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Myth&Dark  作者: 志亜
Devils and Daemons
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第49話 際限なき悪意


「尊厳がどうのと喚いていた割には、随分と貧弱な攻撃だぞ? ええ?」


 モラクスはベオウルフを身に着けながらしばらくの間、闘かった。亡者の集合体、何百何千という悪霊を鎧としたダイモーンの全霊顕現は、モラクスの予想以上に強く、物理的に頑丈だった。  


 その上、今のマシューの形態は、パワーもスピードも、ボルクスと全く同じ身体能力を持つモラクスを上回っている。ベオウルフを装着してもなお開きがある。


 モラクスの雷も、ベオウルフの竜闘気も、今ひとつ決定打にはならなかった。だが二人ともダイモーンの全霊顕現と直に殴り合いをする最中に、気づいたことがあった。


 闘いつづけながら、二人は念で会話を交わす。


『モラクス、気づいたか?』

『ああ、あいつの体内には弱点となる核がある。恐らく束ねた大量の悪霊と負の感情の群を、人型の個として動かすには、やはりマシュー自身が直に、強い命令を下す必要があるんだろう。マシューの体内には、マシュー自身の魂が核として存在し、身体全身に命令を下し制御している』

『この核を攻撃すればマシューを倒せる可能性があるが、このダイモーンの全霊顕現とやら、異様なまでに固い。核まで到達できるような攻撃手段は限られてくる』


 マシューの核となっているマシュー自身の魂は、その邪悪な鼓動の大きさ故に、すぐに敵対している者に弱点を知らせる。


 マシューもベオウルフも、闘いを捨てる気はさらさら無い。どうにかして体内の核を攻撃して、マシューを倒すつもりであった。


『それともう一つ倒す手段が判明した。マシューはどういうわけか、ラミエルを体内に飲み込んでいる。これは俺がラミエルと近い力を持つから気づけた。ラミエルは知っているな?』


 ベオウルフには、バルベリトと呼ばれて、いいように使われていた頃から、言葉こそ意志こそ伝えられなかったが、明確に意識があった。当然、その頃からの記憶も有している。


『ああ、四大天士が使う強力な兵器だろう。……なるほど、ラミエルをマシューから奪い返せれば、その威力でやつの防御を突破できる可能性は十分にあるな。マシューが体内に飲み込んだのも、ラミエルの威力を警戒してのことだとすれば納得がいく』

『理解が早くて助かる。核を直接狙う方は今の俺たちには難しいから、ラミエルを奪い返す方で行く』

『だが具体的にどうするんだ? ラミエルも核と同じように体内にあるんだろう?』

『ラミエルと俺の力を、何らかの方法で共鳴させて、上手く引っ張りだせるかもしれない。根拠はないが、核狙いよりこっちの方が成功する確率が高い』


 二人が闘いながら、意識をマシューの腹の部分に向ける。何度か腹を殴りはしたが、ベオウルフはラミエルが出てきそうな気配を感じなかった。


『だがそう簡単にはいかんだろう。どうするつもりだ』

『俺とベオウルフの力を合わせて、思いっきり腹部を貫手で攻撃しながら腹の中に手を突っ込み、直に取り出す』

『ようするに力押しか……』


 すこし困ったような声を、ベオウルフは吐く。しかし、その直後の言葉は、頼もしいものだった。


『得意分野だがな』

『よし! なら早速俺たちの持つ力全てを、俺の手に込める!』


 出し惜しみはしない。モラクスの膂力と闘気に、ベオウルフがもたらす膂力と闘気を乗せた上で、さらに雷血流を使って、身体能力を大幅に上昇させ、超強化された一撃を放つ。これが見出した突破口であった。


 殴り合いの最中、マシューを吹き飛ばして大きく距離をとり、モラクスは右手に渾身の力を込めた。


「はああああ……!!」


 重く息を吐きながら、闘気を右手に集中させ、さらにベオウルフが竜闘気を重ねる。


「まだだ……!!」


 さらに、雷血流を使い、身体能力に強化をかける。ボルクスと同等のモラクスの闘気と、ベオウルフの竜闘気、一人ずつでも物凄い闘気だが、その二つがさらに雷血流によって強化され、モラクスの周りの海面が激しく荒い波を立てた。


