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Myth&Dark  作者: 志亜
悪魔転生編
18/54

第17話 介錯

 ど~うなってんのかなあ!? ボルクスはアタランテとアキレウスと闘っている最中、ほとんど懸念に近い疑問を抱いた。ボルクスとレアは全く認識がなかったので、リズにレアの救助を一任した。自分は注意を引く役目だった。しかし、失敗した。狼狽えているリズを背に、ガスパーがアタランテとアキレウスを二人同時にけしかけてきた。


 二人と闘いながら、リズとレアの方をチラチラ見ていたが、どうにも様子がおかしい。最初は介抱しているのかと思ったが、時間がかかり過ぎているような気がするし、リズも何の合図も送ってこない。何やらただならぬ様子で激しく話し合っていると思ったら、急にリズがレアの腹に重い一撃を放って、ゲロを吐かせた。助けに来たんじゃないのか。


 事前の話によればリズもいざとなれば闘うはずだった。今、この別空間からの脱出は図れず、ボルクスは二対一で闘っているのだから、参戦しても可笑しくはないのだが、いつまで待ってもリズは一向に来る気配がない。レアに何かあったのだろうか、聖十字教によって、処刑を円滑に進めるための、身体の一切の動きを奪うような、何か厄介な魔法がかけられたのだろうか。だとしたらさっきの腹パンは余計に謎である。荒療治か?

 

 しばらくすると二人が抱き合った。良かった。腹パンした時はどうしたものかと思ったが、その光景を見れば二人の長年の友情関係を疑う余地はなくなった。久し振りに会った友人とちゃんと話が出来ていたようで、正直、羨ましい。こちとらそれよりかなり長い年月を経て、かつての仲間のアタランテと再会を果たしたっていうのに、喜ぶ暇もなく、同じように悪魔になってしまったことを嘆く間もなく、矢を容赦なくビュンビュン放ってきた。


 しかも、もう一人のおまけつき。かつての仲間のペレウスのガキ、同じケイローンの元で武芸を学んだ弟弟子、アキレウス。やはりペレウスとよく似ている。ボルクスからすれば甥っ子のような感覚だったが、そんなことを向こうは微塵も感じず、容赦なく槍を振るってくる。こんな形で会わなければアルゴナウタイの話を山ほど聞かせてやれたというのに、アキレウスも英雄になるべくしてなったような男だから、英雄大集合のアルゴナウタイには憧れていたに決まっている。ボルクスの武勇伝にも目を輝かせて聞いたに違いない。

 

 アタランテとアキレウスはどうか知らないが、ボルクスは今、力を温存しながら戦っている。というより、温存せざるをえない。この二人を倒しても、ガスパーとモードレッドが控えてる。闘いながら、見物している二人に闘気を込めた拳を飛び道具のように放ってもよかったが、避けられれば、レアとリズに当たる、厄介な位置にいる。



 リズはまだ、レアのところにいる。だんだん不安になってきた。と思ったら、レアと思わしき少女がこちらを見てピョンピョンと飛び跳ねている。アルゴナウタイ一行を見て、鼻息を荒くして興奮していた子供を思い出させた。とくにヘラクレスが船から降りた時なんかは大人すら興奮していたように思う。となれば、あれは応援か? いや、状況が状況だ。だとすれば……バフ?


 でもなかった。体のどこにも新しい力が湧き上がる感覚がない。……というより、体が疲労感覚え始めた。リズとレアが何やらしている途中、ボルクスはずっとアタランテ、アキレウスと闘っていた。何発かアキレウスに攻撃することに成功した。怯みはしたが、呻きもしない。口から血を流していたが、ダメージがあるのかどうかすら怪しい。


「う~ん、見事ですねえ。二対一にもかかわらず、槍と弓矢の攻撃を全てかわし切り、今のところ、目立ったダメージもない。しかも、こちらへの警戒も怠らない」


 ガスパーが檻の中の猛獣を見るかのように呑気に言う。色眼鏡をクイっとしながら喉の奥からクツクツと笑い声を漏らす。


「ですが、そろそろ飽きてきましたね~。これならどうでしょうか?」


 ヴァプラの方へ差し出した手が妖しく光り、ブツブツと呪文を唱える。


「ヴァプラ、獣の力をもってして、あの男の血肉を爪と牙で引き裂き、まき散らせ」


 詠唱の文言を受けたヴァプラがその身をビクンと不自然に静止させる。弓と矢が手から抜け落ちるに離され、地に落ちた。ゆっくりと唸り声を上げながら、四つん這いの姿勢を取る。その姿勢のまま力をため、地に着けた四肢のバネを思いっきり伸ばし、地を獣のように駆けた。


 矢の攻撃が止んでも、ボルクスはアタランテに注意を欠かさず向けていた。故にアタランテが急接近して、近接戦での二体一に持ち込まれてもなんなく対応できた。しかし、胸の内は穏やかではない。驚愕に満ちている。さっきまで弓矢で闘っていたアタランテは今、最初に見た時よりも鋭く尖った爪と牙で闘っている。知らない技だ。


