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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

腹違いの姉の婚約者を奪ってやりたいのに、王子様より姉の方がハイスペックで困るんですけど!!

 あたしの名前はキャサリン。

 ゴートウォール公爵家の次女。実は、この間まで庶民として暮らしてたんだけど、公爵家の奥方さまが病気で亡くなったとかで、お母さまと一緒に私生児のあたしともども公爵家に召し入れられることになったの。

 え、これってすごいラッキーじゃない? あたしってば、顔とスタイルだけじゃなくて、運も良かったのね! さすがあたし!


 立派な馬車に乗せられて、公爵家に送られる間、あたしはこれからの未来についてあれこれと夢を描いていた。なんてったって、貴族社会に入っていくのよ。せっかくこんな幸運を掴んだんだから、それを思いっきり活かして、地位も金も顔もいい殿方をたくさん捕まえたいものだわ。

 ルンルンしている私に対して、お母さまは疲れた表情だ。今までお針子として働き、必死で身を立ててきたのに、急に貴族入りとか言われて、いろいろストレスが溜まってるみたい。そんな風にお母さまはいつも苦労人気質なのだ。お母さまは美人だけど、運がなくて、付き合う男という男みんなクズだったんだって。それ、お母さまの見る目がないだけじゃないの? とも思うけど、最終的には、こうして公爵さまが拾い上げてくれたんだから、結果オーライよね。


 とにかくあたしは、こんなに可愛くあたしを産んでくれた上、苦労してここまで育ててくれたお母さまに感謝している。その恩に報いるためにも、社交界ではもうバッチバチキラッキラに輝いて、素敵な王子さまに白馬に乗って迎えに来てもらうんだから!


 馬車が止まって、見たこともないような豪邸の門をくぐった。分厚い扉を召使いたちが二人がかりで開けて、中に案内してくれた。こうして丁寧に接してもらえるだけでも、あたしは貴族の仲間入りをしたんだと実感して、得意な気持ちになる。

 広間には公爵さまが待っていて、笑顔であたしたちを迎えてくれた。


「おお! 会いたかったぞ、レイチェル!」


 公爵さまはまず、お母さまのもとへすっ飛んできて、抱きしめた。あたしはお母さまが愛されていて嬉しかったが、お母さまはさらに疲れ切った顔になって、無理に微笑んでいるようだった。公爵さまは、次にあたしに目をとめて、


「きみがキャサリンか。その金髪の豊かなブロンドは母親譲り、その碧い目は私譲りかな。きみのお母さんをうちに迎えたいとずっと思っていたんだが、遅くなってすまなかった。噂の通り本当に可愛い子だ」


 そう言って頭を撫でてくれるので、気分がいい。よく考えたら、お母さまを迎え入れたいとずっと思ってたってことは、本妻の奥方さまが死ぬのをずっと待ってたってこと? ってちょっと思ったけど、まあ、そんなことはどうでもいい。あたしにとって、人を評価する上で大事なのは、あたしを存分に可愛がってくれるかどうかだけだもの。この公爵さまの評価は「とてもいい人」で決まった。


「はい、お父さま! あたし、お父さまの一人娘として恥じない振る舞いをするよう、がんばります!」

「え、あ、いや……。実は、私には既に娘がひとりいるんだ。きみとは腹違いの姉になる」


 あら、そうなの。亡くなった奥方さまの子どもかしら。あたしは姉妹がいると知っても、なんとも思わなかった。あたしは自分以外の女子に興味がない。姉なんてどうせ、あたしに比べれば顔もよくないし、モテないに決まってる。

 公爵さまは、ちょっと困ったような顔をして、きょろきょろと周りを見渡し、召使いに聞いた。


「おい! シャーロットはどこにいる! また遠出してドラゴン退治などしてないだろうな!」

「いえ、お嬢様はすぐに帰るとおっしゃっていましたので、きっと間もなく……。あっ、いらっしゃいましたよ! シャーロットお嬢様、こちらです!」


 はあ? 今ドラゴン退治とか言ってなかった? 空耳?

 混乱するあたしの前に、開け放たれた玄関の扉から姉が入ってくる……かと思いきや、扉の上の大きな窓をぶち破って、ガラス片をまき散らしながら登場した人影に、あたしとお母さまは「ぎゃー!」と悲鳴を上げた。

 人影は、仕立てのいい狩猟服を血塗れにして、弓を肩にかつぎ、片手に何かの動物の死体を抱えていた。結わえた髪はあたしとはまったく違って、さらさらと流れる黒髪。頭を上げた彼女の瞳は、あたしと同じ碧眼だった。その目であたしのことを見つけると、彼女はぱあっと明るい顔をした。


「あなたが私の妹?!」


 そして、ずだずだとすごい勢いで近付いてきたので、あたしはのけぞってしまった。彼女はあたしと握手をしようとして、自分の手が獣の血で汚れていることに気付くと、あわあわと服で拭いてから、ぐいっと手をつきだしてきた。

 にこー! と屈託のない笑顔で、彼女は名乗る。


「私、シャーロット・ゴートウォール。あなたのお姉さんだよ! どうぞ遠慮せず、シャーロットお姉様って呼んでね!」

「ど、どうも……。よろしくお願いします、お姉さま……?」

「うふふふ……! 私がお姉様だって……お姉様……! 私に妹ができた……!」


 なんだかやたらと舞い上がっている彼女……シャーロットに、公爵さまは頭を抱えて叫んだ。


「シャーロット! 窓を割ってダイナミックおかえりなさいをするのはやめろと言っているだろう!」

「あ、ごめんお父さん、私が片付けておくね! あとこれ、新しい家族が増えたお祝いに!」


 シャーロットは片手に握っていた巨大な動物を、得意げに高々と掲げた。


「これ! 裏山の主だった大コカトリス! テオに丸焼きにしてもらうんだー!」

「お嬢様、おれにはまだコカトリス丸ごと一頭の調理は荷が重いです」


 召使いのひとりとして立っていた、私と同い年くらいの男の子が頬を掻いて苦笑した。他のメイドや召使いたちも、ほほえましそうにシャーロットのはしゃいだ様子を見ている。娘の行動に途方に暮れている公爵さまのことを慰める人は誰もいない。

 えっ、何もかも意味が分からない。令嬢が裏山の主を血塗れになりながら獲ってくるのが貴族社会では日常の光景なわけ……?


