えっ 愛姫に縁談
正子は自身も覚えがある事 瞼を濡らしながら姫を抱き寄せ安心させた。
また およのは胸の中で嬉し泣きをしながらもチサが
「愛ちゃんが」と言った言葉を思い出していた。
(おチサさんは愛姫様を いと姫じゃなく愛ちゃんと心では呼んでいるのね)
と察していた。
その後も愛姫の人語らしき言葉数は増え
「あ~ちゃん」と言えば チサが
「はい はい」と 答えて寄って来てくれるので(あ~ちゃん)=大好き
大好き=母親という認識ができた。
その話しをお万の方は 京の実家より上様にと送られて来た珍しい茶器を
持って行った時に話した。
家光はここしばらく 表の政務が忙しく忌み日等もあった為
朝の仏間拝礼の後 お小座敷にも寄らず表に戻る事が半月ほど続いていた。
家光は さもうらやましそうに
「お万はそこに居合わせたのか。 わしも居たかった」と 子供のように
残念がるのがおかしかった。
それから2日後 やっとひと区切りついた家光は 早速チサ達を呼び
「いと姫よ。父じゃ ち~ち」と 覚えさせようとするのをほほ笑ましく
思いながら
「上様 口を開けるあ~とかお~は発音しやすいですが
口を閉めて発音するち~は難しいと思います。今 しばらくは」とチサ
「さようか 父は難しいか」 落胆する家光に
「私のことも母ではなくあ~ちゃんとしか言えません。
でももうひと月もすれば父も言えると思われます」
「そうか そうか 愉しみな事じゃ」と 愛姫を抱き上げる。
突然の事に一同びっくりしたが 愛姫は機嫌良くキャッキャッと笑い
みなを安心させた。それからの姫は家光に会うたびに 自分から歩み寄り
両手を上げて抱っこをせがむようになった。
チサや正子より一段 高い所から見えるのが嬉しいようである。
家光は相好を崩して抱き上げ
「ほら いとよ。ほら 父じゃ ち~ち」と 懲りなく教えると間もなく
「ち~」と ひと声
「今 ち~と言ったぞ チサ 聞いたか?」
「ち~ ち~」
「本当にち~と言ってます 上様」と チサも嬉しそうに笑う。
家光はその日 中奥で伊豆守に会った時
「いとがわしの事をち~と呼んだぞ。 父とはまだ言えぬがな」と
さも 嬉しそうに言うので伊豆守は驚きながらも
「それはまた何と、、 姫様は二つになられたばかりで もう話されますか?」
「いや 話すところまでは行ってない。
ただ こちらが話すことは いくらか分かっているようじゃ」
確かに幼児は 一度話し出すと驚くほど上達が早い
今まで聞き貯めていたことを吐き出すように、、、、
それまで大人達が話している事を良く聞いていたが それを自身の
言葉として発っするまでが大変なのだ。