第9話 黄金級冒険者
「おう来たか、遠慮すんな。どんどん食え。ここの飯は上手いぞ。それにアタシは黄金級だからな、ギルドの特別サービスでここの飯は格安で食える」
ベルガが居るテーブルは皿だらけだったので、ボルクスが隣から椅子とテーブルを寄せる。慌ただしく店員が寄って来たので、ボルは店側に気を使ってベルガが食べているものと同じものを持ってくるよう頼んだ。その方が別々の料理を作る手間が省けると思った。リズが頼んだはクソでかいパフェだ。ストレスが溜まってるんだろう。
「にしても投げた瓶より早く動けるやつがいるなんてな、こういう有望な新入りが入ってきて黄金級としては嬉しい限りだね。名前は?」
「ボルクス」
初対面から数分だったが気に入られたようで、興味津々でボルクスのことを色々知りたそうにしている。ボルクスにとっても好都合だった。ベルガの食事は一段落したようで腹も膨れていて、今はデカいジョッキを片手に酒をグイグイ飲んでいた。ギルドに入ってきた時も飲んでいたのにまだ飲むつもりである。
冒険者、特に黄金階級という大ベテランであれば色々聞きたいこともある。しかし、ボルクスの大昔の神話の英雄としての、正確な素性は本来、知っているだけで天導騎士団に捕まってしまうような、冒険者が知るにはあまりにも危険な情報である。リズもその辺を心配していたが、ボルクスがアイコンタクトを送り、安心させる。ボルクスもボルクスなりに考えており、虚実の情報を織り交ぜて話すつもりである。そもそも、信じるかどうかは分からないが、無関係の人間を巻き込む必要もない。
やがて、店員からデカい肉料理とパフェが運ばれてきたので、遠慮なく食べ始める。昼飯にしてはやや早かったが、ボルクスは食える時に食えるだけ食う。時間帯なんざ気にしない。
「師匠の教えが良かったもんで」
「ほお~、師匠は誰だ? そいつも冒険者か?」
「まあ、冒険者といえばだったかな。確かに冒険の知識も色々教えられたがギルドには所属してなかったな。年だったから数年前にぽっくり逝っちゃった」
「そうかい、そんな人間の弟子がなんでここに? 出身は?」
「俺の故郷はここじゃ誰も知らないようなド田舎なんで、師匠もギルドの存在自体知らなかったんだだ。だけど、今際の際に俺の弟子なら冒険者として何かデカいことをやってみせろって言って、とりあえず俺は聖都まで来て、冒険者ギルドに来た。まあ元々俺は師匠に言われなくても田舎を出て冒険者をやるつもりだったけど」
「なるほどな、どーりで強えのに今まで無名だったわけか。ほんでそっちの嬢ちゃんは? ボルクス、あんたもういい人見つけたのか?」
ベルガがボルクスとリズを交互に見ながらニヤニヤした。リズが思いっきりむせて、パフェを吹き出す。ボルクスがそれを無言で見つめて、紙ナプキンを渡す。俯いていて顔は見えないが耳が真っ赤だ。小さく礼を言ってはいたがかろうじて聞こえるような消え入るような小声だった。正直、面白かったがこれも一応、否定しておかねばならない。
「リズは俺が親戚の伝手をたどって、聖都の案内役を頼んだんだ。俺が聖都で土地勘掴むまで、助けてもらってる」
「ハッハッハ! そうだったのか、そりゃ変なこと言っちまったな。すまんなお嬢ちゃん」
リズは上ずった声で「大丈夫です」ですと返すと、再びパフェを食べ始めた。
「俺からも聞きたいことがあるんだけど」
食事に向けていた意識を半分くらい、会話に向ける。これからするのは他愛のない会話や世間話ではない。内容によっては覚えておかねばならない。
「なんだ? 知ってることなら何でも答えてやる」
「天導騎士団と冒険者ギルドは、仲が悪いのかな? さっきみたいなことってのはしょっちゅう起こる?」
騎士が二人出ていったスイングドアを見る。ベルガは同じ方向を見ると、テーブルに頬杖をつき、ボルクスの方に視線だけをやる。
「今は多少マシになったな。ああいうのはたまにしか見ねえな」
「今? てことは昔はまあまああった?」
「そりゃもう昔はまあまあどころかしょっちゅうバチバチでよお。冒険者の活動領域に騎士団が派遣されて横槍入れるなんてことはよくあった。んで必然的に顔を付き合わせることになって……その度に喧嘩した」
「喧嘩ってことは言い争いじゃなくて暴力沙汰にも足突っ込んじゃうのかな?」
