第20話 最期
モードレッドは猛然と向かってくる。ボルクスが驚いたのは、モードレッドがこちらに向かって、三日月状の斬撃を連続で放ちながら、一切スピードを落とさずに近づいて来たことである。ボルクスも虚空を拳で打ち、闘気の球を連続で飛ばし、迎撃する。
闘気の球と斬撃波が、まるで分厚いガラスを大砲の砲撃で割ったような音を立てて相殺し合う。走り寄る過程でラミエルを回収し、距離を詰めたモードレッドの剣がボルクスに襲い掛かる。
やはり、その剣筋はラミエルよりも遥かに強く、重く、鋭く、早い。これがモードレッドの剣士としての本来の剣技か。心の中で感心しつつ、闘気を両腕に込めて、襲い掛かる剣筋を弾き続ける。
拳と剣のぶつかり合いに無数の火花が舞う。ボルクスは攻撃に蹴りも織り交ぜた何発か放ったが、それすら当たり前のようにモードレッドは剣で受け止め、さらに大きい火花を散らす。
ラミエルを持っていた時でさえ互角の戦いを繰り広げていたが、モードレッドは剣に持ち替えることによって、もう一段階上の強さになった。
突き出されたボルクスの拳をモードレッドが身を低く屈めてかわす。そのまま立ち上がる勢いに乗せてモードレッドが斬り上げる。腕で受け止めたが、斬撃の勢いには抵抗せず、後ろに飛び上がって衝撃を逃がす。
地面から三メートルほど飛び上がったボルクスが着地する前に、再び虚空を打ち、闘気の球を連続で飛ばす。
モードレッドはさっきとは違い、同じ数の斬撃波を出すことなく、剣を頭上に構えた。最初に飛ばした闘気弾がモードレッドの眼前まで迫ると、一瞬で剣を振り下ろす。
渾身の力を込めて放たれた斬撃が闘気弾を相殺せずに両断し、スピードや威力が衰えることなく後続の闘気弾も次々と両断し、着地したボルクスへと、地面すら切り裂きながら向かう。ボルクスも渾身の闘気を拳に込め、真正面から斬撃を殴りつけ、打ち砕く。
モードレッドが走り出し、その勢いを乗せてボルクスの頭めがけて突く。ボルクスは下半身の力を瞬時に抜いてよけ、低い姿勢のまま、足払いをしかける。
低い蹴りがモードレッドの足にまともに当たり、体が一瞬宙に浮く。だがモードレッドは空中で静止した。地面に倒れる前に、垂直に地に剣を突き刺し、体の支えとしたのだ。剣一本だけを掴み、ものすごい体幹で体全体を支えつつ、モードレッドがボルクスを顔面を靴底で蹴る。
奇妙な態勢で出された蹴りだったが威力は高く、ボルクスはゴロゴロと転がっていく。
モードレッドが立ち上がり、鼻が折れてないか確かめながら立ち上がるボルクスを見る。未だ折れてない闘志に満足しつつ、剣を強く握ったが、後ろの二つの方向から、二つの火球が飛んでくる。モードレッドは即座に反応し切り裂いた。
振り返れば案の定、リズとレアが手のひらを向けて立っていた。性懲りも芸もなく同じ攻撃を続ける二人に青筋を浮かべる。
モードレッドが剣を、空中を突き刺す様に頭上に勢いよく高く掲げた。剣のリーチがさらに伸びるように、闘気で構成された刃が天を衝く。
その長さは優に神殿の端から端までは届きそうなほどであった。要するにモードレッドの間合いはこの神殿全てだ。
天高く伸びた闘気の刃が真っ直ぐリズの方へと振り下ろされる。闘気によって遥かに長くなったリーチを持つ剣を、モードレッドは素の状態の剣と同じ速さで扱う。剣の長大な見た目に反して、重さは一切感じさせない手付きだ。
迫る闘気の刃を横に転がりながら、なんとかよけるリズ。しかし、立ち上がる前に闘気の刃が横に振るわれ、目の前に迫る。剣の切り返しが早すぎる。
視認はできても体が反応できなかったリズが、己の数秒後の光景、自分の首が飛ぶさまを想像し、死すら覚悟する。
頭の中の光景が、派手な音によって四散される。ボルクスが闘気の弾を、迫る闘気の刃に当てた音だ。モードレッドは闘気の刃ごと持っていた剣を弾かれた。
しかし、手放すことはなく姿勢を一瞬で持ち直し、近づいて来たボルクスの飛び蹴りを剣で防ぐ。
ボルクスの全体重を乗せた蹴りを受け止めたが、勢いを殺しきれずに、モードレッドの身体が防御の姿勢で踏ん張ったまま、後ろへと滑っていく。
ボルクスがそのまま空中から蹴りを放とうとしたが、その前にモードレッドは剣で受け止めているボルクスの足を片手で掴み、そのままボルクスの体を大きく振りかぶり、地面に叩きつけた。
最低限の受け身をとり、頭を強かに打つことだけは避けたが、地面がへこむほどの勢いで叩きつけられ、背中全体が割れるような衝撃に襲われる。