 ――そんな感じで、あたしの記念すべき貴族入り第一日目は、コカトリスの丸焼きが意外と美味しかったという思い出で終わった。




 シャーロット・ゴートウォールは、本当にあたしをいらいらさせる姉だった。


 なんでも、母親である奥方さまが亡くなってから落ち込んでいたけど、家族が増えることになって元気を取り戻したとかで、あたしのことをやたらに構うのだ。

 あたしは、貴族になったんだから、きれいなドレスとか大きな宝石とか素敵なものをたくさん見たいのに、姉は毎日どこかへ狩りに出かけては、とれた獲物を大喜びであたしに見せてくる。


「キャサリンちゃん! 立派な熊が獲れたから、毛皮でじゅうたんを作ってあげるね!」

「キャサリン! おやつにリスはどう? え、リスって食べられるんだよ? 美味しいんだから!」

「キャシー! 今日は海まで遠出してクラーケン獲ってきたの! テオに調理してもらいましょうよ!」


 普通のノリで小動物や怪物を食べさせないでくれる? あんたみたいな野生児とは違うんだけど。

 しかもさらっとあたしのこと愛称で呼んでるし。あたしのことをそう呼んでいいのはお母さまだけだわ。でも、あんまりご機嫌で「キャシー、キャシー」って呼んでくるから、訂正するのも馬鹿らしかった。

 あと、獲物を食べさせられることについては、シャーロット専属の執事見習いであるテオの料理が本当に美味しいので、なんかちょっと腹が立った。なんで旨いのよ、クラーケン。


 新しく公爵家入りしたということで、いろいろな家のお茶会に顔見せに行く時も、なぜかシャーロットがいつもついてくる。来るなと言ってもついてくる。


「お姉さま! あたし、お茶会くらいひとりで出れます!」

「ちょっとくらい許してよー、私だって新しい妹のことを自慢したいんだもん! あ、キャシー、紅茶飲む時にはソーサーも一緒に胸の位置まで持ち上げた方がいいよ」

「わ、分かってるわよ!」


 別にシャーロットの言葉を真に受けたわけじゃないけど、なんとなく言われた通りにしてみたら、それまであたしが庶民出身なことを馬鹿にした感じだったお茶会主催者の夫人が、「あら、キャサリン嬢はちゃんとテーブルマナーを身に付けているのね」と見直した風に言った。

 ……ふん! 助けられたなんて思ってないし! これはあたしの機転がすごかったんだし!


 こんなうっとうしい性格をしているくせに、シャーロットは家の召使いたちや領地の住民からやけに慕われている。

 興味ないって言ってるのに、あたしを領地のあちこちに連れまわしては「私たちの生活はこの人たちが支えてくれてるんだよ~」とか言いながら、声をかけてくる平民たちに手を振り返している。あんな貧乏くさい連中、放っておけばいいのに。まあ、あたしもちょっと前はあいつらの仲間だったんだけど。


 馬車に乗って町を行く時なんてすごくて、通りに立ち並ぶお店の人たちは、シャーロットの姿が見えればすぐさま魚とか野菜とかお菓子とかを「お夕飯にどうぞ!」「これうちの新商品です!」と叫びながらぶん投げてくる。そして、馬車酔いして窓側に座っていたあたしの頭にばしばし当たる。ふざけんな。


「ああ、もういや! シャーロットお姉さま、わざわざこんな薄汚い道、通らなくってもいいでしょ!」

「アラッ、その声はキャサリンちゃんじゃないかい?」


 あたしの叫びを聞いて、外にいた人があたしに手を振った。げっ、たしかあの人は、前に住んでたところのお隣のパン屋のおばさん。他にも平民時代の知り合いが何人かいる。


「今はちゃんとご飯食べられてる? またパンの耳欲しくなったら言いなさいねー! お母様にもよろしくねー!」

「あっはは、キャシーってば大人気だね~」


 ほわほわと笑うシャーロットに対して、あたしの顔は真っ赤っかだった。

 あーもう、それもこれもぜんぶシャーロットのせいよ!


 うんざりしているあたあしと同じく、公爵さまも、シャーロットが変人なせいか、もしくは政略結婚で結ばれた亡き奥方さまの子どもであるせいか、あまりシャーロットのことを娘として気に入っていないようだ。だからもっぱらあたしの方を可愛がってくれる。

 なら、シャーロットの持ち物を横取りしても叱られないんじゃない? と思って、シャーロットの部屋に乗り込んだ。


「お姉さま! あたし手持ちのドレスが少ないから、お姉さまのを分けて欲しいですわ!」

「えー! お下がりってこと? なにそれ姉妹っぽい! いいよ、好きなの持ってって」


 シャーロットがクローゼットを開けると、血塗れのシャツやズボンがずらりと並んでいたので、あたしは飛び上がった。シャーロットは「あれ?」と頭をかいた。


「あ、そっか、昔持ってたドレスとかはだいたい売りに出しちゃって、性能の高い弓矢とか剣とかに変えてたから……動きやすい服の方が好きだし、すごい最低限の地味なドレスしかないや……」

