五代目勇者の説得。
窓から見える城の光景を見た時、かなり大きい城だと認識しながら僕はアシュレイに手を引かれて城の中央に向かっているようであった。
窓の外から見える空は雲一つない青空だった。僕が知っている城よりも遥かに巨大な城の先には城下町が広がっていることから、深層意識が作り上げた世界はかなりの広さであると理解できた。
でも、それは世界だけなのか、それとも深層意識が人物も作り出すのかは分からない。人物を作り出さないのなら、三十五人、いや今は十人か。まぁ元々いた僕を除いた三十四人がこの無駄に広い世界に存在していたということになる。かくれんぼしても見つけるのに時間がかかるな。
物珍しい視線を色々な場所に向けながら僕はアシュレイと城の中央にまで来た。そして目の前にはこの建物の主役がいるであろう部屋に続く大きな扉があった。
「ここにあなたを待っている人がいるわよ」
「どうして連れていかれているのかと思ったけど、そういうことか」
「えぇ、そうよ。本当は四人全員と会ってもらおうとしたけど、今は少し取り込み中だから一人と会ってもらうわ」
「待て、僕は別に誰かと会うなんて言っていない。流れで付いて行く流れになっていたけど、そういうことなら御免だ」
僕はアシュレイの手を振りほどいてアシュレイから少し距離を取る。僕の行動に、アシュレイは困ったような表情をした。
「流れで上手く行くと思っていたけれど、上手く行かない物ね」
「残念だったな。何も言わなければ上手く行っていたがな」
「そんなことしないわよ。だって、そうしたらあなたに嫌われるでしょう?」
「気にしなくて良い。元々僕は僕以外の人間が嫌いだからな」
「嘘ばっかり。あなた以上に人間を愛している勇者はいないわよ」
「それこそくだらない妄言だ。僕を知っているというのはうそだったのか?」
「そんなことないわ。それはあなたが一番分かっているのではないのかしら?」
このアシュレイの見通していて、慈愛に満ちた視線が気に食わない。僕以外が僕を語ることなんて癪にしか触らない。
「フン、僕は行く」
「悪いけど、私たちは切羽詰まっているの。そうはさせないわ」
他の場所に移動しようとする僕に、アシュレイは手を開いて突き出した。すると手のひらには光が集まり始め、光は剣の形を成した。柄は青色で刀身が翠色の剣、デュランダルが現れた。
「力づくというわけか?」
「そうよ。悪く思わないでね」
まさか僕を力づくで従わせようとは思わなかった。でもそれならそれで分かりやすい。僕も僕で見よう見まねでデュランダルを出そうと手のひらに意識を集中させる。
「……うーむ」
「どうしたの? 私と同じようにデュランダルを出さないの?」
アシュレイが自慢げにそう言ってくることに少しばかりイラっとしながらも、意識を集中させてもデュランダルはおろか、光すら出なかった。
「まぁ良い。素手で十分だ」
「なめられたものね、私は勇者なのよ?」
「なめてはいない。正当な評価だ」
「確かに私はまだ舐められていないわ。これに勝ったら私のおまたでも舐めてもらうわ」
「お前は一々それを言わないと気が済まないのか?」
そう言ったアシュレイはデュランダルを構えて僕と距離を詰めてきた。僕は何も構えないままアシュレイを待ち受け、迫りくるデュランダルを手のひらで受け止めた。
素手で受け止めても良かったが、念には念を入れて手のひらの一部に魔力を溜めて止めたところどうということはなかった。
「はっ!」
アシュレイはすぐに次の動作に移り、まるで踊っているかのように剣を振るって攻撃してくる。さすがは勇者と言ったところか。
でもそれだけでは僕には敵わない。僕はその連撃をすべて手のひらで正確に受け止めていく。受け止めているところにしか魔力は流していないから、魔力の消費は最小になっている。この世界で魔力や体力の限界があるかどうかは分からないが。
十秒の内で百を超えそうな斬撃を繰り出したアシュレイは、後ろへと飛んで距離を取った。
「やっぱり、ノアには敵わないわね」
「あんたも勇者と言うだけあって実力はあるようだけど、それでも僕には敵わない」
「最初から分かっていたことよ」
「何だ、負け惜しみか?」
「あなたがそう思いたいのならそれで良いわよ」
「そうかよ。それで? この次はどうするつもりだ?」
僕としてはこれでアシュレイが逃がしてくれれば最高だ。でもそうしてくれないのだなと雰囲気で感じ取ることができる。
「次は……、そうね、泣きついてみましょうか」
「やめろ。あんたにはプライドというものはないのか?」