ボルクスの足首は重い剣を振るうために鍛えられた握力によって、物凄い力で掴まれている。何回も何回も周りの地面に叩きつけられ、その度に受け身をとる。受け身が出来なければ、視界は一瞬で黒く染まる。
やがて、モードレッドの周囲の地面が全てへこむと、ボルクスを真上に天高く放り投げた。空中で身動きのとれないボルクスに向かって更に、闘気による飛ぶ刺突を無数に放つ。
刺突で腕を前後に動かすのと、斬撃で腕を振り払うのとでは、前者の方が軽い動作だ。故に飛ぶ刺突の動作は、飛ぶ斬撃よりも肩と腕にかかる負担が少なく、より素早く連続して繰り出すことができる。
大雨が逆流したかのように、矢じりのような形の飛ぶ刺突がボルクスに迫る。しかし、刺突が届く直前、ボルクスは地面がなく踏ん張りのできない空中で、上半身の筋肉を総動員し、俊敏な動作で力強く虚空を打つ。
ボルクスは叩きつけている間もずっと、受け身をとりつつも、抜け目なく拳に力を溜めていた。解放する絶妙のタイミングを今と判断し、渾身の力を込めて打ち出された特大の闘気弾は無数の刺突を砕きながらモードレッドの頭上に降りかかる。
闘気弾は早く、モードレッドは防御もできず、浴びるようにその身に闘気を受け、爆発する。ボルクスは煙の中でまだ立っている人影を薄目で確認すると、更にもう一発浴びせるべく、拳を強く握った。
不意に、ボルクスの視界の端から、闘気の刃が迫る。斬撃波ではなく、モードレッドが剣のリーチを伸ばすように、天高く掲げた闘気の刃と同じものだ。滞空しているボルクスは避けられず、肘と膝で挟むようにして受け止める。そのまま、闘気の刃ごと振り下ろされ、地面に叩きつけれらる。
土煙の中からボルクスは切れた衣服を破り捨てながら出てきた。斬撃の勢いを受け止めきれなかったようで、今はアンダーシャツだけになっている。
モードレッドもボロボロになりながら、煙の中からゆっくりと出てくる。肩を怒らせて歩きながら、ボロボロになった布鎧を破り捨て、上半身裸になる。
「女二人が先に死ねば、お前はどうなる?」
その言葉はリズとレアにもはっきりと聞こえていた。その身をビクンと跳ねさせながら、二人はモードレッドを睨み続ける。
「愚問だぜ。闘う理由が敵討ちになるだけだ」
「なぜそうまでして抗う? その敵討ちはどこまでやるつもりだ? 俺は四大天士の中で最弱だぞ。俺を討ったとしても、俺より強い騎士があと三人いる。聖皇様もいる。その……」
「さらに上には全知全能の神か?」
ボルクスに言葉を先読みされ、モードレッドが閉口する。短く「そうだ」と言い返し、ボルクスを厳しい目で見た。
「本当に全知全能なら、俺はとっくに裁かれている」
悪魔だからな。と続けようとして、とっさに言葉を飲み込む。悪魔といっても、自分から言わなければ人間と外見的な違いはない。まるで諦めろとでも言わんばかりのモードレッドの口上にだんだん腹が立ってきた。
ここには今、ボルクスとモードレッドしかいない。自分以外の戦力を当てにボルクスを言いなりにさせようとするモードレッドに、神の威光を笠に着るあのチンピラ騎士二人を思い出す。それがポルクスの癪に触った。
ボルクスがモードレッドに一瞬で近寄り、拳の連打を浴びせる。剣で全て防がれつつもなお、強引に連打を続ける。
「何故今、全知全能の神はここに降臨して神の反逆者である俺を裁かない? 何故神のために剣を握るお前を救わない? 何故俺は存在すら許されている? お前も薄々気付いているんじゃないのか?」
モードレッドがタイミングを合わせて腕を上から切って抑えつけ、ボルクスの片腕の動きを封じる。
「矛盾だらけだ。お前らの神は」
「止めろ。神の存在を疑うとは不敬の極みだぞ」
ボルクスは眉間に皺を刻みつつ、静かに、声に怒りを込める。
「元から敬意なぞ欠片も持たんよ。俺はなア、人が大事にしてるものを、大事にしない、簡単に踏みにじるようなやつが大嫌いなんだよ……! だから、お前らの言う神もただひたすらに嫌いなんだわ。お前らの神はこの世界と全人類を救うなんてご大層な存在じゃねえよ。自分にとって都合の良い信徒を人間って呼んでるだけ。だから都合が悪くなれば難癖付けて、簡単に人間の範疇から爪弾きにする……!」
封じられなかったボルクスのもう片方の腕と、モードレッドの腕が、互いに拳打を繰り出し、交差しながら同時に殴り合い、距離が空く。
モードレッドが、三日月状の斬撃を放つ。こめかみに青筋を浮かべたボルクスが口を大きく開けて吠える。
