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Myth&Dark  作者: 志亜
Devils and Daemons
38/54

第37話 ボルクスVSジャンヌ

 

 戦闘態勢に入ったジャンヌが、ボルクスに手を差し出し、手の平を上に向けた。


 その動作と共に、ボルクスを取り囲むように、一瞬で大きな氷の剣が数本形成される。全ての氷の剣の切っ先はボルクスに向いていた。


 ジャンヌがその手の平を強く、握りしめる動作をした。


 手の中央に集まる指のように、ボルクスに氷の大剣が収束

する。木の幹のように大きな氷の剣が、ボルクスの身体目掛けて、一気に一箇所に向かって飛んだ。


氷刃刻凄(ジフォクライド)


 氷の剣の形成も収束も、ボルクスが冷気を感じる間もなく一つ一つの動作が早かった。


 頭上や斜め上から、自分に集まってくる氷の剣の全てをボルクスは両腕で受け止めた。  


 跳ね除けようとしたが、その前に、押しとどめいるボルクスの腹を、ジャンヌは距離を詰め、勢いをつけて一気に殴り抜けた。


 女の拳だが、やはり魔王の改めて認識せざるを得ないような、固く、速く、重い拳だった。


 踏ん張った姿勢で、後方に長く滑るボルクスに、不快な嘔吐感が胸まで登って来た。なんとかそれを治めると、ジャンヌの指先がこちらに向けてられているのが見えた。氷の大剣はジャンヌに当たることはなく、既に砕け散っている。


浰針(ストレイン)

 

 ジャンヌの指から、細いが、鋭く速い水流が飛んできた。頭を動かして避けると、後ろにあった木を何本も貫通し、細い穴を一直線に開けた。


 圧縮され放たれた水だ。身体に当たれば肉を飛ばし、穴を開けるその水流をジャンヌは連続で放ってくる。


 一発目でスピードを見切ったボルクスは、手で弾きながら、ジャンヌに走って接近する。防御の姿勢をとったジャンヌを、両腕のガードの上から、殴りつけた。


 ジャンヌの上半身がなくなったが、パシャリという水音がした。人ではなく、水を殴った感覚が拳に伝わり、腕が大きく空回った。


 体質変化だ。聞いたことがあった。マナを扱う魔術の中でも、かなりの高等技術に位置する。一つの属性魔法を極めた者だけができる技術で、冒険者でも騎士団でも、使える者は全体の一割未満だとか。ジャンヌは水の体質変化を使っている。


「溺れなさい」


 口を失ったジャンヌの声が、どうやって喋っているのか、ボルクスの周辺にこだまのように反響する。着ている服ごと身体を水に変えたジャンヌが、ボルクスの頭を球状に取り囲み、口から、鼻の穴から、耳の穴から気管に入って来た。


 恐らく肺に向かってくるであろう液体と化したジャンヌに、慌てることなく身体中に雷を纏った。身体の隅々まで雷が血流のように通り、侵入してきた液体全てが、逆流し、身体の外に流れ出た。


 頭の水も、苦痛を思わせるうねりで離れ、前方の地面に落ちる。その水が段々と大きくなりながら、人の輪郭を形作っていき、最後にジャンヌが現れた。


「雷だと相性が悪いわね」


 苦戦を予感して息をつきながら、ジャンヌがぽつりと声を地面に落とした。

 

「これならどうかしら?」


 妖しく笑うジャンヌが、両手を目の前の広げると、たちまち、辺り一面が霧で包まれた。ジャンヌの姿も霧に包まれて消え、ボルクスは目の前すら、両手の届く範囲すら視認できないほどの濃い霧に囲まれた。


霧切(ザンネベル)


 ジャンヌの奇襲を警戒し、視覚に頼らずに集中して気配を探ったが、それらしい予兆は今のところ見られない。しかしどこからか薄っすらと見られているような感じがしたので、下手に動けばその隙を突かれそうだった。


「!?」


 ビッ、とボルクスの腕に、鋭い何かが走った。腕を見れば、赤い線を引く切り傷ができている。どこからか飛び道具を投げられたのかと思ったが、それらしい飛来音がすれば、避けれるはずだった。


