家光と出会うチサ そうして、、、、
チサはやおら立ち上がると 自分用の布団を引っ張って
部屋の隅に持って行こうとする。
「何をしているのじゃ」
「だって恥ずかしいんですもの」
「そちがか」と
家光が笑うと チサはプンとふくれて
「それに 上様が変な気を起こされると困りますから」
「左様か アッハッハッハッ」と 家光
可々大笑して布団に入る。
チサも布団に入ったが本当は震えていた。
覚悟はしていたと言っても死ぬのは恐い。
布団に入ってからは体が惨めなほど震えるのだった。
そっと 家光の方を伺って見ると 彼は仰向けになって
もう深く眠っているように見えた。
しかし チサの眠りは浅かった。
ふと まどろんだ夢の中で父母の姿を見た。 懐かしい友や帰りたい家
夢の中でチサは 両親や姉と手を取り合って泣いていた。
次の日の朝 家光が眼を覚ますとチサはまだ眠っている。
こんな事も初めてであった。
将軍より側女が朝寝する等 考えられない。
家光は微笑して次の間に気づかれないよう そっと起き出した。
チサを揺り起こそうと肩に手をかけ ふとその手を止めた。
チサの頬に涙の跡を認めたからである。
それは夢の中で流したものであるが 彼は知らぬこと
(強くは見せているがやはり女だ。 昨夜の事
後で恐ろしかったのであろう)と思い
急にいじらしく見えた。 そっと揺さぶるとチサはびっくりしたように
目覚め 家光と眼が合うと慌てて起き上がり
「ごめんなさい 寝坊して いえ あの 失礼を
すみません あの とんでもない」
しどろもどろになって謝る。
家光はそんなチサを見て 楽しげに笑い次の間に下りて行った。
下の間では和島達が待ち受ける。
将軍はここで着替えるのではなく 一度中奥に戻り入浴
朝食を済ませた後 衣服を整え大奥の仏間に拝礼するのを常としていた。
その中奥に戻る時も上機嫌で お見送りの和島に
「今宵もあのチサにするぞ」と
早々と決めて行くので和島は呆れてしまう。
さて チサの方はと言うと これは一夜明ければ紛れも無く
お手付き中臈として 身分が定まっている。
昨夜 将軍との間に何事もなかったとは誰一人知らない。
なぜなら和島や吉井の口から
上様はことの他 ご機嫌うるわしく中奥にお戻りに、、、、
今宵のお召しも決まっている事が告げられ
長局中 その噂で持ち切り 誰も疑おうとはしなかった。
中臈ともなれば今までとは 髪の形 着る物も違って来る。
それに今日からはお鈴廊下で 他の奥女中 お年寄 中臈達と共に
将軍お成りを出迎え 仏間近くまでお供する。
チサが春江と共に長局の梅山の部屋に戻ると
(やれ 嬉しや。何事もなく済んだか)と
ホッとひと安心の梅山であった。