五代目勇者。
「やっぱりこうやってするのはつまらないな」
格好つけながらジッと見続けて誰か来るのを待とうとした僕であるけど、さすがにずっとこの姿勢でいるのは飽きが来る。
疲れはしないけど、それでも精神があって感情の起伏がある以上飽きというのは感じてしまう。だからここに来た二人のことを考える。
二人はかなりの美人であったからきっと僕とは違いモテていたのに違いない。でも勇者という時点で僕であったら避けているところだ。
五代目勇者のアシュレイは、僕のことを知っている風な口調、というか僕のことを知っているから気に食わない。でも、現実をちゃんと見ている感じがしてそこは好感が持てる。
一方の三十六代目勇者のレイラは、年相応に青臭さがあってその青臭さが勇者として一見すれば相応しいと思えるが、一人の女の子として彼女を見るのならその青臭さはとてもじゃないが相応しくないと思える。
勇者なんて、大勢の人間が期待という名の生贄を差し出しているに過ぎない。本当なら恋をして、女の子らしい生き方ができるはずの少女を戦いに向かわせているのだから正気ではない。
自分たちの体たらくを棚の上にあげて、彼女に押し付ける行為を僕は許せれない。それが三十四回繰り返されているのなら、僕があの時人間と魔族を絶滅させていてた方が良かったのではないかと思ってしまう。
でも今の僕がそんなことを考えても仕方がない。
僕がレイラに力を貸すことはできる。そして絶対に魔族に勝つことはできる。でも僕と彼女とでは非情さが違い過ぎる可能性が出てくる。
彼女では魔族を徹底的に殺すことができないように感じる。見た目には寄らないと言うから僕と同じ非情さを持っていれば話は別だが、そうだとは考えにくい。
会話してみて感じたレイラへの印象は、勇者らしく勇者に相応しくない女の子で、人を思いやれる優しい女の子だと思っている。
僕は生前歴代の勇者に興味がなかったから歴代の勇者がどういう風に言われていたのか詳しくは知らないけど、初代から十代までの勇者がどういうものかだけは一般常識程度には知っている。
十人の勇者はすべてが女性で、初代勇者ソフィアが作り出したとされる聖剣、または伝説の剣であるデュランダルで攻め込んだ魔族に立ち向かって見事に勝利したとされたことから、その剣を使える者を勇者とした。
初代が息絶え、再び魔族が攻め込んでくるタイミングで二代目勇者のジャネットがデュランダルの担い手として選ばれたことで勇者と魔族の因果関係が深く刻まれることになる。
初代は例外であるが、二代目から十代目まではデュランダルの担い手として認められれば国の命令で戦いに身を投じることが強いられたらしく、自由に生きることができない。十二代目からは知らないけど。
そして魔族が攻め込んでくるタイミングは様々で、三十年や一年など周期は違ってくるが、攻め込んで来れば新しい勇者が選ばれることになっている。どうしてそうなっているのかは知らないけど。
今がどうなっているのかは分からないけれど、そう考えればとてもじゃないが勇者として選ばれることが光栄だとは思えない。
不幸と言えるのに、レイラはそれを不幸だと思っていない顔だ。レイラがそう思えるのならそれで良いが、青臭さがなくなってそれを維持できればいいが……。
「……来たか」
ボーっと扉の方を見ながら考えていると、ドアノブが回っているのが見えた。思わずそう呟いてしまったが、気を取り直して入ってくる人物を見る。
「こんにちは、ノア」
「あんたか、アシュレイ」
入ってきたのは五代目勇者のアシュレイだった。でも何となくアシュレイが来ることは分かっていた。
「何の用だ?」
「あなた、いつまでここにいるつもり? 外に出ないの?」
「必要ない。外に出ようが外に出まいが、僕のやることは変わらないからな」
「そんなことないわ。ここから出れば少なくともここよりかは退屈しないと思うわよ?」
「それはあんたが決めることじゃない、僕が決めることだ」
「それなら出れば良いじゃない」
「二度は、言わない」
僕とアシュレイの会話は平行線のままだ。これ以上話してもとてもじゃないが時間の無駄だ。でも僕は折れるつもりもなく、アシュレイも折れるつもりはないらしい。
「あなたはここから出たことがないから分からないでしょうけれど、外では今代の勇者、レイラの心象風景が具現化されているから楽しいわよ?」
「それならあんたもそこに行っていれば良い。僕はここで十分だ」
「あなただってあの子のことが気になるんじゃないの?」
「バカを言うな。あんな小娘に何の価値がある? 僕は興味がないな」
「嘘ばっかり。あの子のことを考えていたでしょう、あなた」
「それはここでは他に刺激がないからそれを考えるのは当たり前だ。どれだけ興味がなくてもそれしか考えることが無かったらそれを考える」
「興味がないのなら、何も考えないと思うわよ?」
「それはあんたが決めることではない、僕が決めることだ」
さすがにもうこんなに会話するのは疲れる。もちろん肉体的にという意味ではなく精神的にという意味だ。でもアシュレイがここまで引き下がらないのは何か理由があるのだろう。
「用がそれだけならもう出ていけ。僕は忙しいんだ」
「面白いことを言うのね。この場所で忙しくする要素なんてないじゃない」
「男には色々とあるんだ」
「もしかしてムラムラしているの?」
「この世界でそんなわけがないだろ。そもそもそんなことを堂々と言うな」
「良いじゃない。ここには私とあなたしかいないのだから」
「とにかく、僕はもう会話する気はない。出ていけ」
「そう言わなくても良いじゃない。勇者のよしみで少しお話しない?」
僕はここからどこかに移動することができないから、アシュレイがどこかに行かないとどうすることもできない。だから僕が折れる状況を作り出されている。
「……フンッ」
でもそんな状況を作り出されて気分を害さない人間はいない。僕も例に漏れずに気分を害されている。だから僕は足を組んで腕を組み、目を閉じて寝たふりを始めた。
実際に寝ることはできないけど、お前とこれ以上会話はしたくないと意思表示はできる。僕はアシュレイから何かを問いかけられても何も答えない。
「ふぅーん、そういうことをするのね。子供じみた真似を」
アシュレイは僕の行動に小馬鹿にしたような、どこか慈愛に満ちた声音を含んだ言葉を放ち、静寂の中で聞こえる足音から一歩ずつ近づいてくるのが分かる。
「ねぇ、ノア? ここは私たち二人しかいない。それはどういうことか分かるわよね?」
僕の背後に回り込んでそう言い放つアシュレイに僕は沈黙を貫いているが、次の瞬間アシュレイは僕の背中から抱き着いてきた! しかもアシュレイの剣を振る時に必ず邪魔になるであろうおでかいお胸が僕の頭に当たって後頭部に幸せが巻き起こっている!