「じゃ、じゃあ、何か宝石とか高価な物とか!」

「高価な物……なんだろ、お母さんの形見のマスケット銃くらいしか……」


 母子揃ってなんなのよ! なんだか涙目になってしまったあたしを、シャーロットは慌てふためいて「あ、私、怪物とか怪獣の毛皮とか肉を売って、けっこう貯金あるから! 欲しいものは買ってあげるし、ね!」となぐさめた。なんか負けた気分……。


 念願の社交界デビューも果たしたのに、シャーロットのせいでムカつくことばっかり。

 そもそも、シャーロットは夜会とかの集まりがあまり好きじゃなくて、めったに顔を出さなかったらしいんだけど、あたしが行くようになってからは、「キャシーが行くなら」とついてくるのだ。

 そうすると、みんなは「あのシャーロット嬢が夜会に出てる!」とざわめいて、あたしが全然目立てない。あたしが豪華なドレスでどんなに着飾っていても、シャーロットは野暮ったい地味なドレスを着ているだけで「いつも狩猟服なのに珍しい!」とちやほやされる。

 なによ、あたしって自分で言うのもあれだけど、公爵家の私生児でスキャンダルの宝庫みたいな存在よ? 普通はあたしの方に注目するもんでしょ!


 それでもあたしの魅力を分かってくれる、頭のいい殿方もたくさんいるから、そういう人たちと夜会の間はお話をしている。でも、シャーロットはそれさえも邪魔してくる。

 男の子がせっかく「君は本当に可愛いね。こっそり二人で中庭の花を見に行かない?」と誘ってくれて、暗くて人気のないベンチまで来ても、にやにやした男の子がなぜかあたしの手を強く握って、「足もすごく綺麗だなあ」とか言いながらドレスのスカートに手をかけた瞬間、背後の茂みからシャーロットが飛び出してくるのだ。


「すとーっぷ! すとっぷ! 不純異性交遊厳禁!」

「う、うわっ、なんだコイツ!」


 どうしてか、男の子はすごく取り乱して、「この野郎!」とシャーロットに殴りかかったりする。でも、その拳が振り下ろされるよりも、シャーロットが懐に入り込んで、相手に掴みかかり背負い投げを決める方が早い。厄介なことに、シャーロットには昔から家の領地のスラム街のギャング集団を取り締まってきたとかで、武術の心得もあるのだ。

 あたしがびっくりして「お姉さま、何してくれてるのよ!」と怒鳴ると、シャーロットは慌てて、


「ご、ごめんキャシー! でも、あの、今なにをされそうになってたか分かってる……?」

「? 足が綺麗って褒めてくれてただけでしょ?」

「あ……うん……やっぱりコイツ殴っておいてよかったあ……」


 変なことを言って、シャーロットはもう一発、男の子のみぞおちに強烈な蹴りを入れた。

 よく分からないけど、きっとあたしがモテてるのに嫉妬したんだわ。なーんだ、シャーロットにもやっかみの感情ってあるのね。ふふん、あたしってば可愛すぎて罪な人間ね!




 しばらくしてあたしは、シャーロットも通っている貴族学院に入ることになった。

 正直、勉強はあんまり好きじゃないんだけど、学校にはたくさんの貴族の子息が集まっているから、それだけが楽しみだった。

 入学して早々、あたしは学校中のイケメンな男の子に近付き、次々にオトして、取り巻きにした。とっても気分が良かったけど、あたしがいわゆる逆ハーレムというのを築いているのが気に入らない人たちもいるようで、嫌味を言われたりもする。


「ちょっと、わたくしの婚約者とそんなに馴れ馴れしくして、どういうつもり」

「婚約者? 貴族はもうそんな相手を決めてるの?」

「家同士の約束で幼い頃から決まっていることが多いんですわ、そんなことも知らないの? 学院にいる男子生徒は、ほとんど相手が決まっているわ。あなたは他人の婚約者に手を出してるのよ!」


 どうやらあたしは、女子生徒たちからそうとうひんしゅくを買っているらしい。そんなものは、どうせ婚約者すら自分に惹きつけておけない負け犬の遠吠えにすぎないし、無視していればいいんだけど、ふと思いついて聞いてみた。


「それじゃ、シャーロットお姉さまにも婚約者がいるの?」

「まあ、あなた本当に何も知らないのね! シャーロット様の婚約者は、この国の第一王子で、生徒会長でもあるエドワード殿下よ。ほら、いらっしゃったわ!」


 促されて、廊下の向こうを見ると、人だかりを掻き分けて現れた上級生がいた。

 髪を横に撫でつけ、黄金の瞳に自信にあふれた笑みをたたえた、上品ながらも色っぽさのあるたたずまい。それは、上流階級のキラキラオーラを美しくまとった、あまりにも完璧な王子さまだった。

 こ、この人がエドワード殿下……?! なんて素敵な人なの!

 彼は遠くからぼうっと眺めていたあたしに気付いて、こちらに来て話しかけてくれた。


「君が噂のキャサリン・ゴートウォールかい? へえ、お姉さんとは全然雰囲気が違うね」

「ええ、もう全然、あたしは狩りにも行かないし男の子を素手で倒したりもしないんですう!」

「ちょ、ちょっとあなた……」


 隣にいた令嬢が眉をひそめているけど気にしない。

 あたし、この王子さまをシャーロットから奪ってやることに決めたわ!




