第1話 悪魔転生
「ギャハハ! やっぱ女だぜ! 魔女を助けに来たってことはコイツも魔女に違えねえ! どうせ火炙りで殺されるんだから上に引き渡すまえに俺たちだけで楽しんじまおうぜ!」
「そうだぜお嬢ちゃあ^~ん。冥途の土産にいいもん持たせてやるよぉ~。ギャーハッハッハ!」
下卑果てた声をだす銀の甲冑を着た男が二人、月明かりすらささぬ闇で満たされた森の中をフードを目深に被ったローブ姿の少女を追いかけていた。
「かかったなバカが!そっちはドン詰まりの断崖だぜボケーッ!!!」
「捕まえたら足ぶった切っちまおうぜ! スパっとぉ! それともダイブすっかぁ!?」
逃げる者が一人に対して追うものは二人、基本は二人で追いつつ数の利を活かし、上手い具合に逃走経路を誘導した。男が吐いた言葉は嘘でも何でもなく、まさしく少女には逃げ場がない。
「はい、ご対め~ん」
二人が木々と茂みが途切れた開けた場所に出る。その先に広がるのはやはり崖。上から見て形が凸状になっており少女が二人から逃げきるにはなんとか二人を切り抜けて再び森の中に入って撒くか、崖から飛び降りるかの二択しかない。
少女に切り抜ける方法は選べなかった。そこまでの体力がもうない。元々追手は数十人いたが、逃げながら戦いその数を減らすことでなんとかやり過ごしていた。それに比べてあの二人はさしたるダメージはない。精々走った疲労感が体に残ってるだけで、満身創痍の少女の抵抗を叩きのめす余裕は十分にある。
一応は追うフリをしつつも戦いには参加せずしばらく遠巻きに様子を見て利を搔っ攫う。ハイエナのようなやりかたで少女を追いつめていた。卑劣な連中である。
が、しかし……。
「なんだァ?」
崖の上には追いつめた少女しかいないはずだった。
一人。立っている。夜なので姿形はよく見えないが、少なくとも少女に背を向けて二人の方を向いていることとそのガタイから男であることがわかった。動きはない、ただ、立っている。少女も座り込んだまま動きはない。ただ目の前の男たちの動向を見張っている。
追手の二人は少女と男が仲間ではないことはなんとなくわかった。待ち伏せにしては場所とタイミングが雑すぎる。やるなら森の中で身を隠して不意打ちをする。助けに入るにしても追手の人数がまだ多いうちに参戦したほうが、少女の生存率が上がる。追手の内の一人が訝しげに男に歩み寄った。
「なんだよアンちゃん。お仲間ってわけでもなさそうだなあ。この辺で野宿してた冒険者かぁ? 悪いことは言わねえ。その女を庇うのはやめとけ。俺たちゃ騎士団のもんだ」
「そうだそうだ。その女はなぁ、魔女なんだよ。ロクなもんじゃねえ。生きてる限り害悪しかまき散らさねえ。疫病、飢饉、悪魔の存在も、この世に蔓延る厄災は全部そいつら魔女のせいだ。俺たち敬虔な聖十字教徒の安寧を脅かす神の敵なんだよ。俺らがやってんのは立派な魔女退治っていう仕事だ」
「正式な裁判を得て国から魔女の認定が下された女を、そいつはよりにもよって脱獄させようとしやがった。そんなことをする奴は同類の魔女に決まってんだ」
もう一人の方も続いて歩み寄ってくる。あくまで敵意は見せない。目の前の冒険者は田舎者で、この国の宗教の法律に疎いかもしれない。だから、歩み寄る。自分たちのしていることはこの国に住む人々の生活を守るためにやってることですよというスタンスを崩さない。
「アンちゃん。だからよぉ、大人しく引き渡せって。そいつを庇うってことは俺らの信じる神に逆らうってことになる。魔女の手先として首に賞金がかけられるんだ。そうなったもうまともに生活なんかできねえ。この辺で冒険者としてやってくなら俺ら敵に回したら駄目だぜ?」
追手はそう言いながら胸にある十字のマークを見せた。男からの返事はなく、胸のマークにも何ら反応を示さない。両脇に近づいてくる甲冑姿の追手二人を見た後、顔だけを動かして後ろの少女を肩越しに見る。少女は酷く怯えていた。