ボルクスは蹴り上げによって衝撃波を、モードレッドが放ったのと同じような三日月状の飛ぶ斬撃を出して相殺する。
「そして爪弾きにされた人間は、殺してもいいというふざけた理屈で、貴様らは簡単に一人の人間の人生を奪う! そんな理不尽はこの俺が絶対に許さん!」
そのまま蹴りの動作を続けて、三日月状の斬撃波を連続して飛ばし続ける。それだけではなく、蹴り方を変え、靴底で虚空を蹴るようにして、闘気の弾も飛ばす。
「お前らの神は、レアを、誰かが大事にしている人間を、救わない! だからこの俺がここにいるんだよ! 存在すら疑わしい神に盲目的に従う奴隷根性のお前らと違って、俺は自分の意志でとことん、最後まで抗うからな!」
次々と襲い掛かる闘気の斬撃波や弾丸を同じように斬撃波を出し続けて相殺し続けるが、予想以上の数にモードレッドは呼吸を乱される。
「聖十字教の魔女や悪魔の解釈なんぞどうでもいい! 俺にとっては、抗うやつだけが人間だ!」
全く勢いの衰えない闘気の遠距離攻撃に、モードレッドは相殺を諦め、防御の姿勢をとって、耐えることを選んだ。剣から激しく火花を散らしながらも、足腰に力を込めて、踏ん張り続ける。
「俺は俺自身の人間の解釈を今ここで証明する。リズもレアも誰一人として死なせない!」
ボルクスが飛ばし続けた闘気の斬撃や球と同じ速度で飛び出した。モードレッドの腹に向かって勢いをのせた飛び蹴りを思いっきり放つ。胃がひしゃげ、体がくの字に曲がったモードレッドが吹っ飛び、後ろの柱に激突する。ぶつかった瞬間に柱は砕け散り、瓦礫がボロボロとモードレッドの上から降りかかる。
レアが魔女として処刑されれば、聖十字教の思惑通り、嘘で塗り固められたその素性と捏造された罪状は、死後多くの教徒に唾棄されるだろう。
死んだ後にすらも人としての尊厳が残らないのだ。尊厳とは人間が人間らしく生きることに他ならない。権力によって理不尽に命が奪われ、その生が歪められ、多くの人間に屍すら敵視されることは断じて尊厳のある人間の最期ではない。
モードレッドの姿は瓦礫に埋もれた。リズとレアが期待するかのような眼差しでボルクスを見たが、口を引き結ぶ、無言で首をふって応える。
油断はしない。空の色が元に戻っていない、時空間魔法が解除されていない。それは即ちモードレッドがまだ意識があることを意味している。
やはり、モードレッドが瓦礫の中からゆっくりと立ち上がって来た。未だに刃のように鋭い殺意を向けてくる。
「……見事だ。三人がかりとはいえここまで俺と闘えるとはな……やはりお前は俺の部下になれ。その力、ここで失うにはあまりにも惜しい」
「死んだ方がマシ」
「そうか……」
モードレッドが一瞬にも満たない合間に、ほんの少しだけ寂しそうな、名残惜しそうな眼をした。敵対している三人は気づかない。
深く息を吸ったモードレッドが剣を、体ごと一回転させ、思いっきり薙ぎ払う。斬撃波が地面と平行に真っ直ぐ飛び、風を切って向かってくる。
前転をしてかわし、その勢いのままモードレッドに向かおうとしたが、さっきまで居た場所にはいない。周囲を探すまでもなく、猛烈な殺気が、頭上から降り注いだ。
真上から振り下ろされた剣を両腕で防いだが、凄まじい威力に両腕がビリビリと、切断されたかのような激しい痛みを覚える。だが、ボルクスが驚いたのはそこではない、本当に奇妙な、子供の悪ふざけのような、旅芸人の大道芸のような、正当な剣術を身に着けた人間なら絶対に思いつかないような、モードレッドの剣の扱い方であった。ボルクスも剣をこんな風に使って闘う人間とは生前にも会ったこともない。
ボルクスの両腕にのしかかっている剣の柄には、握られているはずの手がない! 足だ! モードレッドは足を使って剣を扱っている! 柄は足の踵の部分にくっつき、足の先からはまるで、剣の刃が伸びたようになっている。無論、蹴りのリーチも本来の足以上に伸びるだろう。剣の柄にも踵にも、二つを繋ぎとめるようなものは何もない。マナな力でくっついているのだろう。
そもそも、抜き身の剣を鞘もなしに抜き身のままで背負うことなど、マナを少し使うだけで、魔術の才能がないボルクスにもできるマナ操作の基礎中の基礎だ。だがこの発想は……ない! パンチよりキックの方が強いから、剣を振るうのも手より足の方が強い。というシンプルだが、子供が考えたような馬鹿げた発想を、目の前の男は大真面目に実行している!
