第08話 運命の日
森の前に着いたら、僕たちは全員に見やすいようにとひらけた場所で待機。
蒼炎の泡沫のメンバーの1人が森に入り、数分するとラージミラージに追われてきた。
「ちょうどいいのを連れてきたな。んじゃあ、一つ見せてやるか」
メンバーの一人が凄い早業でラージミラージの狙いを自分からガウルさんへと変えた。
これも十分に凄い技だと思う。
けれど次の瞬間、その凄技すら霞んでしまうような技をガウルさんが見せた……いや魅せた。
ガウルさんへ狙いを変えたラージミラージは自慢のツノでガウルさんの胸へめがけて突っ込んできた。
それをガウルさんは半身で構えて躱した。
ここまでは試験の時の僕と同じだ。一体この後何をするのかと思った瞬間ーー
《豪剣》
文字通り一閃。一瞬ガウルさんの剣が光ったように見えた次の瞬間にはもう剣を振り下ろしていた。
その剣さばきにしばし見惚れてしまった。
ラージミラージはその勢いのまま地面に突っ込み、足をぴくぴくと痙攣させていた。
それだけ聞くと、技をはずしてしまったのかと思うかもしれないが。事実は全く異なる。
結果だけ言えば、綺麗に切り落とされていた……20cmにも及ぶツノが。
そして、ガウルさんの剣は何事もなかったかのように光を写していた。
生きているラージミラージのツノはもちろんアルミラージのそれよりもさらに硬度があると昨日の試験中にガウルさんが教えてくれた。そして死ぬと硬度も落ちてしまうらしい。
それを聞いて気になったので昨日の帰り道でペートが自分のアルミラージと僕のラージミラージのツノを硬さを調べるため試し切りをした。
結果はアルミラージの方は少し欠けたが、ラージミラージは傷ひとつなくむしろ大きく刃こぼれしてしまいペートはショックを受けていた。……まぁ普通に考えればその結果はわかると思うのだけど。
それは置いておいて、つまりガウルさんは自身の剣を刃こぼれすらさせずに生きてままラージミラージのツノを両断してしまったのだ。
達人でもない僕でもわかる。これはもう、技量だけでどうにかなる領域じゃない。
その秘密が、ガウルさんがさっき言っていた《気》というものの力なのだろう。
……圧倒的だ。そして、僕は同時に思い出してもいた。セレナがブルーウルフを倒した時、彼女の剣身もまた光っていたのを。当時は見間違いだと思ったが、これを見た後では答えは変わってくる。
さらに、別れる時にセレナが言っていた言葉がそれの答え合せをしてくれていた。
ーー確かに一応まだ使ってない技がいくつかあるよ。ーー
これはもう使えるのだろうなーーオーラを。
その考えに至ってしまい、僕はさらにセレナとの差を感じた。
いまの僕じゃああの時のセレナにすら勝てないかもしれない。
いやそもそもあの時のセレナに勝つためにはまず、ブルーウルフを難なく倒せるレベルにならなくちゃいけないんだった。
いまの僕にできるだろうか……そんなことを考えてしまった時点でダメだな。気合いを入れ直さなくては。
ばちんっ。
自分のほおを両手で思いっきり叩いて気合いを入れ直す。
もっともっと頑張らなくては、セレナすら守れるくらいに。
そのためには絶対に必要だな、《気》。
魔法とは異なる肉体の力。
そうして考えをまとめていると、ガウルさんがラージミラージの片付けを終えていた。
「おう、どうだ感想は?」
「すごかったです。あれがBランクハンターの力なんですね」
僕がそう答えると、周りのお弟子さんたちも頷いていた。
それを見てガウルさんは「あーっ、そうか。そうだわな」といいながら頭を掻き、蒼炎の泡沫のメンバーも苦笑い。
どういうことだろうと僕たちが戸惑っていると、ガウルさんが口を開いた。
「あー、俺たちがBランクハンターパーティだから間違えちまったんだろうが、リーダーである俺はBランクじゃなくてAランクハンターだからその辺は勘違いしないように!」
「えぇーっ!?」
割と本気でびっくりしてしまった僕たちであった。
それを見てさすがのガウルさんも苦笑い。
「おいおい、そこまで驚くこたぁねーだろがよ……結構心にくるぜ」
ガウルさんはそうは言うが、僕たちの反応も仕方がないと思う。
「いやだって、Aランクハンターといえば一流も一流じゃないですか。一つの国に30人もあれば良い方だと言われるんでしたっけ、この国にだって一体何人いるかもわからないし」
お弟子さんの一人が答える。
すると苦笑いからにやけ顔に変わりつつガウルさんが答える。
