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ある町外れの診療所

人肌恋しい季節と言うが、診療所にはそんなものは関係ない

作者: 鞠目

 ここはとある町外れの診療所。白髪眼鏡の初老の医者がどんな症状でも匙を投げることなく処方してくれるが効果は人によると言われている。

 寒くなってくるとやはり診療所にやってくる人は多くなってくる。しかし先生は手を抜くことなく診察しいつも定時に上がっている。先生に関して「最近は仕事後にどこかに通っている」「最近体格が良くなってきている」という噂が流れているが誰も真相は分かっていない。






「次の方どうぞー」


「先生、好きです」


「どうされましたか?」


「私、先生の事が、好きです」


「何かお困りでしょうか?」


「一目見た時に私、ビビッと来たんです」


「本日初診ですがいつビビッてなったか教えていただけますか?」


「先生、私と付き合ってください」


「申し訳ございません。仕事とプライベートは分けたいと考えておりますのでお気持ちには応えられません」


「先生、私の告白どうでしたか?彼氏が欲しくて手当たり次第良さそうな男性を見かけると告白してるんですが全く相手にされません」


「そうですね。私は恋愛というものをしたことがないのでなんとも言えませんが今の告白はダメな気がします」


「やっぱりダメかあ……」


「そうですね。好きという感情をストレートに出されるのはいいと思います。しかし今の告白ですと会話のキャッチボールが崩壊しています。一方通行で言葉を乱射された気分ですね」


「難しいなあ……どうしたらいいんでしょう。告白の仕方が悪いんですかね?てか、そもそも私ね恋ってどんなものかもよくわからないんです」


「まだ初恋をしていないということですか?」


「そう、そうなんです。周りの友だちの話を聞いていると羨ましくて。すっごく憧れているんですけど、いまひとつよくわからなくって」


「なるほど、恋に恋しているんですね。恋がどんなものかわからないから知りたいと」


「そう!そういうことになりますね」


「わかりました。それでは本日はこれをお渡しします」


「なんですかこれ?」


「漫画喫茶の株主優待券です」


「え、あの、どうして漫画喫茶の優待券なんですか?」


「漫画喫茶にはたくさんの漫画があります。映画も見られます。本日おすすめの少女漫画と恋愛映画のリストを処方させていただきますので是非楽しんできてください」


「漫画や映画で何かわかるんですか?」


「わかります。人生のバイブルにすべき作品がたくさんあります。きっとあなたに気づきを与えてくれるものもあるはずです」


「そうですか……なんとなくわかったようなそうでないような。でも行ってきます、なんだか楽しそう。因みに先生が一番好きな作品ってなんですか?まずそれから見てみようかな」


「そうですねえ。漫画でも映画でもありませんが、やはり源氏物語ですね。モテる男性というのはいつの時代も魅力的です」






「次の方どうぞー」


「先生、どうして寒くなると美味しいものが増えるんですか?」


「暑い時期も美味しいものはたくさんあると思いますがどうかなされましたか?」


「食欲の秋って言うじゃないですか。美味しいものが増えてくるじゃないですか。ハロウィンがくるとカボチャのケーキ、そのあとはクリスマスケーキ、もう美味しいものがたくさん……」


「なるほどケーキがお好きなんですか?」


「ケーキだけじゃありません。寒くなると鍋をするでしょう?鍋の締めに雑炊、ラーメン。トマト鍋とかだったらリゾットもおいしいです。もう楽しみ方は無限大……つい食べすぎてしまいます」


「なるほど食べるのがお好きなようですね」


「はい、そうなんです……食べている時が一番幸せなんです。だけどだけど……」


「どうされましたか?」


「私、最近体重が…………私、痩せたいんです……」


「痩せたいんですか?」


「痩せたいんです……体重がちょっと増えてきちゃって、このままではダメな気がするんです」


「なるほど。お気を悪くするかもしれませんが、痩せたほうがいいと思うようなスタイルではないと思いますが」


「実は彼氏に『細い方が好きだ』って言われたんです……」


「ほう、それはそれは。なかなかダイレクトなメッセージですね。すごい切れ味ですね」


「先日2人で遊びに行った時、カフェでケーキを食べたんです。そしたらボソッて言われて……」


「彼氏さんは細い方が好みなんですね」


「そうみたいです。それがなんだかショックで」


「唐突な質問で恐縮ですが、もし明日地球最後の日だったら何をしますか?」


「たぶんケーキを食べると思います。ホールで。あとピザもLサイズで頼むと思います」


「なら彼氏さんのことは気にせず食べたいものを食べたらどうでしょうか?」


「え、でも……いいんですかそれ?」


「いいんです。明日が地球最後の日じゃないって誰か言い切れますか?明日が来るなんて確証は無いんです」


「そりゃそうですけど……でも、明日は来る気がしますよ?」


「来るかもしれません。でもあなたは地球最後の日にしたいことは彼氏に会うのではなくケーキとピザが食べたいと言われましたよね?ということはあなたは彼氏よりも食べることの方が……?」


「………………好きかもしれません」


「であれば気にしなくてもいいのかなと思いますよ。それに彼氏さんの好みも変わるかもしれませんし、新しい出会いもこれからあるかもしれません」


「そうですね。うん、気にせず食べようと思います」


「はい、その方がよろしいかと。あ、こちらお渡ししておきますね」


「なんですかこれ?」


「健康診断の案内です。前に来られた時に健康診断をここ暫く受けていないとおっしゃられましたよね?食べることはいいことですが健康も大切です。長く美味しいものが食べたいと思いませんか?是非ご検討ください」


