第09話 腐れ縁?
現在僕は、自分の出せる最高速度で森の中を走り抜けている。
多分僕が生まれてからの11年と半年ほどの中でこれほどの速度で走り込んだのは初めてかもしれない。
「おいおい、休憩もなしにそんな飛ばして保つのか?」
「ゆっくり休憩してる時間なんてないでしょ!っていうか、当たり前のように付いてきますね!?これでも結構鍛えてると思ってたんですけど!?」
「ははははっ、このくらいの速さなら問題ないな。つか前見て走らんと危ないぞぉ〜」
「くっ……」
ゆるい会話こそしているが、こんな速さで走っているのにはもちろん理由がある。
そして、その理由を話してきたのが後ろで余裕綽々に付いてきている男性だ。
男性の名前は、ディートというらしい。
ディートさんの話によると、彼は魔物が生まれる空気というものに敏感だそうでその空気が一定以上溜まると大量の魔物が出現する「スタンピード」という現象が発生するそうだ。
普通なら逃げようとするだろうが彼はスタンピードが起こりそうな場所があると、その場所の付近まで赴き近くの人たちに避難勧告をしながら旅をしているそうだ。
そしてもう話の流れからも分かる通り、今回は北のほうでそれを感知しもし村などがあった場合村人を避難させようと思ってティルゴの町まで足を運んでいたそうだ。
「ほんとにスタンピードなんて起こるんですかね?」
「どうだろうな、俺が嘘をついてる可能性もあるんだぜ?そんな簡単に鵜呑みにしちゃっていいのかい?」
「これでも商人としての才能はあるそうですよ?人を見る目も含めて、ね。ていうか信じるってわかってて言ってるでしょそれ!?」
「はははっ、こんな簡単に信じてくれてありがたいと思ってるさっ」
そういってディートさんは笑っている。
普通に考えれば、「この近くでもうすぐ魔物の氾濫が起こる」なんて急に言われても信じる人はそう多くないだろう。あっても頭の片隅に入れておこう、くらいだと思う。
ならばなぜ僕がこの人の話をすぐに信じてしまったのか。
それはいま現在カルケスの村に向かって走っていてもよくわからない。
なぜかこの人の話は信用できる気がしたのだ。むしろ、いまここで信用しなくちゃダメな気さえしていた。
普段は尾行なんてしないだろう僕がディートさんをつけてしまっていた時点で直感的に何かを感じ取っていたのかも、なんて変な考えすらよぎってしまう。
実際、彼は尾行している僕に気づき裏をかいて驚かしたりできるくらいだからそれなりに強いのだと思う。それに一度会って話をしただけだけれど、ディートさんはどこかセレナのお母さんであるトレイアさんと同じような雰囲気を感じさせる。
いまはとりあえず、この不思議な空気を纏う人のことを信じてみようと思う。
……もし違っていても僕が疲れて村長に怒られるだけで済む話だし。
そうして少し話をしながら走っていると、村に着いた。
1年半前の時は歩いて6時間、走るとしても途中険しい道もあるので結局4時間強はかかってしまっていた道のり。それを今日は必死だったことも含めて、2時間ほどで来てしまっていた。
僕がそのことに気づくのはもう少し経ってからのことだけど。
ディートさんを連れて村の前に着いた僕は、少しだけ息を整えてから中に入っていった。
とりあえず、村長の家に向かう前に僕の実家へ。
村の近況、魔物のことについてそれとなく聞くためだ。
家に入ると、父は畑仕事に出ていて不在だったが母がいたので話を聞いてみた。
「ただいま、母さん」
「あら、クルト。お帰りなさい……なにかあったの?」
母は物腰はおっとりとしているが、とても勘がいい。僕が急に帰ってきたことについても何も聞かずにいきなり理由を聞いてくれる。話が早いので、最近の村の近くの森について聞いたり、何か変なことはないか聞いてみた。
「そうねぇ、最近は少し魔物の数が多くなっているような気がするってディドさんが言っていたわね」
ディドおじさんはこの村で1番の狩人だ。だからこそ森のことに一番詳しい。
そのおじさんがそういうってことは、ディートさんの話がさらに現実味を帯びてくる。
そのあと二言三言ほど話をしてから村長の所在を聞くと、家にいるだろうということなのでディートさんを連れて向かった。
村長の家で村長に最近の村近辺の魔物の話を交えつつディートさんから聞いた話をした。
「スタンピードか、それが本当ならばすぐに避難せねばな。クルトやその話は誰から聞いたんじゃ?」
僕はディートさんのことを素直に話しても信用されないと思い、少し嘘を交えつつ説明した。
「前にティルゴの町にBランクハンターがきていたんだ」
「ほう、その方が教えてくれたのか?」
僕は少し間を置いてから続ける。
「その人はいま他の大きな街まで向かっていったんだ」
僕がそういうと、村長は「なるほど、連絡しにいったのじゃな」と解釈してくれた。
ディートさんから視線を感じるが僕自身は嘘は言ってない。
実際、Bランクハンター《蒼炎の泡沫》がティルゴの町にきていたし、そのあと弟子を連れて大きな街に向かっていった。うん、大丈夫……怒られたら謝ろう
村長といくつか話をして、村人たちは避難をすることで決定した。
大きな声で村人たちを呼びに行く村長はとても珍しく感じた。
僕たちは、母さんにその話をしようと思って僕の実家に向かうと母さんはすでに避難の準備をしていた。
母さんに理由を聞くと「なんとなくそんな気がしたからよ」と言われた。母さんはやっぱり勘がいいなと思った。むしろ心でも読まれてるのかとさえ感じてしまうほどだ。