 力を溜めきったモラクスが、吹っ飛ばしたマシューを追って赤い雷となって飛び、すぐに追いついた。


「マシューゥゥゥゥゥゥ!」

「速い……!!」


 マシューが闘気の量とその激しさに警戒し、防御の姿勢をとったが、モラクスは構わずに防御の上から、貫手を腹にぶち込んだ。


 ベオウルフの竜闘気は凄まじいものだった。グランデルとその母親、そして炎を吹く強力な竜、その生涯で三度にわたる竜殺しを成し遂げたベオウルフの竜闘気が、グレンデルの腕を素手で引きちぎった圧倒的なパワーがモラクスの右手に乗り、マシューの腹に突き刺さる!


「ぬおおおおおお……!!」


 二人の力を受けたマシューが苦しみの声を上げる。そのひび割れた腹に、モラクスがそのままの勢いで手を突っ込み、その先に自分と同じような力を感じとった。


「あったぞ……!!」


 モラクスがラミエルを掴み、手を引いた。マシューの腹の中から出てきたモラクスの右手には、ラミエルの柄が握られている。


「! そうか! 貴様ァ……!!」


 マシューがモラクスの目的に気づき、自分もラミエルの柄を掴み、押し戻そうとした。


 一瞬だけ、荒々しい声を上げたが、すぐに冷静さを取り戻すと、怨念の力によって作られた、巨大な、黒く輝く光球を生成した。


 モラクスは警戒したが、マシューはモラクスにはぶつけずに、光球を、モラクスの背後に飛ばす。


『モラクス! 戻れ!』


 ベオウルフの切羽詰まったその言葉に、モラクスは自分の背後に何があるかを思い出し、すぐさまラミエルを手放して、光球を追った。


 光球の先にあったのはガリア島だった。マシューはこれを、モラクスが対処せざるを得ないとわかっていた上で狙っていた。


「クソッ!! あの外道めぇ!」


 モラクスが苛立った声を上げ、巨大な光球を弾き、軌道をガリア島から逸らした。


 ガリア島から遠い、斜め後ろの海面に着弾した光球は、ガリア島を飲み込むほどの巨大な爆発を起こした。


「くっ……!!」


 歯を剥き、苦い表情で爆発を見るモラクス。


 爆風がモラクスの場所まで吹き、もし光球がガリア島に直撃したら、という恐怖を掻き立てた。

 

 マシューがあからさまに不愉快な笑みを浮かべ、モラクスの目の前に飛んでくる。


「ダイモーンの全霊顕現によってせっかくガリア島の住民に憑依させた悪霊を、また俺本体に戻さざるを得なかったが……それだけでガリア島を守れたとでも思っているのか?」


 再び巨大な光球をマシューは頭上に片手を掲げて生み出した。


「甘い、甘いなぁ〜。最初から何一つとして変わっちゃいない。お前はどうあがいても、そのくだらん人間性故に、私の攻撃からガリア島を庇うしかない」


 マシューは、もう片方の手でモラクスを指差す、悪意に満ちた声を出す。


「お前の狙いがラミエルとわかった以上、私はもうお前には近づかん。少しでも力を抜けば後ろの島は木端微塵だ。精々死ぬまで踊れ、お前の短い残りの寿命を、私を楽しませる道化として生きるんだな。」


 光球が放たれる。ガリア島に直撃させまいと、力を入れて迎撃するモラクスを、マシューは高い声を上げて嘲笑った。


 









 ジャンヌはモラクスと別れた後、マシューによって昏倒させられたボルクスに肩を貸しながら、歩いていた。モラクスから受け取った少量のマナでなんとか身体を動かし、ボルクスを人に見つかりにくい安全な場所まで運んだ。


 なんとか広場まで戻り、寝ているジークとレインと合流し、同じように広場で傷だらけで寝ていたアンナを、ボルクスと同じ安全な場所まで運んだ。

 

 ジャンヌは広場に戻って身体を休めながら、モラクスとマシューの闘いを見ていた。安全な場所まで避難してくれと言われたが、闘いの趨勢から目を離すことなど不可能だった。

 

