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Myth&Dark  作者: 志亜
Devils and Daemons
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第29話 人間性の残滓


 アンナをいびり、レラージェとイフリートを侵入者の捜索に向かわせてから数十分後、神聖書やその他もろもろを燃やす炎を、ジャンヌは相変わらず瞬きすることすらなく、丸まったように座りながら、じっと見ていた。


「へっへっへ、魔王様よう。俺たちゃあんたに折り入って話があるんだが、聞いてくれるか?」


 ジャンヌの頭に馴れ馴れしい声が降りかかる。見上げればニヤニヤと媚びを含んだ笑みを浮かべている男が数十人いる。話しかけてきた男はその集団のリーダーらしく、奇っ怪な恰好をしているが武器をぶら下げている。この島で闘った連中の中にはいない顔だったが、恐らくは冒険者だとジャンヌは判断した。


「冒険者ごときが一体何の用よ、言っとくけど私は新しい部下なんかいらないわよ」


 ジャンヌは炎を見たまま、冒険者たちの方を振り返りもせずにぶっきらぼうに答えた。


「いやそういう話じゃねえんだが、俺たちを島の外に出してくれねえか?」

「はぁ?」


 ジャンヌは初めて会話をしている相手に振り返り、片眉を上げながら柄の悪い威圧する様な声を上げた。ジャンヌにとってこの冒険者たちが生きて島を出ようが出まいがどうでもいいが、無条件にこの島から生きて出す。いうわけにはいかない。冒険者集団のリーダーらしき男が多少気圧されながらも魔王を相手に平然と取引を続けようとする。


「もちろん船は自分たちだけで出すさ。んで俺らが島の外に出ても、あんたらの存在を言いふらしたりはしねえし、むしろ口裏合わせて隠蔽したっていい。騎士団の連中の違って、俺たちにとってこんな島は守る理由なんてこれっぽっちもねえんだ」

「私が初対面のあんたたちを信用するとでも?」


 面倒くさくため息をつくように、ジャンヌは一際低い声で答えた。


「ならこいつを見てくれ。魔王様への献上品を持って来たんだぜ」


 ジャンヌと話していた男が品性のない笑みを浮かべ、後ろの同じような恰好をした冒険者集団に、顎をしゃくって合図を出す。合図を受けた何人かの冒険者がぞろぞろとジャンヌの前に出てきて、神聖書や聖人画など、つまり今、ジャンヌが燃やしているものと同じようなものを地面に投げ捨て、ごろごろと転がした。


「あんたらが燃やしたがっているのはこういうもんだろ? 回収しきれなかったのを見てのとおり、俺たちがたんまり集めてきた」


 冒険者のリーダーが地面に放り出されたものをうやうやしく、ジャンヌに見せながら媚びを含んだ声色で話す。


「おそらく、まだこの島には魔王様が燃やしたいものが残ってる。よそ者のあんたらと違って、俺たちはこの島に詳しいから、聖職者どもが上手いこと隠して、あんたたちが取りこぼしたものをこうやって差し出せる。この島から燃やすもんが無くなったら、俺たちが島の外に出るのを許してほしい」

「……」

「悪くねえ取り引きだろ? あんたは効率的に目的を果たせるし、俺らも島の外にでれてお互いハッピーだ」


 ジャンヌは冒険者たちを褒めることも、労うこともなく、地面にある聖人画やら神聖書やら聖遺物を無表情で見ている。そんなジャンヌの顔色を必死で伺いながら、冒険者のリーダーの語り口調に得意げなものが混ざり始めた。


「魔王と闘う勇気は失くしたくせに、生意気にも俺らの回収作業を邪魔してきた騎士が何人かいたが、全部返り討ちにしてやった。そんな俺たちが天導騎士団を助けるようなことするはずないだろ? だから俺たちをこの島からだしてくれよなあ? あんたらの勢力は四人しかいねえから、俺たちの数は役に立つはずだろ?」

 

