圧倒的勝利。
体の節々の痛み、そして今にも倒れてしまいそうになる感覚を覚えてパッと目を開ける。目の前には人生で一番見ていたであろうデュランダルと、それを握っている見知らぬ小さい手があった。
そして燃え盛る炎のにおいに血のにおいが充満している場所に懐かしさを覚えながら、デュランダルより先にいる紫色の魔族に目を向ける。
紫色の魔族はこちらにゆっくりと、一歩ずつこちらの恐怖をあおるかのように来ていた。そして紫色の魔族の後ろには長方形の檻の中に閉じ込められている男二人に女一人が必死な表情をして何かを叫んでいる。
「あっ」
少しだけ声を発すると、いつもの聞こえてくる声とは違い女の子らしい高い声だった。この体、レイラの体で戦わないといけないことに少しの違和感を覚えているけど、それは少ししたら慣れる。
『レイラ? どうしたの?』
頭の中からか、はたまたデュランダルかは分からないが、レイラともアシュレイともジェシカとも違う女性の声が聞こえてきた。
「邪魔だ。今は戻っていろ、鬱陶しい」
僕は強制的にこちらに干渉していた複数人の誰かを聖剣の中に押し込めた。おそらくアシュレイが言っていたレイラを助けていた歴代勇者の三人であると考えたが、今は邪魔でしかない。
「さてと……」
僕は悲鳴を上げている体を無理やり立ち上がらせて紫色の魔族と対面する。紫色の魔族はそれを見て、より一層狂気の笑みを浮かべている。
とりあえずこの体では碌に戦うことができないから、周りにある魔素を強制的に吸い上げて魔力を底上げしてから魔法で身体活性で体を回復させる。
「やるか」
声と口調が非常にあっていないけど、それは僕が気にするところではない。ていうかレイラの声を知っているけど、自分ではこんな感じで聞こえるんだなとくだらないことを思った。
「レイラぁ! 逃げてぇ!」
檻の中に閉じ込められている、肩までの黒髪に大人しそうな顔つきをしているがボロボロの服を着て露出している肌は痛々しいほどに傷だらけになりながらもレイラに逃げろと必死に言ってきている。
「……ったく、こんな仲間がいるのなら強くないといけないだろうが……!」
僕は内なるレイラに話しかけるように呟いたが、すぐに思考を切り替えた。紫色の魔族がその大きな手で僕の体をつかもうとしてきているからだ。
僕は一先ずこの体に慣れるために強めに後ろに跳んでその手から逃れようとする。だが、思った以上に魔物と離れてしまった。
「難しいな……」
こんな誰かの体を使って戦うことなんかやったことがないのは当たり前だけど、やれないことはない。ただ最初の一歩が難しいだけだ。しかも下を向くと見慣れない大きな胸に、下はスカートでスース―としている。
僕は男だから、こんな格好で戦ったことはないから違和感しかない。でもこうやって戦うのは今回だけだからこの一時さえ乗り越えればどうということはない。
デュランダルを軽く振り、そしてデュランダルを持っていない方の手をグーパーを繰り返す。その動作だけで僕はこの体に慣れてしまった。
「……ふんっ」
デュランダルを掲げた僕は力強く振り下ろすと、燃え盛る炎がすべて風圧で消え去ったことで完全にこの体を掌握したことを確認した。
「さて、お前がここで引けば逃がしてやる。僕からの温情だ。お前もこんなところでは死にたくはないだろう」
この場で力を貸すことは約束したが、この場でこいつを殺すとは言っていない。だからここでこいつが逃げてくれれば、この小娘はまたこいつと相対さないといけないわけだ。何も問題はないはずだ。この場で生き延びれているんだから。
「くひっ! 急に雰囲気が変わったかと思えば、そんなくだらないことを言いだして気でも狂ったかぁ⁉」
「お前、喋れたのか」
気持ち悪い声音で僕の言葉に答えてくれた紫色の魔族が喋れたことに驚いた。こういう風貌の魔族は知性が乏しいと思っていたが、こいつはそうではないらしい。
「僕は二度言うことが嫌いだ。もう忠告したぞ?」
「くひっ、くひひひひっ! そんな大口をたたくお前がどうやって俺さまを倒すのか知りたいねぇ! 俺さまに手も足も出せず、仲間を死に晒しているお前が、俺さまに勝てるわけがないだろぉ! くひひひひひっ!」