「そらそうよ。だってあいつらアタシら冒険者が必死こいて手に入れたお宝とかを、それはあなた方の手に余るものだから我々が管理しますとかふざけたことぬかしやがるんだぜ? あとからのこのこやって来て、汗の一つもかかずに涼しい顔してアタシらの冒険の成果をまるごと横取りしようとしやがるんだ。しかもどいつもこいつもそれが当然ですって顔してやがる。この世は全て神が作られたんだから、神の代行者である騎士団が預かり管理すべきっていうのが向こうの言い分だがよ。態度ってもんがあんだろーが、なあ!?」
ベルガの語りに愚痴に入り始めた。これは今朝あった金髪の男と同じパターンだ。あまり話を脱線して欲しくはないが、金髪の男よりベルガの愚痴には共感できる部分が多い。ボルクスとて労せずして手柄だけを主張する様な人間は大嫌いだ。
「カァーーーッッ! とんでもねえ時代があったもんだなぁ! 冒険の過程で、宝物を手に入れて、さぁ気持ち良く帰りましょーって時にあんなやつらがしゃしゃり出てきて、あれよこせそれよこせだの上から目線で偉っそーに指図されたら暴力の一つや二つ振るいたくなるってもんだ!」
ボルクスもデカいジョッキで酒を飲み、大げさな挙動で理解を示した。まだギルドに入って初日どころか数十分だが、似たような経験はある。アルゴナウタイにおいても道中で見つけた宝や、狩りで仕留めた獲物の取り分などで、他の船員といざこざを起こしたことが何度かあった。
そんな時いつも双方の言い分を聞いて仲裁するのはアルゴナウタイの船長であるイアソンの役目だった。そういえば何度も迷惑かけたなと心の中で謝罪する。あと金髪の男にも軽く謝罪する。もしかしたら、彼も仕事とはいえ、冒険者と財宝を奪い合う時代の当事者だったかもしれない。
ベルガも「そうそう」と言いつつ頷き、語る口調にも熱と感情が込められていく。みるみる内にベルガの顔が赤くなり、豪快に笑う。ボルクスが相槌が上手いのもあってかかなり上機嫌になり、酔ってはいるものの、良く舌が回っている。初対面の黄金級と新米冒険者があそこまで打ち解けるものなのかという好奇の視線がちらほらとボルクスに集まる。
「話の分かる奴だな、ボルクス! アタシらもアッタマきてさあ、当然喧嘩が起こるわけ。アタシもその頃はまだ若かったから、宝を何としてでも渡さねえことに躍起になってた。アタシが加わった戦闘では騎士団に何か奪われることはなかったし、ギルド内でも、個人的な依頼があったくらいだ。騎士団の奴らから宝物を守ってくれって、戦闘が起こらなくても報酬は払う。パーティにいるだけでも牽制になるからってなあ。アタシも騎士団が嫌いだったから進んで受けた。んで何度も喧嘩した。お互い死傷者こそ出さなかったが、怪我人は大量に出した。そんなこと繰り返してる内に騎士団と冒険者ギルドのお偉いさん同士がこりゃいかんって話し合って、いくつか取り決めが交わされた」
冒険者に憧れている者が聞けば武勇伝っぽく聞こえるが、ベルガにそのつもりは毛頭ない。純粋に過去のいざこざを気に入った新米冒険者の質問に答えて話しているだけだ。ボルクスもそれを聞くのは楽しいようでベルガの話にうんうん頷いている。
「出先で民間組織と揉め事起こした上に、目標のブツ持って帰って来られませんでしたってのを繰り返してちゃ体裁悪いもんなあ。で、どんな取り決めが交わされたんで?」
「基本的に財宝とか遺物の類は早い者勝ちになった。まあこれは誰かに命令されてなくてもそっちゅう探索に出かけてる冒険者がなんか見つけることが多いがな。だがよっぽどヤバいブツが見つかれば騎士団の管理下に置かれるし、冒険者も探索でどんなものを見つけたのかはギルドに報告する義務がある。あとは騎士団の指揮系統がどうこうで基本的に冒険者と活動領域がダブることがなくなった。詳しいことはよくわからんがな」
「ギルドにも歴史があるもんなのね」
「そんな感じで今はまあ、持ちつ持たれつって感じかな。冒険者の中でも戦闘に秀でたやつなんかは騎士団からギルドを通して依頼されて傭兵みたいなことをするらしい。騎士団だけじゃどうしても手に負えない犯罪組織の追跡とかな、危険なのは魔界にいる奴らだけじゃないんだと」
天導騎士団と冒険者ギルドの間には過去に色々あったが、現在は対立関係にあるわけではない。天導騎士団にも神の代行者という教義的な体裁と、勢力の増強に繋がる遺物・宝物などを確保したいという軍事上の目的がある。
