの手の連中は殴られないとわからないような連中ばかりだからだ。
冒険者ギルドとははボルクスの生きていた時代には存在しなかった組織である。何も俺が嫌いなやつばかりではないはずだ。どんなやつらが集まっているんだろうと想像した。アルゴナウタイにいたような連中ばかりなら、天導騎士団よりかはまだ馴染みやすそうではある。
しかし、アルゴナウタイに居た頃を今思い返してみると、他の連中は自分の血筋もあって気を使ってくれたことが多かったかもしれない。背中を預けあう仲間なので心の壁のようなものはなかったとは思うが、彼らを見習って穏健に登録を済ませようと決めた。
スイングドアを開けて、冒険者ギルドに入る。朝の冒険者ギルドは様々な恰好、様々な武器を背負った連中でひしめき合っていた。依頼を貼る掲示板の前でどの依頼を受けようかあれこれと議論する連中、自らの依頼を達成するために協力者を声を張り上げて探し求める連中、すでにどの依頼を受けるか決めて、これから一稼ぎしてこようと意気込んで装備を点検している連中。重装備の剣士。軽装の魔術師や弓使い。
ある意味懐かしさを覚える雑多な光景がボルクスの目の前に広がっていた。やはり雰囲気がアルゴナウタイで見たものに近い。いや、四捨五入すればアルゴナウタイだ。懐かしさのあまりにボルクスが息をのむ。
「どうしました?」
「いやー、やっぱアルゴナウタイってこんな感じだったなって、英雄の集まりとはいえ、アルゴナウタイだって品行方正なやつばっかじゃなかってからな、色んなやつらがいた。ここは似てるんだ。色んなやつらがごちゃごちゃ溢れかえってる感じが」
「冒険者といってもそれぞれ分野が違いますからね。未知の生物、秘境、財宝、遺跡、美食、少し毛色が違いますが賞金首など、それらを生涯を通して追い求めるために冒険者なった。ここはそんな人たちの集まりです」
「なるほど、道理で妙に懐かしいわけだ」
ボルクスとリズが入った時、何人かが二人の方を見たがすぐに視線を元に戻した。ボルクスは新顔だったが冒険者ギルドに新顔が入ってくることはそう珍しくない。フロアの中心は人だかりでわちゃわちゃしているため、端っこの方を通って受付の方へと向かう。しかいその途中、リズの足が不意に止まった。視線の先をたどると受付嬢に向かって怒鳴っている人物がいた。
「だから、そんなことをする命知らずは冒険者以外に居ねえってんだろうが!」
「何度も申し上げているとおり、そのような人物には心当たりがありません。誰かを探しているのなら、人探しの依頼を申請することをお勧めします」
「ああ!? 天導騎士団から金取ろうってのか!?」
一昨日ぶちのめしたチンピラ騎士二人だった。銀色の兜はへこんでいる。生きていたのだ。ボルクスの鉄拳を食らった気絶で済んでいたのだ。受付嬢はベテランのようで迷惑そうな顔をしているが、通常業務と同じように淡々と対応し、弱気な様子には見えない。あの顔は目の前を羽虫が飛び回っているのを鬱陶しく思うような顔だ。不自然に思われない程度にリズの前に立ち、あの二人からは見えないようにする。
この二人は一昨日、自分たちを殴ったのは冒険者に違いないと決めつけ、ギルドに冒険者登録の名簿を見せろと怒鳴り込んできたのだ。下級騎士ごときがそんな権限は持っていないがとにかく、ぶん殴られたことに腹が立ったのだろう。自分より弱いとみなした人物に当たる散らしている。不幸なことに仕事上、誰にでも敬語で対応しないといけない受付嬢は彼らのカスみたいな思考回路により格下認定されてしまった。周囲から白い目で見られているにも関わらず、男たちは罵声を上げる。
リズを追っていた時は夜だったので、二人はリズとボルクスの大まかな身長と性別くらいしか把握していない。より正確に言えば、冒険者に心当たりがないというより、ありすぎるのだ。ギルド内の冒険者の中にはその特徴に合致しそうな人物が何人もいる。彼ら一人一人から聞き出すのはかなり時間がかかり根気のいる作業である。しかも冒険者はパーティを組んでいることが多いので必然的にアリバイがある。