「それは同意する。だが僕はお前みたいな下品で気持ちの悪い奴と長く話しているのは我慢ならないんでな。十秒以内に魔界に帰れば許してやる」
僕が優しくそう言ったのに、紫色の魔族は僕に殴りかかってきた。だがその拳は僕に当たらずに僕の少し前で止まった。
「どうした? 当てないのか?」
「ッ⁉ お望み通り当ててやるよ!」
紫色の魔族は拳を引いて再び殴りかかってきたが、今度は両腕を使って連続で打ち込んでくるがそのすべてが同じ場所で何かに阻まれているかのように止まっている。
「どういうことだぁ! ふざけやがってぇっ!」
「僕はさっきから一歩も動いていないぞ? 当てるなら早くしてくれ」
「てめぇみたいな雑魚が俺さまにそんな口を利いて良いわけがないんだぁ! 俺さまの目の前で這いつくばって奴隷のようにこき使われていればいいんだよぉっ!」
「口を動かすよりも手を動かせ。早くしないと僕から攻撃するぞ?」
「黙れぇっ!」
僕の言葉に反応してすぐに手を出してくる紫色の魔族は次々と僕に向けて拳を向けてくるけど、それでも僕には一切当たっていない。
「調子に乗るなぁぁぁぁっ!」
紫色の魔族は拳にありったけの魔力を込め始め、それを地面に打ち込もうとした。僕には一切効果はないけれど、紫色の魔族の後ろにいるレイラの仲間はそうはいかない。
ここで僕が彼らを見逃したとしても、僕に文句を言ってくる筋合いはない。レイラが弱いだけの話なんだからな。
『ダメっ! 助けて!』
そう思って立ち止まっていると頭の中でレイラの声が響いてきた。どうやら完全にこの体を支配しきれていないようで、レイラの仲間たちの元に足が進もうとしている。
「僕はこの場ではお前のことは助ける。だがそれ以外は知らない」
『じゃあすぐに私の体から出て行って! キャロルたちを助けに行かないと!』
「そうはいかない。それだと僕はお前を助けれないからな。約束はちゃんと守ってやる」
『意地悪しないで体を返して!』
頭の中で必死に体を返してと言ってくるレイラだが、さっきとは違って僕に体の主導権を完全に取られているから体を動かすことはできなかった。
まぁでもさすがにこの紫色の魔族にやられるのは癪に障る。僕がいい人ではないと分からせるために助けるつもりはなかったけど、仕方がない。
「あああああああぁぁっ!」
紫色の魔族が地面に魔力を込めた拳を打ち込もうとした瞬間、僕は檻の中に閉じ込められているレイラの仲間の元に向かい檻を壊し三人の手を取って紫色の魔族の攻撃を受けない場所まで距離を取るために外に出た。
外は月明かりが美しく真っ暗な夜を照らしており、どうやらどこかの森の中にある建物だったみたいでその建物は紫色の魔族の攻撃で崩壊して建物の周りの木々は吹き飛ばされている。
「いてっ!」
「たっ!」
「きゃっ!」
僕は地面に上手く着地したが、助けた他の三人は空中で僕に手を放されたことで上手く着地できずに落ちてきた。
「いててててっ……、ありがとう、レイラ」
助けた二人の男の内の一人である、黒髪に優しい顔つきと雰囲気をしている男が三人よりも早く立ち上がってお礼を言ってきた。
僕はその男に横目で視線を向けると、困惑したような表情を浮かべた。
「れ、レイラ? ど、どうしたんだい?」
「……あなた、何か怒らせることでもしましたか?」
困惑した表情を浮かべている男に、生真面目という言葉がとても似合いそうな茶髪の男が言葉を投げかけた。
「い、いや……、何もしていないはずだけど……」
「しかし、それだとあんな人が違うような冷たい表情を浮かべるはずがありませんよ」
どうやらいつものレイラがしている表情と、いつもの僕の表情が違っているから困惑している様子だった。別に僕は彼らを騙して何かをするつもりはないからバレても問題はないが、それでも一発で気が付かないのはどうかと思う。
「あなたは、誰ですか?」
そう思っていたが、どうやらレイラのことを良く知っている人物はここにもいたようで、檻の中からレイラに逃げてと言っていた彼女がそうだった。
でも僕は答えずに彼女の方を見る。彼女は僕のことをジッと見つめてくる。だが、その見つめ合いは長くは続かずに崩壊した建物から爆発音が聞こえてきた。そしてその爆発で瓦礫がこちらに飛んできたがそれは僕の前ですべてが止まった。