「今はそう言っていられないのよ。全裸になって靴を舐めるくらいはしてみせるわ。だから力を貸してほしいの」
「誰かと会わせるためにここに来たんじゃないのか?」
「それもあるわ。でも、それ以上に力を貸してほしいことがあるのよ」
これは本当みたいだけど、力を貸してほしい件はどうせあの三十六代目の勇者だろう。今のままでは僕が三十六代目に力を貸すことは絶対にない。
「断る。どうされても、僕は力を貸すつもりはない」
僕が頑なに力を貸さないと言ったから、アシュレイは目と閉じて何かを考えてから目を開けて僕の方を向いた。
「……それじゃあ、取引よ」
「取引?」
「そう。私はこれ以降あなたに何かを強要したり迫ったりしないわ。だから今回だけあの子を助けてあげて」
その取引内容を聞いて、僕は眉をひそめた。別に僕はアシュレイに強要されても断るだけだし、迫ってもあの空間から出てきた今は逃げることもできるからその取引は意味がない。
でもあの小娘が気に食わないだけで、それで死んでほしいと思っているわけではない。僕が死んでほしいと思っているのなら、手伝っている中で途中で力を貸さなければおそらく殺すことはできる。
「……状況を聞こう」
「ありがとう!」
「でも勘違いするな。力を貸すわけではないからな」
「それで十分よ、ありがとう」
僕の言葉に満面の笑みを浮かべたアシュレイに視線を外した。僕としても外の状況がどうなっているのかは知りたいと思っているが、それ以上に今の世界が気になった。そういう建前で動くことにする。
「早速入りましょうか」
「あぁ」
アシュレイに再び手を引かれて僕は大きな扉の前に近づいた。大きな扉は僕たちが近づくとゆっくりと開いて中が見えるようになった。
扉の先には扉から真っすぐ伸びている赤いカーペットがひかれており、その両端には立派な椅子が並んでいる。そして赤いカーペットの先には両端の椅子とは比較にならないくらいにふんだんに宝石が使われている玉座があった。
「ようこそ、勇者の間へ」
そしてこちら側から見て左側の椅子に足を組んで胸を強調するかのように腕を組んで座っている、長い黒髪を後頭部の高い位置で結んでいる精悍な顔つきの女性がこちらを見てそう言ってきた。
「お前の席は、私の左二つ隣の席だ」
椅子に座っている女性はそう言って左の方を視線で示してくる。それを聞いて考えると、玉座以外の並んでいる椅子は全部で三十五脚ある。
そして女性が示した席は玉座から数えて六番目になることから、玉座に一番近い席の左側から一番目でその右側が二番目と考えれば、ちょうど示した席が十一番目になる。つまりは玉座が今代の勇者で、その前にあるのが歴代の勇者というわけか。
「どうした? 座らないのか?」
「……座って話すつもりはない。状況を聞きに来ただけだ」
僕の言葉に座っている女性は怪訝そうな表情をして僕の隣にいるアシュレイに顔を向けた。
「状況を聞いてくれるところまでは来たのだけど、まだダメみたい」
「……そうか。いや、仕方がないことだ」
アシュレイの座っている女性は何か深く言葉を交わさなくても分かっている風な雰囲気を出している。ていうかこいつも僕のことを分かっている風な口か。見たところ席の順番的に十五代目勇者だと考える。
「初めまして、十一代目勇者ノア。私は十五代目勇者のジェシカだ。よろしく頼む」
十五代目勇者は立ち上がって僕の前に立って手を差し出してきた。当然握手なんかするつもりはないしよろしくするつもりはない。
「早く手を引け。鬱陶しい」
「貴様は挨拶もまともにできないのか?」
「あぁ、僕は挨拶もまともにできないんだ。これで満足か?」
すると十五代目勇者のジェシカは怖い顔をしてから僕の手を取ろうとした。だけど僕はそれをかわして手をつかませないようにする。
僕とジェシカの握手するかしないかの攻防が繰り広げられるが、一向にジェシカは僕の手を触れるどころかかすりもしていない。
「はいはい、時間がないからそこら辺でやめておきなさい」
アシュレイの言葉で不服そうなジェシカが僕の手を取ろうとするのをやめたことで僕は手をおろした。そしてジェシカはどかっと椅子に座った。
「で? どういう状況なんだ?」
「上を見ろ」
アシュレイにした質問であったけどジェシカの不機嫌そうな声音で上を向いた。上には天井ではなく、代わりに宇宙のような真黒な空間が広がっていた。
そして真黒な空間は段々と黒ではなく何かの光景に変わっていく。そこには今代の勇者であるレイラがデュランダルを地面に突き立てて膝をついて苦しそうな表情をしている姿が見えた。
