第13話 カインとアベル
大会で優勝してからから一週間、ボルクスは慢心することなく黙々とトレーニングを続けていた。大会が終わった直後の感覚から、どうやら体を限界まで追い込んでから、回復すると身体能力が向上するようだ。この感覚は生前にはなかったものなので、悪魔として召喚された影響だろうか。今の時代の自分の扱いを知った時は頭を抱えたがどうやら悪い事ばかりではないらしい。
この身体の特性を存分に使い、修行に打ち込んだ。リズに時間がある時はリズのマナを使い果たすまで、ボルクスの体の限界を追い込む修行と回復を繰り返した。そんなことばかりやっていたらどっちも身が持たないので、リズの了承を得て、ボルクスは一週間に一回、休息日をとることにした。
しかし、休息日といってもボルクスには本当に修行以外頭になく、やることがないので冒険者ギルドに行き、疲れそうにない簡単な依頼をこなすことにした。依頼の内容はとある建物にある時計塔の修理の手伝いである。手伝いといっても冒険者に専門的な時計の知識は要求されず、工具や資材の運搬が主な内容だった。
「すいませーん! 冒険者ギルドで依頼を受けた者なんですけどー!」
聖都の平民居住区、その一角にあるやや古びた一軒家のドアノッカーでドアを鳴らす。しばらくすると、カイゼル髭をたくわえた作業着姿の老人がドアを開けて出てきた。
「やあ、おはよう。今日はよろしく頼むよ」
「よろしくお願いします。ボルクスといいます」
ボルクスが老人にへこりと一礼する。老人はそれを見て柔和な表情で満足そうに頷くと、丁寧に礼を返す。
「初めまして、僕はケンと申します。君、若いですね」
「ええ、十六になりました」
「なるほど、成人したばかりですか。本日は依頼を受けていただきありがとうございます。ホントならウチの跡継ぎの若いのが手伝うんですが、生憎風邪をひいてしまいまして、治るまで修理を引き延ばすなんとことはとても考えられませんでしたので、ギルドの方に依頼を出しました」
自分よりも半分以下の年齢であるボルクスに対しても作業着の老人、ケンは一切丁寧な物腰を崩さない。
「倉庫は家の裏手にあります。僕も一緒に行きますので、必要な機材や工具などを僕の指示に従って馬車に積んでください。頼みますよ」
ボルクスは元気に返事をして、老人の背中を追って、倉庫に向かう。老人の指示は簡単に聞こえたが、実際にはかなりの労働量が必要だった。なんに使うのかよく分からない資材や工具箱やらそれに入りきらないデカい工具まで様々な種類の荷物を何回か往復して、家の前にに停めていた馬車に運んだ。
老人の指示が止まり、一息ついた頃、一筋の汗が額を流れてきた。それを見た老人が家の中に入り、ニコニコしながら水筒を持ってきた。「喉が渇いたでしょう。これを飲むといい」と言ってデカめの水筒を渡してきたので礼を言って受け取り、一口飲む。この味は様々な果実の汁を一まとめにした飲み物だ。大して疲れてはなかったが、身体に染み渡るようにゴクゴクいけた。
「君、力持ちですね。思っていたよりも早く運び終わりました」
「どうも、これは数少ない僕の取り柄ですから。飲み物ありがとうございました」
ケンがボルクスが返そうとした水筒をゆっくり手で押し戻し、首を振る。
「まだ返さなくていいですよ。それは今日の仕事が終わるまでは持っていてください。私の分はもう馬車に積みましたから。君、けっこう動きましたけど休憩が必要ですか?」
「いえ全然、大丈夫っすよ」
「それは頼もしいですね。じゃあ早速行きますか」
ケンと一緒に馬車に乗る。ゴトゴトと揺れる車内の中で気になったことを聞く。とりあえず自分にとって手頃な依頼だったから引き受けたので、依頼内容の細かいところまでは目を通していなかった。
「今日はどこまで行くんですか?」
「聖アベル孤児院ですよ。もしかして知りませんか?」
「知らないですね、すいません。聖都には来たばかりなんで」
「聖アベル孤児院には大きな時計台があるんですよ。今日はそこの時計を修理します。私は長年その時計の修繕に携わっていましてね、こういう仕事が長年出来るっていうのは時計屋としての冥利につきます」
聖アベルという名前に引っかかる。確かリズが言っていた。自分とカストルに代わって今現在の双子座として伝えられている聖十字教の聖人。アベルはその双子の内の……どっちだ?