「本来そのような要求をするのであれば、政府から発行される令状が必要ですが、それはお持ちですか?」
「持ってるわけねえだろそんなもん!!」
「でしたら、そのような不当な要求に冒険者ギルドは対応いたしません。お引き取りください」
「誰が不当だとォ~~~!?」
「この女ァ~~!!」
チンピラの一人が受付嬢の胸倉を掴んでカウンター越しに引き寄せる。そして、もう片方の手には握り拳。あの構えは暴力の型だ。厄介ごとは極力避けたいがボルクスは目の前でこういうことが起こるとそれを見過ごすほど冷淡になりきれるわけでもない。師匠の教えもある、女子供は弱者の代名詞だ。
一瞬で距離を詰めてチンピラ二人の後ろに回り、受付嬢を投げつけようと、振り上げられた腕を握る。
「やめろ」
殺気を込めて、ボルクスがすごむ。騎士は振り返らずに「邪魔すんな」と言って、腕を振り払おうとしたする。しかし、万力のような握力でびくともしない。
「誰だぁ!? てめぇ!」
もう一人の騎士が吠えた。その時だった。
「!?」
ボルクスは何かを言い返すより前に、後ろから高速で飛んでくる物体に気づき、振り向きざまに闘気を纏った裏拳でその物体を叩く。何かが派手に砕け散る音がした。
飛来して来たのは酒瓶で、しかも二本同時。もう一人の騎士の頭部には命中し、より派手な音を立てて砕け散った。騎士が糸の切れた人形のように崩れ落ち、騒がしかったギルド内が静まり返る。
しゃがみ込んで酒瓶の欠片を観察する。中身は空であったが。明らかに瓶の素材からは考えられない威力があった。となれば異常な威力の理由として考えられるのはただ一つ、これは……。
「闘気!?」
飛んできた方角は入口。注意深く入口を見ると、スイングドアがバン! と勢いよく蹴られて開かれる。
「その辺にしときな。聞き込みにしちゃ度を越えてるぜ」
入口から受付まで響き渡る声。入ってきたのは女、いや女傑だった。髪はこの国では珍しい黒髪である。赤いコートを羽織っているがその下は豊満な乳を覆うチューブトップと股より下が少ししかないズボン。腰のラインがはっきりとしていて、ケツのデカさが見てとれる。その少し下からは長いブーツを履いていた。タッパもデカい。片方が倒れてビビッているチンピラ騎士よりも頭一つでかい。
タッパとケツのデカい女が酒をラッパ飲みしながら、ズカズカと入口から受付まで一直線に歩いて来る。人だかりが自然と割れて女のための通り道ができる。そんな他の冒険者たちに「悪いな」と声をかけつつ、歩いて来る。
二本の瓶の飛来は騎士団が受付嬢に振るおうとした暴力をこの女なりに止めようとした結果である。そこにボルクスが同じく暴力を止めようとして割って入ってしまった。つまり、ボルクスに酒瓶が投げられたのは偶然である。本来の標的は受付嬢を殴ろうとした騎士なのだから。
「あ、悪い兄ちゃん、大丈夫か?」
カウンターの近くまで来た女がボルクスの立ち位置と、瓶をはたき落とした腕を見て詫びた。瓶が僅かに闘気を纏っていたことには驚いたが、こっちも闘気を纏っていたので、腕自体は何の問題もない。多少鈍い痛みが走ったがほっとけばすぐに治まるだろう。
「大丈夫だ。大したことじゃない」
一応心配されていた腕を見回しながら返答する。ちょっと跡が残っていた。
「なら良かった。新顔だろ? ここは任せな」
女が頼もしく、得意げな顔をした。ボルクスはその意図を理解すると、言ったとおりにこの女傑に場を任せて、爆速でリズの元に戻る。小声でひそひそ女の方を見ながら話す。
「誰あれ?」
「黄金級の、一番上の階級の冒険者のベルガさんです」
「強いのか?」
「騎士と違って冒険者は強さで階級が決まったりしませんが、ベルガさんは強いですよ。海竜殺しっていう異名もあります」
「はぇー」
