チサの迷いとお万の方
「そうしましょう 今度は母上様にも手伝って頂きましょうね」
「それはいい 母上 竹千代は母上の作ったのが欲しい」と 早速甘える。
「分かりました。母も作って見ましょう おチサ様手ほどきを」と お楽の方
彼女は男兄弟がなく 兜がは折った事がなかったのだが
そう難しい折りでも無いから チサに手伝って貰いながら佐和と一緒に
残る3個の兜を折った。
その兜の真ん中に あらかじめ別紙に描いて置いた虎や獅子
{実物の虎やライオンを見た事のない絵師と違い 本物を知るチサの
絵はリアルだった}
それを糊づけすると立派な兜である。早速4人は庭に下り
小さな木刀を振り回してふざけ出した。
まったく元気な男の子 そんな様子を見守るお楽達のまなざしは
愛にあふれ 側にいるチサにも温もりが伝わって来る。
そんな時 フイに胸が詰まり思いがけず瞼の裏が熱くなり出した。
急なことに驚くチサ いったいどうしたと言うのかこの切なさは、、、、
奥歯を噛み締めて出ようとする涙を 押し止める。
幸いと言おうかみな 走り回る子供達を見ていてチサの表情が
変わった事に気づく者はいなかった。
チサの心の底に眠らせていた父母への想い 姉への想い
何気ない日々の楽しかった生活
帰郷して来た姉夫婦と甥っこ 姪っこの姿
さして広くも無い我が家の庭を マンション暮らしの二人は
楽しげに走り回っていた。 懐かしく帰らない日々
チサの沈んだ様子に 気づいたのはやはりおよのだった。
梅山の部屋でお茶を立てたあの時以来 およのはチサにとって
一番気の許せる友であったし またおよのもそうであった。
「おチサ様」 どうかしたのと言うように小声で声をかけ
心配げに顔をうかがう。
ハッとして顔を見合わせるチサ 慌てて首を振り
「何でもありません。 少し陽に当たり過ぎたのでしょうか。
若君達の元気さに気負けしました」と 微笑む。
「ご気分が悪いのですか?」 お茶の方と佐和も心配そうに覗き込む。
「いえ いえ ご心配には及びません。 このところ何かと気ぜわしく
今日ここにお招き頂いてホッとしていたところです。
若君の元気なご様子に和んだのでございます」と
明るい笑みを浮かべた。
「その上 部屋の方でもこちらでも柏餅を食べ過ぎ
ちょっと胸苦しくなってしまいました」と 周りを笑わせる。
しかし その胸苦しさは大奥に戻っても 日が過ぎても澱のように
心に降り積もって行った。