剣を足に装備した状態で、踵落としをしている。その威力がボルクスの両腕をギシギシときしませている。モードレッドが未だに力を込めて、体重をかけてくる剣の蹴り下ろしと、地面に挟まれたボルクスの体が、重みに耐えきれず後ろに弾き飛ばされる。
邪道騎士モードレッド……! そう来たか! 邪道の意味を完全に見誤っていた。今までは剣術の中に、騎士らしくない奇妙な体術を織り交ぜて闘う程度の邪道だと思っていたが……これは、この闘い方は、確かに、邪道だ! そう呼ぶほかない!
邪道騎士という異名の真髄を体に叩き込まれた。片足だけで踏み込んできたモードレッドが足と、その先にある剣で、鋭い突きを放つ。横に回避したボルクスに、間断なく二撃目をしかけ、命中させる。伸ばした足をそのまま振ってきたのだ。その足の動きに従い、剣も振るわれる。
攻撃はこめかみに当たった、ボルクスはまだ闘気を纏っている故、殺傷力はある程度抑えられたが、それでもやはり、鈍い痛みがあり、流血する。よろめくボルクスにモードレッドは片足で立ちながら、蹴りによる突きを連続して放つ。
早い。身体の端に何度も突きを掠らせながら、機会を伺う。蹴りに合わせて、ボルクスも蹴りで反撃し、靴底と剣の切っ先がかち合う。そのまま蹴りと剣で攻防を続ける。拳と手で握る剣の攻防よりも、激しい音が鳴り、より大きな火花が散る。
不意に、モードレッドの足の剣が弾かれる。拳の距離に持ち込むために、ボルクスは素早く詰め寄り、拳を握りしめる。
自分の頭の横を通り過ぎようとする剣をモードレッドは剣を見ることもなく、眉一つ動かさずに片手で掴み取り、そのままボルクスの肩に振り下ろした。ボルクスが攻撃に移る前の、素早く、重い一撃だった。肩を砕かれたボルクスはそれでも力を振り絞り、モードレッドを殴る。
その攻撃を切っ掛けに、ボルクスのペースが乱れ始めた。モードレッドが足で剣を扱い始めたが、時折、絶妙なタイミングで手に剣を持ち替えて攻撃してくる。剣術を扱う剣士と闘ったことはある。拳や足を武器とする体術師と闘ったこともある。両方が熟練の域にある者と闘ったこともある。
だが、足で剣を闘ったことは一度もない。体術と剣術、その二つを得意とする者を相手にする時の定石が通じない。むしと、それらと闘った戦闘経験が、体に染み付いた対剣士、対体術師のための動作が枷となってしまい、攻撃や防御のタイミング、間合いの取り方などを見誤ってしまう。決定打にはならないが、何発もの攻撃をくらい続け、ダメージが積み重なっていく。邪道騎士の名の由来たる技がボルクスを追い詰めていく。
劣勢の末、動きが鈍くなったボルクスの右肩の付け根に剣が突き立てられる。闘気の防御と皮膚を破って肉に刺さったが、ボルクスが両手で挟んで受け止めたので、軽傷だ。浅く刺さった剣を抜くことすらせず、そのまま蹴りを放つ。
モードレッドは剣を抜くことを諦め、両手を柄から放した。ボルクスの蹴りを腕を立てて受け止め、膝を上げた。
次の瞬間、ボルクスの前に血が飛び、右肩の付け根に凄まじい痛みを覚えた。
受け止めたはずの剣が、右肩の付け根に深々と突き刺さり、貫通していた。モードレッドの靴底が凄まじい速さで、柄頭に叩き込まれ、剣自体が蹴りの威力によって強引に押し込まれたのだ。
「ぐ……ぐあっ……」
呻き声を上げ、血の混じった咳を吐きながら、へたり込む。痛みに声を上げる間もなく、モードレッドはボルクスの胴体を踏んで剣を抜く。
「うああああーーーーーっ!!!」
流れるような動作でもう片方の腕も貫き、両足の太ももをめった刺しにする。優先すべきは致命傷ではなく戦闘続行不能な傷を与えること。モードレッドが闘ってきた敵の中には、致命傷を負っても、実際に息が止まるまで、手負いの獣ように、完全に死ぬ最期まで闘った強敵がいた。
故にモードレッドはボルクスを相手に慎重を期して、まずは四肢が動かせなくなるくらいの傷を与え、その次に致命傷を与える。そういう策をとった。
血だらけになり、苦痛に悶えるボルクスを見下ろすモードレッドはまだ勝った気になっていない。この男に完全にとどめを刺すのは、完全解放のラミエルしかないと思った。
荒い呼吸を繰り返すモードレッドが背中のラミエルに手をかける。それを見た瞬間、やはりボルクスの心臓の鼓動が一際大きく脈打ち、逃れようのない死の予感をもたらす。
