竹千代君 毒殺未遂事件
その7月の下旬 二の丸御殿で人知らぬ一大事件があった。
竹千代君毒殺未遂事件である。
その日竹千代は いつもの3人の小姓と共におやつを食べようとしていた。
3人の小姓 吉松 助三 小太郎の内 小太郎は親族の葬儀が
あった為5日ほど休み 今日が久しぶりの出仕だった。
竹千代はことのほか喜び 自分に出された金玉糖を 彼に差し出し
「小太郎 そちの好きな金玉糖じゃ 先に食せ」と 命じた。
いくら仲の良い遊び友達の小姓とて 菓子を一緒に食べる訳では無く
まず 竹千代が食べてからお下がりを頂くというようになっていた。
まあ~時間差はあれど一緒に食べるには違いないのだが小姓が
若君より先に菓子に手を出すことはなかった。
だが その時は5日ぶりに出仕した小太郎に彼の好きな金玉糖を
食べさせてやりたい竹千代だった。
どうしようかと戸惑う彼に
「良いと申すに」と 一つ掴んで小太郎の手に乗せた。
側で見ていた佐和は
「小太郎 若君の思し召しじゃ 有り難く頂きなされ」と にっこり笑う。
「はい」
小太郎は嬉しそうに声を上げ 早速好きな菓子を口に入れた。
ひと口飲み込み ふた口目を食べた後 小首を傾け
「お乳母様 いつもと違う味がします」と 言った。
「はて そんな事があろうか?」と
佐和が進み寄って菓子を見ようとした時
「ああ~」と 小太郎が苦しそうに胸を掻きむしる仕草
「いかがしたっ」と 慌てる佐和や竹千代達
そこへ駆け込んで来たのはお松 お松は
「早う お匙を」と 叫ぶと同時に小太郎の背後にまわり
彼を膝に抱え うつぶせにして激しく背中を叩いた。
苦しさに暴れる小太郎だったが 運良くふた口目に食べたのは
喉に残っていたらしく胃液と共に吐き出した。
その時 お匙が駆けつけ応急処置をした為 幼い命は助かった。
その頃には知らせを受けたお楽の方も 慌てふためきながら駆けつけ
「若君」
「母上」
「ご無事か」
「母上 小太郎が、、」と 小姓2人と半泣き状態
「大事ない 大事ない」と 言い聞かせるお楽もショック状態
佐和は残った菓子を見て もし竹千代君が食べていたらと
いまさらながら恐れおののくのだった。
これらの事はすぐさま内々に伊豆守やお万の方に知らされた。
伊豆守は人払いを願い 直接 家光に次第を報告し
早速 犯人探しの手を打った。
お万の方は知らさを受け 青ざめたが竹千代の身に障りがないと知ると
ホッと安堵の胸を撫で下ろした。
それからその日は 差し迫る用事がなかった為
二の丸へお楽の方のご機嫌伺いに行くと言い出した。
急な事に不信がるチサ達に もうすぐ来るお魂祭(今で言うお盆)の事で
お楽の方と打ち合わせがしたいのだと 雪野一人を連れて出て行った。
二の丸に着くと青ざめた顔のお楽の方が呆けたように座っていた。
佐和とて同様 竹千代達もこの時ばかりは神妙な面持ちで佇む。
お万の方が入ってゆくと お楽は慌てて居ずまいを正し
「お方様」
「そのまま そのまま」 お方様はお楽を制し竹千代に向き直った。
「若君様 ご無事で何よりでございました」
「竹千代は無事であったが 小太郎はどうなるのであろう」
小姓を心配する優しさに お方の方の頬は緩む。
「先程 お匙より知らせがありました。
かの子供は毒を食べた量が少なかったのと吐き出す等 適当な措置を
取った事により しばらくは痺れなど残るものの命にかかわる事は
ないと聞きました。 お松 そなたの早い手当が良かったからこそ
あの子は助かったぞ」と
お方様は お楽の側に控える侍女に声をかけた。