「へっ、まぁな。その『国に30人』ってのは平均的な話だから、このクレイル王国みたいな大国には50人以上はいるがな」
ガウルさんはそう言うがこの国で100人もいない存在が目の前にいるなんて、普通じゃないと思うけどね。
「話が逸れたな。いま見せたのが《気》ってやつだ。どうだ坊主、すげぇだろ」
確かに凄かった。あの技があればラージミラージのツノさえ切断できる攻撃が可能なわけだ。いやもちろん、あれはAランクハンターであるガウルさんの力があってこそだろうけれど。それでも僕にも《気》が使えればセレナとの差をだいぶ埋めれるはず。
「すごかったです!」
「あれがあるから俺たちは上位の魔物とやりあえてるわけだ」
僕はそれを聞いてさらに疑問が出てきた。
これは聞いておかないといけないな。
「気になったんですけど、それって防御やカウンターでも使えるものじゃないんですか?」
「ははっ、やっぱり冴えてるな坊主。そうだ《気》は防御にもカウンターにも使える。つまり、坊主の戦い方でもそれを使いこなせればハンターとして上の方へ行けるだろう」
「じゃあーー」
「ーーだが、それが俺がお前の弟子入りを拒否した一番の理由だ」
ん?どう言うことだろう。そう疑問に思っているとガウルさんは僕の顔を見て答えてくれた。
「攻撃、防御、カウンター…… 《気》の扱いで覚えやすい順に並べるとこうなる。《気》でのカウンターは俺でもできない。だからお前に教えてやることができないんだよ」
情けない話だがな、と付けてガウルさんは話してくれた。
Aランクハンターでも出来ないのか。
そんなの僕にできるのだろうか、不安に思っているとガウルさんが「けどな」と言って付け加えてくれた。
「確かに俺は力で押し込むタイプだから坊主のような技量で捌くタイプには教えれねぇ。逆に坊主と似たようなタイプのハンターならカウンターの使い方を教えれるかもな。ま、その辺は自分で探すことだ」
やっぱりガウルさんは口調は粗野だけどすごくいい人だ。昨日は声を荒げてしまった僕に対して、《気》についてわかりやすく説明してくれて、さらに僕の進みべき道をそれとなく教えてくれたのだから。だから僕は心の底からガウルさんに感謝する。
「ガウルさん!今日は本当にありがとうございましたっ!」
「へっ!そんな大したことはしてねぇよ、それとな……もし坊主がいまのスタイルのまま上に行くっていうなら今まで以上に厳しい道のりだろう、よぉく覚悟してから行くんだな」
「はい!でも僕はそれでももっと強くなると決めましたから!」
「気に入った、いい度胸だ!だから一つ教えておいてやる。あくまでも俺が今までの経験でお前に感じたことを話してやる。重い話になるが聞いてみるか?」
なんだろうか?でも、僕はもう立ち止まらないと決めたのだ。
「お願いしますっ!」
「わかった。俺の見立てじゃあ正直言って坊主、お前に気の才能はない。これもまた坊主の弟子入りを拒んだ理由だ」
「っ!?つまり僕にはオーラが使えないと?」
流石に予想外だ。いや、確かにそれなら失格の理由もわかる。
「そこまではわからん。ただ生き物には全て気がある……俺も坊主もそれは変わらん。強いハンターはその量が多いんだ。もちろん気は増やすこともできるが。それは本人の才能によるところが大きい。俺たち《蒼炎の泡沫》は確実に強くさせれてゆくゆくは俺たちの後釜になれるようなやつしか弟子に取る気は無いからお前を弟子に取ることはできん。だが俺個人として坊主の意気込みに可能性を感じた。俺たちがこの町にいる少しの間に《気》の基礎くらいなら教えてやれるが、どうする?」
「……っ!」
ガウルさんの言葉を理解するのに数瞬ほど固まってしまったが、Aランクハンターにそこまで言ってもらったのだから答えなんて最初から決まっているだろう。
「お願いしますっ!」
「いい返事だ。この町にはあと2週間ほどしかいないからな、その間に《気》の基礎を叩き込んでやる!」
そうして僕は、ほんの少しの間だけだけれど、ガウルさんに《気》の手ほどきを受けることになった。
***
僕はいまティルゴの町の西門にきていた。
「じゃあな!クルト!」
「次に会うときはめっちゃ強くなってるからな。覚悟しとけよ!」
「お前も師匠見つけろよ」
「ああ、僕も強くなってみせるよ」
今日は、ガウルさんたち《蒼炎の泡沫》がティルゴの町から出立する。
そして、蒼炎の泡沫の弟子となったキース、ペート、ジュドの3人もこの町を旅立つこととなった。
僕はこの2週間で、ガウルさんに《気》の基礎というものをみっちりと教わった。