必要以上に人だかりが道を開けたのはベルガが背負っている獲物、タッパと同じくらい大きくて分厚い大剣、ではなく、それ以上に大きいワニだかサメだかよく分からない、両方の特徴を持った見たこともない魔物。恐らく討伐依頼か何かで仕留めたのであろう魔物。倒れた巨木のような図体を片手で引きずっていた。もう片方の手には酒瓶をぶら下げている。魔物は濡れており、引きずられた後の床も濡れている。そして、ベルガ自身も濡れていた。
なるほどあの格好は水棲生物を相手にする以上妥当だなと水上の不利を知るボルクスは思った。自分も同じような動きやすさ重視の格好で海竜を退治したからだ。そもそも、闘気を纏える人間にとってクソ重たいだけの鎧なんぞは邪魔でしかない。熟練の戦士にとって鍛え上げた闘気は見えない鎧のようなものになるからだ。
鎧のようなといっても、鎧と違って重さは感じないし、鎧では守りきれない関節部分や股下も防御できる。全身を鎧を包んだ状態で水中に落ちれば溺れるかもしれないうえに、泳ぐのにも必要以上の体力を消費する。
ボルクスは生前、会ったことのあるアマゾネスを思い出していた。女の身でありながら戦場に出て、男顔負けの武勲を立てる、女戦士の一族。性別こそ女であるがケイローンもアルゴナウタイの仲間もこう言っていた。あれは女子供に分類されるような人種ではないと、男として扱っても何ら差し支えないと。
ボルクスに怪我がないのを確認すると女は改めて、低くドスの利いた声で騎士に凄んだ。騎士がビクリとその身を跳ね上がらせる
「あら、早かったですね」
こういうことには慣れていますといわんばかりの、普段と変わらない声で受付嬢がベルガに喋りかける。いつの間にかその胸倉からは手が離されており、受付嬢が何事もなかったかのように乱れていた服装を正した。
「バカ言え、ギルドの回収が遅すぎんだ。だからわざわざアタシ自らが持ってきてやったんだ。ほらよ、さっさと換金してくれ」
「まだ出来ませんよ。死体の鑑定ができる職員がここにいませんから。入れ違いになったんじゃないですか?」
「あー……まぁいっか」
チンピラ騎士を挟んでいつものギルドの日常みたいな会話を交わす。受付嬢にとってもベルガにとっても天導騎士団の下級騎士ごときはいてもいなくても大したことはないのだ。
ブンとベルガが背負っていた魔物がカウンターの前に無造作に投げられる。チンピラの騎士は魔物のデカさとそれを仕留めたベルガの気迫に完全に気圧されていた。
「で、なんかごちゃごちゃやってんなぁ。どういう経緯があったのかは知らねえが、言い争うだけならまだしも暴力は流石にダメだろ」
ギロリと鋭い眼光でチンピラの騎士を見下ろす。兜を被っていたが完全に視線を逸らすと分かる挙動をとった。一瞬で格付けはすんだ。自分が完全に、蚊帳の外の安全圏にいると分かると、俺もあんな風にリズを助ければかっこよかったなという呑気な思考をボルクスはこねくり回す。
「冒険者同士の喧嘩ならいい、冒険者と騎士団の喧嘩もまだいい、よくあることだ。よっぽど酷いもんじゃないかぎりアタシも止めねえ。だが受付嬢に暴力を振るうってなると、ちょっと話は変わってくるぜ?」
「激務なんだよ! 受付嬢は! 毎日毎日汗くせえ冒険者どもと顔を付き合わせて、敬語で、馬鹿でも分かるように丁寧懇切に話さなきゃなんねえ。中には文字も読めないやつもいるし、言葉が通じても話の通じねえやつもいるし、適当に説明聞き流しといて後で難癖つけてくるやつもいる! お前らみたいに怒鳴れば簡単に人に言うこと聞かせられるって勘違いしたアホもな!」
「そんな連中を相手にした上でなお大量の書類処理! あんたら騎士団やアタシら冒険者の肉体的労働とは別種の疲労感が体を襲う、精神をすり減らす仕事なんだ受付嬢は! そして精神は肉体と違って寝たら回復する様なもんじゃねえ!」
