何故 私は過去の世界へ
「素敵なお部屋ですこと」
「いや これは恥ずかしい。息子の趣味でしてな、その息子夫婦も
今は転勤で北海道に行っておりますのじゃ
残されたわしら夫婦には、ちと ハイカラすぎて気が引けるものじゃ」と
ニコニコしながら言った。
「旦那様 お話は後にしてお部屋を出てて下さいませんと
お嬢さまの着替えができません」
「これはすまんことを 気が利かなくてすまん。
じゃあ 下でお茶の用意でもしていよう」
「それがようございますわ。今日は暖かいとはいえ、濡れていらしては
冷えていらっしゃいますもの」
言われて初めてチサは体中が冷え切っているのに気づいた。
「お嬢さんはコーヒーと紅茶 どちらがお好きかな」
「私 どちらでもかまいません」
「では 紅茶にしよう。ブランデーを落とすと体が温まるからな」
言いながら老人は部屋を出て行った。
「旦那様があんなにおしゃべりになるの初めて珍しい事ですわ」
キヨという婆やさんは手早く着物を脱がせながら言った。
「いつもはそうじゃないんですか」
「ええ この広い家に奥様と私と旦那様の三人っきりで
それは静かなものですよ。奥様ももの静かな方でしてね。
2年前まではさっき言ってらした息子さんのご夫婦がいらした
ものですからとても賑やかだったのですが」
「今は北海道とか」
「ええ お仕事の都合らしゅうございますよ。
結局 お二人ともお寂しいんですね。今までよりずっと口数も
少なくおなりで時々 話してられる事と言ったら息子さんや
お孫さんの事ばかりですよ」と
言ってキヨは小さくため息をついた
(この婆やさんも寂しいんだな) チサはそう思う。
「では私は あちらで泥を落として参りますから、その間は
奥様のガウンを羽織ってらして下さい。
お嬢さんには地味ですが」と
言いながら傍らのガウンを手渡した。
「ありがとう お借りします」
キヨが出て行くと先の老人が手に紅茶の用意をしたお盆を
抱えて現れた。
「どうぞ これでも飲んで体を温めて下さい。
もう少し暖炉の側にお寄りになったらいい」と
赤々と燃える暖炉の側に椅子をすすめた。
「すみません それでは」
「遠慮なさらずに足を出して温めなされ。
さっき水がかかったから冷たいでしょう。
さぁ 紅茶もどうぞ」と
手厚くもてなしてくれる。
「ところでまだお名前も伺っておりませんでしたな。
わしもまだ名のっていませんでした」
「私 鈴木チサです」
「ほう チサさん 可愛いお名前ですな。
いや 申し遅れました。わしは山中良介と言ってちよっと偏屈な
頑固爺いですよ」
「まあ~ ご自分で頑固爺いだなんて」
「ハハハ、、、、、」
二人は声を上げて笑った。