その内容は休む間もないほどと言った感じであったとだけ言っておこう。
途中までキースたちも僕とガウルさんの修行に付いてきていたが、5日でギブアップしていた。
その後は他の弟子たちと一緒にハインツさんたちに修行をつけてもらっていたようだ。
キースたちとの挨拶を終えるとガウルさんが近づいてきた
「クルト、この2週間でできるだけのことをお前に叩き込んだつもりだ」
「はい!大変勉強になりました!」
ガウルさんは僕に修行をつけるに当たって坊主ではなく名前で呼んでくれるようになった。
というよりも僕の方がガウルさんにちゃんと名乗っていなかったことに気づいただけなんだけどね。
「一つ言っておく、お前に施したあの修行で『強さ』という点ではあまり大きな変化は感じないだろう」
この2週間でわかったことだけど、ガウルさんは説明をするときにマイナスな点を先に言ってからプラスな点を付け足して話す。最初の頃はその都度一喜一憂してしまっていたが、いまはやっと慣れてきたので僕はガウルさんの次の句をじっと待つ。
「しかし、あれは気の基礎であり基本だ。もしクルトが自分に見合った師を見つけ、技術を学べたときにはきっと身を結ぶこととなるだろう。師が見つかるまでは俺が教えた基礎をしっかりと続けておくことだな」
「はい!」
本当にガウルさんには感謝しても仕切れない。僕はいつか強くなって恩返ししようと心に決めた。
そうこうしていると、出立の時間がきた。行き先が同じ商人たちの護衛を兼ねて、馬車に乗せてもらうそうだ。
「じゃあ、達者でな。」
「はい、本当にありがとうございました!」
「よし、みんな行くぞ!」
僕は少しの寂しさと、もっと強くならなきゃなという感情を胸にみんなを乗せた馬車が見えなくなるまで見送っていた。
「僕も師匠を見つけないとね……セレナに追いつくためにも」
誰にも聞こえないような声音で呟いた。その声ははすぐに風に乗せられて消えてしまったけれど、しっかりと僕の芯に残っている。
ガウルさんやキースたちのがこの町を旅立って、ひと月ほど経った。
毎日、ガウルさんから教わった通りに基礎を欠かさずに修練している。一人でやってるだけじゃあまだ僕はオーラを使えていない。
そしてあれから僕の生活でいくつか変わったことがある。
今までバンスさんのところで働かせてもらっていたけれど、それをやめさせてもらうことにしたのだ。
バンスさんは少し勿体なさそうな顔をしてくれていたけれど、僕のことを応援して背中を叩いてくれた。
少し痛かったけれど、とても嬉しかったのを覚えている。
そして、今までバンスさんの商店で働いていた時間を森での狩りに使うことにした。
カルケスの村にいたときに村の狩人であるディドおじさんが罠を使って動物を狩っていたのを思い出し、村への帰省ついでに仕掛けを教えてもらい、自分なりにアレンジも加えつつ罠を使った狩猟というものにも挑戦してみた。
ガウルさん曰く、「ハンターは別に魔物だけを狩るわけでもなければ、正面から狩るだけでもない。罠は作れると色々と便利だぞ、野営の時とかもな」ということだそうだ。
僕は師匠を見つけるためにもこの町を出て大きな街に行こうと思う。その間野営をする機会も多いはずだしパーティを組む相手もこの町にはいないので、自分一人で野営することになったときのためにもしっかりとした罠を作れるようにならなくちゃいけない。
だからこのひと月の間にその点もしっかりと勉強したわけだ。
森では魔物との戦闘もなんども経験できたし、倒した魔物を町で売ったり自分で食べるために捌いてもらったりした。いつかは自分で捌けるようにもならなくちゃいけないけれど、それは時間がかかるので旅の間に勉強していこうと思っている。基礎だけは軽く教えてもらったけど。
そんなこんなで何もしていなかったわけではないけれど、あっという間にひと月も経ってしまった。なので僕もそろそろこの町を出ようと思い、その準備をしている。
目的地も決めなくちゃならないし、セレナとの再戦もあと2年はないのだし。時間もあまりないので急いで師匠を探すことになりそうだ。
今日はバンスさんの商店で挨拶がてら旅に使えそうな雑貨を購入しようと思い、店に向かった。
店に入ると、バンスさんは出かけていて僕が辞める前くらいに入った店員のリールさんが一人だけだった。
いま思うと、バンスさんも僕が辞めることを考えて募集していたのかなと思う。僕はお店を経営するのは難しそうだな、なんて思いながらリールさんに挨拶をして店内を回っていた。