 一か月もあれば、エドワード殿下をあたしにメロメロにさせるのなんて簡単だった。

 このあたしに一か月もかけさせたのだから、手強かったと言えばそうだけど、思ったよりは早かった。と、いうのも、エドワード殿下はシャーロットを婚約者としてあまり好いていないみたいで、あたしと会う時はいつも愚痴を言っていた。


「シャーロットときたら、昔から剣や弓で遊んでばかりで、君みたいにこうしてお茶会に出て可愛い格好もしてくれないんだ。やっぱり女性は身なりに気を付けてさ、もっと婚約者の目を楽しませる工夫をするべきだと思わない?」

「ええ、本当にそうですわ」


 にこにこしながら相槌を打ってやれば、エドワード殿下は喜んでくれる。シャーロットに対してかなり不満がたまっているらしい。ま、あの野暮ったいシャーロットとあたしを比べちゃえば、どっちが魅力的かなんて分かり切ったことだもの。仕方ないわね。


「おまけにね、シャーロットは僕にクラーケンのたこ焼きなんて食べさせようとするんだよ? あんな気味の悪い怪物、人間の食べ物じゃない! 次期国王に何してくれてんだって話だよね」

「……そ、そうですね」


 あたしはぎこちなく答えながら、冷や汗をかいた。実は今日のランチも、テオの絶品クラーケン料理を食べてきていたのだ。いや、だって、しょうがないじゃない、美味しいんだもの……。

 そんなあたしに気付かず、エドワード殿下はシャーロットのゲテモノ料理談を続けようとするので、あたしは墓穴を掘らないために、話を逸らした。


「そ、そういえば殿下、いつも休憩時間はこうしてあたしとお話してくださっていますが、生徒会のお仕事も大変でしょう。迷惑じゃありませんか?」

「ああ、生徒会の仕事なら、シャーロットに任せてきたから平気だよ。君との時間の方が大事だし」

「えっ」


 生徒会長がそれでいいの……? という気持ちが顔に表れていたのか、エドワード殿下は慌てて、「君としゃべっている間だけだよ!」と言った。でも、このところ毎日、休憩時間も放課後も殿下はあたしと話しているから、ほぼすべての活動をシャーロットに任せきりということだ。それじゃ、生徒会長って肩書きだけでは……?

 ……ま、まあ、あたしが殿下との仲を深めている間に、シャーロットが面倒な仕事に追われていると思えば、いい気味よね!


「でもさ、そうやって仕事を引き受けられちゃうシャーロットもどうかと思うよね。女性が生徒会とか、表立って何かやる出しゃばった真似をするのは、はしたないことだよ。あとこの僕に対して、公務をちゃんとやれとかうるさく言ってきて、身の程知らずもいいところさ。公務なんて真面目にやってたら君と会う時間が無くなっちゃうじゃないか、ねえキャサリン」


 あなたが仕事を押し付けているのに……とは、言わずに吞み込んでおいた。


「勉強も真面目にしてるみたいなんだけどさあ、政治学とか経済学とか、いくら未来の王妃とはいえ女性にはいらないよね。せいぜい僕の命令の意味が分かって、黙って従える程度の知性があればいいのさ。キャサリンはそのところ、わきまえてていいよ。あー、キャサリンが僕の婚約者だったらよかったのにな!」


 なんか褒められれば褒められるほど、あたしがシャーロットに比べて頭が悪いと馬鹿にされている気がしてくる。たしかに、勉強が苦手なのは事実だけど。

 だがとにかく、エドワード殿下がこんなことを言い出したというのはチャンスだ。あたしは殿下にしなだれかかって、瞳を潤ませると、涙声でこう言った。


「殿下ぁ、実はあたし、お姉さまからひどく虐められてて……」

「なにっ! それは本当かい?!」

「はい! あたしが、公爵さまが大好きな第二夫人の子として可愛がられているから、嫉妬しているみたいで……」

「なるほど。公爵殿が、亡くなった奥方よりも妾とその子を愛しているから、家庭に亀裂が生じているんだな」


 はあ? 妾ですって? あたしはぴくりと眉を動かした。お母さまはお妾さんなんかじゃない、女手ひとつであたしを育ててきた名人針子だったし、今はれっきとした公爵夫人よ。

 でも、エドワード殿下が真剣に考えてくれているみたいなので、ひとまずスルーして話を続ける。


「家では、あたしのことを召使いみたいに扱って、こぼした紅茶を服で拭かせたりして……。学校では、目を離している隙に教科書が破られてたり、最近では、階段の上から突き落とされたりしたんです!」

「なんてことだ! シャーロットめ、そんな醜悪な本性を隠していたのか!」


 はあああ~?? んなわけないでしょうが?!!

 むしろお茶を服で拭いちゃうのはシャーロットの方だし! 「あっ、こぼれちゃった~!」とか言いながら袖とかで拭くからあたしとテオが慌てて止めてるんだし! その苦労も知らないで適当なことを! それに、教科書破られてるとか言っちゃったけど、学校ではシャーロットは生徒会の仕事やってんでしょ?! 押し付けた本人なんだから気付いたらどうなの! 階段から突き落とされた云々に関しては、本当はあたしが足滑らせたのを下で受け止められただけだし! そもそもシャーロットはそんな陰湿なことしなくても、気に入らない奴は普通に素手で倒せるわよ! でもそんなことしないからシャーロットは! だってあいつ、あたしのことが大大大ッ好きだもんね!!!