 やがてマシューが全霊顕現を発現させ、この島を狙った巨大な光球を次々と繰り出し、モラクスがそれらを必死で弾き、軌道を逸らした。逸らした先でも巨大な爆発が起き、何度も地鳴りが起きた。


 繰り返される地鳴りに、睡眠中でありながらも、何か異様なものを察知して、レインとジークは、ほぼ同時に目を覚ました。


「ジャンヌ、あれは……あの邪悪なマナはもしかして……」

 

 レインが目を覚ましてからすぐに、ジャンヌに聞いた。闘い続けている片方のマナには身に覚えがあり、傷を抉られるようや、嫌な記憶を思い出させた。


「間違いなくマシューよ、顔を確認したもの」

「あいつ……!!」


 ジャンヌの断言に、レインが顔を怒りに歪ませる。


「あいつがマシューか……」


 ジークが深刻な顔をしながら呟いた。


「ジーク、あの男相手には絶対油断しないようにしてくれ。今のあいつは、ラグナロクの時に神々が総出で倒すような怪物だ」

「確かにここまでの凶悪なマナは、俺が生きていた時代でも見たことがない」

「あいつは私たちが封印されてる間もずっと生きて、悪霊を数百年に渡って喰らい続けたんだ。過去にジャンヌと闘った頃とは、比べものにならないくらい凶悪な強さになっている」


 強敵相手には戦意が高ぶるジークまでもが、レインの忠告に真剣な表情になっていた。


 ジャンヌからは、マシューのことを大まかに聞いていたし、もし目の前に現れれば力を合わせて倒すということにも了承していた。ジャンヌには恩義があったが、それ以上にマシューの卑劣極まりない所業とその存在を、ジークの魂が許さなかった。


 例えマシューが強くとも、それは純粋な戦士として鍛え上げられた強さではなく、魂の歪みゆえに生じた強さなので、戦闘意欲など少しも湧かなかった。


 それどころか、島を丸ごと人質にとったよう闘い方に、ジークは憤りを覚えていた。


「まずいわね……あれだとジリ貧だわ……どこまでも人を不快にさせる闘い方ばかり……!!」


 マシューとモラクスの闘いを見ながら、ジャンヌが苦々しく呟いた。モラクスはガリア島をかばいながら闘い、マシューの光球を何発も弾いている。


「あのマシューは自分のことを、魔王ジャンヌを封印したマシューと、同姓同名の子孫だと言っていた。多分全部、この島で自分の計画を進めるための嘘だろう」


 闘いを見ていたジャンヌ、レイン、ジークの三人の背後から、誰かが声をかけた。


 三人が一斉に振り返ると、ボルクスが立っていた。


「一体何しに来た……!」


 レインが警戒したが、ボルクスは闘う素振りを見せない。


「モラクスが負けたら……俺もマシューと闘う。ジャンヌ、マシューと闘うつもりなら、協力させてくれ」


 殺気を受けても、嘘の気配を感じさせずに真っ直ぐに言ったボルクスに、レインは言葉に詰まった。


 ジャンヌはそんなレインの前に立ち、手のひらを向けて宥め、ただ会話の姿勢を示した。


「シスターアンナが一緒にいたでしょ? あなたは彼女を守らなくていいのかしら?」

「他のシスターが来たから任せたし、俺もこうして動けるまでには、回復させてもらった。俺とシスターアンナをあそこまで運んでくれたのはジャンヌだろ? ありがとう」


 屈託のないボルクスの礼に、ジャンヌの長いまつ毛がピクリと動いたのを、レインは見逃さなかったが、何も口を挟むようなこともしなかった。


「どういたしまして、どうして私たちに協力してくれる気になったのかしら?」


 ジャンヌとレインとジークの視線が、ボルクスに集まる。


「ジャンヌの過去を見た」


 その答えを聞いた三人は一瞬、身体を硬直させた。ジークもジャンヌの過去については、大まかに聞かされていた。


「ジャンヌが俺にゲーティアの力を受け渡そうとした際、なぜかはわからないが、ジャンヌが封印されるまでの記憶も頭の中に流れ込んできた」


 これはジャンヌの意図したことではない。本来なら、一か八かの賭けで、ゲーティアの力を得たボルクスに、マシューを倒してもらうという思惑だった。


「だからあの男の底なしの邪悪さも、身に染みて理解できた。立場云々を抜きにしてあいつは何としてでも殺さないといけない。今こうしてあいつが生きている一分一秒が胸糞悪い。俺の魂が、人の尊厳を食らう外道を決して許すなと言っている」


