何故 私は過去の世界へ
ここからチサの家までは後 2・30分も歩かなければならない。
振り袖を着ている事だし本来ならばタクシーとか電車で帰るところ
だが、ちょうどこちらの方角に帰る友人もいた事だし、
早春とはいえ今日はとても暖かで心地好いそよ風に誘われ
親友だった花嫁の思い出話しなどに花を咲かせながら帰って
来たのだった。
この辺りを通るのは初めてだったが広い庭の付いた
大きな屋敷が立ち並ぶ静かな街だった。
どこかの家からなめらかな調子のピアノが風に乗って流れて来る。
遠くの方では子犬のじゃれつく声、チサは楽しげに歩いていた。
今夜は嫁いでいる姉が久方振りに子供達を連れて帰って来る
はずだった。
(あの おしゃまな里美ちゃんはいくつになったかなぁ~
もう3歳か それに1歳の男の子 え~と名前は海斗だっけ
姉さんも変わったなぁ 私子供なんて大っ嫌いなんて言って
いたのが今じゃもう凄い親バカ その上に今夜は婆バカ爺バカが
加わって賑やかだろうな)
と その時突然シャーシャーッ 激しい水音がして足元から水が
噴きだして来た。「キヤーアッ」 叫んで飛びのいたのだが
すでに遅く足袋はもちろん華やかな前裾 振り袖の下部が
したたか濡れてしまった。
「あ~ すみません。大丈夫ですか」と
言う声と共に横手の庭から顔を見せたのは70がらみの品が良さそうな
老人だった。