眉根を寄せているボルクスを見て、ケンが物珍しいものをみたような表情をする。
「やはり聖アベルも知りませんか? 結構有名な聖人の話なんですがね」
「恥ずかしい話なんですが、名前しか知りませんね。何分田舎者なもんで」
「恥ずかしくなどありませんよ。ちょうどいい。孤児院まで結構かかりますから、聖アベルの話を聞かせてあげましょう」
興味はあった。自分とカストルにすり替わった聖人とやらがどんな伝説を残しているのか、もしくは伝説すらもディオスクロイが成し遂げたことをそのまま流用しているのか。もし、後者だとたら、憤懣やるかたないが、依頼は真面目にすべきだ。
「君、時計ってね人を救うことができるんですよ」
「?」
ボルクスは首を傾げたが同時にケンがこれかするであろう話に興味がそそられた。時計で人を救うというには聞いたことのない響きだ。どういう人間ががどういうことをして聖人と呼ばれるようになったのか全くもって予想できない。
「聖アベル、まあ正確には小アベルなんですが、聖アベルはそういう聖人なんです。自分の作った時計で他者を救うというね」
「これは知ってると思いますが、聖アベルには双子のカインっていう弟がいましてね、これも正確には小カインといいますが、まあ、今は大小の話は置いておきましょう。面倒くさいのでこの話の中では普通にアベルとカインと呼びます」
「カインは生まれつき神子と呼ばれる、物凄い力を秘めていました。そして、成長すると、その力を存分に振るって神のために悪魔の軍団と闘う騎士となりました。しかし兄の方は生まれつき特別な力を持たないただの人間で……君、どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。僕は人の話を集中して聞こうとするとたまにこうなってしまうんです。気にしないで続けてください」
丸パクリやんけ! まだ序盤も序盤だが早速雲行きが怪しくなってきた。無意識のうちに険しい顔を作っていた表情筋を両手でもみほぐし、平静を装う。だが、徹頭徹尾カインとアベルの双子座伝説がディオスクロイの流用だったらどうしよう。最後まで平静を装っていられるのだろうか。聖十字教への怒りを隠しきれるだろうか。それとも最後に御本人登場ってか? アホらし。
……思考がまとまらない。とりあえず自分の言葉通りに話に集中する。
「……続けますよ。兄の方は何の力も持たないただの人間でした。しかし、兄も兄で自分も何か弟のように神のために何かしたいと思ったのか、弟カインが神に仕える騎士としてより強大な戦力になるような武器を作ろうとしました」
「しかし、その試みは上手くいきませんでした。カインの力はアベルの作る武器よりも遥かに強く、カインが目一杯力を込めて武器を振るえば、武器の方がカインの力に耐えきれなかったのです」
少し、ディオスクロイの話とは毛色が違ってきた。聖十字教への怒りは薄れてきたが、代わりに純粋な興味がわいてきた。自らと似た境遇の双子がどういう風に生きて双子座になったのか。
「兄は絶望しました。自分は弟と比べて、何の力もないのかと、しかし、弟からの言葉で兄の人生は転機を迎えます」
「弟曰く、兄の作った一番最初の道具が自分を救ってくれたと、その道具とは二人がまだ小さかったころ、神子としての力を上手く制御できないカインのためにアベルが作った、神子の力を制御する役割も持つ腕時計でした」
「アベルはどうしてそれがカインの命を救ったのかを聞ききました。カインはこう答えました、闘いの最中、悪魔のタチの悪い魔術で時間も空間も断絶した異空間に閉じ込められてしまった。そこは何もない目の前に白一色が一面に広がるような虚無の様な空間だった。その景色に気が狂いそうになったうえ、さらに気の遠くなるような時間が経った。しかし、アベルがくれた時計のおかげでなんとか正気を保っていられたと」