 ボルクスが、真っ直ぐにジャンヌを見る。その視線に込められた意志をジャンヌは得難いものと感じ取り、安心したように心からの礼を言う。


「……ありがとうボルクス。二人もいいかしら?」


 ジャンヌが、レインとジークを交互に見た。ジークは自分に勝ったボルクスの実力を知っていたので即座に協力を受け入れて、ジャンヌに頷いた。


 レインも、なんだかんだジークに勝てる力を信用して頷いた。それとは別にジャンヌがほんの少し嬉しそうな顔をしていた気がした。もし本当ならジャンヌが封印を解いてから、初めて嬉しそうな顔を見せたことになる。


「で、あいつを倒したら、ジャンヌはどうする? 再び聖十字教に対して牙を剥くのか?」


 マシューを倒すのに協力はしても、ボルクスは自分の立場上、聞いておかなければならなかった。


 ジークとレインの視線がジャンヌに集まる。二人ともジャンヌの判断に従うと、暗に示していた。


「もうそんなことしないわ。私が憎むべき魔女狩りもなくなったし、救うべき魔女も、もういないもの。今更この時代の聖十字教を敵に回したところで、かつての私の願いは遂げられない」


 ジャンヌが首を振った。


「なんていうか、私が救えなかった大切な人の、弔いというか、憂さ晴らしみたいなものだったのかもしれないわ」


 レインもそうだが、何より、ライラとベスと、グリムを救えなかったことを思い出す。


「だから……私はどうなってもいいから、あなたから下される処遇ならどんなものでも受け入れるから、レラージェとイフリートとゼパルにはどうか、寛大な措置を願うわ」


 昔と同じように、自己犠牲の精神を発揮したジャンヌを、レインはすぐにかばった。


「そもそも、私たちの復活に合わせて、ここの領主が大量の天導騎士団と冒険者を差し向けてきて、有無を言わさず始末しようとしてきたんだ。私たちの首に高い報奨金まで出してな。生き残るためには、戦う他なかった」


 レインの気持ちを汲み、ジークも己がなぜジャンヌに味方したかを厳格に話す。


「そん時だ。俺とゼパルは悪魔使いの使役する悪魔として、ジャンヌとレイン相手に闘わされた。ま、レインのおかげで正気を取り戻して、その恩で二人に協力してるんだがよ。お前も魔霊なら、俺らが何のために闘ったかわかるだろ?」


 ジークが何気なく言った言葉に、ボルクスが食いついて振り向いた。


「ちょい待ち、正気を取り戻せたのか!? 悪魔使いの支配下にある状態から、今の状態まで!?」


 目を丸くしたボルクスの視線を受けて、ジークはレインの方に視線を逸らし、ボルクスもレインを見た。


「魔霊はね、召喚者の認識によって、在り方が変化するんだ。つまり、聖十字教徒は彼らを理性のない悪魔と認識して召喚したから、その認識通りの存在になったし、私は逆に、彼らを元は英雄だと知っていたから、今の理性のある状態で召喚できた」


 ボルクスが、レインの説明に対して首を傾げる。


「既に召喚されていた二人を、どうやってまた召喚したんだ?」

「召喚者をボコボコにして契約を解除させて、彼らを召喚、使役する方法が載ってる魔導書を奪って再契約した」

「ああ〜、そういう方法があったのか……まあ……でも、終わったことだし、もうどうでもいいや」


 額をパシンと叩き、後悔に満ちた声で唸るボルクスに、ジークは理由を聞く。


「どうした? なんかあったのか?」

「生前の俺の仲間が、色々あって悪魔使いに使役されて、俺の敵になってた……俺にはどうにもできずに、始末したが、できればもっと早く再契約のことを知りたかった……今更悔やんでも仕方ないことだけど……」


