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クルト〜冒険の正体〜  作者: 氷原結
第一章 旅立ち
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第02話 初めての勝利?




 ボクを助けてくれた少女の名前は〈セレナ・リオンハルト〉というらしい。

ボクがブルーウルフに襲われた森から出て、本当なら行き先が異なるから別れるつもりだったけど、

森の近くを流れる小川に腰掛け、セレナと少しお話をすることとなった。


 小川に着くまでの間、ボクは少し気になることがあったため素直に聞くことにした。


「ねぇ、セレナ。君のファミリーネームについてなんだけど」


 そう、ボクは彼女のファミリーネームに聞き覚えがあった。

リオンハルト、ボクの通っている道場の名前の正式名称は〈リオンハルト流剣術道場ティルゴ支部〉。

ただ普通に出会っただけの少女であればまだ偶然の可能性も考えられるのだが、彼女はその圧倒的な剣技により大人でも勝てないブルーウルフを倒してしまっているのだ。

彼女の剣技はすごいの一言だった。ボクには何も関係がないとは考えられなかったのだ。


「あ、やっぱりわかっちゃう?」


 そしてセレナはボクに色々話してくれた。

なんと彼女はこのクレイル王国の中で最も主流であるリオンハルト流剣術現当主の娘だったのだ。

リオンハルト流剣術道場はこの国、クレイル王国の王都〈ガイルム〉に本家があり、彼女も普段は王都で生活しているそうだ。


 そんな彼女がなぜこんな国の北端であるティルゴの街まで来ているのかと言うと、彼女の母親が定期的に行なっている各支部の視察、その付き添いだそうだ。

そしてその視察は明日から始まり、1週間ほど行うと次の支部に赴く予定らしい。


セレナは街に着いた後、母親が宿をとったり明日以降の予定を決めている間、暇つぶしとして散歩している時にこの森の中へ入ったそうだ。

つまり、彼女との出会いは本当に奇跡のようなものだったのだろう。

その後30分ほどお話をしてからボクはセレナと別れた。



 それから1週間、週に1度の稽古の日が訪れた。

いつもなら少し憂鬱な気持ちになってしまっていたけれど、今日はセレナに会えるかもと言う思いもあり、やる気に満ちていた。


 いつもより幾分か早く家を出たので、当然いつもより早く道場に着く。

すると、ボクの耳にいつもの不愉快な声が聞こえてきた。


「よう、クルトぉ」

「今日もちゃんときたみたいだなぁ、へへっ。」

「今日も終われば特訓だかんなっ」


 ボクは自分の上がっていた気持ちが少し沈むのを感じる。

するとそこへ、凛とした声でボクを呼ぶ声が聞こえてきた。


「あ、クルトくん!」


声の方へと顔を向ければ、そこにはセレナがいて笑顔を向けてくれた。


「おはようセレナ。」


返事をしたボクも先ほど沈んだ気持ちはなんだったのかと言うほどに声に元気が出ていた。

するとそこへまたも不愉快な声が響く。


「おい、クルト」


なぜか先ほどのような嘲笑ではなく苛立ちの滲んだ声でジュドが呼びかけてくる。


「なに?」と聞き返すと、


「クルト、なんでお前がセレナと親しげなんだよ!」


 少し強い語気で話しかけてくるジュドにボクが答えるよりも先にセレナが口を開いた。


「なんでも何も、私とクルト君は友達だからだよ。それよりも気安く呼び捨てにしないでくれる?」


 セレナに直接そう言われたジュドは口ごもる他なかったようだ。

対してボクはセレナに友達と呼ばれて内心の喜びが顔に出てしまわないように必死だった。

初めて誰かに友達と呼んでもらえたのだから、気を抜けばどうしても顔が綻んでしまいそうになる。

そうしてボクが自分の表情筋と格闘している時に、ペートがセレナに話しかける。


「一体なんでクルトなんかと友達なんだ?

へへっ、そいつは3年も道場に通ってるくせに誰にも勝てない雑魚なんだぜ?

