庭での障害事件
後に残った花岡 これはまずいことをしてしまったと今さら悔やむ。
「旦那様」
次の間で聞いていたお玉達も出てきて 山と積まれた
薬包を前にため息をつく。
「聞いていたであろう」と 花岡は苦笑い。
「おチサ様の怪我 まことでございましょうか」と 意地の悪そうな侍女
「嘘だと申すのか?」
「三寸も切るほどの怪我なら あの時おチサ様が
何か言うはずではありませんか」
「そうよなぁ」
「きっと昼間の仕返しの為に あのように言われたのでは」と
どこまでもうがった考えしか浮かばぬ女らしい。
その時
「嘘でも何でもいい いっその事 もっと大きな怪我で
あの女が死ねばいいものを」と
形相 凄まじくお玉が言ってのけた。
さすがに花岡も侍女達も声が出ない
その事件のあった2日後のことである。
チサの足の傷は すぐに消毒しなかった為か池の泥の中に
ばい菌が入っていた為か 化膿し始めていた。
我慢すれば歩けるのだが ズキズキと痛んで熱を持って来ていた。
お匙花あの日 出仕は無理だと言ったのだが 事を大きくしたくないと
いうチサや局の考えもあって翌朝の 将軍が仏間拝礼にお成りの
お鈴廊下には 痛みをこらえて並んでいた。
その為に花岡やお玉達からは やはり嘘だったのかと
嫌な目で見られている。
しかしその翌日は 将軍をお送りして部屋に戻ったチサは
腰が抜けたようにヘナヘナと座り込んでしまった。
「どうなさいました」
およの かな江 おこうの三人がびっくりして飛んで来る。
「足が 足が痛くて」
「えっ 傷が お見せ下さいまし」
およのが裾をめくると 足は熱を持って腫れ上がっていた。
「これはっ」と 三人は顔色を変えた。
そこへお蘭もやって来て
「まあ大変 痛いでしょう」と 眉をひそめる。
「私 お局様に知らせて参ります」
しっかり者のかな江が急いで御年寄詰め所にいる春日局に知らせに走った
とはいえ 気は焦っても走る訳には行かない。
小走りに娘を弾ませながら 詰め所に着くと敷居の外に
ひたと座って平伏した。声を出して局を呼ぶような事はしない。
一番廊下近くに座っていた仲里が かな江に気づいいて
局に目顔で そっと知らせた。
局は訝しげにかな江を見たが 立ち上がって側に来た。
かな江は少し 後すざりしてから小声で
「おチサ様の具合が悪うございます。お部屋にお戻り下さいませ」
「なにっ」 局は顔色を変えて
「すぐ参る」と
先に立って長局に向かった。
帰って見ると チサは布団に寝かされており 痛む右足を
およのとおこうが必死に水で冷やしていた。
「傷口が悪化したか」と局
腫れ上がった足を見て眉をしかめる。
「お匙はまだか」
「ただいま 呼びに行かせております」と
藤波が答える。
間もなく駆けつけたお匙によって 包帯が解かれて見ると
傷口が倦んで膿が出ていた。
ひと通りの処置が済んで後 心配顔の局に
「ご無理をなさいましたな」と 叱るような口調
「そのように悪いのか」
「傷口より毒がおみ足全体にまわっております。
放っておけば身体中に毒が回り兼ねません。
そうなれば一大事でございます。これよりは決して悪化を動かさぬ
ように願わしゅうございます。お食事などもお褥の上でお済ましに
なられますように」と
絶対安静を言い渡して帰って行った。
「思ったより悪くなっていたのですね。痛いでしょうおチサ様」と 優しいお蘭
「大丈夫 大丈夫 今の薬が効いたのか あまり痛くはありません。
あの人お匙は少し大げさなのです」と
チサは元気いっぱいに答えるが その顔は足からの熱の為
赤くほてってるいた。