 心の中で荒ぶっていたら、エドワード殿下は「よし!」と何かを決意したように立ち上がった。


「そんな女と、次期国王であるこの僕が結婚するなんて許されない! ちょうどいい、間もなく僕とシャーロットは卒業して、その後のパーティーで正式な結婚を発表するつもりだったんだ。キャサリン、僕はそこでシャーロットとの婚約破棄を宣言するから、君が代わりに王妃にならないかい?」

「え……あ、はい! もちろんですわ!」


 あたしは戸惑いながらもうなずいた。エドワード殿下は意気込んで、「卒業パーティーが楽しみだ!」と去って行った。あたしはひとり、迎えの馬車に乗って公爵家に帰りながら、ぼんやりと考えていた。

 これでよかったのかしら? ううん、よかったはずよ。だって王子よ? 次期国王よ? 顔もいいし、最高の地位も約束されているし、この上ない優良物件じゃない。あたしはちゃんと賢い選択をしたのよ。


 それでも、もやもやする気持ちは消えなかった。なんでだろ、馬車に酔ったのかしら。あたしは、最初のうちは気付かなかったけれど、どうやら馬車に酔いやすい体質らしい。密閉された空間が苦手なのだ。でも、貴族の意地で乗り続けている。

 公爵家に着いて門をくぐると、庭のテーブルで、お母さまが誰かと楽しそうに話しているのが見えた。お母さまがあんなにご機嫌なのは珍しい。あたしは気になってぱたぱたと近寄った。


「お母さま! 何をしてらっしゃるの?」

「キャシー! あらあら、見つかっちゃったわね」


 お母さまがにこにこと顔を向けた先にいたのは、針と糸を持ったシャーロットが、あたしに気付いてあわあわと焦っていた。シャーロットが針と糸? なにかしら、新しい狩りの罠を作ってるの? それとも傷の縫合?


「いいえ、シャーロットさんはね、あなたへの誕生日プレゼントに、スカーフを縫っているのよ。それで最近、私が刺繍を教えてあげているの。公爵さまには黙っておいてね」

「ちょっと! レイチェル様、ばらさないでくださいよお!」


 シャーロットの手には、きれいな花の刺繍が完成しかかっているスカーフが握られていた。

 ……あ、そうか。シャーロットたちの卒業パーティーの日って、あたしの誕生日だった。

 ぽかんとしているあたしの前で、シャーロットは「サプライズで渡したかったのに~! もう、見られちゃったから、これは完成次第キャシーにあげるね。誕生日には別のプレゼントを用意するから」とひとりでぶつぶつ言っている。それを微笑ましく見ているお母さま。いつの間にこの二人は仲良くなっていたんだろう。


「キャシーも帰ってきたことだし、レイチェル様も一緒におやつを食べましょうよ! テオー来てー!」


 そう叫びながらシャーロットが離れて行ったので、あたしはお母さまにそっと聞いた。


「お母さま。ずっと思ってたんだけど、……公爵家の生活、あんまり楽しくないの?」


 お母さまは目を見開いた。あたしだって分かるわ、公爵家に来てから、ただでさえ笑顔が少なかったお母さまはみるみる表情が暗くなっていた。それは、公爵さまに「刺繍なんて雇った針子にさせればいい! もうお前はそんなことをしなくていいんだぞ」と布を取り上げられたことも原因なのだろうか。


「もしかして、お母さま、針子の仕事に戻りたいの?」


 まさか、そんなはずない。お母さまはひとりで子どもを育ててお金を稼ぐために、とっても大変な目に遭ったんだ。それもこれもぜんぶ、お母さまを養ってくれる甲斐性のある男がいなかったせい。


「いい殿方に愛されさえすれば、あたしたち幸せになれるんじゃないの?」


 あたしの問いに、お母さまはうつむいた。そして、視線を迷わせながら「私は……公爵さまが私を好きでいてくれるのは嫌じゃない……でも……」と煮え切らない答えを呟いた。

 そこへ、シャーロットがテオと共にワゴンをガラガラと運んできたので、会話は中断された。


「テオ! この獲物はけっこう大物だったし、きっと美味しいから、あなたも一緒に食べない?」

「あはは。俺も今日のは自信作ですから、ぜひご一緒させていただきたいですね」


 テオは琥珀色の瞳を嬉しそうに瞬かせた。

 あいかわらず仲が良いな、あの二人。シャーロットもなんでテオにあんなに懐いてるんだろう、いくらお気に入りったって、たかが執事見習いじゃない。あたしが呆れていると、テオは皿に被さっていたクローシュの蓋を取って「今日のおやつはヒュドラの首の活け造りです」と言った。

 ……もうこれは、料理を超えた何か命がけの戦いでは?

 ヒュドラのスパイシーな味を楽しみつつ、あたしは来たる卒業パーティーの日を思って、シャーロットの能天気にはしゃぐ様子を眺めていた。




 そして、卒業パーティーの日。

 あたしは入念にドレスを選んだ。だって、今までで一番注目を集める大舞台なんだもの。とびきり可愛くしておかないと。

 ワンポイントのアクセサリーを選ぶ時に、一瞬だけ迷ってしまった。あたしの手元には、エドワード殿下から贈られた大ぶりのダイヤモンドのブローチと、シャーロットにもらった刺繍入りのスカーフがある。いや、もちろんブローチの方を選ぶに決まってるけど。でもあたしは、なんとなく、スカーフも隠し持ってパーティーに行くことにした。本当に、ただなんとなく。


 シャーロットはどういうつもりか、朝から公爵家にいない。どこかに遠出しているらしい。これじゃ、卒業式に出られないじゃない。今日のあたしを引き立てるために、シャーロットには絶対いてもらわないといけないのに。

 やきもきしているうちに、卒業パーティーが始まってしまった。会場はとっても煌びやかで、隣にシャーロットがいないせいか、みんながしっかりあたしのことを見て「とても可愛らしい」「キャサリン嬢は美人だ」とちやほやしてくれる。


 しばらくこのままでも良かったけど、しびれを切らしたエドワード殿下が「行こう」と腕を引いてきたので、壇上の玉座にいる国王陛下の前に出て行って、みんなに宣言した。


「諸君! 僕はシャーロット・ゴートウォールとの婚約を破棄し、このキャサリン・ゴートウォールと結婚する! いいかみんな、シャーロットはとんでもない悪女だ!」


 嵐のような大騒ぎが会場に巻き起こった。来賓席には、公爵さまとお母さまもいらっしゃったから、二人はあんぐりと口を開けている。国王陛下は、重々しくエドワード殿下に聞いた。