ホール中に響き渡る、受付嬢という業種の悲哀。まさかこういう方向性で騎士と話すとは思ってなかった。ギルド全体も冒険者全員がカウンターとその向こう側にいる複数人の受付嬢に生暖かい視線を向けている。当の受付嬢たちはそれでもなお手を止めずに書類作業を続けている。
そして絡まれていたカウンターの受付嬢も目を細めて笑みを浮かべて……いない! いや、笑みではない! 目を細めてはいるがうっすらと開けて睫毛の下から瞳が少しだけ見える。そして、口の端もなにやらヒクヒクしている。笑顔という仮面の下から何かしらの激情が顔を覗かせているような感じだ。
そしてその激情の対象は騎士ではなく女傑ベルガ。先ほどのやり取りとこの状況を鑑みて、二人の関係性を推測する。多分二人はプライベートで酒を飲み合う仲で、片方が黄金級だから付き合いも恐らく長い。ベルガが酒の席で受付嬢から聞いた仕事の愚痴をそのまま騎士への説得材料にしている。今はそういう状況かもしれない。ボルクスはこういう人間関係の機微には敏感であった。
「だからさあ、騎士団ならちゃんとしてくれよ! 手続きとかが面倒くさいことはわかるが、それでも正規の手続きで滞りなくことを進めて、彼女らの仕事のストレスを少しでも減らしてやって欲しい!」
ギルド内に入って来た時の気迫は完全に消え失せていた。黄金級、冒険者の象徴たる女傑の懇願するような声に残りの騎士は反省した。
「悪かったよ、お嬢さん。上に掛け合って捜索命令が出たらまた来るからよ……そんときゃ頼むぜ」
騎士が受付嬢の方を同情するように一瞥し、もう一人の気絶した騎士を肩に抱えて踵を返す。出入口に差し掛かった当たりからギルド内に喧騒が戻る。
「あの程度、私一人でも対応できましたのに」
「そうは言っても冒険者ギルドも天導騎士団に睨まれたらヤバいだろ? アタシがやったのは平和的解決さ」
「闘気を纏った瓶を投げつけることのどこが平和的解決なんですか」
「カリカリすんなって、私の渾身の説得のおかげで、これからしばらくの間は冒険者からは優しくされると思うぜ?」
「私たちにごちゃごちゃ言ってくる人間ってのは自分が他人に迷惑をかけている自覚がないんです。だから今言ったことも他人事のように聞き流している決まってます」
呆れた顔をする受付嬢に、ベルガがカウンターに持たれかけてぺちゃくちゃと話す。その様子はやはり長年の付き合いがあるようだった。後ろに並んで話し終わるのを待っていたが、ベルガとの話は業務の内に入らないとばかりに、こちらに気づいた受付嬢は「何かご用ですか?」と声をかけた。ベルガも無駄話を止めて、立ち去ろうとする。その途中でボルクスの肩をポンと叩く。
「おう兄ちゃん、さっきはすまねえな。怪我させたかと思っちまった。お詫びに後で何か奢らせてくれ」
ベルガは気づいていた。ボルクスが素早く動いて受付嬢への暴力を防ごうとしたことを、ベルガが瓶を投げる、ボルクスが止めようとして射線上に入る。ボルクスが瓶を避ける。ということが一瞬で行われた。友人である受付嬢に振るわれる寸前だった暴力を止めようとしてくれたことに恩義を感じていた。そしてその恩を即座に返そうとしていた。瓶投擲の詫びもある。
「そりゃどうも、楽しみだね」
返事を聞いたベルガは満足そうに離れていった。そして、ギルドの同じフロアに併設してある食堂の席にドカっと座り、店員にデカい声で注文し始める。
「すいませんね、新規の冒険者登録ですか?」
「はい」
ベルガと話している時の受付嬢は表情豊かだったが、すぐにいつもの営業用の表情に戻る。これが本来の業務態度なのだろう。あとボルクスは店員とかに敬語を使うタイプである。
「こちらをどうぞ」
何枚かの紙を渡される。冒険者ギルドの利用規約とか注意事項とかが書かれている。ボルクスは適当に紙をめくりながら目を通し重要なところを頭に叩き込んだ。
特に気になったのは冒険者の階級であった。ベルガのこともあったし、黄金級という響きも格好良かった。冒険者の階級は全部で四つに分かれている。駆け出し、新人の純白級、一人前の赤銅級、ベテランの白銀級、そして冒険者の中の冒険者、黄金級である。黄金級はある意味特別で、ギルド内にも数人しかいない。多くの冒険者は赤銅か、白銀あたりに落ち着く。