そして崩壊した建物から紫色の魔族が飛び上がり、その大きな翼を羽ばたかせてこちらに大きな角を向けてから僕に突っ込んできた。
「芸がない」
だがさっきと同じように僕の前で止まり、衝突で辺りに衝撃が走ったが僕の元にたどり着くことはない。それでも諦めずに僕にその角を突き刺そうとしているが、一向にそれ以上進めていない。
「……終わらせるか」
この体だからこの魔族と実力差が埋まるかと思ったけど、どうも僕が強すぎるようでつまらなさすぎて暇つぶしにもならない。だから早々に終わらせることにした。
「邪魔だ」
僕が今もなお角を突き刺そうとしている紫色の魔族に親指で押さえていた中指を弾き、紫色の魔族をふき飛ばした。そして一歩ずつふき飛ばした紫色の魔族に近づいて行く。
「どういった死に方がしたい? 一思いに心臓を一突きか? それとも手や足を少しずつ切り刻んでいく苦しい死に方か? 僕はどちらでもいいぞ?」
「ぐぅ……ぐがぁぁぁぁ! 図に、乗るなぁぁぁァッ!」
急に叫び出したかと思えば、紫色の魔族の魔力が膨れ上がった。どうやら怒りか何かの感情で力が膨れ上がるようだが、力の振れ幅はそれほど大きくない。せいぜい五倍がいいところか。
「お前、楽な死に方はできないぞ? お前は手足をちぎって俺さまの性処理の道具にしてやるよぉっ!」
「お前は口が多いな。周りから自分が弱く見えているって分からないのか?」
「ぶっころっす!」
さっきよりも速く僕の横から角を突き出した突撃を仕掛けてこようとするけれど、体を少しずらして僕は紙一重で避ける。すかさず何度も仕掛けてくるが、それをすべて紙一重で避けていく。
「くひひひひひっ! 避けるだけで精一杯かぁ⁉」
「自身の体を確認することだ、どれだけおめでたい頭をしているんだ」
僕の言葉で手で頭を触れた紫色の魔族はあるべきものがないことに気が付いた。そしてそれは僕の手の中にあった。
「お、俺さまのいかす角がぁぁぁぁぁっ!」
紫色の魔族の頭にある大きな二本の角は根元から斬り取られており、その角は僕が角の先端を持つことで片手で持つことができていた。そして一本は地面に落としてもう一本は切り口の方を持つ。
「お前の自慢の角とお前の体、どちらが強いか確かめてやろう」
うろたえている紫色の魔族に一瞬で近づき、僕の姿を確認して攻撃してこようとする魔族よりも先にその胸に角を突き刺した。あまり力を入れずに刺さったあたり、角の方が強かったらしい。
「お、お、おれさまの、俺さまの、角が……、くひっ、くひひひひひぃっ!」
「頭がおかしくなったか?」
己の角を突き刺されて血が出ているにもかかわらず、紫色の魔族は恍惚とした顔をして笑い始めた。一瞬だけ驚いたけど、こいつが変態だということに気が付いた。
「俺さまの、俺さまの角に刺されて死ぬなんてぇ……最高だぁぁァッ!」
「そんなに気持ちよく死なれると夢見が悪いな。僕を呼び出した褒美だ、ありがたく受け取れ」
恍惚とした笑みを浮かべている紫色の魔族であったが、僕が両手を合わせて魔力を辺りに張り巡らせたことで笑みが中途半端になっている。
「インバージョン」
その言葉で僕と紫色の魔族の周りの空間は異質に歪み始め、重い空気が流れ始める。そして少しだけ笑みを浮かべていた紫色の魔族であるが、段々と苦痛の表情を浮かべ始めた。
「いたい……、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!」
先ほどで恍惚とした笑みを浮かべていたのにもかかわらず、紫色の魔族は胸に突き刺さっている角を抜こうとするが上手く抜けず、ついには倒れ込んでもがいている。
そして紫色の魔族は恍惚とした表情ではなく、目をむき出しにして泡をふきながら苦痛の表情を浮かべて息絶えた。
「……これは、いやこの体のせいか」
僕の全盛期と比べればかなり力が落ちていた。だけどそれはこの体のせいであるから、僕が弱くなったわけではない。そもそも僕は死んでいるから実力が落ちているとか、あり得ないはずだ。
「さてと……」
歴代の勇者たちが望む結果になってしまって良いように使われてしまったことに少し腹が立ちながらも、僕は振り返った。そこには僕が助けた三人が僕に敵意を向けていた。