 アタランテは、生まれてからすぐ山中に捨てられ熊に育てられたと聞いた。その出生故に、アルゴナウタイに居た頃も獣のような身のこなしをすることがあったが、ここまで、獣そのもののような挙動で闘うことはなかった。これも悪魔化した影響だろうか、人間の耳とは別に獣の耳が生え、先端には毛筆のように丸まった房を持つ尻尾が生えている。尻尾の特徴には見覚えがある。獅子の尻尾だ。


 ボルクスの闘いのペースがアタランテの接近によって乱される。今までの対人戦の経験が仇となっている。人型なのに獣の動きをしているという違和感がアタランテの攻撃を予想できないものにしている。そして、アタランテも英雄だ。かつて興行として、闘技場の中で虎や獅子などの猛獣と闘ったことはあった。アタランテの動きはそれらネコ科に近いが、本物の猛獣よりも強い。人の身であるにも関わらずだ。


 四足歩行の態勢で常に身を低くしているアタランテにボルクスの得意とする鉄拳は当たらない。アキレウスの槍すらかいくぐり、ボルクスの体を末端から削っていき、切り傷を増やしていく。


「クックック、よく闘いましたが、やはり私やモードレッド様が直接手を下すまでもありませんでしたねえ」


 愉快そうに肩を揺らすガスパー。モードレッドは闘いが始まってからずっと無言で成り行きを見守っている。


 熊が魚と取るような動きでアタランテが地面を鋭い爪でえぐりとばす。目潰しだ。飛ばされてきた石の破片や砂埃がボルクスの目にまともに入った。鍛え上げられた反復動作で瞬きこそしなかったものの、涙で視界が滲む。


 それでも数度、アキレウスの槍をかわしたが、アキレウスの脇から飛んできたアタランテに反応できなかった。アタランテは弾丸の様な速度で飛び掛かり、ぶつかったボルクスは勢いに負け、地面を転がり、仰向けに倒れた。アタランテは四肢全てを使ってボルクスの胴体に両腕の上からも抱きつき、動きを封じていて、長い尻尾も器用に両足を絡めとっている。


 獣臭さに鼻が曲がる。仰向けになった体の上はアタランテが覆いかぶさり、顔の上にはアキレウスの槍の穂先が見えた。そのまま頭を貫かれると思い、首をよじるも、アタランテに首筋を噛みつかれる。鋭い牙で食い破れるかと思ったが、そうならなかった。ボルクスの首の動きを制限する程度の力に留めている。


 槍が下ろされたら、もう歯で受け止めるしかない。そう決心して奥歯を威嚇するようにギチギチ鳴らしたが、一向に槍は来ない。


「どうですか!? モードレッド様、見ましたか!? 私の悪魔があの反逆者を無力化したのを!」


 ガスパーがこちらを指差してウッキウキでピョンピョン跳ねていた。レアと違って髭面のおっさんがやると全然可愛くない。モードレッドもまんざらでもなさそうに手を向けて落ち着きを促すようにしている。「ご苦労」とだけ言い残して、モードレッドはゆっくりボルクスの方に歩み寄ろうとした。


「いえいえ、それほどでもありませんよ。これで私も一体どれほどの地位を得られ――」


 ガシャアン! と派手な音を立てて、太い酒瓶がガスパーの後頭部にまともぶち当たる。完全なる不意打ち、体が完全に攻撃が来ることを想定していなかったため、筋肉が体を支えるための動きが追い付かず。前方へとよろよろとよろめき、ついには四つん這いになる。後頭部を触って、怪我を確かめた後、震えるその手を見ると血がべっちょり付いていた。


「売女がぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」


 ガスパーが尻を向けて、物凄い形相でリズとレアを睨みつける。


 ボルクスは何が起こってるのか確認する前に、アタランテの力が弱まるのを感じた。キッと力を込めて目線をやり、気合砲でアタランテとアキレウスを吹き飛ばす。


 リズとレアが、ガスパーとモードレッドから必死で逃げるように倒れたままのボルクスに駆け寄ってくる。当のガスパーは四つん這いのまま、何か恨めし気にブツブツ呟きながら、二人の動きを首を動かして追っていた。


「申し訳ありません。色々あって助けるのが遅れてしまいました」


 リズとレアがそれぞれボルクスの両腕を掴んで立ち上がらせようとするが、力の限り引っ張っても、ボルクスは微動だにしない。二人は引っ張る腕にボルクスの人体以上の重量を感じていた。ハッとしたボルクスが短く礼を言い、自分で立ち上がる。


「ボルクスさん、どういうことですか? 変な魔法でもかけられましたか?」


 リズが眉根を寄せる。レアも言葉には出さなかったが疑問に思っているようだった。ボルクスは首を振り、腕を覆っていたグローブとブーツをおもむろに脱ぎだす。両手両足には拘束具のような金属製の輪が取り付けられていた。パチンと音を立てて留め具を外す。


「ごめんちょっと時間稼いで」

「はぁ……」

 