「アベルはそれはそれは感激しました。こんな自分でも弟の命を救えると。これ以降アベルは武器作りを止め、時計作りに精を出します。最初にカインに渡したものは既製品に手を加えただけのものでしたからね。アベルは弟の役に立つことへの執着を捨て、より多くの人の役に立つ道を選び、進みました。聖アベルは時計以外でも建築や機械工学など様々な分野で名を残しています。双子座は彼らの兄弟愛を後世に残すために神によって作られたと伝えられています」
「はぇー」
ボルクスはケンが話し終わっていても長く口を開けて、感慨にふけっていた。思っていたよりもボルクスの琴線に触れる話だった。双子座の座を奪われた聖十字教の聖人だろうが、兄弟愛という言葉にはとても弱い。聖十字教には色々思うところがあるがそれはそれ、これはこれ。
「どうでしたか?」
「カインは……嬉しかったでしょうね。自分と比べて何も持っていなかったと思っていた兄が、自分とは別の道の生きがいを見つけて」
「おや、そのような観点からお話しするとは珍しいですね」
「僕にも兄がいるんですよ。だから一応は弟としての気持ちは少しでもわかるつもりです」
兄がいるのは本当。だが弟のカインにはケンに言った以上に感情移入している。自分たちは兄弟で力の差があってもなんとかやってこれたが、そうはなっていなかった可能性に思いをはせた。もしかしたら、アベルとカインのような生き方もあったのかもしれない。ケイローンに師事したのでカストルは純粋な人間の中では強い方だが、ケイローンがいなければどうなってディオスクロイはどうなっていただろうか。
「それは奇遇ですね。私には兄弟はいませんがこの話にはとても感銘を受けましてね。おや、着いたようです。降りて、実物を見てください」
ケンと話している内に馬車の揺れが収まった。目的地に着いたようだ。馬車から降り聖アベル孤児院を一望する。一番初めに目に入ったのが大きな時計台。時計自体が名前の由来となった聖人を模したステンドグラスの中にある。孤児院を構成する建物はそこから左右に伸びており、その下からは広大な中庭が広がっている。建物自体に神の権威を想起させるような分かりやすい派手さはないが、時計台回りだけは厳かなものを感じさせる。
目を白黒させるボルクスの横に、ケンが髭をいじりながらニコニコして並び立つ。ボルクスはケンに気づきつつも、時計台の方を見ながら会話を続ける。
「どうですか? 実物を見た感想は?」
「あんなに大きな時計は生まれて初めて見ましたよ。正直、聖アベルが羨ましいですね、自分の時計職人として生きた証が、死んだ後にもあんな風に目立つ形で残されて、多くの人々に知ってもらえるなんて、僕がこの世を去ったとしてもああいうのを残してもらいたいですね」
「ハッハッハ。君、本当に正直ですね。確かに私も同じ時計職人としては羨ましいかぎりです。あの時計はね、この孤児院のシンボルなんですよ。双子座と同じように聖アベルの伝説を後世に残すように建造されました。私はこの孤児院の出身ですからね。毎日あの時計を見て、鐘の音を聞いて育ったわけです。だから時計の調子が悪いと聞いて、こちらの不手際で修理を引き延ばすわけにはいかず、一刻も早くあの時計を正常に作動させたかったので、ギルドに依頼を出しました」
「随分とあの時計に思い入れがあるようですね」
「私は子供の頃、元々機械いじりが好きだったのもあって、聖アベルの話に大変感動しましてねえ、その影響もあって時計屋になりました」
目の前の景色に感嘆しつつも、ちらりと隣にいるケンを横目で見る。一人の聖人の話が一人の人間の人生にこんなにも影響を与え、心の支えになっているとは思ってもみなかった。アベルとカインの話が本当かどうか、ディオスクロイに取って代わって星座となった双子が実在したかどうかも、今のボルクスには確かめようがないが、この時計職人の人生は本物だ。心の支えになったのも事実だ。少なくともそう思った。
