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Myth&Dark  作者: 志亜
Devils and Daemons
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第35話 水面下の悪意

「ゲイボルグ」


 不意に聞こえてきた言葉に目を剥き、声がした場所を警戒しながらゼパルは身体を向けた。


「マナを込めれば相手の心臓以外の全てをすり抜ける能力が発現する故、扱う者の技量によっては防御不能の必殺の一撃を与えることを可能とする魔槍……」


 声の主はマシューであった。上司であるモードレッドが倒されたというのに、まるで緊張感もなく、狼狽える様子も、心配する様子もない。モードレッドからは、島民を戦闘に巻き込まれないように広場の遠くに避難させ、機を見計らって参戦しろ、という命を受けていたが、モードレッドが倒れて今になって、のこのこ顔を出した。


「怖いですね~、怖い怖い」


 マシューは蜂の巣でも見るかのように、地面に落ちているゼパルの槍を見た。


「これは厄介な悪魔化のケースですね。この槍、あなたの骨でできているでしょう?」


 マシューが得体の知れない笑みを浮かべて、槍からゼパルへ視線を移す。

 

「……誰だお前は? 最上級騎士の仲間か?」


 ゼパル自分の記憶の中にある、自らと関わりを持った人間の顔を、掘り起こしながら、マシューに問いかけた。ゲイボルグの名前を知っている人間は、この島では自分の勢力以外にいないと思った。


「質問をしているのは私だ。生前のお前と面識はないぞセタンタ、察するにクー・フーリンではなくこっちの方が魔名の元になったんだろ?」


 生前の名前、それも有名な名前をつけられる前の幼名の方を、正体がまるで掴めない人間が考えを見透かしたように舌に乗せ、ゼパル、生前はクー・フーリンという名を持っていた悪魔が、僅かに動揺した。


 その動揺すらも見透かしたように、マシューは不気味な笑みを顔面に貼り付けている。


「悪魔化したせいで多少力は衰えた変わりに、ゲイボルグの元になったクリードとコインヘンと同じ骨格を得たか。今のもゲイボルグと同じ、すり抜けの能力を持つ骨格を変化させ、掌底の勢いを乗せて手の平から突き出し、直接心臓を突いた。そんな不意打ちじみた手を使わない限り、最上級騎士がそう簡単に負けるはずがない……」


 マシューが賢しげに語る言葉の内、ゲイボルグや今のゼパルについての能力については、事実だった。

今さら隠してもしょうがないし、ゲイボルグは能力の詳細を詳しく知ったところで自分が手に持って扱う以上、わかりすく防げるような対策はない。ゼパルはそう判断し、手の平から変形させた骨を取り出し、槍の形に変えて構えた。


「うわ気持ち悪……」


 ゼパルの骨は皮膚を突き破って外に出ていき、取り出された後は、何事もなかったかのように裂けた肉の部分が元通りになった。それを見たゼパルが両手で口を押え、露骨に引きつった声を出した。


「貴様が何者かは知らんが、持っている情報を洗いざらい吐いてもらう。イフリートやレラージェの弱点をベラベラと喋られては困るからな。面識のない相手が、仲間以外に話した覚えのない情報を知っているのを、俺は見逃すほど甘くはない」


 目の前の男は危険な男だと、ゼパルの本能が感じ取っていた。この男が知っている情報を聞き出せなくとも、始末しなければならない。手の内が知られている以上、奥の手を温存する必要もなかった。


「ゲイボルグ!」


 持っている得物の名を叫び、ゼパルがマシューに向かって、真っ直ぐに槍を投げた。


「バルベリト……」


 マシューが低く地を這うような声で、魔装の名を口に出した。それに呼応して四肢に魔装バルベリトが現れ、飛んできた槍を軽くかわした。


 ゼパルが放った槍は木立の中に消えたが、木に刺さった音などはしなかった。マナを込めて投げられたゲイボルグは敵の心臓以外を全てすり抜ける効果の他に、敵が視界にいればその心臓をどこまでの自動で追跡する必中必死の効果がある。


 油断はせずゼパルは二本目の槍を生成し、マシューを迎え撃った。ゲイボルグの投擲にそれなりのマナを使い、すり抜けの効果を使わず、数回、槍と拳とを交わし合う。


 近接戦を数秒続けた後、風を鋭く切り裂きながら、投げた槍が木をすり抜けながら戻って来た。真名すらも知っていたのに、投げるゲイボルグの効果は知らないのか、とゼパルは疑問に思いつつも、槍に気づかないふりをして戦闘を続ける。


 戻ってくる槍にタイミングを合わせ、ゼパルは後ろに飛んだ。ゲイボルグがマシューの背中をすり抜け、心臓を貫こうとする。その時、マシューの口が横たわった三日月のような形に歪み、薄っすらと開き、白い歯を垣間見せる。


 確かに、槍が心臓を貫く音が、マシューの体内から聞こえてきた。体内から何かが破裂するかのような音。しかし、マシューは心臓に当たる位置を貫かれながらも、モードレッドの時のように血を吐くこともなく、怯むすらせず、ゼパルに襲い掛かった。動揺したゼパルの隙を突き、マシューはバルベリトで思い切り頭を殴り飛ばす。


 マシューは殴った拳が纏う闘気の感覚に、なぜかジークフリートの竜闘気に近いものを感じた。一瞬の思考の乱れを突かれ、いつも以上にゼパルは頭部を損傷した。


「痛い痛い~」


 と緊張感のない声で言いながら、マシューは身体から強引に槍を抜く。そのさまは人の形を保つ者としては、あまりにも不気味な様相で、不死性すら感じさせている。


 額が弾け飛ぶような衝撃を受けたゼパルは受け身すらとれず、地面を石ころのように転がった。脳にも衝撃が突き抜け、視界を揺さぶられながらも、ゼパルは額を抑えつつ、なんとか立ち上がった。