「うおおおおおーーーーーっ!!!」
レアが叫び声上げながら突っ込んできた。そもそもボルクスがこんなにも傷を負い、血を流している原因は自分にある。にもかかわらず、自分はこの闘いについていけず、何の役にも立っていない。それどころか一度は、一方的な償いをしたいという自分勝手で、独りよがりな理由でその助けを拒もうとした。そう思った故の無謀にも等しい行動だった。不意打ちが狙えたのに叫び声を上げたのも、遥か格上に挑む自分の恐怖心を、委縮した体を誤魔化すためだ。
幸運にもレアの蹴りはモードレッドの脇腹に当たって大きく吹っ飛ばし、剣がモードレッドの手から離れた。
「リズ! お願い!」
後ろを振り返らずに声だけを向ける。短い言葉ではあったがリズは、レアの意図を正確に察知していた。レアが時間を稼いでいる間にボルクスを回復させてくれ、ということである。
リズが返事をしなかったが、素早くボルクスの元に駆け寄り、しゃがみ込んで必死で回法魔術をかけ続ける。消え入るような声で必死にボルクスの名を呼ぶ。
「ボルクスさん……! ボルクスさん……! ごめんなさい! ごめんなさい! 私が巻き込んでしまったばっかりに……! 死なないでください! お願いします……! お願いします……!」
誰に、何に願うのか、リズは自分でも分からなかった。神ではないことは確かだ。リズにとって神とはレアという親友を自分から奪おうとした憎むべき存在である。そんな神には願いも祈りもしたくなかった。ただひたすらに、回復魔術をかけ続ける。ボルクスの体力が常人よりも遥かに多いため、回復魔術にも多くのマナを費やし、時間もかける必要があった。
モードレッドの目が、異様な殺意を宿して光る。
さっきまでボルクスと激闘を繰り広げ、傷だらけになったにも関わらず、モードレッドは驚くべき頑強さでレアを容赦なく痛めつけていた。しかし、一方的ではあっても、最低限、闘いとは呼べるような立ち合いになってはいた。
「貴様らごときが今更何ができる?」
落とした剣を拾いもせずに、モードレッドが傷だらけの顔を怒りに歪めて、レアを蹴り、殴り続ける。顔にも腹にも容赦なく、男の骨ばった拳骨や、何十人もの悪漢を地面に転がした蹴りがめり込む。
「俺をここまで追いつめたのはたった一人だ。今さら俺たち二人の闘いの尻馬に乗っただけでこの俺を倒せるとでも思ったか……!! 俺を倒すべき価値のある人間は、今はもう闘いの果てに地に倒れ虫の息だ。貴様らには、俺を殺す価値すらなければ、俺が闘う価値すらない…!!」
低く、静かな声だったが恐ろしいほどの殺気に満ちている。殺意を、言葉だけではなく、拳にも、蹴りにも、乗せ、レアの命を削る。
レアには今、モードレッドを倒すつもりはない。立ち向かった瞬間に、実力の差をはっきりと理解していた。ボルクスが回復するまでの時間稼ぎに専念していた。ボルクスが回復すれば勝機は見えた。だから積極的に攻撃はせず、防御や回避に闘いの重点をおいた。
自分が今できるのは、ボルクスが味わったのと同じ痛みに、歯を食いしばって耐えること。リズがボルクスを回復させるまで、ただそれだけができればよかった。しかし、その闘い方でもなお、リズがボルクスの他にも危機感を覚えるほど痛めつけられている。
「このままじゃレアが……! レアが死んじゃう……! ボルクスさん……! ボルクスさん……!」
リズが涙をボルクスの体に落としながら、必死で死にかけの、自分にとっての英雄の名を呼ぶ。多量の出血故に目がかすみ、意識も朦朧とする。リズの輪郭すらはっきり見えず、自分に何を言ってるのかすらも聞き取れなくなっていた。
ボルクスの胸の中が、粘つく油のような悔恨に満たされる。この悔恨は様々なものが絡まり合った、大きく、重いものだった。
レアを守るどころか、遥か格上のモードレッドに、真正面から闘わせてしまっていること、師匠の教えを、強く生まれた者としての英雄としての責務を守れなかったこと、生前から、暴力くらいしか取り柄が無かったのに、それすら否定されたこと、リズとの約束を守れなかったこと、自分の吐いた言葉すらも守れなかったこと。