あんなに巨大な建造物が自らの伝説を伝えているのなら、別に星座になる必要はなかったのではないか、と心の中で愚痴を吐くほど、時計の出来栄えは圧巻だった。しかし、目を凝らして時計を見ると、気になることが一つあった。
「あれ、一人しか描かれていなんですか?」
「ええ、そうなんです。時計にはアベルしか描かれていません。アベルとカインは兄弟で有名なんですから、二人共描かれてもいいもんですがねえ、まあ私も理由は知りません」
話している内に、係の人が出てきて、軽く会釈をして、門を開けてもらう。中庭を抜け建物の入り口当たりまで来たところで立ち止まり、資材やら工具やらを運んでいた馬車も止まる。中から院長らしき人が出てきてケンと共に適当に挨拶を済ませ、建物の中を登り、時計台の中に入る。ケンはしばらく時計の可動部を見回り、ボルクスに口を開く。
「さて、ここからが修理の本番ですよ。私が言うものをこれから下の馬車から運んでください。場合によっては何度も往復することになりますが、よろしいですか」
「楽勝ですよ」
「ハッハッハ、それは頼もしい」
ケンは作業を見られていると集中できないということなので、下に行ってケンが上からデカい声を出して指示をくれるということになった。時計台は四階建てくらいなのに声がよく届く。そんなこんなで数時間で作業を終えた。もう昼過ぎである。再び階段の上り下りを繰り返してデカい工具やら資材やらを馬車に運んでいると、孤児院の職員から昼飯の誘いを受けた。
「天にまします我らの父よ。貴方から頂いた食事に感謝します」
「神の意思により、我と我が家族に肉が与えられた事を感謝します」
「神の恵みに感謝し、この肉体を神に捧げます」
長い机、長い椅子の並ぶ食堂には既に職員や多くの子供たちがいる。食堂の隅っこの方で、古代の神々とは違う、彼らの神への感謝を表す食前の祈祷を聞く。ボルクス自身はその神への信仰心など欠片も持たないが、だからといって先に食い始めるのも無礼極まりない。とりあえず、目を閉じて手を組むという形だけでも真似する。一応は客人という立場なのだ。
しばらく聖都で暮らしてみてわかったが、聖十字教徒の神への信仰は倫理や道徳などにも密接に結びついている。今日の食前の祈祷もそうだが、聖十字教の教義や、聖人の話などは、聖都では半ば一般教養となっている。これをあまり知らないとなると聖都でこれからも暮らしていく上では不便かもしれない。信仰を持つ気は毛頭ないが帰ったらその辺をリズに相談したい。
昼飯を終え、帰ることになった。院長とケンの別れの挨拶をボーっと眺めていたが、突如忍び寄る影があった。
「隙ありー!」
孤児院の子供がどこから拾ってきたのか、良さげな枝でボルクスのケツをシバいてきた。正直、隠れていたのはバレバレだったが痛くもなんともなさそうだったので、甘んじて受けた。院長が「コラッ!」と叱ると同時に俊敏に食堂から出ていった。
「すいませんね、後でちゃんと叱っておきますので」
「いえいえ、全然かまいませんよ。子供が元気なのはいいことじゃないですか。僕も十年くらい前はあんな感じでしたよ」
院長は申し訳なさそうに頭を下げていたが、ボルクスは朗らかに笑う。食堂の扉にはボルクスのケツをシバいてきた子供の他に、数人の子供が好奇心まんまんでこちらを伺っている。目を合わせるとキャーキャー言いながらどこかへ行った。
「客人にはちょっかいをだすなとあれほど言っていたのに……」
「まあでも、構ってほしいんじゃないですか。あれくらいの年の子供の世界って狭いですから……子供たちも誰でもちょっかいかけるんじゃなくて、遊んでくれそうな人を子供なりに見極めてああいう風なことをするんだと思います。僕はケンさんよりも大分子供たちと年が近いし」
院長はボルクスの言葉に得心した後、「理解がある方で助かります」と言いながらペコペコ頭を下げていた。ケンが子供たちが出ていって開けっ放しになった扉を見て、何やら満足そうな顔をしている。
「君、ここの孤児院のは昼食を取った後は、しばらく昼休憩がありましてね。終わるまで子供たちと一緒に遊んであげなさい」