 そうは言っても、中々に割り切れず、悔やんでるような顔をするボルクスをジークが憐れむような目で見た。


「お前も苦労したんだな……」


 数秒間、沈黙が流れたが、ジャンヌの顔を見て話が逸れたことに気づいたボルクスが口を開いた。


「俺としてはジャンヌの意向はなるべく汲みたい。ジャンヌにも、他の三人にも、寛大な措置がなされるように、俺がモードレッドにゴリ押ししてでも話しておく」


 ボルクスはジャンヌも含めて、悪いようにはしないよう、動くつもりだった。それに気づいたジャンヌは深く感慨を覚え、改めて礼を言った。


「ありがとうボルクス」

「どういたしまして」


 ボルクスは、ジャンヌの本心からの言葉に、朗らかに笑って答えた。


「そもそも、俺だって元々モードレッドとはリズとレアの件で敵対してたし、今の地位も色々ゴリ押しして得たものだからな……ま、なんとかなるだろ」

「あの最上級騎士も、胃が痛かったことでしょうね……」


 リズとレアの件を大まかに知っていたジャンヌは、苦笑した。


「いや~、実際苦労かけたわ~」


 ボルクスも苦笑した。この時点でボルクスはモードレッドがどうなったかわかってなかったが、死ぬとは欠片も思っていない。


 苦笑し合う二人の様子を見たレインは怪訝に思った。ボルクスと会話する時のジャンヌは、封印される前には見たことのないような、わずかに妙な色がさしている。


「モラクスだったか、あいつすごいな、今のところ島への攻撃を全部弾いてる……」


 ジャンヌのその色が、ボルクスの言葉によって一瞬で消え、レインのよく知る、戦場にいる者としての顔になった。


 ジークがモラクスの戦いぶりに感心しながら、ボルクスに聞く。


「モラクスか、お前とそっくりのようだだが、一体どういう関係だ?」

「わからん」

「わからんて」


 食い気味で即答したボルクスに、ジークは呆気にとられた。それを見かねたジャンヌが、ジークとレインに、モラクスの特異な出自について、簡潔に説明した。


「妙なこともあるもんだが、モラクスが生まれてなきゃ、俺たちはやばかったかもな」


 一通りジャンヌの説明を聞いた後、ジークは唸った。


「確かに、今こうしてあいつと闘う者がいなかったら、この島はやりたい放題蹂躙されていただろう。私たちの勢力と外部から来た天導騎士団の共倒れの後に動き始めるなんて、いかにもあいつがやりそうなことだ」


 ジャンヌが、他の三人の方を向き、これからの計画を話す。


「今すぐにでも、モラクスを助けてあげたいけど、私たちはお互い死闘を終えたばかりよ。ここはモラクスに任せて、今は少しでも身体を休めて、状況が不利になれば参戦しましょう」


 ボルクスも回復してもらったが、あくまでも体が動けるまでであった。シスターアンナの傷もかなり酷かったので、そっちを回復してもらうことを優先し、広場まで来た。


 敵対していた勢力と、奇妙な共闘関係を築いたボルクスは、身体を休ませながら、闘いの趨勢を集中して見続けた。








『今すぐ終わらせてくれ……殺してくれ……ここは暗い……あまりにも永い……』

『まだ生きたかった……幸せになりたかった……』

『夢だってあったのに……叶えたかったのに』

『助けてください聖女様……あなたを……まだ信じていますから……』

『私は魔女じゃない……魔女じゃないの……母さん……そんな目で見ないで……私は何もしてないの……』

『神様を……信じていたのに……どうしてこうなったの……』


 報われない、救われもしない、誰かの純粋な叫びを聞き、アンナは目を覚ました。


 ボルクスと、ジャンヌ、レイン、ジークの共闘関係が成立した後、しばらく時間が経ってからのことである。


 ボルクス、レイン、ジークよりも目覚めるのが遅かったのは仕方がない。アンナが劣っているのではなく、三人が異常なまでにタフなのだ。


 アンナが目覚めた場所、ジャンヌがアンナを運んだ場所は、かつてジャンヌとレインが封じられていた地下牢、その一室だった。


 アンナは目を覚ました瞬間、見知らぬ場所にいることに一瞬困惑したが、アンナが孤児院で面倒を見ている子供たちが、大量に飛び込んできた。


「シスター! よかった! 酷い怪我だったからおれたちすっげえ心配したんだよ!」

「シスター……! シスター……! もうあんなに傷ついちゃやだよぉ……!!」


 よく知っている彼らが元気に生きていることが、アンナを安心させた。


 子供たちがわらわらと、目を覚ましたアンナの下に集まった。一人一人の話を聞き、少しでも心配を和らげるアンナ、しばらくして子供たちが落ち着いた後、アンナに心配そうに声をかける者がいた。