どれもこれも身を搔きむしるほどに悔しかった。できることなら、今すぐ立ち上がり、再びモードレッドに立ち向かい、打ち倒したかった。だが、なぜか、それをしたところで心の中に空いた大きく空いた穴は埋められないと思った。なぜだろう。もっと大きな要因が、大事な何かを見落としている気がする。
虚無感、無力感、喪失感、どれもこれもが心の中の内に渦巻くいているが、芯ではない。この負の感情は何によってもたらされた? それらが全てではない。もっとも主要なものがまだある気がする。
ケイローンは、英雄としての敗北は敵に殺されることではなく、敵から背中の人々を守りきれず、死なせてしまうことだと言った。レアもリズも守り切ることはできなかったが、まだ闘っている、死んではいない。
ということは今の自分はまだ負けていないことになるのだろうか。……この醜態で? 背にして守るはずの人間に庇われ、戦わせてもまだ敗北ではないと。……冗談じゃない。この状態でまだ自らの敗北を認めないのは生き恥に等しい。自分はもっと根本的な、大事な部分で負けている。
英雄としての敗北を迎える以前に、モードレッドには負けた部分がある。戦士としてだ。戦士として負けたのだ。三人がかりだろうが自分自身はモードレッドの技を食らい、地に倒れたのだ。ボルクスとモードレッド、という個人と個人の間でも、完全に力量で上に行かれた。一切の言い訳のしようのない完膚なきまでの、戦士としての敗北を叩きつけられた。
思えば自分は生前、土壇場、修羅場、正念場といった形勢がどう動くかわからない最後の最後の重要な場というものに立った経験が乏しい。自分と互角以上の実力を持つ相手と本気を出して、命がけで闘ったのは、リゲルだけだったかもしれない。そのリゲルとも闘った後にボルクスはすぐに星になった。ヘラクレス相手にも勝てないと思ったが、それは敗北を味わったのではなく、悟っただけだ。実際に闘ってもいない空虚な敗北感だ。
一つ理解できないことがあった。リゲルとの最後の死闘をした際、リゲルはアルゴナウタイに居た頃よりも、明らかに空いた期間以上に強くなっていた。同じ船に乗っていた時は力を隠していたとも思えないような異常なまでの急激な成長。モードレッドに与えられた敗北に、生前の敗北を思い出した。
二度目の生においての、二度目の敗北。一度目は急激に力を増したリゲルに兄を殺され、英雄として負け、二度目は今、モードレッド相手に戦士としても負け、守るべき人間を危険に晒し、英雄としての敗北を迎えようとしている。
リズとレアを助けるためだけなら、勝てなくてもいい、引き分けでもいい。負けたくない。……誰のために? リズとレアのために? 違う、二人のために闘うのなら、できることなら勝ちたかった。英雄としてモードレッドを下し、心の底から安心させたかった。
なら負けたくないというのは誰のためだろうか? 残る心当たりは、闘う理由は……自分しかいない。
自分のために、負けたくない。
この時代で、自分のために負けたくないという動機で闘ったことを思い出した。ベルガのことだ。ベルガには競技として、純粋な力比べとして、初めて負けたくないという気持ちを抱いた。
ベルガには、負けたくなかった。……だが今の俺にベルガの言うような痺れるパンチが打てるだろうか。
今もそうだ、リズとレアには申し訳ないが、自分のためには勝ちたいというより負けたくない。その気持ちの方が今思えば、強い。
負けたくない、自分のために。そういう利己的な、個人的な理由でも、立ち上がれるのなら、二人を救えるのなら、もはやどんな理由でもよかった。故にただひたすらに強く念じた。
負けたくない……自分のために。
負けたくない。
心の中でその言葉を繰り返した瞬間、胸の内から何かが、ドクンと、熱を帯びたものが湧いてくるかのような感覚がした。……これは……この感覚は……もしや……マナ?
理屈も理論も理由も原因も、何もかもわからない。だが心の中に燻っていた負けたくないという想いが、純粋な闘争心が強くなるたびに、疲労困憊で傷だらけの、残滓のような体に、マナが満ちてくるような感覚があった。
負けたくないという意志が、マナを生む。その感覚をはっきりと理解した瞬間、ボルクスの頭の中が雲一つない青空のように澄み渡った。
コレかぁ~~~~~~~~!!!!!!!!
ベルガの言う『痺れたパンチ』は比喩ではない!!!!