なんだかんだでお客としてこの商店にくるのは新鮮な気がする。ついつい店員の視点でものを見てしまうね。そうして雑貨を見ていると、男性のお客さんがリールさんに話しかけていた。
「少し聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「はい、なんでしょうか?」
盗み聞きは良くないと思いつつも、ついつい聞き耳を立ててしまう。僕が店員をしていた頃からの癖だ。
「この町よりも北にある村の場所が知りたいんだが。わかるか?」
「えーと、その村の名前はわかりますか?」
「あぁ、たしかカルケルとか言ったか。そんな感じの名前だ」
「カルケル、カルケル……すみませんわかりません」
「そうか、いくつか聞いてみたんだが名前くらいしかわからなくてなぁ。じゃあポーションがいくつか欲しいんだが、あるか?」
「すみません、ポーションはこの商店ではなく右向かいの店で扱っていたかと思います」
「そうか、わかった。ありがとな」
男性はリールさんに礼を言って、ポーションを買いに出て行った。
僕は先ほどの会話の内容が内容なので考え込んでしまった。
あの人が言っていたのはおそらく、カルケスの村のことだろう。
カルケス村には目を引く特産品などもないはずで、いくつかある手芸品もこの街に売られている。
そのためわざわざ村まで観光に行くわけではないと思う。
僕は少し気になってしまったのであの男性の後をつけてみることにした。
男性は次にポーションを扱っている店に趣き、いくつかポーションを買いながらまたカルケス村の所在地を聞いていた。そこでの回答もいまいちだったようで、まだ聞き込みを続けるようだ。ていうか、知名度無いな僕の故郷……。
僕もその後を6mほどの間隔で付かず離れず付いて行く。
男性がその後2店舗ほど回った後、急に見失ってしまった。
僕は見失った地点へ駆け出しきょろきょろと辺りを見渡してみるが、どうにも見当たらない。
仕方ないと思い諦めて帰ろう踵を返そうとした瞬間、背後から声をかけられた。
「おいガキんちょ、何で俺を付けてくるんだ?」
「うわぁっ!」
びっくりした。その声には聞き覚えがあった……というのもさっきから尾行していた男性の声だったのだ。
「なんだよ急に大きな声出して、何かの遊びか?」
「いえ、そういうわけではないです。でも、なんで付けていると思ったんですか?」
「あんなの、すぐわかるって」
町中はそれなりに人通りがあり、5mも離れれば尾行なんて気付かれないと思うのに。いやもちろんハンターとかを生業にしているならば話は違うのだろうけど。
「んで、何で付けてきたんだ?遊びじゃないならなんかあんだろ?」
少し驚いてしまったがこのまま尾行していても埒があかなかっただろうから、僕は男性に尾行の理由を話すことにした。
「つーことは、坊主の出身がカルケルの村でそこを探してた俺が気になったから後をつけてきていたと。そういうことか」
「あの、カルケルじゃなくてカルケスです、カルケスの村」
「あーそうだったな。んで、坊主は俺に村の場所を教えてくれるわけか?」
「はい、でもできれば理由を聞きたいですけど」
少し、落ち着いて話をするために二人で近くの食堂に入った。お互いに飲み物だけ注文して飲みながら話している。男性はまだ昼前だというのにお酒を頼んでいた。
「理由?」
「はい、特に見るものもないあの村にわざわざ場所を聞いてまで行こうとするんですからそれなりの理由があるんじゃないかなと思って」
僕が尋ねると、少し言いづらそうな顔になった。
「あー、まぁもちろんあるにはあるが」
「聞いちゃダメな感じですか?」
「いや、ダメってわけでもないさ。確かにその村の奴がいた方が話は早いだろうしな。その代わり俺の話を聞く条件がある」
「条件、ですか」
一体なんだろう。知り合いがいるとかいうわけでもなさそうだ。
「ま、そんなムズイもんでもないさ。まず俺をその村まで案内すること。そして俺の話を村の代表に説明することだ」
「ん?」
いまいち理解できていない。条件からある程度は内容を推測できるかと思っていたけれど、商売のように上手く誘導するのは難しいようだ。
「まぁ、はいそのくらいならば問題ないかと思いますよ」
「よしっ!じゃあ決まりだな。早速、俺の話をしよう」
僕はどんな話なんだろうと思いつつ、居住いを正した。
「ーーもうすぐその村は魔物に襲われる」
僕がその言葉の意味を理解するのには少しばかり時間がかかりそうだ。