冒険者ギルドと対立、最悪の場合、全面抗争をすることになっても負けはしないだろうが、黄金級など一部の冒険者が持つ武力は強く、リスクが大きい。何度戦闘を繰り返しても、冒険者に返り討ちに会う騎士を見れば冒険者ギルドに干渉すること自体を騎士団は藪蛇だと認識する。そもそも、天導騎士団は悪魔をはじめとする、数多くの神の敵対勢力と闘うことが本来の役割であり、自国の民間組織である冒険者ギルドに関わっている暇はないし、戦力を割くわけにもいかない。
それならばいっそ遺物・宝物の確保を諦め、報酬を支払って冒険者ギルドと多少なりとも協力関係を築いた方が良いというわけだ。天導騎士団にとってのギルドは敵ではない時々味方。一応は敵に回したくない存在だ。だから、多少騎士団の下っ端が粗相したとしても、相手が黄金級の冒険者なら、騎士団側は下っ端の方を黙らせるだろう。魔女脱獄未遂の下手人は冒険者だという確たる証拠はない。
「冒険者ギルドの中にも聖十字教の信徒はいる?」
「たまに居るな。全体的にみれば少ない。騎士団の奴らと違って信徒の冒険者は立場をわきまえてるようだからな。未開の地で強引な宣教活動をしたり、他の冒険者に聖十字教への信仰を強要したり、生活様式に口出しするようなことはしねえ。冒険者ギルドの中には聖十字教を毛嫌いしてるやつもいるが、それでも信徒じゃない冒険者も何か口出ししたりはしねえな。信徒は食前に神に祈りを捧げるんだが、そうじゃないやつは先に食い始めて、お互い干渉しない。例としてはそんな感じか」
ベルガの話を聞く限り、信徒と非信徒はギルド内で上手く棲み分け出来ているように思う。冒険者はほとんどが聖十字教を生活の基盤に置いていないのだ。冒険者ギルド本部はアルマ神聖帝国の聖都内にあるが、ギルド内だけは異国というか異文化圏と呼んでもいい雰囲気だ。だがそれ故に懐かしい。こうしてベルガの話を聞いているのも、船上で仲間と語り合っていたのを思い出す。
レアの逃走経路としては天導騎士団に目を付けられないようにするため、公的な移動手段は利用できない。非合法な手段、つまりは犯罪組織などの助けを得て国外の、それも天導騎士団が手の出しようのない極東へレアを運んでもらう可能性も考慮しなければならなかった。しかし、信仰が薄い冒険者ギルド内であれば、金さえ払えば誰にも他言することはなくレアを遠い土地を連れて行ってくれるような人材が見つかるのではないか。
少し都合のいい話ではあるが、黄金階級ともなればそういう冒険者に心当たりがあるのではないかと望みを持った。しかし、何よりもまず必要なのは金である。それもレアとリズを遠い遠い土地を運ぶという困難かつ時間のかかり、魔女という犯罪者を匿うという法を逸脱させてもお、仕事を引き受けると頷かせる大金である。
……本当に見つかるのだろうか。まだ金さえ用意できていないというのに。
「どうしたそんな顔して、ボルクスも聖十字教が嫌いか?」
ベルガが心配そうな顔をしている。無意識のうちに、思考が顔に出してしまったらしい。首を振りながら内情を悟らせぬようにできるだけ明るい声で答える。
「そうじゃないけど、実は今とにかく金が必要なんだ。だから単刀直入に言う、俺もベルガの仕事に混ぜてくれないか? 腕っぷしには自信がある」
ベルガは腕を組み、眉根を寄せて視線をテーブルへと落とした。
「そうだろうな、ボルクスの腕っぷしはアタシも認めている。でもたしか同じ依頼に連れていくのは可能だが金の方は……アタシの方じゃ何ともならん」
「どうして?」
「冒険者の階級によって依頼の報酬の取り分が決められているんですよ」
ベルガの代わりに、クソデカいパフェを食い終わったリズが紙ナプキンで口を拭いながら答える。
「ボルクスさんの思っているとおり、確かに黄金級であるベルガさんの受ける依頼は高難度で、報酬もそれに見合う莫大な額になります。そして、複数人で達成した依頼の報酬金は、階級によって受け取れる割合がギルドの規則で厳格に決められています」
「それにまだ純白級だろ? 仮にアタシがギルドに頼んで二人っきりで一緒の依頼に連れてくことはできても、金額の配分はほとんど黄金級の取り分になる。純白級なら一人で地道に低難度の依頼を数多くこなしてく方がまだ稼げるぜ。あと報酬金の配分自体はいくら黄金級の冒険者といえどもどうにもできねえな。他の階級の冒険者の手前、タダ乗りと思われるかもしれねえし、ギルドは金のことにかんしてはスゲーシビアなんだ。ギルドマスターにもよく自分の能力を安売りすんなって言われている」