自分がモードレッドに勝てない理由も、リゲルが短期間で急激に力を増したのか理由も、強く生まれた者は弱者を助けなければならないとケイローンが教えた理由も、ケイローンの言っていたアロアダイがなぜあそこまで、同じ半神であるはずなのに神々すら打倒するほど、異常なまでに強かった理由も、意志に応じてマナが体に満ちる理由も、マナの核心すらも、一気に理解できた。その思考に爽快感すら覚えた。
英雄には二種類のタイプがいる。一つはケイローンに教えられた通りの、弱者のために力を振るうという信念や正義感に従って善行をなし、人々を救うタイプ。もう一つは自らの私利私欲、感情、快不快のおもむくままに、徹頭徹尾自分自身の決めた指針によって行動し、気にくわない他者をぶちのめし、結果的に人々に救いをもたらすタイプである。師ケイローンの教えもあり、俺は体面的には前者でなけらばならないが、本質的には後者らしい……。
マナは我欲で御せる。なぜかは分からない。だが本能的に、そういう確信がある。同時にアロアダイとも同類だとも思った。アロアダイ、オートスとエピアルテスも、自ら思うがままに力を振るい、マナもそれに応えたのだろう。マナとは本来、自分の意志のままに、この世の理を無条件に捻じ曲げるエネルギーなのだ。
ケイローンの教え、強者がなぜ弱者を守らなけれならないのかという責務も、理解できた。そういう責務を課さねば、私利私欲に走ってしまう危険性があるからだ。その結果、アロアダイのような存在が多くなれば、苦しむのは弱者だ。大いなる力とは至極不安定な、諸刃の剣なのだ。ボルクスとてケイローンと出会わなければ、リゲルと闘い、兄を殺された失意の中でそのまま生きれば、どうなるか想像がつかなかった。
神に匹敵しうる力は、破壊や混沌か、安寧秩序か、人の世で生きる限りは片方しかもたらなさい。だから、ケイローンは英雄達の師匠となり、教えを授けたのだろう。人と神のハーフが、人の世界で強大な力を持て余さずに、人々のためになる、充実した生を送らせるために。義侠心を育まずに、アロアダイのような道を決して歩ませないために。
無論、何かを守りたいという強い心がマナを、得体の知れない力を生みだすこともあるかもしれない。今の俺にもそれはあるが、やはり芯ではない。真にボルクスの体を動かす原動力となるのは、マナの源流となるのは、幼い頃よりケイローンから教えられた義侠心ではなく、負けたくないという闘争心だった。自分でそれに気づくまでに随分と……本当に随分と時間がかかった。
リズにはモードレッドと闘うのが楽しみだと言っていたが、その先が全く見えてなかった。思えば生前は生まれ持った力ゆえに、あまりにも挫折や敗北といった経験を欠いていた。強い奴と闘うのは楽しい、だが負ければ悔しい、だから負けたくない。こんなに簡単なことに長く気付かなかった。常人であればとっくに気づいているだろうことを、その特異な力故に、生前は死んでも分からなかった。今も死にかけてようやく分かった。
悔しいのは負けたからだ これは敗北感だ。戦闘者としてモードレッドに負けたからだ。
ケイローンから教えられた強者としての責務も、レアを助けるというリズとの約束も、今となっては雑音、不純物、枝葉末節だ。眼前の強敵、モードレッドという男に負けないためには、混じりけのない純粋な闘争心を持って闘わなければならない。
痛みも疲れもあり、体はボロボロだったが、何故かそれらが心地良かった。さらに、奇妙な浮遊感と、誰にも負けることはないという全能感があった。
「ありがとう、リズ。もう大丈夫だ」
思考をこねくり回している内に体はリズの回復魔術によって、ある程度回復していた。痛みはまだ残っているが、出血も止まり、動ける程度にはなっていた。体中にマナが溢れ、高まってくる。
ボルクスがゆっくりと立ち上がる。
「ボルクスさん! まだ完全には……」
「大丈夫だ」
大丈夫。
リズは泣きたくなるような優しい声と目を向けるボルクスに、何も言い返せなくなった。
「終わりだ」
ボルクスとリズが声の方を振り向く。リズは思わず悲鳴をあげそうになり、口を抑えた。
「もはや完全に終わりだ。貴様らの頼みの綱であるボルクスもこの俺には敵わない。こいつももうじき死ぬ」
血だらけになったレアを肩に担いでいるモードレッドがいた。レアはモードレッドの持つ剣に体を貫かれ、ピクリとも動かない。モードレッドのもう片方の手にはバチバチと雷鳴を響かせるラミエルが握られていた。完全解放寸前である、
だが不思議と、ラミエルの雷に対する死の悪寒は感じなかった。それすらもどうにかできそうなくらい、根拠はないが確実な力が湧いてくる。
モードレッドが剣を払いながら、レアをボルクスに向かって、投げ、捨てる。
ボルクスは慎重に、大切に、揺らすことのないように受け止める。ヒューヒューと小さく息をしているレアの身体を、蝶よりも花よりも丁重に扱い。リズの方へとゆっくりと下ろす。
「レアはまだ生きているが危険な状態だ。俺のことは気にするな。レアの回復を優先するべきだ。これから何が起こってもレアの回復を止めないでくれ」
「……」
「俺を信じろ」
力強い言葉にリズは無言で頷き、レアに回復魔術をかける。ボルクスが再び立ち上がり、モードレッドを力強く睨んだ。
「終わりだボルクス。そいつらを背にしては完全解放のラミエルを受けざるを得んぞ」
