第10話 開いた瞳の先には
ブルーウルフ、僕に取って良い意味でも悪い意味でも思い出深い魔物。
初めてまともに出会った魔物。初めて襲われた魔物。初めて死を実感した魔物。そしてセレナと出会い、僕が強くなろうと決心するきっかけとなった魔物。
1年ぶりに対峙してみて、あれほど怖くすくみあがっていたはずなのに今はなぜかそこまでのものを感じない。それはこの1年で必死に自分を鍛え上げてきたおかげかもしれないな……なんて感傷にふけっていると、それを隙と判断したのかブルーウルフは一直線に突っ込んできた。
その凶暴な牙でこちらを噛み殺そうと大きく口を開いて。
僕は今まで何度も考えてきていた。もしまたブルーウルフと出会った時にどうするべきかを。
もう逃げることはしない……逃げてしまえばきっと一生セレナには追いつけないと感じていたから。
なら自分の手でブルーウルフを倒すしかない。だからこそ怖い思い出であっても必死に思い起こしながらやつの行動パターンを覚えていった。
ブルーウルフは元は狼……つまり、攻撃手段は爪か牙。
そうとわかれば対処は単純。いつものように待って待って待ち続けカウンターを決めるだけ。
すると、僕に飛びつく直前でブルーウルフは一度斜め右前……つまり僕の真左に跳んだ。
そして、真横から僕の首筋めがけてその凶悪な牙を開いた。
「くっ!」
僕は少し焦りつつも今にも食いかからんとするブルーウルフ真半身でその軌道から外れ、顎に鞘を打ち付けそのままかちあげるつもりで振り抜いた。
ーーしかし、単純と簡単は別物。振り抜いた鞘はガッと音を立てて止まり、抜ききれなかった。
僕は本当なら、鞘でかち上げた後に右の剣で空いた首筋に一撃お見舞いするつもりだったんだけど、直感的に後ろへ飛んだ。先ほどまで僕がいた場所ではブルーウルフがピンピンとしていた。
僕の攻撃が効いていないようだ。そして僕の感想は「硬いし重い」だ。見た目以上に硬く、そして重さもあった。
「ははっ、セレナはよくこんなの倒せたね。僕じゃあ時間稼ぎくらいしかできないんじゃないかな、なんて」
半分本音で半分は嘘。セレナはほんとにすごいと思うし、時間稼ぎしかできないかもしれないけれど……
「負けるつもりは毛頭ないっ!」
さっきの僕はやはりどこか緊張していたんだと思う。と言うかそい言うことにしておこう。
ブルーウルフを見ると、おそらく必殺の攻撃だったのだろうものが防がれてさらに警戒しているようだ。
さっきの攻防は僕としても驚きも強く焦りで今も呼吸が荒れてしまったが、逆にブルーウルフにとっても同じように働いてくれたようだ。
僕はおもむろに両手をだらりと下げる。ブルーウルフは今度は僕の方から何かしてくるのかと警戒し、身構えた。やはりさっきの攻防はブルーウルフにとってそれほどのものだったようだ。
しかし、僕はいまだ自分から攻めるつもりはなかった。
ではなぜ両腕を下ろしたのか……理由はガウルさんとの修行の成果だ。
ガウルさんとの修行で《気》について学んだ。気というものの存在は、僕にとってひどく衝撃的なものだった。目の前に祝って木とも言える存在がいるにも関わらず、僕は深く深呼吸をする。思い出すのはガウルさんの言葉。
ーーオーラってのはヒトが魔物と戦うために生み出した技術だ。実のところ俺はオーラについてそこまで詳しいわけじゃねぇ。俺の使う技も基本的には昔のすごい奴らが作り上げて伝承してきてくれたものだ。
前に見せた技、名を《豪剣》と呼ぶ。あれは俺が初めて師匠から教わった技だ。あの技は気の攻撃の中でも基礎と言われるものの一つとして気使いの中では広く知られている。
そして、俺の持つ技の中で最も練度の高い技であり俺の十八番だ。
……気において基礎は奥義ともなり得るだろう。
違う、今必要なのはこれじゃない。
《大事なのは集中することだ……気は慣れねぇうちだと焦りで乱れる。
呼吸の乱れはオーラの乱れ……気の乱れが命の乱れってな。お前は胆力はあるようだし、使えるようになれば落ち着いて戦況を見れば問題なく実戦で気を使えるだろうさ。》
惜しい、確かそのあとに大事なことを言ってたはず。
《腹の奥の方に意識を集中するんだ。うまくいけばそこに《熱さ》を感じるはずだ。
それが気だ。その気を燃やすようなイメージで全身に廻す……これを《気を練る》と言う。》
これだ。そして僕はガウルさんの言葉通りに気を感じ取ろうとする。やはり何も感じない。ガウルさんが言ってたことだ。僕にはオーラの才能はない。それでも今は普通にやってちゃこいつらには勝てない。なので少しアレンジすることにした。