「エドワード。婚約破棄が許されると判断できるほどの過失が、シャーロットにあったのか?」

「ええ。キャサリンが教えてくれました。シャーロットが彼女にした虐めの数々を……」


 そして得々とあたしの嘘の虐めの証言を申し上げるので、あたしは恥ずかしくてお母さまの方を見られなかった。うう、ごめんお母さま、これも王妃の地位を手に入れるためなの、許して。

 殿下からの話を聞き終えた国王陛下は、会場の生徒たちに向かって「エドワードの話は本当かね?」と質問した。みんなは顔を見合わせて、頭に疑問符を浮かべている。


「いや、学校にいる時のシャーロット様は、いつもどこかに姿を消してらっしゃるから、虐めなんて見たことも聞いたことも……」

「家にいる間のことは誰も知らないけど……。でも、あの変わり者のシャーロット様だぜ」

「そんなことする人じゃないと思うがなあ」


 みんな不信感をあらわにしている。どうしよう、このままじゃ形勢は不利かも。そう思っていた時に、公爵さまが来賓席から立ち上がって、


「いやはや、シャーロットがそんな陰湿なことをしていたとは知らなかった! 申し訳ございませんエドワード殿下。これは我が公爵家の失態です。つきましては、キャサリンを代わりとして婚約を結びなおすと同時に、シャーロットは修道院送りにしますので、どうかお許しいただきたい」


 よりによって、シャーロットの唯一の肉親である公爵さまがそれを言い出したので、会場はいっそうどよめいた。びっくりして見ていると、公爵さまはちらりとお母さまの方を向いて、微笑んでいた。

 そういうことか。公爵さまはお母さまのために、亡き奥方さまの子であるシャーロットを追い出して、あたしを王妃に添えさせてやろうとしてるのね。お母さまも同じことに思い至ったのか、顔を険しくして黙り込んでいた。


 エドワード殿下は公爵さまの賛同を得られたことで勢いを増して、


「そういう訳で、シャーロットの本性は腹違いの妹を冷遇するような、性根の腐り切った女だったんだ、みんな騙されていたのさ! 現に見ろ、シャーロットはこのパーティーに出席していない。きっと悪事の露呈を恐れて、どこかへ逃げ出したんだ!」


 どこまでも的外れなエドワード殿下の言葉を真顔で聞いていたその時。

 突如、会場の扉がバンと開け放たれて、一陣の強烈な風が入ってきた。


 それと共に、巨大な影……つやつやの鱗と翼を黒光りさせた、ワイバーンも。


「遅くなっちゃった~! もうパーティー始まってる~?」

「そうみたいですね。あ、シャーロットお嬢様、ドレスが乱れています」


 ワイバーンの背に乗ったシャーロットとテオが、のんきな会話をしながら会場へ降りてきた。

 みんなは混乱のあまり絶句していた。そりゃそうだ。話題の渦中にいる公爵令嬢が、召使いと一緒に、ワイバーンに乗り付けて現れたんだから。


「あ、キャシーいた! ねえキャシー、馬車に酔いやすいって言ってたでしょ? だから誕生日プレゼントに、このワイバーンを手懐けてきたんだけど、どうかな?」


 どうかなも何もないわよ。なんでそこでワイバーン獲りに行こうって思考になるの馬鹿じゃないの。でもあたしは、憎まれ口を叩こうにも言葉が出なかった。えへへ、と笑うシャーロットが、なぜかすごくきれいに見えたからだ。

 テオが仕立てたのか、シャーロットが着ていたのは、いつもの血塗れの狩猟服でも地味なドレスでもなく、パンツスカートのようになった、動きやすいけれどフリルやレースがふんだんに使われた、特殊なドレスだった。それはシャーロットにとてもよく似合っていて、あたしの隣のエドワード殿下も一瞬見惚れてしまったほどで……。


 あれ?

 いるじゃん、優良物件がここに。


 突然、そんな声が頭の中でした。いるじゃん、公爵令嬢として金と地位があって見目が良くて、あたしのことが大好きで、白馬でこそないけど、ワイバーンに乗って迎えに来てくれた人が。王子じゃないし、しかも女子だけど。なんなら姉だけど。


 あたしの行動は早かった。

 胸につけた大ぶりのダイヤのブローチを外し、シャーロットからもらったスカーフを代わりに首元に巻き付けると、ブローチを王子に放り投げて言った。


「エドワード殿下、このブローチをくれてありがとうございました。ですが、返します」

「え、は、キャ、キャサリン? 急にどうしたんだ?」

「殿下、国庫からお金を出して(、、、、、、、、、、)までこのブローチをプレゼントしてくださってありがとうございました! ですがもうあたしは王妃にならないので返しまあす!」


 ぽかんとしている殿下へ、あたしは会場のみんなに聞こえる大声で叫ぶ。


「公務をする時間を潰してまであたしと会ってくださってありがとうございました! 生徒会長の仕事をシャーロットお姉さまに任せてまでお茶会をしてくれてありがとうございました! 剣と弓で遊んでばかりで女としての立場をわきまえてなくて政治学も経済学もできちゃう姉より、身なりを綺麗にすることにしか興味がなくてお話には相槌を打つだけで勉強もろくにできないあたしのことを好きだって言ってくれてありがとうございました! さようなら!!!」


 卒業パーティーの会場は、特大の爆弾を落とされたように、人々の驚く声が爆発した。


「婚約者でもない女性に私情で国庫の資金を……」「公務も生徒会の仕事もシャーロット嬢がやっていたとは……」「まさかキャサリン嬢は、殿下の所業を公にできる証拠を掴むために、殿下へ近付いていたのでは……」「いずれにせよ、殿下の女性を見る目が皆無なことは白日のもとにさらされたな」「あの方は次期国王としてふさわしいのか?」


