春日局の病い
その正月も過ぎ お蘭はめでたく産所である北の御部屋に移った。
そうして寒さも一段と 厳しさを増す2月のある日
春日局は 家光の元へ伺うべく中奥へとたどる途中
突然 激しいめまいがしてよろけるように その場に座りこんでしまった。
付き添っていた侍女の知らせで 慌ただしくお匙を呼びにやる一方
チサもその場にかけつた。
「お局様」
見れば局は 廊下の手すりに寄りかかったまま青ざめた顔をしている。
チサがかけよると
「心配致すな。 少しめまいがしただけじゃ
みなにあまり騒がぬよう申せ」と
力ない声で言った。 その姿を見て今 ハッと胸を突かれたような
思いが過ぎった。
(ああ お爺ちゃん)
チサは自分が中学生の時 脳卒中で死んだ祖父の事を思い出したのだった。
人一倍 元気者だった祖父が 亡くなる前に良くめまいがする
立ち眩みがすると言っていたと後で聞いた。
それ等が今 頭によみがえってきた。
いつか聞いた事がある。
脳卒中の発作時は なるべく動かさない方が良いのだと、、、、
安静にする事が何より大事だと、、、、
それならばここでバタバタしてはいけない。
局を動かしてはいけないのだと思い チサは侍女達を押ししずめ部屋から
掛け布団を一枚 持って来るよう命じた。
局の場合 意識があるので一応 心配無いと思うが
歩いて戻る危険は避けた方が良い。
その内 お匙が駆けつけて来て まず脈を取る。
しかし 廊下では詳しく診察する訳には行かない。
みなが思案する中 チサが命じた布団が運ばれてきた。
「お局様をそっと この上にお寝かせして
あまり急に動かさぬようそうっと」 だが局は
「そのような みっともないことは嫌じゃ 歩いてまいる」と
かたくなに拒む。
「お局様 めまいがするだけと言って おろそかにはできません。
何かお身体に障った事があったのでしょう。
大切な御身 おいたわり下さいませ」と
チサがなだめるように言うと 側からお匙も
「おチサ様の申される通りでございます。
お顔の色が良くございませぬ。 ここはご納得頂きますように」と
言い添えるので 局も仕方なくチサ達に身を任す。
布団の端を六人の侍女達が持ち上げて そろそろと廊下を戻ると
何も知らぬ部屋々の女達が 何事かと顔を出す。
局がそれ等を気にしているらしいのを見て チサはお掻いどりを脱ぎ
そっと局にかぶせると 局は小さく頷いてそれを頭からかぶってしまった。
部屋に戻り用意された褥に寝かせると
チサは侍女達を 次の間に下げ 自分一人が局に付き添った。
お蘭には妊婦の事ゆえ 驚かしてはいけない。
だからちょっと足をくじいただけなので 見舞いに来るのは控えてほしいと
およの達に伝えてもらった。
詳しく事が分かってから話すつもりである。