セレナ……さんとは釣り合わなくないかい?へへっ。」


 ペートがセレナを呼び捨てにしようとしたがジロリと睨まれてさんをつけながらも質問した。

ボクはペートの言葉を聞いていつの間にか自分の拳を握っていることに気がついた。悔しいけどペートの話に嘘はない、ボクが道場で一番弱いのは事実だからだ。だからこそ余計に悔しいのだ。

セレナの方へ顔を向けると、セレナはキョトンとした顔をしながら口を開いた。


「なんで釣り合うとか言う話になるの?友達になるのに強さなんて関係ないじゃない。……だって友情は取引じゃあないもの。私がクルトと友達になりたいと思ったから、それ以外に理由なんていらないんだよ」


 心底不思議だ、と言うような声音でペートの質問に答えたセレナ。

ボクはその言葉を聞いて、胸にぽかぽかとした温もりを感じていた。


 セレナに完全に論破されてしまったペートは笑ってしまう癖すら出ずに「ぐっ」といいながら俯いてしまった。

それからキースは舌打ちをして二人を連れて去っていった。


 三人組が去って行ってからボクはセレナに、あの三人と何かあったのか話を聞くことにした。

なんでもセレナは、ボクと出会った二日後からこの道場の見学に来ていたそうだ。

この道場では、稽古の日が年齢もしくは実力を元に分けられている。

12歳以下の幼少部門、13〜16歳の少年部門、17歳以上の青年部門である。

ボクは村からの通いのため、週に1日だけ習いに来ているのだが本来、幼少部門の稽古日は週に三日ある。

幼少部門は昨日と一昨日も稽古日であり、その前の三日間は少年部門が道場を使っていたことになる。

青年部門は週に6日間あり、幼少、少年部門の稽古の後、昼過ぎから稽古している。

つまりセレナは少年部門の稽古から今日までの6日間見学していたそうだ。


 そして二日前の幼少部門の稽古の時にキース達とも会っていたというわけである。

その時に、セレナも12歳なので幼少部門に混じって稽古をしていたそうだ。

型の稽古はつつがなく終わったのだが、実践稽古のときに少しだけ問題が起きたらしい。

まぁ、ようするにガキ大将である三人組に勝ち、その後三人まとめてですら叩きのめしてしまったらしい。

それからというもの、三人組は事あるごとにセレナに絡んできて困っているということのようだ。


 それらの話を聞いたボクは、先ほどの三人組の態度の理由を知ることができた。

つまり三人は今まで築いてきたプライドをへし折られ、セレナを目の敵にしてしまっているのだろう。


 それからセレナと話し込んでいると、いつも通り稽古が始まった。

特に何事もなく型の稽古を終え実践稽古の時間となると、ボクの目にはいつもと違う光景が目に入った。

実践稽古は二人一組になりそれぞれのペアで試合を行うのだが、いつもは誰と組むかで一番騒がしい時間になるのに今日は驚くことにみんなすぐに相手を決めていたのだ。

ボクがその光景を不思議に思っているといつの間にかボク以外のほとんどが組み終えていた。

キョロキョロと周りを見ながら誰か残っている人を探していると、後ろから声がかかった。


「クルトくん、私と組もっか!」


 瞬間、僕の頭は理解したのだ……セレナと組まないためにみんなが素早く動いたのだということを。

そして、頭を過ぎるのはブルーウルフを倒したセレナの姿。

……勝てるわけはない。なのになぜかボクの身体はウズウズしていた。初めて英雄の物語を読んだ時のように胸の高鳴りが止まらないのだ。

この1週間、道場にこそ来れなかったが何もしてこなかったわけじゃない。

空いた時間で必死に練習をしてきた。今まで習ってきた技の中で、基礎の基礎といわれたものを……。

だからこの圧倒的に強いであろう少女に対して、ボクはこう答える。


「……もちろんっ!よろしくおねがいします!」


そうしてボクとセレナの初試合、僕にとっての運命のひと試合が始まる。




 この道場内には、4つの試合場がある。

他のみんながそれぞれの場所に別れていき、ボクとセレナも4つ目の試合場に向かった。


 他の場所に別れた生徒たちも各々のペアと試合を始めていく。

ボクが何度も黒星をつけてきたこの試合場で、目の前にいるのはボクをブルーウルフから助けてくれた少女。


「ーーじゃあ、私たちもやろうか」


さっきまでの明るい表情は演技だったかのように、凛とした空気をまといこちらを見据えるセレナ。

ボクとセレナの実力差は明白、ボクが勝てる可能性はゼロだとわかっている。