「どうかな……もしかしたら生き残れるかも」
「その信念も覚悟も、心の強さも、すぐに無に還る」
ラミエルの雷光が収束する。モードレッドが槍投げの姿勢で構えた。
「滅殺一条……」
切っ先は真っ直ぐボルクスを向いている。だがやはり、恐怖心なかった。
「ラミエル…!!」
心を澄ます。
手のひらを突き出したボルクスの身体全てが、黄金の雷に包まれた。
全身が蒸発しそうなほど熱い、自分の体全てが透かされそうなほど眩しい、だが痛いのは手のひらだけだ。全身全霊を持ってラミエルの雷に向き合い続ける。ここで負ければ自分も、後ろにいるリズとレアも跡形もなく消え去ってしまう。
ラミエルの雷は、全てを飲み込んだ。ボルクスの身体も、周りの空間ごと、無慈悲なまでの圧倒的な破壊をもたらし、ボルクスの背後の景色も、全てを消しとばした。
はずだった。
「それが完全解放のラミエルか……」
モードレッドが大きく口を開け、これまで見たことのないような、著しい驚愕の表情を浮かべる。
薄く笑ったボルクスがラミエルのせいで、ボロボロになったインナー破って脱ぎ捨て、完全に上半身裸になる。
「バ……バ……バカな……そ……そんな……生きてる!?」
「見りゃわかんだろ」
「あ、あ……ありえない! 完全解放の大天士の力を食らって……生きていられる人間なんて! し……信じられん……こ、こんなやつが……この世に存在するなんて……」
モードレッドがまるで死人が生き返ったのを見たかのように取り乱し、あからさまに狼狽える。
「モードレッドォ!!!!!」
大声で名前を叫ばれたモードレッドの肩が跳ね上がる。得体の知れない力で、完全解放のラミエルに耐え切ったボルクスに対して初めて恐怖心を抱いた。
しかし、瞼を固く閉じて首を振り、冷静さを取り戻す。何が、どういう原理で、どういう力が働いて、ボルクスが助かったのかは全くわからない。だが騎士としてはやることは変わらない。神の反逆者がまだ生きているのなら、殺さなければならない。
必死にいつもの平静さを取り戻したモードレッドが、殺意の滲み出る目でボルクスを強く睨む。
ボルクスが両手を地面につけ、クラウチングスタートの姿勢をとり、キッと強く眼を光らせる。下半身に思いっきり力を込める。
「こっからは俺の理由だぜ…!!」
「……来い!!」
剣を構えるモードレッド。走り出す直前、ボルクスの身体を闘気とは違う、青白いオーラが包んだ。モードレッドがそれに驚く間もなく、ボルクスは大地を思いっきり蹴り、走り出した。
走る勢いのままに、肘鉄を剣の防御の上から、顔面に叩き込む。剣が折れて、後ろに仰反るモードレッドにさらに、ラミエルのように雷を纏った拳を連続で浴びせる。完全解放のラミエルを使った直後故に体力がほとんど残っていない。抵抗すらままならず、殴られ続ける。
負けたくないという自分の本心、本当の欲求を知り、マナの核を掴んだ。ラミエルに耐え切ることができたのもそのおかげだ。今の俺にはゼウスと同じ雷の力を扱うことができる。理屈はマジでどうでもいい。雷の力を拳に付与して殴るという単純な攻撃方法だが、威力は確かに増している! ゼウスの権能である雷霆の名前に従ってこの技をこう呼ぶ!
雷霆拳!
雷撃と衝撃を同時に食らい続けたモードレッドだったが、最後の力を振り絞り、反撃してきた。お互いにノーガードで雄叫びを上げ、暴風のような殴り合いを続ける。
剣を折られたモードレッドだが、精神的に怯むことなくボルクスと真正面から殴り合っている。
超スピードで拳が行き交う中、さらにスピードの乗ったボルクスの蹴りがモードレッドにぶち当たった。怯む相手にそのまま蹴りのラッシュを続ける。
やがて、モードレッドが血を吐き、倒れかけた。ボルクスはとどめとばかりに、大きく腰を落として、渾身の力を込めたストレートを腹に繰り出した。
モードレッドが絞り出したようなうめき声を上げる。
ボルクスの身体が言うことを聞かなくなり、片膝をついて、うなだれる。
体力の限界はとっくに超えていた。体の防衛機構である痛みを、高揚感で無理矢理忘れて、限界を超えてモードレッドと闘い続けた。だがそれすらも時間切れとなった。
今まで忘れていた痛みが、ツケが回ってきたかのうようにボルクスを苦しめる。
最後の一撃には会心の手応えを感じた。
……だがモードレッドは、倒れない。満身創痍でありながらも、雷でその身を焦がしながらも、頭上に固く両手を組んで、ボルクスを見下ろす。
眼球だけを動かしてそれを見た瞬間、ラミエルを向けられた時よりも、真に恐ろしい死の悪寒がした。今の状態でその攻撃を受ければ、頭に重い一撃を喰らえば、死ぬ。本能が激しく警告していた。
なぜ動ける。なぜまだ動ける。なぜ倒れない。何がそこまで体を動かす。どんな理由で立っている。ここまで、ここまで、全力を出して、殴り合った末に、まだ前に立つのか。会心の手ごたえを感じたのに、最高の一撃を食らわせたはずなのに。鍛え上げた拳闘も、マナの核を掴んで解放した雷の力も、まだ、まだ、目の前の男を倒すには足りないというのか。
何としてでも、避けなければならなかった。体全てに動けという命令を必死で下したが、微動だにしなかった。
モードレッドが躊躇なく、両手をハンマーのように、ボルクスの脳天に振り下ろした。
当然ながら体は動かない。故に反応はできない。ボルクスの視界が上下に激しく、割れるように揺れ、遂には意識を手放した。