 相変わらず、ジャンヌに目立った反応はない。


「それに、俺たちにならこういうことができる」


 冒険者のリーダーがジャンヌの前に、戦利品を見せるように、更に何かを転がした。それまでに出されたものとは違い、動いている、息がある。


「回収したものの中によっぽど思い入れがあるもんでも混じってたのか、そいつは泣きながら俺たちに向かってきてよお、ムカついたからボコボコにしてやった」


 ジャンヌの体が一瞬目を見開き、心臓の鼓動や、呼吸の動きすら感じさせないような感じで固まる。冒険者に大きなゴミのように放り出されたものは、子供だった。しかも真新しい傷だらけで、意識はすでにない。明らかに人の手によって痛めつけられたのだと、ジャンヌは自身の経験から理解した。


「俺たちは相手が子供でも容赦しねえ、あんたの目的を果たす上でもそれは都合のいいことなんじゃッ……!!」


 それ以上、その冒険者の言葉に耳を貸す気はなくなった。ジャンヌはこれ以上不愉快な声を聞く前にその場にいた誰もが見えない速さで行動を起こした。


 ジャンヌは一瞬で、喋っている途中の冒険者のリーダーの顔面に踵をめり込ませた。顔面の骨がその場にいた全員が聞こえるように大きく、嫌な音を立てた。頭領は吹っ飛び、背中から勢いよく倒れる。


「なっ何すんッ……!?」


 魔王とはいえ人間の言葉も理解でき、交渉の余地のあると思われていた相手の突然の暴力に、頭領は理不尽さを感じ、憤りの声を上げかけた。


 しかし、その怒りの感情は暴風に晒された蝋燭の火のように、一瞬にして消え去った。


 頭領は魔王に相応しい、人外の貌をジャンヌが浮かべるのを見た。人の命や尊厳などに微塵の価値も感じていない、他者を生命活動を終わらせることに何の躊躇も嫌悪感もない顔。それが自分に向けられていることに、頭領は経験したことのない恐怖を感じている。


 目を吊り上げいるわけでもない、眉間に皺を刻んでいるわけでもない、歯を剥いているわけでもない。ジャンヌは静かで無表情だが、その視線には明らかに怒りがこもっている。


 魔王に相応しい人外の貌。人の命や尊厳などに微塵の価値も感じていない、他者を生命に終わりをもたらすことに何の躊躇も嫌悪感もない。それらをただ純然たる事実として、魔王の瞳の血のような真紅が伝えている。言葉にせずとも、自分の命が目の前の魔王によって散らされるのを一瞬で理解させられた。頭領は今までの人生で経験したことのない圧倒的な恐怖を感じている。


 逃げたくとも、身体が恐怖に支配されピクリとも動かない。

 

「子供を傷つけることが、自らの優秀さの証明になるとでも思ったの?」


 倒れた冒険者を見下ろすジャンヌ、低く恐ろしい声にジャンヌ以外の全員がその身を動かすことができなかった。


「愚か」


 ジャンヌが短く呟いた言葉を最後に、冒険者のリーダーの視界全てが暗転する。ジャンヌは転がっている冒険者の腹に更に重い蹴りを入れた。


 派手に口から血を吹きだしながら、小石のように転がっていく。うめき声すら上げず、冒険者は転がった先で動かなくなった。吐かれた血はジャンヌの方に飛んでいき、ジャンヌが身体をかばい、とっさに出した腕にかかり、高そうな服の袖を赤黒く汚した。


 汚れた袖をじっと無言で見つめるジャンヌ、飛び散った血の量は多く、袖以外の部分も汚れてしまっていた。自分の服が冒険者の血で汚れたことに、ジャンヌは不快感を表情として露わにして、棒立ちしている他の冒険者を睨みまわした。一切の慈悲を見せない魔王の暴力に、他の冒険者は全員が蜘蛛の子を散らすように、我先にと逃げ出した。



「や、やっぱり魔王だぜアイツ! 人間の話が通じるような相手じゃなかったんだ!」

「逃げろ逃げろ! 殺されちまう! 俺たち人間に魔王の考えなんかわかりゃしねえ!」


 誰一人として自分たちのリーダーを気にかける者はいない。冷ややかな目で見ていたジャンヌだが、一人として逃すつもりはない。瞬時に冒険者集団を一人一人追いかけ、魔術は使わず、素手で一撃の下に昏倒させていく。相手は武装していたがジャンヌは闘気を手に足に込め、純粋な暴力を容赦なく浴びせていく。