でも、だからといって戦わないなんて選択肢はない。

ボクはボクにやれることをやるだけだ。





ーーボクとセレナの試合が始まってどれくらいの時間が経っただろうか……。

5分……いや10分ほどは続いていると思う。

いつものボクなら1分も経たずに倒れていたと思う。

……いや、嘘ついた。多分1撃で終わってたと思う。

なぜこの場の生徒の中で一番強いセレナを相手に戦い続けていられるのか、それはボクがこの戦いで攻撃を捨てているからだ。

そう、ボクはひたすら防御に回っていた。

攻撃を捨て防御だけに集中しているおかげで、なんとか試合を続けているわけだ。


だけどそれももう長くは続かないと思う。

理由は簡単で、セレナの方がボクよりも体力があるからだ。


「……はぁ……はぁ」


攻撃の方が防御よりも体力を使うはずなのに、それでもなおセレナはピンピンとしている。

対してボクはもう完全に息が上がっていて、体力の限界が近づいているのが自分でもよくわかる。

そんなボクにセレナは笑顔を向けながら話しかけてくる。


「すごいねクルトくん!同じくらいの子で私の攻撃をここまで防いだのは初めてだよっ!」


「スゥー……ハァー……。それはうれしいな、ありがとう。まぁ攻撃はできないんだけどね、体力もそろそろ限界みたいだし」


 ボクが素直に限界を白状すると、セレナはまた凛々しい顔になった。


「そっか、じゃあ最後は私の一番自信のある技でいくよ!もし防げたらクルトくんの勝ち、防げなかったら私の勝ち……ね!」


 ……どうしてそうなった?いや、正直言ってセレナの十八番を防げる自信はまだない。今までの技だって流派が同じだからこそかろうじて防げたわけで、そんなセレナの一番得意な技を受けてボクは無事でいられるのだろうか……いや無理でしょ。

つまりボクの答えは必然これしかない。


「い、いや。ほんともう限界だから降参でーー」


「いくよ!」


いや来ないで!?

なんでそんなにやる気なのさ、ボクとしてはあんなに防御できたからもう十分なんだって。1週間の特訓の成果も見せれたし!みんなも驚いてくれてたしっ!

周り見てみなよ!あんなにいじめてきてた、あいつらも開いた口が塞がってないし!

もう十分っ、十分なの!

ーーあぁ、くそっ。とりあえず防御だ。えぇっと、どうしよう。セレナの得意技っ!?なんだろ、どんな技かわかんないと正直言って対応できるわけがない。


次の瞬間には攻撃が来る、そんなパニック状態でボクが思い出していたのは、セレナがブルーウルフを倒した時のことだ。

あの時セレナはどんな攻撃をしてた?技自体は見えていなかったけど、飛びかかってきたブルーウルフの胸あたりに貫いた痕があったのは覚えてる。

それならば、次の技は突きが来るはずだ。

というかもうそれに賭けるしかない。


「ふっ!」

セレナの掛け声が聞こえた瞬間ーー

カランッ

ボクの木刀が地面をころがる音がした。




「……ははっ、ホントに防がれちゃった。私の負けだね」


セレナの負けを認める声を筆頭に、自分たちの試合も忘れてボクたちの試合を見ていた周りの生徒から声が上がり始まる。


「……マジかよっ。勝ったのか?」

「うぉぉぉ!すげぇな、クルト!」

「セレナの最後の技なんて見たことないぜ!うちの流派の技なのか!?」

「あんなの止めれるのかよ……オレは全然見えなかったのに」

「俺もだ、気づいた時にはもうクルトの目の前に突きがきてた」


ーー周りの喧騒が聞こえてきて、真っ白だった思考がやっと落ち着いてきた。

ボクは恐る恐る頭を下に向けて、自分の手を見る。

そこにはセレナの木刀の切っ先がしっかりとボクの掌に包まれていた。


「……生きてる?……防げたのか、あれを?……ボクが?……ははっ」


ボクの頭の中にはあのセレナに勝ったというような感情はなく、ただただ自分が生きてることに驚いていた。

ホントに死ぬかと思った、よく防げたな……ボク。

まぁまぐれなんだけど。


本当に今の一撃を防げたのは、まぐれだ。突きが来ることに賭けたボクは木刀で突きを防げる自信がなかったから、自分の木刀を手放した。

あとは、もうセレナの掛け声が聞こえた瞬間に自分の胸の前で白刃どりの構えをするだけ。

失敗していれば、さすがに死ぬことはないだろうけど気絶はしてたんじゃないかなと思う。






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