 あたしはそんな声たちを無視して、シャーロットのもとへ駆け寄り、「エドワード殿下はお姉さまとの婚約を破棄なさりたいそうですわ。なので、慰謝料をふんだくって帰りましょう」と笑いかけた。シャーロットは状況がよく分かっていないのか、「あれ、私はそういえば今日、殿下と正式に結婚するはずだったんじゃ……?」と首を傾げている。

 どんどん周りの目が自分に対して厳しいものに変わっていくのを感じたらしいエドワード殿下は、玉座の国王陛下に振り返って泣きついている。


「へ、陛下! こ、これは何かの間違いです!」

「うむ、間違いかどうかは、しかるべき証人に話を聞けば分かることだ。なあシャーロット、エドワードの公務や生徒会の仕事を肩代わりしていたという話は本当か?」

「え、あ、はい! これも婚約者としての務めのひとつだって言われたので。私がやったことの功績がぜんぶエドワード殿下のものとして紹介されるのも、まあ、そういうもんなのかなって思って流してました。公務に関わってた官僚のみなさんとか、生徒会の副会長以下のメンバーはみんな知ってたことですけど……」

「シャーァアアアロッットオオオ!」


 あっけらかんと答えたシャーロットに、怒り狂った殿下が壇からすごい勢いで走ってきて掴みかかった。


「いつもお前はそうやって!! 余計なことしかしないのはなんでだ!! お前なんか僕の言うことだけを聞いて無知で馬鹿で能無しであればよかったのに!!」

「え、え、え、殿下? わ、私は私なりに殿下と仲良くなろうと頑張っていたつもりで……! し、仕事のことも、役に立てればいいなって思ってただけで、余計なことなんて……!」

「エドワード殿下、シャーロットお嬢様から離れてください!」


 テオが二人の間に入って、殿下をすばやく引きはがした。あたしが、いきなり殿下から凄まじい怒りをぶつけられてショックを受けているシャーロットに「お姉さま、大丈夫ですか!」と叫ぶと、エドワード殿下は今度はあたしに目をとめて、ゆらゆらと近付いてきた。


「キャサリン、君も! 僕を裏切ったな! 許せない、このあばずれ女……!!!」


 そう言って振り上げた拳が、あたしまで届くはずがなかった。

 次の瞬間、誰よりも早く動いたシャーロットが、殿下のみぞおちをグーでえぐりこんでいたからだ。


「私の妹に何をするんだ、この錯乱王子!」


 吹っ飛ばされたエドワード殿下は、床にぶっ倒れて気絶し、動かなくなった。

 会場には一瞬、沈黙が広がった。そして、一斉に拍手喝采が広がった。

 シャーロットは歓声を浴びせてくる観衆たちに手を振って応えながら、あたしに「ちょっとこのクズ衛兵に突き出してくるね!」とエドワード殿下の首根っこを掴んで、引きずって行ってしまった。

 その光景を見下ろしていた国王陛下が、疲れた調子で言う。


「もうこれは駄目だな……。ここまで醜態をさらして、王になどなれないだろう。かといってわしには、他に王位を譲れる子どももいない。……いや、いるには、いたが」


 国王陛下の視線の先には、シャーロットのそばに控えて、ワイバーンの世話をしているテオの姿がある。

 どういうことなの? みんなが首を傾げる中、陛下は続けた。


「さてはこれは全部、貴様が仕組んだことなのか。王の子として産まれながら、側室の子であるために王位継承権を認められず、公爵家に召使いとして追放された恨みなのか。だとしたら、すべては貴様の思い通りになったぞ。王位でも何でも継げばいい。第二王子テオドール」


 そう呼ばれて、テオは頭をあげて、きょとんとした。大きく広げられた琥珀色の瞳は、よく見れば、エドワード殿下の黄金の瞳とよく似ている。

 うそでしょ? まさか、テオが現国王陛下の庶子だっただなんて……。


 みんなが唖然とする中、テオ……改めテオドールは、陛下の言葉に、にっこり笑ってこう返した。


「やめてくださいよ、俺がこんな破廉恥な大舞台を用意したと思ってるんですか? あはは、それはとんでもない思い違いですね。どうせいつかエドワードは自滅すると思っていたし、俺はただ根回しをして静観していただけです。むしろ俺は期待していたんですよ、エドワードの馬鹿がキャサリンお嬢様と結婚して、シャーロットお嬢様との婚約を手ひどく破棄することを」


 はあ? と声に出してしまった。テオは、ふっと肩をすくめると、実に残念そうに、


「そしたら、婚約者と妹に裏切られて、公爵家からも勘当されたシャーロットお嬢様は、きっと俺のことだけを見てくれたのに……。王位なんてクソどうでもいいんですよ、あの天真爛漫で難攻不落なシャーロットお嬢様の関心を少しでも独占できることに比べたら! まあしかし、お嬢様を貶めた連中をまともに生かしておく訳にはいかないのでね、俺とお嬢様が共に失踪した後は、エドワードの数々のスキャンダルと公爵様の汚職の証拠を国内中にばら撒く予定だったんですけど」

「なんだって? 公爵の汚職?」


 誰かが呟くと、会場の隅から「あの~」と出てくる人たちがいた。それは、シャーロットと仕事していたという生徒会のメンバーで、彼らが今回の婚約破棄騒動でキーとなるすべての事柄について調査報告書を作っていたのだという。

 ……何よそれ、ぜんぶ準備した上で、あたしも利用して、自分の思い通りにことを進めようとしたってわけ?

