第15話 修行開始!
ティルゴの町に戻り、食堂でディートさんと今後の話をしている。
「んじゃ、出発は明日ってことでいいな?」
「はい、今日中に荷物をまとめておきます!」
「でもいいのか、町を出るなら家族に言っておかないとだろう?」
「それなら大丈夫です。昨日の宴会の時にもう話しておきましたから」
「おいおい、ほんと俺に弟子入りできなかったらどうするつもりだったんだよ……」
「そのときはその時で、ディートさんが弟子にしてくれるまで着いて行くつもりだったので大丈夫です」
「……はぁ」
ディートさんが呆れた顔をしている。いや、だってディートさんに着いて行くべきだって直感的に思ったんだもん。仕方ないよね。
その後バンスさんや道場のみんな、大家さんを含めた知り合いに町を出ることを告げ、その準備に取り掛かった。
とは言っても元々師匠探しの旅に出ようと考えていたので、荷物の用意自体はあらかた済んでいた。そこまで時間はかからなかったから早めに寝ることにした。
そして、明くる日の早朝。天気は快晴でとてもいい旅立ち日和と言えるだろう。
準備を整え家を出て、大家さんに鍵を返し最後の挨拶をした。予定より早めに町の出入り口に着き、軽くストレッチをしながらディートさんを待つ。
1時間ほど経ち、木陰に座って待っているとディートさんが来た。
「おっ、早いなぁ」
「はいっ!村と町以外には行ったことがないから楽しみで早く起きちゃいました」
「はははっ、まぁ最初はそんなもんだわな。よしっ、じゃあ行くとするか」
「オーッ!」
そんなこんなで僕、クルト=クールベルは今日……初めての旅に出る。
「で、どこに向かうんですか?」
「そうだなぁ。セレナ、だっけか……クルトがその娘と再戦するのはいつなんだ?」
「えーっと……だいたい一年と10ヶ月後くらいですかね」
「曖昧だなおい」
「いやぁ、セレナとは僕が10歳の時に三年後僕が13歳の時に再戦って約束したんです。10ヶ月後に12歳になるんで、あと一年と10ヶ月はあるはずなんですよね」
「なるほどねぇ、ってことは結構余裕はあるわけだな」
「そうですね……13歳になったら王都に向かうくらいでもいいかもしれないです」
「んじゃあ、とりあえずはクルトの修行をやりつつ適当に街を回って行くとするか」
「はいっ!」
「そうと決まればまずはティルゴの町から一番近くてデカイところに行くか」
ディートさんはそう言って、門の外へと向かって行く。
「あれ、乗合馬車はそっちじゃないですよ?」
「あぁ、乗合馬車なんか使わんぞ。お前の修行も兼ねた旅だしな」
「えっ、じゃあ歩いて行くんですか?」
「違うっ!走って、だよっ!」
「え………………」
僕の初めての旅は少しばかりハードなようだ。
***
ティルゴの町から近い大きな街といえば南西に150kmほどの距離にあるフェルト辺境領の領都であろう。
街道に沿って進めば途中にある町を経由して、馬車で10日。
これはティルゴの町から150kmとは言ったが、あくまでも直線での距離であり、実際にまっすぐ進むことは誰もしない。
理由は単純で危険だからだ。町を出て真っ直ぐ進めば山と谷があり、そこを抜ければ脅威度の高い魔物の出る《カーレル大森林》、そして水棲魔物の宝庫《バリオル湖》があるためだ。
そう、だから普通であればそんな移動手段を取ることはない……普通であれば。
「しぃいいしょぉおお!まだなん、ですかぁあああ!」
普通であれば、《魔の大森林》の異名を持つカーレル大森林の中でまだ幼い少年の叫び声が聞こえることはなかったはずだ。
「あー、もうちょいで森を抜けるから。そこで一旦休憩にするか、よかったな!クルト」
「もうちょいって!?」
「うーん、このペースであと3時間くらい?」
「あ、もうだ……め……」
「ほれ、ペースが落ちてるぞ!がんばれがんばれ!」
「っ!?ひぃいいいいっ!」
仮にこの大森林に来ている猛者がいたとしても、彼らの姿を見れば度肝を抜かれることとなるであろう。
ーー見た目10歳を過ぎたところの少年が腰に縄を結ばれ、反対側にある大きな木の板と繋げられ、その板の上に見た目20歳前半ほどの青年を乗せてこの大森林の中を全力で走り抜けているのだから。
時たま少年の速度が落ちると青年が懐からしなやかなムチを取り出し、少年の臀部や背中あたりに容赦無く打ち付けるのを見ればさらに冷や汗をかくこととなるであろう。
実際にはそんな猛者がいなかったため、《魔の大森林》の風評がさらに悪くなるようなことはなかったのだが……少年にとっては関係のないことだろう。
***
「ハァッハァッ……うぇっ……み……みずぅ」
「ほい、みず」
「ゴクゴクゴクッ……んはぁっ。はぁっはぁっ……し、しぬかと……おもった……はぁっ、ふぅ」
「大げさだなぁ。まだ旅は始まったばかりだぞ?」
ディート師匠はそういうが、僕に返事をする余裕はなかった。
その後数分ほど黙り込み、ようやっと話せるレベルに回復した。
「よ、4日目でこんなことになるとは……ぼく一応、初めての旅なんですけど?」
「まぁ、ただの旅行じゃなくて修行の旅だからな。」
「もっとスタンピードの時みたいな魔法や気の修行をするんだと思ってました」
「あれは、時間がなかったからだな。少しでも実戦での戦闘力を上げる方法をとっただけだ……それに今のクルトが再戦で勝つためにはこれくらいの基礎トレーニングが必要だろう」
「ディートさんから見てそうなら、そうなんでしょうけど。それほどなんですね……セレナは……」
ーーそう、最初の1日目は普通に一緒に走りこみながら進んでいたのだ。その日の夜に今後の修行の話として、僕がセレナの話をしていた時に師匠が大きく反応した。
***
「セレナ=リオンハルト……だと?ってことはクルトが目指してる相手ってのは《リオンハルトの神童》ってことか……」
そう言って、しばらく黙り込んだあと師匠の目が変わり口を開いた。
「よし、明日から予定を変更だ。このまま走りながらの基礎トレをするつもりだったが、ちょっとレベルを上げるぞ!」
ディートさんの反応でこのままじゃセレナに勝てないのかなぁと軽く考えて「はいっ!」と返事をしてしまった。
その時はこんなことになるとは思っても見なかったのだ。
***
時は戻って現在。ちょうど休憩中なので、セレナのことを聞いてみることにしたのだ。
「ディートさん、セレナのこと聞いていいですか?《リオンハルトの神童》って言ってましたよね」
ディートさんは「んー」っと少しだけ迷うそぶりを見せたが、僕の目を見てからフッと笑いこちらに顔を向ける。
「俺も実際に会ったことがあるわけじゃねぇからそんなに詳しいことは知らないんだが……まぁいいだろう。お前に話してもちょっとやそっとじゃビビって諦めることもないだろ?」
「あきらめる?」
「あぁ……ま、とりあえず休憩がてら話してやるよ」
そう言ってディートさんは、地面に大きな布を敷きお茶の準備を始めた。
僕も布の上に座り、ディートさんからお茶をもらって一息をつく。
「じゃ、何から話すかなぁ」
ディートさんはそう言ってお茶を飲み、話を始める。
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