「目ぇ覚めた?」

「エリザ……」


 アンナの視線の先にはやや目つきの悪いシスター、エリザが居た。


 エリザは、アンナと同じ孤児院で育ち、同じ孤児院で働く、同い年のシスターであった。しかし、アンナほど敬虔な信者ではない。


 ガリア島の天導騎士団が魔王の勢力に立ち向かうことを諦めると、エリザもそうそうに、諦めと敗北の空気に飲まれた。魔王の勢力が歯向かってこない者を襲わないとわかると、どこかに閉じこもっていた。


「私をここまで運んで、治療してくれたのはエリザですか?」

「運んだのは私じゃないし、誰かはわからない。けど治療したのは私」


 エリザが子供たちに見守るような眼差しを送る。


「発端は子供たちよ。私が止める前に、何人か子供だけであんたを助けに行ったんだから、私も呼び戻すどころか、一緒についてくことになって、あんたを島中探し回ったの。まさか、こんなところにいるとは思わなかったけど……ここならある意味安全ね」


 エリザが、息をつきながら、地下牢を見渡す。


 良くも悪くも、エリザは普通の人間であった。アンナもそんなエリザのことをよく知っていたので、エリザや他の人間にも、ジャンヌと闘うことを、無理強いしたりはしなかった。それどころか、未だに体が震えているエリザを気遣う始末であった。


「大丈夫だったんですか? 色々と無理したんじゃありませんか?」

「相変わらず人の心配ばっかして……私のことは良いから、子供たちが必死になってるっていうのに、いつまでもびくびくしてるわけにはいかないじゃない。放っておいたら、子供だけで今の危険な島を、あんたを探して走り回るわよ。それに、あんただって酷い怪我だったのよ?」


 自分を気遣うアンナに、エリザは呆れていたが、それもわかりきっていたことだった。


「エリザ……ありがとうございます」

「礼はこどもたちに言いなさい」

「でも、私は子供たちにもエリザにも、感謝していますよ」

「……ったく糞真面目なんだから」


 エリザはぶっきらぼうに声を落としながら、そっぽを向いて視線を逸らした。


「!!」


 そう遠くない海で爆発が起き、ガリア島かが震えた。子供たちが怯え、悲鳴を上げながら、アンナの下にさらに押し寄せ、身を丸くする。


「なんですかこれは!?」


 地響きだけでなく、凶悪でどす黒く巨大な何かが、ガリア島を何度も狙っているのをアンナは理解した。これといって感知能力など持たないアンナが瞬時に理解するほどの、禍々しい存在感を持つ何かこの島の近くにいる。


 驚愕の声を上げるアンナに、エリザは無言で首を振って子供たち見る。子供には聞かせられないから、今は話せないという意志を伝えた。


 アンナとエリザは子供たちを宥め、会話が聞こえないように、子供たちのいる地下牢の部屋から十分に離れた。

 

 そこでも万が一聞こえないように、小さな声で会話をする。


「驚かないで聞いて欲しいんだけど、さっきから何回も鳴っている地響きの原因は、マシューってやつよ。そいつがこの島を狙っている」


 アンナはエリザの言ったことに大きく驚いたが、子供たちに余計な不安を与えまいと、口を抑え、驚きを表情だけに押しとどめた。


「この島の外から来たボルクスって騎士が色々教えてくれた。心して聞いて」


 エリザにとっても重い真実なので、心して話すために、一度、息を吸って、吐いた。


「マシューは、数百年に渡って魔女狩りで死んだ被害者の霊魂を食らい続けて、自分の力として蓄えた化け物よ。まず人間じゃない。この島に魔王ジャンヌを討伐しに来たなんて嘘っぱちで、ホントはこの島で何か企んでるらしいの。詳しく知らないけど、多分ろくなことじゃない。ボルクスはまるで自分が見てきたかのような必死さで私に語ったわ」