 また、ボルクスの腕が鋭い刃のようなものに切られる感覚がした。タイミングを合わせて次の謎の斬撃を避けようとしたが、出来なかった。斬撃の傷は浅いが、確実にボルクスの体を捉えてくる。


 斬撃の数と速度が急激に上がって来た。身体を謎の斬撃の線によって切り刻まれ、頭や急所を守りながら、ボルクスはジャンヌの位置をその場から動かずに探った。しかし霧自体がマナを持ち、ジャミングのような役割をしているため、感覚が乱され上手くいかない。


 霧の外にジャンヌはいた。前方にある濃い霧の塊を瞬きすらせず凝視している。ボルクスが無数の斬撃に耐えられず、霧の外に出てくるのを待った。


濃霧の塊の上から、なにか小さい霧の塊が出てくるのが見えた。人と同じくらいの大きさだったので、ボルクスが斬撃から逃れるために、霧の外に出たのだと、ジャンヌは判断した。


 すぐさまジャンプして小さい霧の塊を、一瞬で生成した氷の剣で切り裂いた。ボルクスを捉えたと思ったが、人体を切り裂いたにしてはやけに感覚が軽かった。


 小さい霧が斬撃の振りで消えるとその正体が目に入った。霧の名から出てきたのはボルクスではなく、ボルクスの着ていた服だった。天導騎士団の白い制服の上着を、ボルクスは囮として霧の中上に投げ、ジャンヌはまんまと引っかかった。


「こっちだ!!」


 本物のボルクスが、ジャンヌの後ろに現れ、指を交互に組み、手を祈る時のような形にして、ジャンヌ上から殴りつけ、下の地面に叩きつけた。水への体質変化を視野に入れ、両手に雷を纏ったスレッジハンマーを股下まで一気に振り下ろし、ジャンヌはそれをまともに食らった。


 濃い霧の塊がジャンヌは地面に激突した衝撃で、広がるように散って消えた。物凄い勢いで地面に叩きつけられ、衝突音もデカかったが、霧が消えた後の地面に上を、ジャンヌは立っていた。


 今の攻撃で少し服が汚れ、不機嫌そうな顔をして、ボルクスを睨んでいた。上半身が黒いインナー一枚になったボルクスが突き刺すような視線を受けながら着地する。


「今のは霧自体が形を変えて斬撃を放つ技だろ? 殺傷力をわざと抑えて、飛び出した敵を狙うために使ったってところか」

「……当たりよ。私の闘い方をそこまで理解しているのに、どうして私の目的を理解して……賛同して、一緒に聖十字教相手に闘ってくれないのかしら?」

「理解と賛同の間には、大きな壁がある。聖十字教を壊すようなことはしたくないと言ったはずだぞ」

「だから殺したい……」

 

 言い終わるとジャンヌは素手で向かってきた。その答えに、ボルクスはギョっとしつつも構え、両腕だけに、雷を纏わせた。


 ボルクスが虚空を殴りつけ、雷を纏った闘気の弾を打ち出した。直径がボルクスと同じくらいの大きさの闘気弾を、ジャンヌは走りながら右に左によけ、ボルクスに接近する。


 ボルクスが突き出した雷の拳を、ジャンヌは水の体質変化を使わず、闘気を纏った自分の腕で防御した。想定外の行動をとられ、僅かに驚いたボルクスの脇腹にジャンヌの拳がぶち当たる。


 ジャンヌは素手同士での接近戦に持ち込んだ。ボルクスも、マナを節約し、闘気に回すために水の体質変化を使ってこないと判断し、雷を両腕から消し対応した。ジャンヌがもう一発繰り出した拳を横によけ、その腕を掴み、投げ飛ばした。


 受け身をとったジャンヌに、ボルクスは走り寄る。防御のために交差させたジャンヌの腕をアッパーで弾き飛ばし、がら空きになった顔面に、もう片方の手で拳を打ち込んだ。


 顔面がのけぞりそうな衝撃にジャンヌは耐えながら、自分の顔面を殴ったボルクスの腕を掴んだ。ジャンヌの手がボルクスの顔面を鷲掴みにする。その手の平は熱気を放っていた。


瀑沫(ヴァトモール)

 