1時間ほど経ち村の人たちが全員避難準備をしている頃、ディートさんが急に目を閉じてしまった。
数十秒後に目を開き、僕に向かって口を開いた。
「すまん。ちょっと思ったより早く魔物がきちゃいそうだわ」
「え!?スタンピードですか?」
「いや、それはまだっぽいけど気が逸った魔物がちらほらとこっちに向かってきてる」
「そんなのもわかるんですか」
「まぁな」
ってそんなことはどうでもいい。
早く村長さんに伝えないと。ディートさんは魔物とも少しは戦えるといっていたので、僕は一人で村長さんのところへ向かい避難を急ぐように頼んだ。
実家の方へと向かうと、喧嘩のような声が聞こえた。
「目を話すなっていったでしょ!」
「仕方ないじゃんか!あいつ逃げるのうまいんだから!」
「二人とも、今はそんなこと言っていても仕方ないでしょ。早く探さなくちゃ」
どうやら僕の姉で長女である15歳のカルファと僕の2歳下の弟ライムが喧嘩していたようだ……長男のカインと父さんの姿は見えない。
なだめている母さんに話を聞くと7歳になる妹コルンがライムが目を離した隙をついてどこかへ言ってしまったようだ。
僕は村長が避難を急ぐように言っていることを話し、ライムを連れてコルンを探してくると言い実家から離れた。コルンは少しばかりやんちゃな子で気がつくとすぐにどこかへ出歩いてしまう。一度村の外に出て家族みんなからひどく怒られたので多分村の中にいると思うが。
ライムを連れて走っていると、村の周りで大きな叫び声が聞こえてきた。
何事かと思うと、避難のために外へと向かおうとしていた人たちが慌てて中へと走り込んでいた。
「魔物が出たぞ!」
「なんだと!?早すぎる!数は!?」
「二体だ!」
「ディドさんは!?」
怒声が飛び交っていた。すると他の方からも村人が走ってきていた。
「村の北と西に魔物が出た!北はたまたま村にいたハンターらしい人が、西はディドたちが当たってくれてる!」
「おいおい、東にも出たぞ!」
「残ってるのは南だけか。みんな、南側から焦らずに避難するんだ!」
近くにいた村長の息子であるガルドさんが指揮をとって少し落ち着いていった。
その間に僕は思考する……多分北側にいるハンターはディートさんだ。
西はディドさんたち狩人の人たちがなんとかしてくれるだろう。
この村は平地にあるし近くには北側にしか森はない。スタンピードは北の森で起こるらしいし、南の森は数キロほど離れた先にある。それに行きに見た感じでは特に変化はなかった。
ディートさん曰く、この魔物たちはスタンピードの本番ではないらしいからここさえ耐えれば避難できるだろう。
つまり今僕がやることは東に出てきた魔物の対処。どのレベルの魔物かわからないけどやるしかない。
東の方に走ると、子供の泣き声が聞こえてくる。
急がなきゃと思いライムを引き離す勢いで走り、十数秒ほどで村の東の柵まで着くとやっぱりというかコルンが転けて泣いていたところだった。
魔物はどこだと思うと、柵の近くで父さんたちが鍬を使って抑えていた。
カイン兄さんが僕に気づき、叫んだ。
「クルト!いいところに!コルンを連れて避難してやってくれ!」
それを聞いて僕はコルンの方に駆け寄り抱き上げる。
まだ泣いていたが、今はあやしている時間もなさそうだ。
追いついてきたライムにコルンを渡しながら言う
「ライム、僕はあの魔物の対処に行かなくちゃならない。コルンのことは任せられるかな?」
「えっ?でも父さんたちがいるじゃん!」
「うん、でもきっといま戦わなくちゃいけない気がするんだ。嫌な予感が、ね」
そう言うと、ライムは「わかった」と言って実家の方へと走っていった。
そして僕が剣を抜き魔物の方へ体を向けると同時にガジャッと音を立てて柵が壊れた。
カイン兄さんや父さんたちは鍬ごとはじかれてしまったようだ。
僕は父さんたちに声を掛ける。
「大丈夫!?動けそうなら離れて!」
父さんは少しよろめきながらも立ち上がり、カイン人さんに肩を貸した。
他の大人たちも少し遅れて立ち上がって離れていった。
「クルトっ!お前も逃げなさい!その魔物は道場で稽古したくらいで倒せるほど可愛いものじゃない!」
「わかってるよ。この魔物のことはよーく、ね」
僕はそういって剣を構えつつ魔物を見据え、独り言ちる。
「まったく、なんの因果だって言うのさ。どうやら嫌な縁でもあるようだね君たちとは」
もちろん魔物から返事なんて返ってくるとは思っていない。
魔物はザッ……ザッ!と地面を踏みしめこちらを値踏みしてくる。僕よりも近くに父さんたちがいるけれど、僕から目を離さずゆっくりと僕を中心に右周りで円を描くように間合いを取ってくる。
それに合わせて僕も同じ方向にゆっくりと相手の間合いをずらす。
場違いなことだけど、少し昔を思い出すな。そういえばあの時も戦意のある方から目を離そうとはしなかった。やっぱり魔物の中でも頭はいいのか、それとも野生の勘と言うやつか。
「グルルルルっ!」
その息遣いを聞いて、僕は逆に心を落ち着けるために大きく息を吐く。
これは僕に取って一種の試練になるかもしれないと思いつつ、あらためてその魔物に神経を集中させる。
その魔物……僕とセレナが出会うきっかけともなり、僕が初めて死を意識した存在ーー
ーーブルーウルフ
ストックがなくなりましたっ。
感想や誤字脱字報告がやる気になりますので、もしよろしければお願いしますっ。