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クルト〜冒険の正体〜  作者: 氷原結
第一章 旅立ち
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第01話 一つの始まり




 …………あ、死んだな…………これは…………。






 ボクはこの日のことを一生忘れないだろう。



 薄暗い森の中で、ボクの顔よりもずっと大きな顔でこちらを見ている。その口からはよだれが滴り大きな牙を見せつけているーーオオカミ。

その今にも飛びかかってきそうなほどの唸り声に、ボクは情けなくも腰が抜けて膝は今までにないくらいに笑っている。



ダダッ!



とオオカミの駆ける音がした。



ーー死



 誰もがそれを直感してしまうだろう。

事実ボクの頭の中も、「どうか痛くありませんように」としか考えられず、すぐにでも訪れるであろう苦痛を恐れて目をつぶっていた。

 しかし、いつまでたってもそれは訪れない。

もしかしたらもうボクは死んでしまったのかとすら考えていた。



 恐る恐る目を開くと、目の前には燃え盛る炎があった。

いや、それは炎ではなく髪だった。

燃え盛るような真っ赤な髪を持つ少女だった。

 少女は炎のような赤い髪をたなびかせ、それでいて風に当てられた羽のように空を舞いながらオオカミの攻撃をかわしていく。

そしてその剣捌きはまさしく烈火の如く、瞬く間にオオカミを倒してしまった。



 少女はボクの方に振り返り傷ひとつない顔を綻ばせてこう言った。


「怪我はなかった?もう大丈夫だよ!」


ーーそれが僕の人生を変える二つの出会いのうちの一つだった。






***




 ここはボクの住んでいる〈カルケスの村〉から歩いて6時間と少しのところにある〈ティルゴの町〉。

ボクは7歳の頃から週に1度この町の剣術道場に通っている。少し前に10歳になったから3年ほど習っている。

ボクの通う道場〈リオンハルト流剣術道場〉はこの国、クレイル王国の中で最も主流な道場だ。


 ボクはこの道場があまり好きじゃない。

道場に来れない日も練習はしっかりとやっているし、師範も丁寧に教えてくれている。

ならなぜ好きになれないのか。


「おい、クルトぉ。どこ行く気だ?」


「そうだぜクルト。今日も練習後の特訓がまだじゃないかよ、へへっ」


「特訓の場所はそっちじゃないぜ?」


 これが理由だ。稽古が終わって帰ろうとしていたボクに話しかけてきたこいつらは、ボクより2つ年上の同じ道場の門下生のキース、ペート、ジュド。


「いや……ボクはもう帰るつもりなんだけど」


「あぁ?何言ってんのお前。お前は俺たちの特訓に付き合うのが仕事だろうがよぉ。つべこべ言わずについてくりゃ良いんだよ!」


 ボクは嫌だと言ったけど、いつものようにそのまま三人のいじめっ子達に町の外にある人目のない場所に連れて行かれた。

そう、こいつらは特訓と言いながら、道場で教えてもらった技をボクを相手に試してくるのだ。

ボクは気が弱いし、強くもないから何もできずに竹刀で殴られている。

多分だけど、他の門下生にも気づいている子達はいるだろうけど、幼少部門の中で一番強いこいつらが怖いから見ないふりをしているんだと思う。

他の子がやられていたらボクもきっとそうなっていただろうから文句は言えない。





「じゃあまた来週な!クルトぉ」


「来週も特訓があるからな!」


「逃げたりするなよ!へへっ」


 特訓という名の暴力が終わり、あいつらは帰っていった。


「くっ。今日は一段とひどかったなぁ……痛っ……はぁ……帰ろ」


 ボクは町から村に帰るために、立ち上がる。

町を出て、歩いて30分ほどのところにある森の中に入る。

森の中で薬草を探すのだ。

森の中を歩いて数分、一人になったからかつい足が止まってしまう。

そして、いつもは抑えている気持ちが今日は抑えられなくなってしまった。


「くっそぉ。なんでなんだよぉ!何でボクはこんなに弱いんだぁ!」


 ボクは3年も稽古を続けているのに、強くなれてない。昔は童話の中の英雄にあこがれていたけど、ボクにはそんな才能はなかったみたいだ。

型の稽古の時はそこまで酷いわけじゃないんだ。

ただ、実践の稽古になった途端に震えてしまう。

キースたちはみんなボクの2つ年上の12歳だけど、道場に来たのは10歳の頃だ。つまりボクの方が1年も先に始めていたのに、ずっと勝てていない。

キース達だけじゃない、ボクは道場の幼少部門の誰にも勝てていない。

 ボクの三年間の戦績に白星がついたことは一度もないんだ。


 とぼとぼ歩を進めながらついつい頭に思考がよぎる。

ボクはどうして強くなれないんだろう、一人になったときに考えることはいつもこれだ。

ボクが強ければあんなやつらになぐられることだってないんだ。

強くなりたい、強くなってあいつらを……


「いや、やめよう。もし強くなったらあいつらみたいに威張るんじゃなくて、いまのボクみたいな力のない人たちを暴力から守れるようになりたい」



ーーザザッ!