 子供に明確な意思を持って危害を加えた連中を、ジャンヌは同じ手段を持って次々と沈めていく。子供を傷つけるという自分にとっての禁忌を、喜々として見せてきた相手に容赦する必要はなかったが、子供は虫の息で、辛うじて死んでいなかったので、同じように殺さずに半死半生の目に合わせる。


 やがて、魔王に襲われ、広場やその周りに満ちていた冒険者の悲鳴や断末魔が止んだ。逃げ回っていた冒険者を全て倒したジャンヌは元居た広場の中央に戻って来た。冒険者に殴る蹴るの暴行で痛めつけられ、死にかけていた子供に駆け寄り、しゃがんで怪我の具合を注意深く見る。


 傷の状態は酷く、傷口から流れ落ちる血が、周りの地面を赤く染めていた。この子供をこのまま放置しておけば死んでしまうことは目に見えている。ジャンヌは辺りに誰かいないか見まわし、少し考えた後、諦めたように声を落とす。


「しょうがないわね……」


 ジャンヌは治癒魔術を使えない。闘いの最中、負傷者に治癒魔術をかけて、戦線に復帰させていたアンナの姿を思い出し、彼女がいるであろう町に向かうことにした。



 町の入り口では既にボルクスが何の策もなく、ジャンヌが相対して睨み合い、一触即発の様相を醸し出している。ジャンヌは明確な殺気こそ発してはいないが、かかってくるのなら迎撃する。という程度には戦闘態勢を取っていた。ジャンヌは町の入り口についた途端、物凄い速さで向かってきたボルクスに釘付けになっている。


 ボルクスは今すぐにでもジャンヌを吹っ飛ばし、強引に場所を変えて闘うつもりだったが、それはどうあがいてもできそうにない。ボルクスが何も言わずに窓から飛び出した理由も、ジャンヌの腕の中にある。


 ジャンヌは、なんと傷だらけの子供を抱えていた。ボルクスはジャンヌを注意深く見ながらも、子供にも意識を割く。とりあえず、子供は生きてはいる。小さく呼吸を繰り返す子供を、ジャンヌは意外にも両手で労わるように丁重に、流血で服が汚れることを全く気にせずに、抱えていた。身体には激しい殴打による損傷が見られ、事故などではなく、明らかに人の手によって傷つけられたのがボルクスにはわかった。


 人質にしては魔王に似つかわしくない慈悲のようなものを子供の扱い方から感じる。状況がよくわからない。ジャンヌと子供を交互に見たボルクスは複雑な表情を浮かべつつ、今のところは、敵意や殺意という敵対されかねないようなものを声に含ませずに、慎重に言葉を選び、魔王に話しかけた。ジャンヌの目的は全く予想できないが、何よりもまず優先して聞くべきことがあった。


「……助かるんだろうな?」


 ボルクスが子供を指差して低く問う。まだ人質や罠の可能性もある。ジャンヌの一挙手一投足を一つも見落とさないように注意深く観察する。


「急いで治療を受けさせれば助かるわよ。シスターアンナに見せれば大丈夫でしょ」


 ジャンヌの言葉にも敵意や殺意などは微塵も含まれていなかった。それどころか、どこかその声音には安心したような響きがあり、子供を見る瞳にも慈悲の色を帯びたように見えた。

 

 ジャンヌがゆっくりと、子供を地面に寝かせた。ボルクスの突き刺すような視線を受けつつも踵を返し、町から遠ざかっていく。ジャンヌが子供から、手や足の届かないギリギリの距離まで離れると、ボルクスは瞬時に子供に駆け寄り、慎重に抱きかかえた。


 だまし討ちや、子供の身体に何か仕込まれていないかを警戒したが、何よりもまず子供自身が心配だった。ジャンヌの言う通りアンナに見せに行こうとしたところに、ちょうど良くモードレッドがやって来た。ジャンヌの襲来やボルクスが急に飛び出したことに驚いてはいたが、すでに冷静さを取り戻し、息切れ一つしていなかった。