 顔面に密着したジャンヌの手の平が、派手な破裂音と共に爆発し、ボルクスが頭から吹っ飛んだ。爆発といっても火薬を用いたものではなく、高温かつ高圧の水蒸気がジャンヌの手の平から噴出したものである。つまりは水蒸気爆発を、ジャンヌは性質変化させたマナの操作によって可能としたのだった。


 爆発を顔面に密着した手の平から放たれ、一瞬気絶しかけたが、なんとか意識を取り戻し、倒れかけた身体をなんとか両足で踏みとどませる。


瀑沫(ヴァトモール)……」


 顔面を掴まれてはなかったが、ジャンヌは再びこちらに手の平を向け、同じ技を繰り出した。手の平から水蒸気爆発が炸裂する。同じ技であっても今度は、爆発が広がるのではなく、離れたところにいる相手に爆発自体が一直線に飛ぶような、指向性の水蒸気爆発がボルクスに襲い掛かった。


 すかさずマナを変化させた雷のエネルギー波を手の平から放出し、相殺させた。直後、相殺から間を置かずにジャンヌが水で形成した剣を手に飛び掛かって来る。同じように雷を手の平から出して、ジャンヌにぶつけると、呻き声すら上げずに水と化して四散した。


 妙にあっけなかった。雷を相手に水の体質変化を使うのは、無意味に等しい。というより使っても属性の相性上、雷が実体を捉え、焦がすからだ。


「ゲイボルグ」


 眉根を寄せるボルクスにジャンヌの低い声が届く。さっきのジャンヌは水で作られた分身であった。ゼパルが持っていたのと同じ槍がボルクスの心臓に迫る。ゼパルは万が一に備えて、ジャンヌに自分の骨で形成した槍を渡していた。


 ジャンヌは槍も一応扱えるが、ゲイボルグという魔槍の本来の使い手ではなかったため、ゲイボルグの名前を呼び、言葉と名前に宿る力を引き出して、言霊の力を使って、至らぬ点をカバーした。


 素早い突きによってゲイボルグの防御不能の切っ先が、腕の防御をすり抜け、胸板をすり抜け、激しく脈打つ心臓に近づいていく。


 討ち取ったと、ジャンヌは心の中で笑った。しかし、切っ先が心臓を貫いたような位置まで進んでも、何の手ごたえもなかった。代わりに、槍を握るジャンヌの手が、強い痺れに襲われた。


 驚くジャンヌにボルクスが蹴りを放ち、身体を吹き飛ばした。


「器用ね~、体質変化で心臓だけ雷に変えたんでしょ? せっかくゼパルからもらったゲイボルグも、これじゃ効かないじゃない」

「……」


 ジャンヌが残念そうに、ゲイボルグを撫でた。


 冷静さを取り戻して、ジャンヌは一瞬でゲイボルグがボルクスの心臓を貫けなかった理由を見抜いた。魔槍ゲイボルグのすり抜けはたしかに強力な効果だが、あくまでも心臓だけを狙う物理攻撃なので、心臓自体を何らかの手段で回避させれば対抗可能なのだ。


 ゲイボルグは魔槍としての効果を使う時は、闘気も、属性魔法も纏えない。理由は単純、すり抜けるからだ。相手側の干渉だけすり抜けられるほど都合の良い武器ではない。


「水と氷の魔術に加え、霧や水蒸気まであのレベルで扱えるなんてな、本当に手札が多い。おまけに基礎的な身体能力も素の俺と互角……その手付きからして槍や剣も扱えるんだろう。魔術の多彩さと身体能力の良さが高い水準で合わさった、複合的な強さだ」


 褒めるような口調ではなく、分析しているようではあったが、案の定ジャンヌはボルクスの言葉に気をよくした。


「あら、こちら側についてくれる気になったのかしら?」

「だが素で互角なら……こいつの敵じゃない……」


 ボルクスは無視した。


「雷霆拳……!!」 

 

 ボルクスが、雷が落ちたかのような音と光とともに、鮮烈な青白い雷のオーラを纏った。その光景にジャンヌが目をしかめ、槍を固く握りなおす。


「赤い雷じゃないのね……」


 ジャンヌが自分一人だけに聞こえる声で呟き、この技のさらに一段階上の技を警戒した。

 



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