「…………はい」






「次の方どうぞー」


「先生、おれ胸が痛いんです」


「胸が痛いんですね。それは大変ですね。どんな時に痛みがありますか?」


「ここ数ヶ月、荷物を届けてくれる配達員の女性の事を思うとなんだか、こう胸を締め付けられる感じがするんです」


「配達員の方ですか?」


「はい。最初はなにも感じなかったんです。でも、何度かその方から荷物を受け取っていると、その女性の声を聞くと嬉しくなっている自分に気が付いたんです」


「なるほど。お話しされることはあるんですか?」


「はい。最近はちょっとした会話をするようになりました。向こうはお仕事中なので長々とは話せませんが『最近寒いですね』みたいな、まあしょーもない内容ですが少しお話しできるようになりました」


「なるほど。では、無粋な質問で恐れ入りますが告白のご予定はございますでしょうか?」


「…………ありません」


「ほう。因みに告白はしたいですか?」


「したいです」


「でもされないんですか?」


「しません。おれ、自分で言うのもおかしな話ですが本当にガラスハートで。もし失恋なんてしたら耐えられません」


「なるほど失恋が怖いんですね」


「はい、そんなリスクを冒せません」


「なるほど」


「………………」


「どうかされましたか?」


「え、いや、『なるほど』じゃなくてこう、どうしたらいいとかないんですか?」


「はい」


「え、いやいやまだ何も解決してないじゃないですか」


「今日は何月ですか?」


「いきなりですね。11月です」


「はい、11月です。クリスマスのご予定はございますか?」


「痛いところを突きますね。もちろんありません」


「これはあなたの人生ですので私にはどうしようもございません。ただ1つ言えるのはクリスマス前に頑張ってみるか、何もせず一人寂しくクリスマスを過ごすのか、それは今のあなた次第です」


「そりゃそうですよ。そんなことわかってますよ」


「じゃあ後は自分で答えを出すしかないのではないでしょうか?」


「ぐっ……でも失恋したくないんです」


「あくまでも私個人の意見ですが砕けてもいいと思いますよ」


「え?」


「ガラスなんだったら何度でも熱すれば再生できるじゃないですか」


「……はあ」


「砕けたってあなたの思いが強ければもう一度立て直してぶつかっていけるんじゃないですか?ガラス瓶はうまくすれば100%再利用できるそうですよ」


「再利用って……でも、立ち直れなかったらどうしたら良いんですか?」


「失敗した場合なんて恋愛においては特に考えなくていいのではないでしょうか?そもそも失恋するかもしれないと思いながら告白するよりも『この人とお付き合いするんだ』と思って告白する方が成功するんじゃないかなと思います。まあこれも個人の意見ですが」


「…………わかりました。まだクリスマスまで時間もありますし考えてみます。ありがとうございました」


「いえ、とんでもございません」


「あの1つ聞きたいんですが先生はクリスマスはどんなご予定なんですか?」


「私ですか?いつも通り診療しているはずです」


「いや、お仕事の後の予定ですよ。どんなふうにお過ごしになるのかって気になって」


「ああ、特に何もございません。私は無宗教ですので」






 診察時間が終わり、医者が入り口の鍵を閉めていると1人のお婆さんがやってきた。


「おっ先生、今日もお疲れさん。最近ほんと寒くなったねえ」


「ああどうも。こんばんは、寒くなりましたね」


「こう寒くなると外に出るのが嫌になるねえ。日課の散歩もサボりたくなるよ」


「あらそれはいけませんね。でもお気持ちはわかります。私も仕事をサボりたくなります」


「そりゃいけないよ先生。まあ気持ちはわかるけどねえ。そういや先生今からどこかへ行くのかい?今にも運動しにいきそうな服装だね」


「はい、練習に行ってきます」


「練習だけじゃわからないよ。何の練習だい?」


「ボブスレーです」


「は?先生ボブスレーしてるのかい?初めて聞いたよ」


「実はここだけの話、来月本番でして」


「え、先生大会に出るのかい!?本当に人は見かけによらないねえ。応援に行こうかねえ」


「いえ、大会ではないんですが人手不足と伺いまして。そのお手伝いです」


「人手不足?」


「はい、クリスマスイブの夜にプレゼントを配るお手伝いです。今年は自粛規制のせいで国を越えたサンタクロース同士での業務カバーが難しいらしいんです。なので今年は助っ人として私も滑る事になりました」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「先生、好きです」 「どうされましたか?」 「私、先生の事が、好きです」 「何かお困りでしょうか?」 二人を隔てる超えられない壁が素敵です。 心までソーシャルディスタンス。 一…
[一言] >たぶんケーキを食べると思います。ホールで。あとピザもLサイズで頼むと思います 正直ですね。これくらいのがいいと思います。 先生、ボブスレーでプレゼント配りに行くんですかー。
[一言] 先生どんどん最強化してますねー。源氏物語でクスッとしました。でも健康診断を進めるところとかはちゃんとお医者さんしているなぁとちょっと感心してしまいました。 あと、クリスマスの診療後のご予定、…
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