 エリザは、身体の震えを自分で必死に抑えながら冷静さを保ち、アンナには説明した。


 ダイモーンの全霊顕現の力のおぞましさと、その力を使うマシューの強烈な悪意を、その場にいる全員が、マシューから遠く離れていても本能的に理解していた。


「だから……さっきから聞こえるんですか」


 要領を得ないアンナの言葉に、エリザが眉根を寄せる。


「誰かの助けを求める声が。何百年も暗い場所に押し込められて、苦しみ続けて、もう殺して欲しい。終わりにして欲しいっていう声が、私にはいくつもいくつと聞こえるんです。恐らくマシューが食らった死者の声でしょう」

「……」


 エリザは無言で息を呑んだ。アンナが言うことは何も疑わなかった。アンナに死者の声が聞こえるのは、信仰心が深く、人の痛みや悲しみを思いやる人間性を持っているからだと、うっすらと理解した。


「……行かないと」

「あんた馬鹿なの!? 私の話聞いてた!? あんたが行ったって死ぬだけよ!? あんな化け物みたいなマナを持った者同士の戦いに、今更私たちが参加してどうこうなると思う!?」


 エリザがアンナに掴みかかったが、アンナの必死な形相に立ちすくんでしまう。


「このマナからして、恐らく今、この島を命懸けで守っているのはボルクスさんです。例え私にこの闘いについていける力がなかろうと、闘いが終わった後、いち早くボルクスさんの手当てをしてあげたいのです。私はボルクスさんが負けるとは思ってませんが、エリザは念のため子供たちと一緒に、島の外へ避難してください」

「……っ!!」

「それに私は聖職者として、魔女狩りの犠牲になった死者を救わなければなりません。彼らは元々は人間だったのですから」


 アンナの一切揺るがない真っ直ぐな言葉に、エリザが一瞬、言葉に詰まる。


「そうよねあんたは……そういうやつよ……」


 今のアンナを止められないことを、エリザが一番理解していた。


 エリザがアンナから手を離して俯き、肩を震えさせた。本当は一緒について行き、アンナが無茶をしないように見張りたかったが、子供たちだけをここに残すのは危険すぎた。


「この闘いがどうなろうと……あんたは絶対に生きて帰ってきなさい。あんたが死んで悲しむ人間がここには大勢いる」


 気づけば遠巻きに、話が聞こえない距離から、子供たちが顔を覗かせていた。


 アンナが子供たちを見た。大切な、守るべき、慈しむべき存在を一人一人目に焼き付ける。その後、改めてエリザの顔を見た。


「エリザもですか?」

「ええそうよ!」


 悪態をつくエリザ、それを見るアンナに、女の子が一人、歩いてきて何かを差し出した。


「シスターアンナ、これ……」


 その手にあるものは綺麗に畳まれた修道服であった。


「どこから持ってきたの?」

「ここに落ちてました」

「……よくわからないけど、ありがとう」


 女の子のいうこことは、地下牢自体を意味する。この場の全員が知らぬことだが、女の子が持ってきた修道服は、元々ジャンヌが魔女を逃す際に着せるため、準備していたものだった。


 アンナやエリザの修道服と似てはいるが、数百年前のものなので細かい部分が違い、教科書に載っているような服だった。


 アンナは嫌な顔一つせずに、受け取り、さっさと着替えた。


「少し型が古いですが、やっぱり修道服を着ると落ち着きますね」

「そうね、あんたはその格好が一番似合ってるわよ」


 そんな会話を交わした後、アンナとエリザ、子供たちが一旦、地下牢から出た。


 地上に出た瞬間、ダイモーンのドス黒いマナを、全員がいっそう強く感じた。こんな相手と闘える人間がいるのか、とアンナはひたすら心の中で驚愕した。


 ダイモーンの恐怖に必死で耐え、それぞれの道に進もうとした瞬間、一行の目の前の地面に、何かが隕石のように落下し、衝突音を響かせ、地面を揺らした。


 咄怯える子供たちを咄嗟に庇い、アンナとエリザは前に出た。


「クソっ! なんてざまだ! あいつは絶対に生かしてはならんというのに!」


 マシューに吹き飛ばされ、叩きつけられたモラクスが、地面を殴りながら、悔しまぎれに吠えた。

 

