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ネオンとテールランプの機械蛍

作者: RAMネコ

 ネオンとテールランプの機械蛍が、魍魎溢れる闇夜を淫らに涎を引いている。行き交う人間は仮面を被り、果たしてそれが人間であるのかさえ定かではない者共で犇めいている。高層ビルディングがコンクリートジャングルと広がり、過密な生体密度を社会性という幻で押し固めている。


 だが、時にそれは弾ける。


 押し出されるビリヤード球のように、カチャリと打たれ、どこまでも仄暗い穴の底へと落ちていく。

 

 平均化された社会から弾かれた者共の末路など、狂人か天才か、そしてそれは本質的に矛盾せず、また本質的に異なるものであると証明することは限りなく難しくあるだろう。


ーー大日本重化学連合会。


 メガコープ、テクノミカド傘下の建物に賊が押しいった。民間企業などと緩い警備ではない。メガコープ系列の治外法権で、侵入者の生殺与奪を持ち、要塞化されたマンハントシステムが数多くの企業間戦争、およそよからぬ輩を処理してきたことで悪名高い。だが今夜その死神へ、正面から挑む獣が現れた。


 警備員のガードは、『その仕事に従事する為だけに』皮下装甲手術、各種インプラントと複合的な強化手術を施され、人間という外面を保つならばあらゆる手段で完成させられている。例え軍の機甲師団が相手でも、限定的ながら持ちこたえられるだけの戦闘能力だ。


 始めの警報が鳴り響いた瞬間、大日本重化学連合会ビルのあらゆる防護隔壁が各区を遮断、ネット回線に至るまで遮断された。壁面からは小火器を保管する、偽装されたガンラックがせりだし、ガード達に武装させていく。銃に取り付けられたフラッシュライトから赤外線が照射され照らすが、肉眼がそれを捉えることはないだろう。


 人間の攻撃に備え、全照明が落ちた暗黒の中、ガードが赤外線センサーの灯りで見ていた。ビル各区を、恐ろしい軍靴で踏む、しかし消音技術で音の波が打ち消された足音が駆け走る。


 不気味な静寂。


 警報の回転灯が回るたびに、明暗を区切っている。走るガード、回転灯に鈍く輝く殺しの武器、そして闇。


 探すまでもない。


 彼はそこにいた。


 赤外線の暗視装置の目には、竜を噛み殺す猿が見られた。装甲で固められ、人間というには異様に細い腰のくびれはターレットになっているように見える。


 玄関ホール、正面から挑むーー!


 ガードは個人間データリンクで、極めて回避できない射線の網のレール上を5.7mm合金弾が高速で迫る。フラッシュバインダーが消しきれない熱を溜息し、彼を引き裂こうと迫る。


 侵入者、人型の影から火が吹かれると、とても人間の動きとは思えない、風の中を泳いでいるような異常な走行を見せた。人間の反射能力、人間の初動では回避不可能な弾幕射撃の隙間を神技的に縫うことで躱す。


 ガードの作る射線を複数かつ高密度だ。射程内なら戦闘機だって全てを回避できない弾幕をそよ風として受け流す。廊下を走る、跳ぶではなく飛んで、プランターに偽装したセントリーガンが火を噴いても目視と同時に避け、逆にスラスターから噴かした高推力がプランターに植えられた植物を焼き廊下の壁まで吹っ飛ばす。


 空薬莢がホールに打楽器が奏でる演奏のように響き、自己再生コンクリートが砕け舞うはらはらとした破片が破壊を転がす。


 ガードは弾倉交換の隙さえも相互にカバーしていたが、割り込まれた。砕かれたコンクリート破片が蹴られ、数人が纏めて一時的に射撃を中断させられる。銃弾の迎撃が制限され、同時に、侵入者の太腿や肩から仕組みがせりあがり、擲弾が乾いた音と連続で撃たれる。


ーーPON!