不意にボクの後ろの茂みから音が聞こえた。


「っ!?」


びっくりしつつも、とっさに後ろを振り返る。

そこには……


「グルルルル」


……オオカミがいた。

大きなオオカミだ、ボクは少しだけ周りに目を向けた。

ぼんやりとしていて気づかなかったけど、森の中のだいぶ深いところまで来ていてしまっていたようだ。

そして、ボクはこいつをこのオオカミを知っている。

父さんから、森に入ったときに教わった特徴そのままだ。

〈ブルーウルフ〉……大きな牙を持ち、青黒い毛を持つオオカミ型の魔物だ。

そして、その性質は極めて凶暴。

獲物を見つければすぐに襲ってくる、武器を持った大人が10人集まってなんとか倒せるかどうか。

倒せたとしても確実に犠牲者が出る……そんな魔物なのだと。


 そしてボクは道場に通っているとはいっても、村の大人達には絶対に勝てないくらいの強さしか持っていない。

つまりこの状況で導き出される答えは……



ーー死ーー



 ボクの人生の中でこれほどまで頭を回転させたことはないだろう。フル回転だ。

どうやれば、この状況を打破できるのか。彼我の距離はおよそ10メートル。ブルーウルフが本気を出せば2秒もあればボクの目の前に現れるだろう。

なぜ来ないのか、それはおそらくボクの手に竹刀が握られているからだろう。

いや、ブルーウルフは凶暴な魔物だ。竹刀程度を見たところで警戒などしないはず。

ならなぜか?その答えは今のボクにはわからない。

だがやるべきことはわかっている。

戦う?逃げる?

もちろん逃げるの一択だ。そんなこと考えるまでもない。

大人が勝てないような魔物に子供に毛が生えた程度のボクじゃあ勝てるわけがない。

死を早めるだけ。逃げるしか生き残れる可能性はない。



あぁ、でも現実は残酷だ。

ボクの身体はボクの頭のようには働いてくれないみたいだ。

膝が笑って、腕に力も入らない。

動け!動け!と命令してみても、かけらも言うことを聞いてくれはしない。




ジャリッ!ジャリッ!



ブルーウルフはゆっくりとこちらに進んできている。

9メートル、8メートル……彼我の距離が6メートルほどのところで、足を止めた。


ジャリ


奴は後ろ足を地面に強くつけ、力を蓄えているようだ。

次の瞬間にでも一足でボクの喉に噛み付くのだろう。

ボクはすでに立っていられずに、尻餅をついてしまっている。

必死に逃げようと思い、ズリリと足と手に力を入れて退がってはみたが、30センチも離れられていない。

あぁ、ボクは最後まで情けないなぁ。

そんなことを考えながらも頭は冷静に現実を理解していた。


 今ボクにできること、それは目をつぶり、せめて痛みを感じないように祈ることだけだ。




ジャッ!



奴が跳んだ音が聞こえて、閉じていた目をさらにぎゅっと握りこむ。



いつまでも来ない衝撃に死を錯覚したボクだけど、開いた目の前に広がる光景に自分の目を疑った。



烈火のような、綺麗な髪を携えたボクとあまり年も変わらないであろう少女が、ブルーウルフの大きな牙と剣をぶつけていたのだ。


「あっ、えっ?、あ……」


 ボクは声にならない声を漏らし、困惑している頭で必死に状況を把握しようと試みる。

しかし、ボクの頭が理解するのを時間が待ってくれるはずもなく、どんどんと目の前の光景は変化していく。

剣で牙を弾いた少女は、その小柄な体に似つかわしくない膂力を持って、ブルーウルフの顔を殴り飛ばしたのだ。


 ボクの頭の中で混乱が混乱を招く状況の中、少女は一瞬で吹っ飛ばされて怯みながらも放つブルーウルフの反撃をかわしながら舞うように跳んだ。そして瞬く間にブルーウルフの背後を取り、ブルーウルフが振り向いた瞬間に鋭い突きを放った。

