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チサと大奥  作者: 五木カフィ
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家光と出会うチサ そうして、、、、

特に同じお手付き中臈のお玉やお夏 お里沙のいる部屋では激しく

「上様はもの好き」

「はしたない遊びをして見初められた女」とか 早や

「身元も定かでない女」

等という流言が飛び交う。 だが まぁ大体一致したところが

美しくもなく 確かな後ろ盾もない女なら一時の

慰み者に終わるだろうという見方だった。


そんな長局中の刺すような視線を背に受けながら

無表情に四人は出仕廊下へと歩んで行く。

やがて ご寝所のあるお小座敷に着くと 将軍家光は先に着いていて

今夜の出仕年寄 和島や梅山の同役 吉井を相手にしばし雑談を

交わされた後 早や ご寝所に入られていた。


チサ達が来るのが遅いと和島達はイライラしながら待っている。 そこへ

「チサ様 お召しにより参られます」

春江の言葉と共に チサが現れた。

早速 髪を梳き改め寝間着の裾を長く引くように直しながら

和島は 今 初めて近くで見るチサに

(こんな 取り柄のない女)と

あらためて思う。


「良いか 上様の御前では 諸事振る舞いに気をつけて

 粗相の無いよう頼みますぞ」

声を強めて言った。 いよいよチサは寝所の中へ、、、


襖が開かれると十二畳の寝間の奥の方に

行灯の光に照らされ端座する家光の姿があった

チサはスッスッと恐ろ気もなく進み入り 家光の間近にピタッと座った。

平伏などしない。

顔をまっすぐ家光に向けたまま キラキラと良く光る瞳で

じっと見つめている。


その家光は美男子というにはほど遠いが 骨格のがっしりした

男らしい風貌だった。 決して熊には似ていない。

彼はチサがじっと自分を見つめるので不思議に思った。

かつて女からこんなに間近で真面目に顔を見られた事はない。

いつも閨に来る女は 恥ずかし気に面を伏せているのが普通だった。



(こ奴は 馬鹿か) そう思った。

しかし いつまでも黙っているのもおかしい。そこで

「急なことで 驚いたであろう」と 尋ねて見た。

「はいっ」と

間髪を入れず 馬鹿とも思えぬはっきりした声が返って来る。

「しかし 恐れることはない。さ ここに参るが良い」と

手を取ると チサはゆっくりその手を引き

「その前に一つ お尋ねしたい事があります」と言った。


その頬にわずかな赤味がさしている。

床入りの前にこんな事を言う女も珍しい。

家光は内心驚きながら

「何じゃ 言ってみよ」と 答えた。

「上様は どう言うお心持ちで今宵 私をお召しになりましたか」

「なにぃ」

家光はびっくり仰天 まさか側女にしようと思う女に

そんな事を聞かれるとは 思ってもいなかった。


しかしチサは落ち着いてなおも

「私を美しいとお思いになったのか それとも愛おしいと

 お思いになったのか または別の理由で、、」と 尋ねる。

家光はすっかり慌てていた。

そうして問われるままに考えて見たが これという理由は無い。


ただ 美しいとも愛らしいとも思っていないことだけは確かだった。

思えば過ぐる日 仏間近くの庭での話

あれでちょっと興味を持ち 今日の花見でおもしろかった。

他の奥女中とは一味 違っていたので閨に呼んで見る気になったの

ではないか。  家光が答えを迷っていると


「私が聞きおよびましたところ 上様は花見の庭で私をご覧になり

 あの尻を叩いたおもしろい女は誰じゃとお尋ねに

 なりました。そうですか」

「うむ そうじゃ」

「そうして今夜 私をお召しになりました。 という事は私は

 変わった女 おもしろい女とお思いになって珍しいから

 お召しになったのですか」

「まぁ それもある」


問い詰められて本音を言うと  チサは顔をまっ赤にして

「それでは私 お断りします。お側女なんて真っ平です」と

低いがはっきりした声で言ったので

「なにぃ」と またびっくり仰天

思わず声が大きくなった。 今だかつて女性に断わられた事が

ないのである。どの女も嬉々として側に擦り寄って来たのだ。


チサは泣き出しそうな顔で しかしはっきりと

「お断りします」と

もう一度言うと プイと横を向いてしまう。

やにわに家光は立ち上がった。

来るべきものが来たと チサは首をすくめる。

(無礼者 手討ちに致す)という 声がとんで来ると思いきや

さにあらず スタスタと次の間との境 襖の方に歩み寄って行く。


そうして自分の声で 下の間にいる和島達に気づかれて

いないのを確かめると元の場所に戻って来た。

そしてチサをじっと見つめると

「わしは そちを手討ちにする事もできる」

「お討ち下さい」

跳ね返すような口調で答える。

「そんなにわしが 嫌いか」

家光は少し呆れたように 悲しそうに尋ねた。

それに対してチサはゆっくりと首を振る。


「いいえ 嫌いも好きもありません。

 だって私は 今初めて上様に会ったのですもの。

 今まで顔も見た事がない 話しをした事もない人を

 どうして好きにも嫌いにもなれましょう」

「そうか」

家光は少しチサの考え方が分かった。

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