 祝賀でコルクを抜くような音はしかし、もたらすのは破滅だ。調整信管の擲弾は空中でヒレを動かしながらガードの至近にみずからを招いて、炸裂した。鋭利な合金が撒き散らされ、皮下装甲を完全に破壊するほどではないが、深々と喰い込み行動不能に倒していく。


 階段を駆け上がり逃げていく侵入者をガードの銃火が追うがそれはもう、ガードの盾としての効果を失っていて、突破されたことを意味している。


 侵入者はエレベーターのドアを数度叩き、無理矢理開けてはシャフトへと侵入。最上階を目指してシャフト壁面を虫のように高速でよじ登る。もう一度、ドアを今度は内側から破壊して抜けた先には、大日本重化学連合会の上級会議室だ。


 今、その部屋では最高幹部が揃っていた。親であるテクノミカドがおよそ受け入れられない会議だ。


 迎撃があった。


 通路いっぱいの巨体の巨人、中国製ウォードレスだ。腕で抱える機関砲から大口径砲弾が吐き出され、


ーーDOM!

ーーDOM!

ーーDOM!


 コンクリートを軽々と貫通していく、それ。


 だが侵入者はその軌道を読み、一つ目をギョロギョロと気味悪く動かしながら、超伝導磁気関節で人間には不可能な手足のバタつきを見せる。人間のような形で、人間とは明らかの異質な動きは不快となるだろう。天井を這い、壁に飛び移り、中国製ウォードレスのオペレーターは困惑した弾道を迷いながら選択する。AI補正された射撃は正確だが、侵入者は上をいった。


 侵入者が会議室の入り口に立ったとき、中国製ウォードレスはハラワタを引きずり出され、倒れ伏した。


「ーー」


 会議室で待っていた銃を向けた男達が、銃口を向け、引き鉄に重さを乗せた瞬間、脳幹に三発撃ち込まれ血溜まりに沈む。遺伝子分析から、標的と関係性の高いものを侵入者は分析した。


「待ってくれ! 私は、私は知らなかったんだ! まさか、かの会社が統一中国政府のーー」


 唯一の生存者である日本人、大日本重化学連合会の会長であり、テクノミカドの幹部でもあった男は首から上を完全に破壊され、脊髄と両の手首を切り落とされた。メモリーチップが埋め込まれている。回収するためだ。あるいは完全破壊が侵入者の任務だ。他の肉や骨に隠していないか、センサーが走るが、どうやら無いらしい。


 スーツケースの中には古典的な、紙の契約書の束があった。テクノミカド系列の企業に納品する様々な技術のデータだ。重大な背信行為だ。だが侵入者には、特別なボーナス以上でも以下でもない。


 侵入者の目的は、大日本重化学連合会で暴れることで、株価を下げ、この会社を完全にテクノミカドに組み込む為に下処理することだからだ。


ーー遠く。


 大日本重化学連合会のビルから、飛び出す人型の影を見つめている男が一人。男がチラリと目線を下ろして、手元のスマホの端末には、大日本重化学連合会で暴れた侵入者と同じ視点がリンクしていた。


 丸い眼鏡の位置を直す男の名前は…………どこにでもいる、ただのサラリーマンだ。



ーーーーーーーーーー



 ペーハー値の高い酸性雨の雫が、化学耐性処理済みのコーティングされたレインコートを滴る。曇天からこぼれるのは恵みの雨には遠く、ときおり極彩色に光る雲と同じように化学材で汚染されている。


 雨の日を好きな日本人は少ない。


 だが丸眼鏡の男……重秀は誘蛾灯に誘われる虫のように、ブーツを浸しながら雨の繁華街を歩く。人は少ない。雨の日だ。極僅かに揺れる、耐性傘や雨具の人間はどれも、中身が死んだように振る舞い、うつむき、足を引きずるように流れていく。


 両脇、そして遥か天へも通じる高層建築物のドアは固く閉ざされ、まるで全てを拒絶しているようでさえあるだろう。


 レインコートを叩く雨粒が力を増していた。見上げれば、雨雲が僅かにスパークしている。ナノマシンの影響か……雨足が少し、激しくなりそうだ。重秀は先を急いだ。ブーツがたてた泥が跳ね、レインコートを汚していく。


 錆びた鉄の扉を酸性雨が流れ滲む。重秀はそのアンダーグラウンドを纏った扉の前で、巨大な音の振動を微かに聞いた。違法クラブへの入り口、猥雑の顎門だ。チラリ、と対抗の建物の屋上を重秀は見る。霧のかかった中に、一つ目が光っていた。