「ボルクス、その子供はもう大丈夫なのか?」


 怪訝な顔をして子供とジャンヌを交互に見るモードレッドに、ボルクスは抱えていた子供を引き渡した。

  

「この子を早くシスターアンナに見せてくれ、あんまり揺らすなよ」


 モードレッドも外にも色々聞きたいことがあったが、ボルクスの真剣な声と表情、そして何よりも子供の安全を確保することを最優先と考え、胸の内に沸いた疑問を全てのみこんだ。


「お前と魔王ジャンヌがまともに闘えばこの町の被害は大きい。無茶はするな」

「わかってる……」


 短いやり取りを残しモードレッドが子供を連れていく。最も信頼できる仲間に子供を預け、とりあえず安心できたボルクスが、ジャンヌの方を振り返る。


 ボルクスとモードレッドが話している間も、ジャンヌに目立った動きはなく、モードレッドが子供を急いで連れていくのを遠巻きに眺めていた。その視線にボルクスは僅かに慈悲の色が映ったように見えた。

 

「魔王ジャンヌだな、誰があの子をあんなにまで痛めつけた?」


 ジャンヌが子供に向けていた視線を、目の前のボルクスに移す。やはり敵意はなく、ボルクスを興味深そうに見つめていた。ボルクスの声には警戒心が含まれていたが、ジャンヌに対する明確な怒りの声には聞こえなかったからだ。


「あら以外ね、私がやったとは思わないの?」

「だとすればわざわざここまで連れてくる意味がわからない。根拠はないが、なんとなくお前がやったとは思えない」

「ふふっ、何それ、面白いこと言うわね」


 ジャンヌが小さく笑った。なぜかその仕草にボルクスは無意識に妹の面影を重ねた。


「あの子供はね、どこぞのゴロツキみたいな冒険者たちを怒らせてあそこまでボコボコにされちゃったみたい。私もムカついたたから、その冒険者たちが二度と同じ真似ができないように、半殺しにてあげたけど」


 ボルクスはなぜかジャンヌに親近感を抱き始めた。人の手によって傷つけられた子供を見た時、ボルクスは心の底から燃え上がる大火のような怒りを抱いた。師匠の教えもあり、守るべき弱者の存在そのものである子供を傷つけるような輩をボルクスはどうしても許せない。


 目の前の魔王ジャンヌは、ボルクスと同じ怒りを抱いていたらしい。そして子供を傷つけた輩に対しては私的な制裁を加えたらしいのだ。ようするにボルクスとジャンヌは怒りを感じる行為と対象が重なっている。


「あなた、その服装からして天導騎士団でしょ? この島の騎士団はほとんど壊滅させてやったけど、あなたは見たことない顔ね。さしずめ魔王である私の存在が外部に漏れて、討伐するためにやって来た騎士ってとこね。北の崖から上陸してきたでしょ?」


 なんとなく、ジャンヌはこの状況を楽しんでいるようだった。自分の推理は全て的中しているとでも言わんばかりの自信満々な顔で、ボルクスの顔を覗き込む。


「概ねその通りだ。俺の名はボルクス、この島に現れた魔王を討伐しに来た天導騎士だ」

「ボルクス……ボルクスね……」


 ボルクスの名前を、まるで大事なことを頭に覚えこませるように繰り返すジャンヌ。

 

「お仲間は何人いるのかしら? そんなに多くないのはわかってるわよ」

「我々二人だけだ」


 ボルクスが何かを言うより先に、モードレッドが会話に割って入って来た。既にラミエルをその手に握って歩いてきたモードレッドに、ジャンヌが刃のように鋭い視線を送る。


「俺は最上級騎士、雷天士(ラミエル)のモードレッド、神の名の下に貴様ら悪魔どもを討ちに来た」


 モードレッドの口上に、ジャンヌがボルクス相手には決して見せなかった殺意をむき出しにして、モードレッドを睨んだ。モードレッドもジャンヌが子供を連れてきたのを見てはいたが、ボルクスと違い初めから敵対を崩さないつもりであった。



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