お腹の中心を意識するそして無理やり熱くする。そう、いつもの要領だ。そしてそれを燃え盛る炎のように全身に廻していく。体の芯から力が湧いてくるような感じだ。
《一つ言っておく、お前がやったあの修行で『強さ』という点ではあまり大きな変化は感じないだろう》
ガウルさんが出立の時に言った言葉だ。そして同時に、修行中に言われた言葉も思い出す。
《気を練れば身体能力が上がる。だがこれは仮に出来ても今のお前じゃそこまで大きな上昇じゃねぇ……気の扱いに慣れればこの上昇率は大きく変わる。しかし、それは気の技を覚え何度も反復することで身につくものと言われてるし俺も実際そうだった。だからお前にある程度気の攻撃を教えてやりたいんだが、そこまで時間もねぇし、前にも言ったが俺たちとお前は相性が悪い。この相性っつうのは勘だが基本的に当たる。説明はできんが、気使いは自分の技を教えれる相手を直感でわかる。》
後半の部分は今は必要ないな。大事なのは、気を練って少しでも身体能力をあげることだ。
そして、これはガウルさんが軽く雑談で話してくれた気は全身だけじゃなく、身につけているものにも応用できるってことだ。
すごい気使いは自分の衣服や装備をどうしているのか、自分の動きに服が保つのかって考えて気づいたことだったらしい。気を練ってそれを全身に廻すだけじゃなく装備にも纒わせれるのか?
僕はセレナみたいな直感力はないからこのオーラの代用も練習済みだ。今の僕じゃあまだオーラは使えないから。
試してみたら、少しだけ丈夫になった……多分だけど
そして、それは武器も同じはずだと思う。だけどこれはまだ実戦では試したことがなかった。
実戦で使ったことがないものに頼るのはなかなか怖いけど、いつかはやらなきゃいけないことだと切り替えて剣に練った力を纒わせる。
ちょうど僕の準備を終えたところで、ブルーウルフもまた焦れて攻撃に移ろうとしていた。
さっきと同じで一直線だ。さっきよりも数段早い速度でその間合いを縮めてくる。
おそらく、直前で曲がるつもりもないのだろう。先ほどの攻防で僕に攻撃力がないと判断したのか、見切れない速度で攻撃すれば良いと判断したのかはわからないけど、その勢いは段違いだ。
対する僕もこの攻防で終わらせるつもりだ……いま僕にできる限りの準備は整えた。
1秒にも満たない時間で目の前にその牙が現れる。
一瞬の交差だった……場に静寂が訪れる。
数瞬の後、僕は地に膝をつけた。
「クルトッ!」
静寂を破ったのは父の声だった……同時にブルーウルフは倒れた。
それを見て、兄と父はこちらに駆けてきた。
「大丈夫か!?クルト!」
「無茶しすぎだぞっ!」
二人の焦る声に「ははっ、大金星でしょ?」と笑い返す。
それをみて、少し落ち着いてくれたようだ。
「怪我は大丈夫なのか?」
「大丈夫、最後に少し肩が切れただけだから。治癒薬塗ればすぐ治るよ」
そう言って腰に下げた治癒薬と消毒薬を取り出し、兄に塗ってもらった。
少しすると、薬の効果で痛みが引いてきた。
「おい、この薬効果高いなっ。母さんのでもここまでじゃなかったはずだぞ?」
「ははっ、僕の特製だからね。数は作れないけど、またできたら持ってくるよ」
「やっぱ、お前そっちの方が才能あったんじゃないか?こんな危ない仕事よりも」
「確かにそうかもね」
兄さんはさっきの戦いを見てより一層僕の心配をしてくれているようだ。
僕もたまにそう思うことはある。けれどもう覚悟はできてるから兄さんに「けど」と続ける。
「やっぱり僕は、自分の力で戦えるようになりたいんだよね。まぁ、どうしてもって時は諦めるけどさ……今はまだ剣の可能性を捨てられないや」
僕がそういうと、兄さんも父さんも少し呆れたような顔をしてから笑った。
「はぁ。ま、いまさら変わるとも思ってないよ……その頑固さは」
「事実、それでブルーウルフも倒してしまったからなぁ」
こうして、僕とブルーウルフの因縁の対決は1勝1敗で終わった。
ーージャリっ
僕たちはビクリとして、振り返ると先ほど倒れていたブルーウルフが胸から血を流しながらも立ち上がろうとしていた。
「くっ、仕留め切れなかったのか。兄さんたちは少し離れてっ!」
僕は鞘を少し支えにしつつ立ち上がり、ブルーウルフを見定める。
ブルーウルフはふらつきながらも立ち上がり、最後の意地を見せるかのように大きく叫びように吠えた。
「グウォーーーーンっ!!!」
叫び終えると、そのまま力つきるように倒れるブルーウルフ。
「最後の意地……か?」
ザザッ!!!
