チサの提案が、、、、
しかし その夜チサは寝所で家光にその話しをした。
つまり自分だけを指名して 他のお方はどうなさるつもりなのか。
少しはお召しになってはどうかと 言ったのである。
それを聞いた家光は驚いた。
そんな事を言って来る女があるだろうか、、、、
みな 彼から愛されることをひとえに願う女しか知らない。
「そちは また何を言い出すのじゃ」 呆れて問うと
「上様には ひと時のおたわむれかも知れません。
しかし 女の身にとってそれだけでは済みません。
まして後々 大奥を下がって他の人と結ばれる事もできないと
言うではありませんか。 上様は次から次へと、、
これでは不公平です。私達 女は上様
いえ 上様に限らず男のおもちゃではありません。
まるで着古した着物のように捨てられるのではたまりません」と
挑むような怖い目つきでじっと見てくる。
しかし 家光は困った。あいにく彼はそんな事を考えた事も
なかったし 教えられた事も無い。
それどころか人々は 自分が望んだ訳でもないのにお側女を
早くお世継ぎをと言って 次々と女を差し出して来るでは無いか。
「いったい わしにどうせよと言うのか?」
「他のお方もお召し下さいませ。 ひと時は好もしい女と思し召しに
なって側女になさったのでしょう。 なれば最後まで
責任を果たすべきです。 他の人と結ばれる事もなく
一生を大奥で暮らすのは かわいそうだとお思いになりませんか。
このままでは私だって上様に、、、、」
「どうすると言うのか」
「他人事ではありませんもの。 今はこのようにお優しくして下さいますが
いつの日か上様は他の女に目が移り 私は今の方々のように
忘れ去られましょう。それではあまりに惨めです。
上様一人に身も心も捧げた私はあまりに哀れですもの」と
言ってうつむいたその眼には うっすらと涙が浮かんでいる。
チサは自分では気づいていなかったが それは他の女達の
為に言った言葉ではなかった。
チサ自身の心の動き いつしか世代を越えて家光に惹かれて
いたのだがそれに気づかず 他の側女の為にと勇ましく
談判しに来た自分の言葉に 今 ハッと胸打つものがあった。
(私は忘れ去られて 惨めな思い)とは
いったいどう言う意味なのか
それは愛を失った女の悲しさでは無いか
私は後日 そうなる事を恐れているのでは無いだろうか。
(私は 私は この人を好きになったのだろうか)
のけ反るような思いで 家光の顔をまじまじと見上げた。
まさか そんなはずは無いと我と我が胸に問うて見る。
(違うわ。こんな過去の人間 20世紀に生まれた私が愛するなんて)
思い返してみたが 何か胸にザラつくものを感じた。
(私はいったい 何を) チサはふいに立ち上がった。
「どうしたのじゃ」
驚いて尋ねる家光を振り向きもせず
「今宵は これで休ませていただきます」と
スタスタと自分の布団に戻って 横になってしまった。