「え? いいんですかそんなことして」
ボルクスが素っ頓狂な声を上げて、院長と顔を見合わせる。
「いいんですよ。私は今日この後の予定は何もありませんから。昼休憩の終わりには私の修理した時計が鳴るはずですから、きちんと動作するか確かめたい。いいですよね院長?」
「ええ構いません。ボルクスさん、子供たちが無礼を働いたら遠慮なく叱ってやってください」
というわけで子供たちと遊ぶことになった。さっきの子供たちがどこに行ったのかは分からないがとりあえず中庭出ると、待ち伏せされていたらしく、あっという間に子供たちに囲まれた。されに寄ってたかってきゃいきゃい言いながら、身体を登ってきたり、二の腕に掴まってくる。適当にあしらっているとさっきケツをシバいてきた子供が前に出てきた。良さげな枝を肩に当てて、フフンと鼻息を鳴らす。
「兄ちゃん! おれたち騎士ごっこするからさあ、兄ちゃんは悪魔の役やってよ! べるぜきゅうって悪魔! 俺はモードレッドやる!」
べるぜきゅーという悪魔も、モードレッドという騎士も全くもって分からない。今初めて聖十字教への理解の浅さを恥じた。もう少し早めに勉強しようと決めるべきだった。このままではエアプだ。手探りでべるぜきゅうを演じようと思ったがここは素直に聞こう。
「ごめんな、兄ちゃん田舎から出てきたばっかだからモードレッドとかべるぜきゅーとか知らないんだ」
「そっかそっか! でも大丈夫だって! べるぜきゅうは言葉を喋ったりはしなかったらしいぜ! モードレッドはいっちばん強い騎士でべるぜきゅうを倒すんだ!」
「へぇーそうなのか、その騎士ってのは天導騎士団かな?」
「そうだ! 俺、騎士はカッコいいから大好きだ! 将来絶対に騎士団に入っていっちばん強い騎士になる!」
「そうか、頑張れよ」
夢があるのはいいことだ。願わくば召喚直後に倒したあの二人のような騎士にならないことを心の中で願う。しかし、子供に夢を与える存在というのは素直に感服する。天導騎士団は末端が腐っていても組織の上の方の騎士は人々の生活と信仰を守る役目を十全に果たしているようだ。だから、組織としても憧れを持たれるのだろう。
「くらえー!」
「ぐえー」
そんなこんなで、一通り遊んで、全員から良さげな枝でシバかれた。天導騎士団が人気かと思いきや中には冒険者に憧れる子供もいた。とりあえず先輩風をビュンビュンに吹かしておいた。
昼休みが終わり、ケンが修理した時計の鐘もちゃんと動いて、その音色を響き渡らせる。子供たちに別れを告げてケンと共に帰路につく。馬車の中ではケンさんがとても満足そうに笑い、ボルクスに礼を言う。
「ボルクス君、今日は本当にありがとうございました。君が力持ちだったお陰で仕事が早く終わった。機会があればま是非ともまた手伝ってもらいたい」
「いえいえ、僕の方こそ子供たちと触れ合えて楽しかったです。聖都のいい思い出になりました。融通利かしてくれてありがとうございました」
「君が子供好きでよかった。ボルクス君、冒険者を引退して仕事の当てがなければ私のところに来なさい。一人前の時計職人になるまで面倒を見てあげよう」
「お気遣いありがとうございます。その話は覚えておきます。ところでケンさん、一つ頼みがあるんですが―――」
帰宅。デカい声でただいまと言ったが、何も帰って来なかった。リズは留守かと思いきや、居間にいて、何やら深刻そうな顔をしている。ボルクスはかなり上機嫌だったが、リズの様子を見て、慎重に言葉を選ぶ。
「何かあった?」
リズはそれでもしばらく無言で俯いていたが、さらに待つとゆっくりと顔を上げ、ボルクスの方を見つめて、絞り出すような言葉を漏らす。
「レアの処刑を実行する騎士が判明しました」
「誰だ?」
「四大天士の一人、雷の天士のモードレッドです」
ボルクスの開いた口はしばらく塞がらなかった。まさかの御本人登場である。