音に反応し振り返ればそこにはーー新たに三体のブルーウルフが姿を見せていた。
「なっ!?ブルーウルフは群れないはずじゃっ!?」
父さんが驚きの声を上げる。
ブルーウルフは群れを作らない……これは調べればすぐにわかるような一般的に知られている特性のはず。僕もいつかの再戦を考えて蒼炎の泡沫の面々にこの辺りの魔物の話を聞いた時に『ブルーウルフは基本的に単独で活動する』と聞いていた。
しかし現実問題、目の前に三体のブルーウルフがいることに変わりはない。
こっちも怪我の処置は終わっているけれど、とても三体同時に相手どれる自信はない。
状況は明らかにブルーウルフの有利。これはこの場にいる誰もが理解していたーーそう、ブルーウルフたちも。
グルルッと唸りつつ、こちらに近づいてくる三体のブルーウルフ。
良いのか悪いのか、父さんたちは僕を挟んでブルーウルフの反対側にいる。
「父さんたちは、早く避難をっ!」
「なっ!?お前はどうするんだクルトっ!」
「大丈夫、僕も時間を稼いだら隙をついて逃げるから。父さんは母さんたちのところに行かないとでしょ?」
父さんはそれ以上何も言わなかった。
兄さんはなにか言いかけたが、父さんが離れていくのを見て一緒に母さんたちのところへと向かっていった。
まるでこちらのやりとりが終わるのを待っていてくれたかのように、三体は様子を伺っていた。
しかし、父さんたちがさっていくのを確認したのち、一体がこちらに飛びかかってきた。
「はっ!」
飛びかかってきた奴を鞘で受け流すと、それに合わせて残りの二体も襲ってくる。
僕は絶対に来るとわかっていたので、剣を振り抜きつつ真横に飛ぶ。
「ふーっ。これはなかなか厳しい戦いになりそうだ」
かれこれ、5分近くブルーウルフの攻撃を捌いている。
この戦いは先ほどと違い『時間稼ぎの戦い』だ。
僕は攻撃を捨て、ひたすらに守りに入っている。
それでもだんだんと、傷が増えてきているのがわかる。
頃合いを見て逃げようと思っていたが、足を傷つけられたので逃げ切ることは不可能だろう。
これはそろそろ本格的なピンチだな。なんて考えてつつ一体目の攻撃を捌いた瞬間に二体目が攻撃を仕掛けてきた。
「ちっ!」
体をひねりなんとか直撃は避けたものの、左肩に浅いとは言えない傷が出来上がっていた。
「グァッ!」
反撃として二体目の首筋に一太刀浴びせることはできたが、肉を切らせて肉を切るような状況。しかも相手の二体はピンピンしている。
今の攻防でこの三体も学習したのだろう。少し攻撃のタイミングをずらし、捌き切れないような攻撃をし始めた。
僕も攻撃のタイミングはわかっているので先ほどのような大きな傷をつけられることはないが、それでも傷を負う前に比べ自分でもわかるほどに動きに精細を欠いている。
「がぁっ!」
やられた……右腕に噛み付かれてしまった。これはダメだ。なんとか蹴り飛ばしはしたが、もう剣を握れていない。
ふらつきながらもなんとか倒れずにいた。
くそっ。血を流しすぎた。
前を見ると、ブルーウルフは一度離れ様子を伺っていた。
ああ、残念だ。僕が気を使えていれば、こんな結果にはならなかっただろうか。やっぱり代用品は代用品ということか。
ーーゆっくりと目を瞑る。僕の人生で最大のピンチだが最後のチャンスでもある。
一か八かだ、そう考え自分の内側に意識を集中していく。
チャンスは一瞬。これを失敗すれば死を待つのみだろう。
故に極限まで意識を集中する。
「グルルルッ!」
まだだ、まだ集中しなくては。
一体どれほど時間が経ったのだろうか……それこそ十数分も経ったような気もするが実際は数秒だろう。
ブルーウルフが襲いかかるタイミングに合わせて発動しなければならない。
まだかまだかと待ちつつ意識を高めていく。
ーーザザッ!
ブルーウルフたちが一斉に踏み込む音がした。
今だっ!と思い、溜めに溜めた力を開放させようとカッと目を開いた瞬間ーー
ーーブルーウルフたちはその場に崩れ落ちていた。
「……はい?」
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