「……何をしている?」
僕はアシュレイの行動に平静を保ちながら答えるが、微妙に平静を保っていない気がする。でも仕方がないことだ、こういうまともな経験はしたことがない。
「何って、ナニをするつもりよ?」
「ふざけたことを言うな。ここではそういうことはできないだろ」
「いつからそう思っていたの? ここは絶妙に現実が混じった精神の世界、元の人間の機能を行使できない道理はないわ」
そう言ってアシュレイは人差し指を僕の下半身の方をさしたから思わずそちらを向くと、そこには股間にテントが張られているではないか。
「……どういうことだ? できるのならとっくに僕は寝れていたはずだ」
「あなた、もしかしなくてもずっと起きていたの?」
「そうだが?」
「……呆れた。この何もない空間でずっと起きていたなんて、異常なことよ」
「いや、でもそうだとしても、それができていれば僕は眠れていたはずだ。寝ようとしていたわけだからな」
「たぶん、ノアはこの状態だと眠らないし人間の頃にできていたことができないと心の奥底で思っていたのだと思うわ」
盲点だった。まさかここまで苦しめていた原因が僕の中にあったとは思わなかった。そしてそれに気が付いた瞬間が最悪だったのは言うまでもない。
「……教えてくれてどうも」
一応親切に教えてもらったからお礼は言っておく。これくらいのことなら自分で見つけれるはずだったのにと後悔は残っているけど。
「いいえ、こんなことでお礼を言われる筋合いはないわ。それよりも続きをしましょうか」
「その聖剣は誰にも触れさせる予定はないんでな」
アシュレイが僕の臨戦態勢の聖剣に触れようとしたが、その前に僕がアシュレイの手首をつかんでそれを阻止する。さすがに誰かも分からない勇者にこの聖剣の主導権は渡せない。
「良いじゃない。これでも『絶技の勇者』って言われるくらいには聖剣を扱うのは得意よ?」
「悪いな、僕の聖剣はビッチには触らせないんだ」
「失礼しちゃうわね、私はビッチじゃないわよ」
「人は自分が悪魔だと思いたくないように、自分をビッチだとは思いたくないんだろう」
「そう言っていられるのは今の内よ?」
非常に下品な会話を繰り広げられ、アシュレイの腕の力が強くなっていく。僕は負けじと力を強めていき、背後にいるアシュレイに波状魔力を飛ばしたことでアシュレイは下がった。
「危ないじゃない。そんなに恥ずかしがらなくても良いのに」
「聖剣は選ばれた者にしか扱えない。少なくともお前じゃないな」
「大丈夫よ、すぐに認めさせてあげるから」
このノリは僕がこの空間にいる間ずっとやり続けるのだろうなと感じた。冗談で言っているのだと思いたいが、彼女の目と声音は本気だと言っている。
「降参だ。外に出てやるから近づくのをやめろ」
「あら、別に外に出なくてもいいのよ? 私が手取り足取り教えて骨抜きにしてあげるから。そっちの方が私的に良いから」
「……ビッチが」
「そんなに構ってほしいのね。それならそうと言ってくれればいいのに。素直じゃないわね」
「近づくなと言っている」
アシュレイがこんなに下品キャラだとは思わなかった。とても色気が出て以前の僕ならころっと行っていたが、今の僕には何ら通じない。
長い? 引きこもり生活を終え、僕は扉に近づいてドアノブに手をかける。アシュレイは自然に僕の隣に立っている。そしてドアノブを回して扉を手前に引いて外の光景をチラリと見ようとする。
「ほらほら、早く行きましょう」
「おい」
だけどアシュレイに手を引かれて外の光景を見る暇もなく空間の外に出された。目の前にはかなり内装が豪華な場所が広がっている。床には高そうな赤い絨毯、天井にはシャンデリア、出た正面には誰だか分からない男が移っているデカい肖像画など、お城と判断しても間違いないと思った。
「ここは……?」
「ここはレイラの深層意識が作り上げた世界。彼女らしいと言えば彼女らしい世界ね」
「……とんでもないない、こんな場所を深層意識として持っているとは」
「どの人もあなたよりはマシよ」
アシュレイの言葉に引っかかりながらも僕はアシュレイに手を引かれて廊下を歩いて行く。でも、雰囲気で感じたことではあるが、アシュレイはどこか焦っているような感じがしてならない。
ただまた何か言えば話が進まないと思い黙ってアシュレイに手を引かれるまま足を進める。