 曖昧に返事をするリズ。何を言ってるのか、何をやろうとしているのかさっぱり分からない。時間を稼いでくれと頼まれたので、周囲を警戒したが、ガスパーもモードレッドも、二体の悪魔も様子見をしている。


 ボルクスはまず右腕に着けていた輪を、必要以上に時間をかけ、もったいぶったような動作で苦労して取り外す。リズとレア、ガスパーさえ凝視するそれをボルクスはその辺に放った。


「はん! まさか、それを外しさえすれば真の力が解放されて、我々を倒せるとでも―――」


 ドグォアン!!!!!! と巨大な岩が落ちたかのような衝撃音が響き渡り、地面も振動を伝える。レアもリズもガスパーも含めて目を丸くしてあんぐりと口を開けて、ボルクスが放った金属の輪を見た。視線の先には小さいクレーターが出来ている。どう考えても体積と質量が一致しない。この場で微動だにしないのはモードレッドだけだ。


「ふぃー。後三つある」

 

 息をつきながらボルクスは二個目の、左腕の輪を留め具を外す。絶句しているリズは体を小動物のようにプルプルと震えさせながら、ゆっくりボルクスの方を向く。


「な、な、な、なんなんですかあれは?」


 震える声でボルクスの放った輪を指差すリズ。その腕すらプルプルと震えていて、指先が輪から大幅にブレている。


「ケンさんに特別に作ってもらったトレーニング用器具。超特殊合金製であの見た目でめっちゃ重い。ケンさんにもらってからは今までずっと、四六時中つけてた」

「なんで最初っから外さなかったんですか?」

「あんまりにも体が慣れ過ぎて、さっきまで忘れてた。すまん」


 リズとレアが絶句してドン引きする。リズだけが首を左右にブンブンと振り、上ずった声で健気に話す。


「でも、今から全部脱いだから、大丈夫ですよね。これから勝てますよね?」

「……正直言うと、あのモードレッドってのはわっかんね、俺一人なら負けるかもしれんね」

「そんな……」


 あっけらかんとして言い放つボルクスの言葉に、リズは青ざめる。しかし、レアだけは、リズが何を言っているのか理解できず、ケロっと平気な顔をしていた。


「つまり三人なら勝てるってことでしょ? 私だって闘うって決めたもの」

「ん、分ってんねぇー。そうそう、三人なら何とかなりそうなんだよな。レアだっけ? 中々良いこと言うじゃない。こういう状況でも前向きに考えられるってのは凄いことだと思うし、尊敬するよ俺ぁ。昔の仲間でも君みたいなのがいて精神的に頼もしかった」

「デュフフ、ありがとうございます」

 

 レアとボルクスは初対面のはずだったが、明らかにリズとボルクスが初めて会った時よりも通じ合っているものがあった。ニヤニヤしているレアに何かモヤっとしたものを覚えたリズは再び首を左右に振って、その感覚を振り払う。   

 

「よし行くか!」


 喋っている間に金属の輪は全て外され、グローブとブーツも付け直した。地面に放ったら存外デカい音がして耳に悪かったので、残りの輪は全部足元に置いた。ボルクスが左右にいる、モードレッド、ガスパーと、アタランテ、アキレウスを交互に睨む。先ほどの友人と話すような時と違い、戦場の戦士の目をしていた。

 

「リズとレアは前の二人の動きを見張っておいてくれ。俺はまず、後ろの悪魔二体を速攻で片づける。できれば背中を任せて一切振り向かないでいてくれると頼もしい。悪魔だから別に殺してもいいよな?」

「……私はかまいませんが……レアは?」

「助けてもらっておいて私は、今さら殺生についてどうこう言えません。……なんで今そんなこと聞いたんですが?」

「長くなるから後で話す。あいつらが動きそうになったら、知れせてくれ。とりあえず一旦背中は任せる」

「まっかせてくださ……い?」


 勢いよく返事をしようとしたレアだが、語尾はふにゃふにゃになっていた。なぜならボルクスはリズが返事を言い終わる前に、言葉通り速攻で闘いを終わらせていたからだ。重りを外し、アタランテとアキレウスを遥かに超える俊足となったボルクスが抵抗も反応すらも許さず手刀によって一撃で首をはねていた。


 何が起こったの分からず、リズとレアは後ろを振り向こうとしたが、ボルクスに無言で背中を叩かれて止められる。何か言うのかと、二人はボルクスの横顔を見た。眉間に深くしわを刻み込み、さっき以上に闘志を込めて、眼前の敵を見据えるボルクスに、二人は何となくその意図を察し、同じように前を見た。リズだけが背中を叩いたボルクスの手が僅かに震えていたことに気づいた。


 よそ見をしている暇はないと言いたかったが、本当はかつての仲間の首のない死体を見られたくなかった。アタランテとアキレウスの体と頭は三人の背後で黒い煙を立てて霧散した。悪魔となっていたうえに、操り人形のような状態となっていたからか、二人の実力は生前のものと比べるまでもない。故に、瞬殺できた。


 残るはモードレッドとガスパーの二人だ。


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