 ムカついて、テオのことを睨みつけてやると、テオはあたしの視線に気付いて苦々しい表情をした。


「まさか土壇場でキャサリンお嬢様が、シャーロットお嬢様に鞍替えしてしまうとはね。ですがいいですよ、最低限、婚約破棄は完遂できましたから、その点には感謝してます。これからどうぞよろしく、義妹様(、、、)

「ふざけんじゃないわよ、あたしのお姉さまをあんたみたいな何処の馬の骨とも分からない奴にはあげないんだからッ!!!」

「馬の骨は分かってますよ、王族ですから!」


 あたしたちは睨み合い、バチバチと火花を散らした。

 そんなあたしたちの横で、顔を真っ青にした公爵さまが、お母さまに連れられて国王陛下の前に来ていた。汚職についての資料は既に会場中に出回っており、言い逃れができない状況だった。

 公爵さまはうわごとのように言っていた。


「レ、レイチェル……。お前のためだったんだ、お前が公爵家で快適に過ごせるよう、地位と財産を盤石なものにしたいと思って……」

「……私のために、私の仲良しのシャーロットさんも修道院送りにしようとしていたって言うんですか」

「なっ?! ち、違う、知らなかったんだ! 陛下、レイチェルは全てのことに何の関係もありません! 罰として爵位を剥奪され、平民落ちするのは私だけにしてください!」


 地面に額をこすりつけんばかりの公爵さまに、お母さまはため息を吐いて「公爵様は私を守っているつもりで満足して、全然私の話を聞いてくださりませんよね」と言った。そして、隣で国王陛下に向かって深々とお辞儀をした。


「陛下。この方を処罰する時は、ぜひ私も一緒にしてください」

「え……? レイチェル、なぜ……?」

「公爵様、私だってそれなりの覚悟を持ってあなたと夫婦になったんです。あなたにただ庇護され、愛されるだけでなく、互いに愛を認め合い、共に地獄への道も行けるような信頼と絆が欲しかった。ね、平民落ちしたら、今度は公爵様が、私を頼ってくださいね。私は名人針子ですから」


 そうして、公爵家に来てからほぼ初めて、屈託のない笑顔を見せたお母さまに、公爵様は「レイチェル……!」と涙を流していた。う~ん、ま、お母さまが幸せならそれで何よりだわ。

 そこへ、エドワード殿下を外に放り投げてきたシャーロットが「ふ~、一仕事終えたあ~」と肩を回しつつ帰ってきた。お母さまは、ふいにあたしに目配せして、微笑みながら会場中に叫ぶ。


「皆さん! 私たち夫婦は公爵の爵位を放棄し、娘たちを我が領地の共同統治者として据えることを宣言します!」

「えっ。また席を外してる間になんかいろいろ起きてる」


 ナイスお母さま! あたしはお母さまの気遣いに感動してしまった。これでシャーロットが公爵家を出ていくことはないわ!

 さっそくあたしは、目を白黒させているシャーロットに抱きついて「あたしたち、頑張っていきましょうね、お姉さま!」と言った。テオに殺意のこもった目で見られて、「婚約者を奪おうとしてたくせに……」と呟かれても気にしない。だってあたしは罪な女だもの!


 そんなこんなで卒業パーティーが波乱を超えて大団円に収まろうとしている中、唯一国王陛下だけが「どいつもこいつも家庭内で勝手に解決しやがって……跡継ぎどうしよ……」と途方に暮れていた。




 結局、あたしとシャーロットは正式に共同統治者として公爵を継いだ。

 領地経営については、そもそもシャーロットが実権を握っていた節があったので、継いだ後もあまり問題はなかった。こう言うと公爵さまが人望なかったみたいで可哀想だけど、平民に落とされながらもお母さまと一緒にわりと楽しくやっているみたい。

 でも、一日にして一気に父と継母と婚約者がいなくなってしまったシャーロットは「いろいろ急に変わりすぎだよ~……キャシーがいてくれて本当によかったあ……」と安心したようにもらしていたので、テオがシャーロットの関心を独占したいと思った気持ちもちょっと分かっちゃった。


 そのテオはというと、国王陛下に「王位を継がないか」と再三持ち掛けられたのを拒否し続けて、公爵家に舞い戻ってきやがった。あくまでシャーロットに仕える立場でいたいという執念がすごい。でもシャーロットは、テオが隠された第二王子だったことにも未だに知らなくて、帰ってきてくれたことを素直に喜んでいる。そういうところ鈍すぎると思うのよ、お姉さま。


 ちなみに、なんかテオが、国王陛下との交渉で最後の捨てゼリフに「そもそもあなた方がぽんぽん私生児を作るから問題が起きてるんでしょうが。政略結婚と一夫多妻の弊害ですよみっともない」と吐き捨てて行ったとかで、かなりダメージを受けた陛下が、貴族社会に自由恋愛ブームを引き起こそうとしているらしい。それより他にやることがあると思うけど。エドワード元王子の更生とか……。


 まあ、そんな大きな話はどうでもよくて、ひとまずこの頃の公爵家は、隙あらば誕生日プレゼントのワイバーンを調理してやろうとするテオと、それを必死で阻止するあたしと、そのワイバーンに飛び乗って狩りに行ってしまうシャーロットとで、家庭内の攻防は続いている。


 つまりは、それなりに楽しい日々を送っているということだ。

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[良い点] うわぁ、これについて自分の考えを書くのを忘れましたか?ごめん! このシリーズは本当に楽しかったです。謙虚な背景から来た主人公がいるのはとても楽しいですが、そのような邪悪な計画を持っていま…
[一言] 妹はあくまで優良物件だから姉に傾いただけだけど、まぁなんか上手く収まったからヨシ! あまり賢くなかったことと、でも人や現実を見る目は悪くなかったのが幸いでしたねキャシー。 面白かったです。
[気になる点] 妹ゴミカスで草
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