 

「まだ立っていられるとはな……だがお前の目にはさぞかし愉快な光景が広がっているだろう? 今の俺は何人に見えている?」


 マシューの言葉通り、脳に衝撃を受けた影響で、ゼパルの視界は歪み、マシューの嘲笑う姿が幾重にも重なって見える。


 構えすらできないゼパルの頭を、マシューは容赦なく蹴り飛ばした。頭に引っ張られるようにゼパルの身体も吹き飛び、木に激突する。


 ゼパルは頭から血が噴き出すようにして溢れ、ドクドクと下に流れては顔の半分を赤く染めていた。それでもなお立ち上がるために四肢を動かすが、うまく立ち上がれず、もがくような動作になってしまう。


「肉体の頑強さも、異常な粘り強さも、身体に命令を出す脳が正常に機能しなければ何の意味もない。頭を強かに打ち、立つことすらできん今のお前は、まるで羽と足をもがれた虫だ」


 立ち上がろうともがきながら、身体のあちこちを土で汚すゼパルを、嘲笑うようにマシューは見下している。


「だがその不自由な肉体ともおさらばさせてあげよう。お前の魂はそれはそれは強い私の手駒になってくれるだろうなぁ~」


 マシューがバルベリトを纏う拳を、ゼパルに見せつけるようにゆっくりと握りしめ、力を込めた。拳が、未だにマシューを鬼の形相で睨みつけているゼパルの鳩尾を向く。


「!!」


 拳を突き出そうとした瞬間、マシューの四肢がビクリと、不自然な形で硬直した。まるで急に見えない何者かに羽交い絞めにされ、身体の自由が効かなくなったようだった。


 それはゼパルの意図したものではなかったが、硬直した原因や理屈を求める思考を瞬時にゼパルは放棄する。


「ぶち撒けろ……!」


 ゼパルが自由の利かない身体から力を振り絞り、手の平を突き出す。骨が変形しながら手の平を突き破り、槍の穂先のような形になった後、硬直したマシューの顔面を迫った。本来拳と交差させるように、刺し違える形で繰り出そうとした悪あがきの一撃を、一瞬無防備になったマシューにそのまま繰り出した。


 魔槍のすり抜けの効果は発動させず、内部ではなく外部からの攻撃で敵を殺傷するためのただの槍として、ゼパルは自らの骨をマシューの顔に突き立てた。心臓に攻撃は効かなくとも、頭なら、脳みそに攻撃を加えれば、仕留められるという思考で放った一撃であった。


 ずぶりと、鋭く尖った骨がマシューの眉間に沈み、後頭部から突き出た。紛れもなく命中したといえる光景だったが、ゼパルはその手ごたえに不自然極まりない違和感を覚えた。自分の骨が肉をかき分ける感覚も、頭部の骨に当たるような硬い感覚もなかった。頭を貫いたというのに、まるで泥の塊を突いたような感覚が骨の先から伝わってきた。血も脳漿も一滴すら出していない。

 

「無駄だ……」


 マシューは顔を貫かれたが、無事に元の形を保っている口から、忌々しく吐き捨てた。魔装バルベリトが四肢から、霧散するようにして消える。


 バルベリトが完全に消えた後、マシューは素早く手慣れた動作でゼパルの胸に手を突っ込んだ。この時点でゼパルの意識は、糸がぷつりと切れるように、ほとんど時間をかけずに忽然と途切れた。


「心臓も頭も、身体のどの部分をどう傷つけようが、外傷を与え合って勝負をきめるという次元で私と闘えば、いかなる技量があろうが何も決定打にならん。貴様の騎士としての鍛錬も私の前ではただの徒労だ」


 マシューはただ喋っているだけだが、頭を貫通している骨が、勝手にゼパル側に抜けていき、ゼパルの腕だらんと垂れ下がる。


 明らかにマシューの手はゼパルの鳩尾に突き刺さっているが、血が一滴も出ていない。ズルリと出てきたマシューの手には、球状の淡く光を放つ何かが掴まれている。


「やはり英雄だけあっていい魂だ。お前にはいずれ悪霊と呼ぶに相応しい業と因果を背負わせてやる……」


 マシューが手の上の物体を澱んだ喜の色を含んだ視線で見つめた。その手を握りしめる動作と共に、ゼパルの魂がマシューの手の平に沈んでいった。

 

 骨が抜けた後、マシューの頭には穴が開いていた。血も脳漿も、何も垂れないどころか、人間として頭の中にあるべきものが何も詰まっていないような虚ろな穴だ。その穴はマシューが何をするまでもなく、粘ついた音を立てて勝手に塞がった。


「ラッキー! 最上級騎士死んでんじゃ~ん! ラミエルとゲイボルグも~らいっ! これでもうこの島での戦いは消化試合みたいなもんだろ! ゼパルも魔装化しようと思ったけど、どうせゲイボルグと能力あんま変わらんだろうしいいや!」


 マシューがモードレッドが倒れているところまで歩いていき、ラミエルとゲイボルグを見ながら、嬉しそうに手を叩いた。


「後は、ジャンヌ、レラージェ、イフリートに、ボルクスか……くくく、どんな魔装と悪霊に仕上がってくれるんだろうなぁ~、考えるだけで全身の毛が震えが止まらん」


 マシューがこの上なく邪悪な笑みを浮かべて、広場の方を見た。


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