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命の恩人は甲斐甲斐しい事この上ない

それからジェイは、男女と何かしら言葉を交わした後、私の手を引き建物から離れようとした。

勝手に呼び捨てにしてしまったので、早めに敬称も知りたいなぁと考えていた私は慌てて二人へと頭を下げジェイについて行ったのだった。




私は160cm、ジェイは推定180cm以上なので歩幅が全く違う。

だが、私に合わせてくれているようで無理なく歩けた。

良い人は確定かもしれない。

でも、この世界に人身売買の横行とか奴隷制度があったら別だしな…とも思う。

宗教も違うと細かい部分で面倒だったりするものだ。

ツラツラと考え事をしていたら、頭の上からジェイの声が聴こえた。


『×××××!』


見上げれば小さめの茅葺き屋根の一軒家を指差していた。

真っ青なドアを目印にしよう、屋根や他では判別出来る気がしない。

ジェイの顔は相変わらずボンヤリとしか見えないが、ニコニコと機嫌が良さそうだ。

カチャリと静かな音を立てて扉が開かれる。


「建て付けが良い…」


思わず先程の扉との違いに、口に手を当てしみじみと呟くと頭の上から笑い声が聴こえる。

言葉は通じなくても通じる事はあるんだな、と少し安心しつつ頭を下げてから室内へと入らせて貰った。

中は物が最低限だが、ちゃんと生活感があるように思えた。

一通り家の中を案内して貰ったが、やっぱりジェイが何言っているかは一つも理解出来なかった。

でも、身の危険はなさそうだし良いかなと思考を止めた。

こんな短時間で、一気に色々あり過ぎて疲れたのだ。

30半ばの体力と気力の衰えを舐めないで頂きたい。

だが、恩人である彼にお礼以前に自分の名前さえ名乗っていなかった事を漸く思い出した。

ここが君の部屋だよと言わんばかりにベッドをポンポンと叩いたジェイに向かって、自分を指差しながら口を開く。


「ち・は・る」


通じてくれ!と念も送りつつ、もう一度繰り返す。

ジェイはキョトンとした顔をしながら、私が何を言いたいのか考えてくれているようだった。


『チェ…ハ、ル…?』


おい、私は何処の革命家だ?とベレー帽でも被って言いたい気持ちを押し留め、名前の発音が難しいのかと考え直す。


「ハ・ル!」


『ハ…ル、ハル…』


『ハル!』


ジェイはモゴモゴと口の中で名前を繰り返した後、パッと花が咲いたような笑顔で私の名前を大きな声で呼んでくれた。

この際、見た目がどうやっても闘犬だったり声が大き過ぎた等は些細な事として無視した。




ダイニングと思われるテーブルのある部屋へと戻るまでも、ジェイはニコニコしながら私の名前を何度も何度も呼び続けた。

その度、私も頷きながら彼の名前を呼び返した。

それしか伝わる言葉が分からないんだから仕方ない。

他意はない、他を教えて欲しいくらいだ。

ダイニングに着くなり、彼はテーブルの上に大量の果物を乗せ始める。

ちょっとだけ生贄への供物に見えたのは一生の秘密にしようと思う。

竹林から助け出してくれた上に、部屋と食べ物までくれるのだから命の恩人だ。

全く言語による意思疎通は出来ないが、まだ初日だもの。

甲斐甲斐しく食べ方まで教え皮を剥いたりしてくれるジェイは強面と言われるタイプであってもギャップ萌えでモテるんだろうなぁと、これから周りの女性達に誤解されないようにしようと誓った辺りで私の意識はブラックアウトした。

疲れてる中でお腹も膨れたら、そりゃ寝るよね。

いや、恩人に対して悪かったと思ってはいるんだよ?




辺りが真っ暗な中、私は目覚めた。

きっとジェイがベッドまで運んでくれたのだろう、私の体にはちゃんと毛布が掛けられているようで暖かかった。

昔から鳥目なので、手探りで枕元を探ると持っていたトートバッグが手に当たる。

何とかライターを取り出して火を付け、チェストの上にあるランプのつまみを回す。

どういう原理で光が灯るのか分からないが、昼間の内に説明してくれたジェイに感謝しよう。

ライターをポーチに片付けてから、今度は他の荷物を全てベッドの上に並べる。

ジェイの金色の瞳を見てから、ここが異世界だろう事には納得した。

納得はしたが、自分がどうなるのか元の世界に帰れるのかという不安は大きなままだ。

なので、元の世界との繋がりがちゃんと分かっていたかった。

既にスマホと電子煙草の行方が知れない。


「エコボトル、チョコレートにハンカチとティッシュはまだある。ノートに筆記用具、スケッチブックも大丈夫。お財布も喫煙セットもある。ジェイはきっと何か取るような人じゃないもんね…あ、免許証見れば良いんじゃん!」


ジェイを疑うつもりはない、ないのだが全幅の信頼を寄せても良いのかは正直なところ分からなかった。

それでも、助けて貰ったのは事実だ…ちゃんと感謝を伝える為にもまずは言葉を覚えようと気持ちを入れ替えた。

そして、財布を開き免許証を取り出して愕然とした。


「は?何で免許証の文字が消え掛かってるの…?他!他の文字は!?」


慌てて保険証やマイナンバーカード、レシートにノートやチョコレート、煙草の箱にライターまで取り出して全ての文字を確認する。


「嘘でしょ?印刷されてる文字は全部消え掛けてる…消えてないのは自分で書いた文字だけ?」


元の世界との繋がりが、私の存在が元の世界から消え掛けいるようでゾッとして目眩がする。


「このまま、他の物まで消えない…よね?てか、私の存在は大丈夫だよ…ね?」


怖くて怖くて、どうしようもなくて、私は荷物を全て腕に抱え込む。


「何なの…?どうして!?私が、何したっての!!!」


あまりの恐怖と理不尽さに声が震える。

知らず知らずの内に、私は涙を流していた。

それが怒りなのか悲しみなのか恐怖なのか見当も付かないまま。



泣き疲れた私は、いつの間にか眠ってしまったらしい。

窓から入り込む朝日に気付き目を覚ますと、泣いた後特有の頭痛が私を襲った。

荷物を抱き締めたまま変な態勢で寝たせいか体まで痛いし、寝起きの気分は最悪だった。

クソっと小さく悪態を付いて寝返りを打つ。


「はひぇっ!?」


ビックリし過ぎて、思わず変な声が出た。

いや、突如として視界一杯に凶悪な闘犬の顔が現れたらおかしな音だって出るはずだ。

パッと見とてつもなく凶悪に見えたソレは、良く良く見ればそれはとても心配そうなジェイの顔だった。

心の中で謝りつつバレないよう小さく息を吐き出してから、そっと相手の頭に手を伸ばす。

体は大きいし眼光鋭い強面だが、きっと彼は私よりも若い気がする。

元の世界でも日本人よりも海外の人は大人っぽく見えるようだし、こちらでもその法則は適用されるかもしれない。

ジェイの髪を出来るだけ優しく撫でながら私は心配しなくて良いという気持ちを込めて彼の名前を口にする。


「ジェイ…おはよう」


伝わらないと分かってはいるが朝の挨拶も添えて。


『…ハル×××××』


今日もジェイの言葉は早過ぎて覚えられそうになかったが、彼がふにゃりと笑いながら私の名前を呼んでくれた事で、少しだけ自分の存在が明確になった気がした。

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