「ボルクスさん…….?」


 アンナは眉根を寄せて呟いた。目の前の人物はボルクスと姿形が瓜二つであるが、どこか微妙に、自分の知っているボルクスの人物像と食い違う。パッと見ただけでなんとなくそれが理解できた。


 モラクスは実に数時間もの間、島を丸ごと守りながら、攻撃を受けざるを得ない、圧倒的不利な状態でマシューと闘い続けていた。身体の至る所から血を流してる姿が、いかにその身体をこの島の盾として酷使したかを物語っている。


 地面に叩きつけられた際、頭を強く打ち立つことさえおぼつかない。ベオウルフさえも、今にも崩れそうなほど、ひび割れていた。


 マシューにとって、自らの計画のためにはガリア島が破壊しない方が都合が良かった。生き残った人間が、ガリア島で何が起こったかを伝え、他の聖十字教徒の恐怖を煽るためだ。モラクスもそれをわかっていてギリギリのせめぎ合いをしていたが、じわじわと追い詰められ、今に至る。劣勢であることがに察知できた。


「そんな……近づいてくる……!?」


 エリザが震えながら、声を出す。目の前に飛んできたモラクスにも驚いたが、それ以上にモラクスを追いかけてきたマシューのマナに、その場にいた全員が、命をいとも簡単に踏み潰されそうな恐怖に支配された。


 その恐怖をまき散らす根源が、大きな衝突音と共に、モラクスの前に着地する。


「私に勝つには、お前には圧倒的に邪悪さが足りん。義憤や正義感だけで勝利を掴めるのは所詮、空想の中の英雄だけだ。現実の闘いとは悪意と悪意のぶつかり合いに過ぎん。神に狩られた魂を数百年間喰らい続けた俺の悪意に、たかが魔装一つ身に着けただけでかなうとでも思ったか。お前が大事そうに吠えた人間の尊厳も魂も、所詮は私の餌だ」


 全霊顕現となったマシューの姿を目の前に、アンナとエリザ、子供たちは、そのどす黒いマナに圧倒され、全身が麻痺したかのように硬直し、動かなくなった。


「逃げろおおおお!!!」


 力の限り叫んだモラクスの声によって、硬直した体が動くようになり、子供たちは一目散に逃げた。エリザが、震えながらも、足の遅い子の背中を押す。


 アンナは逃げなかった。子供たちとエリザが逃げれるように、彼らを守るように、動けるようになっても、マシューの前に立った。


「見られたか……面倒だな……」


 マシューがアンナに手の平を向け、禍々しいマナを放出しようとした。途轍もなく大きな死の運命が、アンナに、エリザに、子供たちにのしかかる……。


「私の前で……子供を傷つけるなぁあああああああああ!!!」


 腹の底からでた、怒りの限りの絶叫が辺りに響き渡る。声の主はジャンヌだった。


「くたばりぞこないどもが……!!」


 ジャンヌ、レラージェ、イフリート、さらにはジャンヌの過去を知り、マシューを倒さねばならぬと決意したボルクスまで、一斉に飛び出し、マシューを囲んで襲い掛かる。 


「邪魔だ……!!」


 マシューが自らの身体を中心として、マナの爆発波を起こした。全方位を攻撃する爆発は、マシューを囲むように飛びかかった四人は一瞬で、まるで紙切れのように吹き飛ばされた。


 彼らはモラクスのおかげで休息がとれたが、やはり闘いの疲労は完全には消えなかった。

 

「ちくしょう……!!」


 モラクスは四人に助力させてしまった自分の無力さを呪った。本来なら、自分一人で、ベオウルフの力すら借りずにマシューを倒したかった。


「貴様らはそこでガキが死ぬのを見ていろ。守る者としてはこれ以上ない敗北を与えてやる」

 

 禍々しいマナの矛先が、悪意が、再び子供たちに向いた。マシューの視界には、まだ子供たちが映っている。


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