剣を抜きブルーウルフの血飛沫が舞う前に後ろへ跳んだかと思えば、すぐさま自身の体を調べていた。


「あちゃっ、服に血がついちゃってる。ママに怒られちゃうかも、どーしよ」


大人10人で倒せるかどうかと言われる魔物を文字通り一瞬で倒しておいてなお、少女は自身の服が汚れたことを嘆いていた。



 そして服を見ながら頭を抱えていた少女は唐突にボクの方へ顔を向け、口を開いた。


「怪我はなかった?もう大丈夫だよ!」


「……ぁ、ありが……とう」


ボクが必死に絞り出せた言葉はそれだけだった。




***




 少女によるブルーウルフの瞬殺劇からしばらく経ち、ボクはようやく冷静になれた。

そして、今なお服についた返り血を気にしていた少女に向かい感謝する。


「ありがとう、もう少しで死んじゃうところだった。何かお礼ができればいいんだけど」


 ボクがそう言うと少女はにぱーっと笑いながら、こちらを向いた。


「えへへっ、どういたしましてっ。でもそんなに気にしないでよ、たまたま通りかかっただけだしっ。お礼なんて必要ないよっ、当然のことをしただけだもん」


 少女は本当に大したことがないことかのようにパタパタと手を振りながら言う。


「いや、そんなわけにはいかないよ」


そう、それではボクの気も収まらない。命を助けられておいて、ありがとうだけで済ます気にはなれない。

……いや、正直なところを言うとボクはこの、ものすごい少女ともっとお話をしてみたいのだ。ボクとあまり変わらない年でいて、大人も倒せないブルーウルフを倒せる力を持ったこの少女に強く憧れを抱いてしまっているのだ。

少しでも、何かできないかと考えているとようやく落ち着いてきた思考は先ほどの彼女の言動を思い出していた。


「そうだ、とりあえずその服の血。ボクに落とさせてくれないかな?」


 ボクがそう言うと、ブルーウルフに襲われたボクを安心させるために笑いかけてくれていたであろう少女の顔が、本当に嬉しそうな笑顔に変わっていた。


「えっ!?ほんとにっ!?ほんとにそんなことできるの!?」


その笑顔があまりにも眩しくて少しドキリとしながらもボクは少女の期待した目を見ながら話す。


「うん、ちょっと待ってて。この森にある〈ドレルの実〉の果汁は強い汚れを落とすのにもってこいなんだ。もちろん血だって落とせるんだよ」


 ボクがそう言うと、少女は物珍しそうにボクの顔を覗き込んできた。


「へー、そんな果物があるなんて知らなかったよ!すごいね、君!」


 少し大げさなぐらいに反応してくれる少女についつい笑みがこぼれてしまいつつ答える。


「ボクの母さんは薬屋みたいなのをしてるから、色々教えてもらってるんだ。とりあえず探してくるから少し待っててね」


 ボクが〈ドレルの木〉の群生地へ向かおうとしたら、少女もボクの後ろをついてきた。


「待っててくれていいよ?すぐそこにあるはずだし」


「さっきみたいなのが他にもいるかもしれないし、それに面白そうだしっ。いいでしょっ?」


 その言葉で気づいた。

そうだよ、さっきまでブルーウルフに襲われていたのに何のんきなこと言ってんだボクは。

少女の顔を見ると本当に興味津々という色合いが見えたけど、もしもの時に守れるようにと言うような意味もあるのだろう。

 本当に強く優しくまるで物語の主人公のような子だなぁと思いながらも、少し子供っぽい考えがボクの頭をよぎってしまう。

そう、確かに少女はボクよりも強いのだろうけど、女の子に守られていると言う状況が凄く情けないのだ。

……あぁ本当に、弱いなボクは。


 そうしてボクたちは無事にドレルの実を手に入れて、少女の服の返り血も綺麗に落とすことができた。


色々話しながら歩いていると森の入り口まで来てしまっていた。そしてボクはまだ彼女の名前を聞いていないことに気づいた。彼女はこのあと町に向かうらしいので、ここで別れてしまう前に訪ねておこうと話しかけた。


「そういえば、まだ名前を聞いてなかったや。ボクはクルト、クルト・クールベル。君の名前、聞いてもいい?」


ボクが名乗ると、彼女はこちらに振り返りながら笑顔で名乗ってくれた。


「もっちろん!クルト君だね。私の事はセレナって呼んでよ。セレナ・リオンハルト!よろしくね!」



これが、ボクの人生を変えてくれた少女

ーーセレナ・リオンハルトとの出会いだった。






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