ベルガの強さに納得のいったボルクスは一番下の紙にある署名蘭に名前を書き込む。それを渡して受付嬢に渡すと奥に引っ込み、しばらくすると白い金属製のカードみたいなものを持って戻って来た。
「これは冒険者の身分証です。冒険の途中で何かあった時は、まず最初にこれをお見せください。あなたの身元を照合するものです。再発行には手数料がかかりますので、なくさないでくださいね」
名前と階級が刻まれた身分証を受け取り、表も裏もまじまじと見つめる。ボルクス・純白級。書かれていることはいたってシンプル。
「身分証には偽造防止などの様々な魔術が付与されています。あなたはまだ純白級なので身分証は白色ですが、依頼をこなすなどして階級が上がると身分証の色も変わります。そうすればギルドの方で受けられるサービスも増えたりしますので、頑張ってくださいね!」
「わかりました」
「……それと、これはギルドの規約にはないのですが、さっきみたいに天導騎士団の方々とは揉め事を起こさないでくださいね」
受付嬢が口元に手を寄せてあたりを見回して小声で話す。ボルクスもそれに倣い、小声で受付嬢に聞き返した。
「てことは、騎士団と冒険者が何かトラブルを起こすことはまあまあ多いんですか?」
「否定はしません。依頼先で騎士団と一悶着があれば、出来るだけ事を荒立てずに、まずはギルドの方にご報告ください。私たちもそういう対応には慣れていますので」
「変なこと聞きますけど、騎士団とギルドは立場的にはどっちが上なんですか?」
「騎士団ですね。組織の規模もあちらの方が大きいです。私たちの立場としてはなるべく冒険者の方に肩入れしたいのですが、私たちの対応できることにも限度があります。どうか、ご留意くださいませ」
「今みたいなのはどうなんですか?」
聞かれた受付嬢が「あー」と言いながら、露骨に目を泳がせる。答えにくい質問をしてしまった。
「彼女の場合はなんというか……黄金特権というやつです。黄金階級にもなるとああいう小競り合いは騎士団側も多少は目を瞑ってくれるんです。黄金階級の冒険者と表立ってやり合うのは騎士団といえども流石に分が悪いようなので……絶対に真似しないでくださいね?」
受付嬢が笑顔で圧を掛けて、念押しをする。頼むから厄介ごとを増やしてくれるなと言わんばかりの圧。心中お察ししますと心の中で呟きつつ、無意識に後ずさりする。
「わかりました。ありがとうございました」
それはそれとして、質問に丁寧に答えてくれたことに頭を下げて礼を言う。ボルクスが冒険者としての身分を得たのは、そうした方が何かと便利だからという都合に過ぎない。それに約一か月後には天導騎士団とはバチバチに事を構えるのだ。そのことに罪悪感を抱いたのでせめてその日までギルドにはなんの迷惑もかけまいと心に決める。
「お~い兄ちゃん終わったか~!? なんか奢るぞ~! 連れの子も一緒に来~い!」
食堂からベルガのデカい声が響く。振り返ると、ベルガが既に大量の飯を食べている。まだ食べたりようで、ウェイターが忙しく空いている皿を下げたり、新しい料理を運んだりと忙しく、厨房とテーブルを行き来している。
「もう質問がないのであれば、ベルガのところに行ってあげてください。ああいう性格ですから、どんなに小さな恩でもその場で返さないと気が済まないんですよ。私もちゃんとあなたがあの騎士を止めようとしてくれたのは見てましたから。それに、黄金級と話せる機会は中々ありませんよ」
受付嬢が営業用じゃない本心からの笑みを浮かべる。ベルガは大量の肉を食いながら、早く二人が来ないかうずうずしている。ボルクスは英雄なので貸し借りなどはそんなに気にしないが、本人が返したくて仕方ないのであれば好意に甘えることにする。