ボルクスが大きく息をついた。如何に実力があるとしても階級が伴っていなければ、冒険者ギルドで大金を稼ぐことは難しい。
「じゃあ俺も黄金級になる。どうすればいい?」
「ハッハッハ! 大きく出たな! 目標がデカいのはいいことだ。だがここは聖都だぜ? 金を稼ぐ方法は何も冒険者ギルドだけじゃねえ」
ベルガが薄っすらと笑みを浮かべる。握り拳を自分の顔の横に掲げ「これよ、これ」と言いながらグリグリと回しているが、ボルクスには心当たりがさっぱりない。リズの方は口を開けて驚いていたというか、意外なものを見たような表情を浮かべている。
「聖都の中でデケえ闘技場があったろ? 一週間後にあそこでデケえ大会がある。当然賞金も半端じゃねえ、国中から腕に覚えのある猛者どもが集まってくるが、ボルクスの実力ならいい線行くだろ。優勝賞金は一千万Gだが、ベスト4までに賞金は支払われる」
闘技場に大会、なんという素敵な響きだろうか。ボルクスも生前は、アルゴナウタイとの旅で、行く先々の国で武闘会のような催しがあれば必ず参加した。
ボルクスが「よし!」と言って立ち上がる。レアを助けるための資金稼ぎというのが大前提の目的だが、ボルクスは湧き上がる闘争心や期待感を隠しもしなかった。満面の笑みでリズの方を振り向く。
「リズ、俺はその大会に出る。どこまでいけるか分からないけど、久しぶりに実戦経験を積んどきたい」
召喚直後の騎士二人瞬殺は実戦経験に入らない。ボルクスにとって、レアを救出する過程において、大量の騎士を相手にすることを想定しているので、実力のある猛者との対戦は思ってもない機会だった。リズもそれをわかった上で一も二もなく頷いた。
そして、修行しつつ一週間の時が過ぎた。
「で、ベルガの思惑通りってわけ?」
「んー、いやしかし、元々、ボルクスに会う前に大会に出るつもりはあったが、まさか決勝で当たるとは思ってなかったなぁ。確かにアタシも大会に出たのはボルクスを驚かせたかったからだし、何より、闘ってみたかった」
ベルガが口元だけで笑みを浮かべる。しかし、目は一切笑っていない。眼前の対戦相手を見据えて、試合開始の合図は待ちわびている。
「俺も同じ気持ちだよ」
ボルクスも同じような表情を浮かべて、笑う。円形闘技場のど真ん中、照り付ける陽光よりも熱い衝動に駆られた猛獣が二匹。二人ともそれまでの対戦を苦戦することなく圧勝で勝ち進んできたので、観客の興奮も最大限にまで高まっていた。やる気満々の二人の間に立つ審判もこれから起こるであろう激闘に緊張を隠せない。
「いいですか、目つぶし、嚙みつき、急所攻撃、そして対戦相手の殺害は禁止! どちらかが十秒ダウン、もしくは気絶、降参を宣言すれば勝者が決まります!」
二人が審判を挟んで十歩くらいの距離をとる。試合開始の所定の位置だが踏み込みば一瞬で詰められる間合いである。両者とも腰を低く構えて、足腰に力を込める。貝に合図とともに猛攻を仕掛けるつもりである。
大会では武器の使用が許可されており、ボルクスは携えているのはグラディウス、刃の幅が広い両刃の片手剣だ。闘気を纏った武器での攻撃は生前習得できなかったが、この大会で勝ち上がっていく内に手探りかつ独学でやり方を覚え始めた。レア救出に使える手札は多ければ多いほどいい。
対してベルガが持っているのは身の丈ほどもある大剣、しかしギルドで会った時に持っていたものとは違う、シンプルな形状の片刃である。
両者の武器はともに大会運営によって用意されたものであり、刃を潰して殺傷力を抑えてある。それでも当たり所が悪ければ死んでしまうこともあるため、回復術師が数人控えているなど運営側も万全の準備をしている。
「第二十八回聖都一闘技大会決勝戦……」
審判が二人を交互に見て、手を上げた。あの手が振り下ろされるのが試合開始の合図だ。まだか、焦らすな、今までの対戦は全て前座だ。何ら手応えも感じなかったし、味気もなかった。対戦相手の名前すらもう記憶にない。向こうも同じだろう。この女との闘いこそがこの大会における本命。まだか、精神を極限まで研ぎ澄ましているせいか審判の挙動が酷く緩慢に見えた。
「始めーーーーーーーーッッ!!!!」
張り詰めた緊張の糸を切るように、審判の手が振り下ろされる。