少なくとも、男にとってこの少女は2人の言う通り大多数の人命を奪うような行為をなす邪悪さは見えなかった。
「あ! わかったぞアンちゃん! 混ざりてえんだ! そうだよなあ!?」
「はぁ!? そりゃねーぜ! 俺ら苦労してここまでここまで追いつめたんだぞ? 最後の最後で横槍入れてハイ穴兄弟ってか!? なあ金だろ? そう言ってくれ!」
「なわけねーだろチンカス。女一人によってたかって蹂躙するのが人々の安寧を守る仕事だと? 噴飯ものだな」
男が初めて口を開いた。チンケな脅しには決して屈しない強い物腰。男とて理解力がないわけではない。自分と相手の相手の立場がどうであれこの少女を二人に引き渡せば、どういう末路をたどるのか想像に難くない。
この二人は下衆。男はそう結論づけた。
「ああ!? 俺たちに逆らおうってのかあ!? 目ん玉腐ってんのかてめぇ!!この国でこのマークに喧嘩売って生きていられると思うなよこの野郎!」
「まったくもって知らんなそんなもの。見たことも聞いたこともない。最もお前らの程度の低さを見れば大したことはなさそうだがな。騎士団とやらは奴隷商人どもの組合が何かか?」
男の言葉にはありったけの侮蔑が込められていた。お楽しみを邪魔されたこともあって追手二人の血管がビキビキに膨れ上がる。
「……ハッタリにしちゃ上等だぜ…。後悔すんなよ」
「おい! やっちまおうぜ! 薄汚い魔女を庇う英雄気取りのバカな冒険者を一人か二人殺したところで神さまも許してくださるだろうよ!」
二人は各々、腰に下げていた剣を抜いた。その内の一人が構えもとらずに不用意に近づき、緩慢な動作で剣を男の頭に向けて振り下ろす。
「神の思し召しだァーーーッッッ!!」
神の名の元に下される凶刃が男を襲う。
――より前に鈍い音が響く。鉄と鉄が思いっきり打ち合ったような音。
「ウゲェーーーッッッ!!!」
汚い断末魔を上げて剣を振り下ろそうとしていた方が後方に吹っ飛び、森の中にガサガサと突っ込んだ。
男以外。何も見えなかった。何をされてあそこまで吹っ飛んだのか、男には動いた素振りすら見えない。構えらしきものも見えない。だが、状況からして男の手の届く位置にいたやつが吹っ飛ばされた。つまり男が何かかしらの奇術を使った。残りの追手はそう考えた。
「テメェっ!?」
何しやがる!? そう言葉を続けようとして残りの一人も剣を振りかぶった。その動作よりも遥かに早く顔面に鉄拳がめり込む。顔を完全に覆うヘルメットがクレーターのようにへこむほどの衝撃が頭部を突き抜けた。奇術などではない純粋な体術による一撃が意識を刈り取る。
ああ、あいつは殴られて吹っ飛ばされたんだな。薄れゆく意識の中で気づいたがもう遅い。先ほどと同じく森の中にガサガサと突っ込んでいった。
ひとまず目の前の敵は片づけた。が、男は油断しない。注意深く残りの敵がいないか、あたりの気配を探りながら追手二人を吹っ飛ばした方向に歩きだした。二人の気絶と周囲に敵がいないことを確認すると少女の方に戻ってきた。
顔が良く見えないが、未だに立ち上がることすらできずに怯えているように見える。ひとまず追手の脅威が去ったがこの男が自分にとっての新たの脅威となるのではないか。
男はそんな少女を安心させるためしゃがみ込み、努めて優しい声音で初めて口を開いた。
「大丈夫か?」
その一言で少女の中に長時間、限界まで張りつめていた緊張感とか警戒心などが糸のようにプツンと切れた。確証は持てないが、目の間にいる男が敵ではないと直感した瞬間、ゆっくりと地面の上に倒れこんだ。
この男は一連の流れで、なんとなくでしか状況をのみこめていない。自分がなぜここにいるのかも、少女にもガラの悪い追手二人にも全く面識がない。ただ経験則かつ直感的に虐げる側と虐げられる側を瞬時に判断し、男を二人殴りつけ、吹き飛ばした。善悪とか損得勘定は二の次だ。一連の行為に後悔は微塵も抱かいていない。
「しょうがねえなあ…」
男はそう呟きつつ気を失った少女を脇に抱えてその場を去った。