 ノックを二回。


 鉄扉のスリットを塞いでいた蓋がスライドして、機械化された義眼が覗きこむ。「会員制だ、帰れ」取りつく島もない理不尽が締めだした。スリットは塞がれ、腐蝕コーティングされていなければたちまち腐る重化学を吸った雨が肌を這う。

 

 鉄扉は標準的な均質圧延でLv1のコーティングだ。重秀は脳幹データリンクで相棒に協力を要請する。コンマ2s、鉄扉は開いた。クラブの入り口では、門番をしていた義眼の男の首から上が消えていて、顎と歯が割れた花瓶の底のように残っているだけだ。


 ストリップクラブだ。


 踊り、音楽、舞台で踊る女。ケバケバしい照明が闇を切り裂き狂気を浮かべる。ダンスを披露する女は脱いだ下着を客に投げて喜ばせ、スクリーン越しのセックスで客にその気を昂めさせた。少し暗い場所にいけば、フェラやオーラル、浩然とセックスに励む男女、あるいは同性が嘶いている。


 だが、重秀はそれらに目はくれずVIP席の三階へと足を運んだ。自己再生コンクリート、厚み2mで鉄筋入り、それにプラスで少々の不純物の障害だがこれらは射線の誤差だ、計算から排除した。ストリップクラブの喧騒とは裏腹に、無機質な廊下は研究所のような、ある種の拒絶感を覚えさせる清潔さがある。床と天井は統一された白であり、壁面に埋め込まれた淡い照明は、照明器具という具体的な主張はなく、ただ白い道にアクセントのドアが続く。各ドアの向こう側はVIP席であり、忙しない声がくぐもっている。


 重秀は目的のクラブオーナーのルームへ通じるドアを、無造作に開けた。複数の機械が紙幣を数える騒がしく忙しい音、護衛がよからぬ不心得者へズボンに挟んだ拳銃を抜く擦過、悲鳴をあげるクラブオーナー、同時に起こったが全て聞きとれた、予想の範疇以外でもない。


「金払いが良さそうですね。部下を皆殺しにされたくなければ俺に向けさせないでください、春雄」

「あんたが来るなら来るって教えてくれていれば、こんな歓迎はせずにシャンパンかジンを用意していたさ」


 春雄は引きつった笑みを浮かべながら「やめろ」と命令した。肥え太った顔から汗が噴き出始めている。


「この帝王、春雄様に用があるってんなら聞いてやらんでもないぞ、特別に無料でな」

「大日本重化学連合会に鬼が現れました。しかし連中、ビルの中にパワードスーツの類いを配備していました。中国製の、です。正規軍と変わらないです。密輸ルートをバラして持ち込んだにしては大きすぎます」

「春雄様に探偵みたいな御使いをやれって? 冗談じゃない! そういうのは春雄様じゃなくて、下っ端に頼んでろ。くだらない。今じゃ戦車も原子力空母も日本に密輸できるんだぜ? 今更、軍用パワードスーツの一機や二機ーー」

「ウォードレスですよ」

「なんだって?」


 春雄が身を乗り出した。


「例の半機半人か」

「そうです。砲撃はAIアシストを受けていました」

「はっはっー、そりゃ面白い。解放軍の最新兵器が輸出でもなんでもなく、密輸で、しかも噂では中国資本に生贄した中華人で日本人の総長が仕切る、大日本重化学連合会に、か」


 重秀の内心は、心底愉快な春雄とは対照的だ。彼は楽しめず、彼は楽しんでいる。害虫に食い荒らされるのは面白くないと考えるか、害虫を踏み潰す楽しみかの違いだろう。重秀は前者で、春雄は後者だ。


「お願いは聞いてやろう。いいか? 今回も『特別』だからな? 春雄様をこき使うなんて、姉貴をお前に犯させるほうが楽しい。だが今回は別だ」


 と、春雄は追い払うように手を振り、


「用事はすんだろ、帰れーーあぁ、VIP席に顔は出しておけ。顔を繋ぐのはいつだってマメな男だ。それと……誰も殺してないだろうな?」

「春雄。俺はーー」


 重秀は踵を返し背中で「恐怖ですよ」と去った。「くそったれ! おい、誰が死んだか確認しろ! 補充しねぇと」騒がしくなったストリップクラブを出ても、雨はいまだ止まずに振り続けていた。やまない雨はない。だが、雨は振り続けている。

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