レイラの正面には禍々しいオーラを纏い頭部の大きな二本の角に大きな翼、そして紫色の肌をした人型の化け物が今にもレイラに襲い掛かってきそうであるけど、一向に襲い掛からない。
「……いや、加速しているのか、こちらが」
「正解だ。この世界では現実世界と同じく時間が経過する。だが、こちらの進む時間を操ることであちらの世界があたかも止まっているように見える。ただ止まってはいないがな」
「……なるほど、それで焦っているし、僕を呼んできたわけか」
「そうよ。あの化け物を倒すことは、私やジェシカ、他の歴代の勇者三人にレイラの力が加わっても不可能と判断したわ。だからこそ、あなたに力を貸してほしいの」
見たところ、確かにレイラ単体ではあの紫色の魔族には勝つことができない。それでいて、アシュレイとジェシカ含める歴代勇者五人で勝てないのなら、底が知れている。
あんな雑魚に勝てないと言っているのだから、同じ勇者としても僕と彼女らとでは格が違うらしい。僕なら瞬殺できるところではあるが……。
「ふっ」
「どこに行くの?」
「戻る。あれに勝てないのなら今代の勇者は諦めることだ」
そう言って僕は振り返って出口の方に歩き始める。
「待て」
その二文字ではあるが、とてつもなく圧を含んだ言葉に僕は止まって言葉の主の方を見る。その言葉を発したジェシカは、今にも人を殺しそうな雰囲気を纏っていた。
「何だ?」
「理由を、聞こうか」
「理由? そんなもの言わなくても分かるはずだ」
「それを分からないから聞いている。それに分かりたくもないからな」
「それなら聞かなければいいのに。……あれに勝てないくらいなら、もう今のうちに諦めさせる方が彼女のためだろう。まさかあれが魔王だとは言わないだろう?」
「……えぇ、そうよ。相手は四天王の一人よ」
「それなら諦めさせた方がこれから訪れる絶望に立ち向かわせるよりかは優しいだろ」
まだ五代目勇者と十五代目勇者と三十六代目勇者しか見ていないから他の勇者がどれくらいのレベルかどれくらいの平均値なのかを理解していない。でもたかが知れている。
これから苦しんで、みんなのために戦ってボロボロになっていくのが幸せなのか、それともここでいっそのこと死んだ方が幸せなのか。僕は後者にしか思えない。
それでもこいつらはレイラに戦わせようと、レイラも戦おうとしている。苦しそうな表情をしているけど目は死んでいない。果たして彼女が最後まで戦うことができるか、分かりはしない。
「彼女がここに来れば、よく頑張ったという言葉でも投げかけてあげれば良いんじゃないの――」
僕がそう言い終える前に凄まじい速度で強い拳が僕の頬に突き刺さった。僕は吹き飛ばれることはなく、拳が突き刺さった状態で殴ってきた張本人を見る。
張本人であるジェシカは、さっきと変わらない雰囲気を纏い僕を殺す気でいることが分かった。どうしてこんなにもムキになるのかが分からない。
「ねぇ、ノア。あなたの言い分は分かったわ。でも、私たちは聖剣の中で彼女が聖剣を取ってからの生き方を見ていて、彼女がどんな思いで勇者をしているのか、彼女がどれほどの覚悟で勇者をしているのか、そして彼女に託していいと消えていった勇者たちの気持ちがわかるくらいに彼女に惚れているの。もちろん、ここで次の世代の勇者を見ていると、ほとんどの歴代の勇者たちが今代の勇者に惚れているわ」
それだと僕のことも惚れていると言っているようなものだが、それはないだろうな。僕に惚れる要素などどこにもない。
「あなたも彼女のことを知ればきっと彼女を気にいるはずよ」
「それはない」
「それは分からないじゃない。今度話し合いましょう。でも、彼女の人生を、勇者としての彼女をここで終わらせたくないのよ。終わらせれば、後で気に入ってしまっても彼女の人生をもう見ることができないわ。だから助けてあげてほしいの」
本当に、アシュレイはレイラにべた惚れしているらしい。そしてジェシカも同じことが言えるのだろう。だからこそこんなに怒って殴ってきている。
……本当に、僕とは違う生き方だ。羨ましくはないけど、それでも眩しくはある。
「……すぅぅぅぅぅ……、一度だけだ」
「本当に⁉」
「だが、これ以降僕を必要とする時があれば、それ相応のことをさせてもらう」
「えぇ、それで十分よ」
「アシュレイさん⁉ そんなことを言っても良いのですか?」
「ここで死ぬよりかはマシよ。それに彼は優しいから」
数分の間考えてからたった一度だけ助けることにした。これはアシュレイの粘りによる勝利だ。頭の片隅に少しの痛みを感じながら、僕は意識を上に集中させた。