ええっ 今度はチサが、、
翌日 その日の当番医 宗安は今で言う内科医であった。
彼はチサの身体を詳しく診察し
「今さしてどこが痛むという所は ございますか?」と 尋ねた。
「いいえ どこも」
心細げに答えるチサ 本当に今までこんな事はなかったのだ。
「さようでございますか。 お食事等もお進みでしょうか?」
「この暑さのせいか 以前よりは少し少なく、、」
宗安は頷き 安心させるように
「とりたてて今は どこもお悪くありません。
強いて言えば」と およのに向き
「お方様に申し上げたき事が、、」
心得て下がるおよの 待つ間もなく心配そうにお万の方が
「どこか悪いのか」と 宗安に問う。
「いえ いえ ご心配にあらずめでたき事にございます。
おチサ様におかれてはめでたくご懐妊」
「ご懐妊」 皆があっと驚く中 一番ビックリしたのはチサ
まさに青天の霹靂
「懐妊? 赤ちゃんが、、」 開いた口が塞がらないとはこの事であろう。
(妊娠 この私が 上様の、、) 思ってもみなかった。
(どうしたらいいの どうしたらいいのお母さん 私過去の世界で赤ちゃん)
20世紀に生まれ育ったチサ 16世紀の将軍家光の子
考えられない事だった。誰が考え得ただろう。
茫然とするチサの耳に
「めでたい めでたい事じゃ チサ」 感極まったお方様の声
「おめでとうございます。おチサ様」
およのやおこう かな江の声
「おめでとうございます」 部屋のみなが口々に祝いの言葉を述べる中
チサは途方に暮れていた。 どうしていいのか分からなかった。
(恐ろしい 私の運命はどこまで変わるの)
五年前の春の日 変わってしまったチサの運命
「どうかなされましたか?」
懐妊と聞いて喜ばぬチサの態度に ようやく不信を覚えた宗安が尋ねる。
「いえ あまりに急な事 私は思ってもいませんでした」
「ご心配には及びませぬ。おチサ様は健やかなお身体にございます。
私共 医師も付いております。また 五つ月を過ぎれば御子様も安定して
過ごしやすくなるでしょう」
「チサ お楽がいるではないか。竹千代君の母 お楽に何事も聞くが良いではないか
ここには身篭った者はいないがお楽や乳母の佐和に聞けば良い」と お方様
確かにそうには違いない。
だが チサの心配はそこではない 現代人のチサ
過去の世界の家光 その間に子供が産まれるのだろうか。
歴史にも載っていない女が将軍の子を産む。
そんな事があるのだろうか? 育つのだろうか。
みなは知らない事 チサが未来から来た人間と知っているのは
春日局 亡き後 伊豆守だけであった。
お万の方はチサが占いをする 毛色の変わった女としか聞かされてなかった。
お匙が帰った後 なおもふさぎ込んでいるチサにみなは不思議がる。




